2016年版開発協力白書 日本の国際協力

国際協力の現場から 03

タイの障害者の社会参加を後押し
~就業・自立を支援するベーカリーショップ~

タイ・バンコクのベーカリーショップ「60 Plus+ Bakery & Café」で、シリントン王女殿下を囲んで。背広の人物が俳優として活躍していた男性(写真:APCD)

タイ・バンコクのベーカリーショップ「60 Plus+ Bakery & Café」で、シリントン王女殿下を囲んで。背広の人物が俳優として活躍していた男性(写真:APCD)

2015年12月、タイ国民が敬愛するシリントン王女の生誕60周年を記念して、タイ・バンコクにあるアジア太平洋障害者センター(APCD※1)の敷地内にベーカリーショップ「60 Plus+ Bakery & Café」がオープンしました。これはAPCDが日本政府の草の根・人間の安全保障無償資金協力※2などを活用した取組で、身体障害、知的障害、精神障害、自閉症、その他発達障害など、様々な障害のある人たちの就労と自立に向けた職業訓練を行っています。

タイ統計局のデータ(2012年)によると、タイには15歳以上の障害者数が約143万人います。しかし、障害者に対して教育や訓練の場は少ないため、就労機会は限られており、就労する障害のある人の数は約37万人程度にとどまっています。

APCDは、アジア・太平洋地域での障害者の能力向上・エンパワーメントと社会参加を促進する拠点として、2002年にタイ政府と日本政府により設立されました。2009年にAPCDの運営がタイ王室後援のAPCD財団下となった後も、日本とタイの連携を土台に、すべての人に優しい包摂(ほうせつ)的(インクルーシブ)な社会の実現を目指して活動を続けています。APCDでは、これまで3,000人以上の障害者や関係者を対象に様々な研修を実施してきました。

そうした中、新たな取組として始まったのが、この「60 Plus+ Bakery & Café」です。「ベーカリーショップという事業形態を選んだのは、食品製造業は障害者がかかわりやすい業種で、日本でも多くの実績があったからでした」と話すのは、APCD事業部長の佐野竜平(さのりゅうへい)さんです。自身も手に障害がある佐野さんは、JICA専門家として2008年にAPCDに赴任し、JICA技術協力プロジェクト終了後もAPCDに勤務しています。

「60 Plus+ Bakery & Café」の店頭で商品を包む研修参加者(写真:APCD)

「60 Plus+ Bakery & Café」の店頭で商品を包む研修参加者(写真:APCD)

佐野さんたちが注目したのが、タイで80店舗以上を展開するなど知名度も高い、山崎製パン株式会社の現地法人タイヤマザキ社でした。「実は、何の接点もなかったのですが、思い切って社長に協力を依頼する手紙を出したところ、社長が会ってくれることになり、『一緒にやりましょう』と快諾いただきました」と佐野さんは語ります。

タイヤマザキ社から技術指導を受ける「60 Plus+ Bakery & Café」では、パンの製造だけでなく、販売、流通、カスタマーサポート、移動販売車の運転手など、すべての業務に障害者が携わっています。また、現場では、APCDに派遣されていた青年海外協力隊員(JOCV)の協力が大きく役立っています。

佐野さんは、この取組を通じて、企業のCSR※3や社会貢献を超え、障害者を巻き込むことが企業のみならず社会全体の利益につながるという「障害インクルーシブなビジネス」モデルを示したい、と考えています。

「60 Plus+ Bakery & Café」で作るパンは、アンパンやサンドウィッチなど約100種類にも上り、すべてタイヤマザキ社の基準で作られています。製造したパンは、タイ政府関係機関(タイ国会、タイ社会開発・人間の安全保障省、タイ外務省、タイ国立銀行等)、日本政府関係機関(在タイ日本大使館、JICAタイ事務所等)や国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP※4)をはじめ、活動に賛同し協力してくれる企業や団体にも幅広く提供されています。

そうした中、タイで政府の取組をプラユット・ジャンオーチャー首相が直接紹介する番組(毎週金曜日放送)で、2016年7月に「60 Plus+ Bakery & Café」が取り上げられました。

「タイで俳優として活躍していた30代後半の男性は、交通事故により重度の障害が残る怪我を負って、長らく社会から遠ざかっていました。彼は『60 Plus+ Bakery & Café』の広報担当として働くようになり、少しずつ自信を取り戻していきました。社会の中で再び輝く彼の姿勢が、多くの障害者の励みになっていることが紹介されたのです」と、佐野さんは感慨深く語ります。

「60 Plus+ Bakery & Café」における研修受講者の中から、就労機会を得たり、自ら起業したりと、それぞれの道を歩き始める成果が生まれつつあります。

人間一人ひとりに着目し、尊厳を持って生きることができる社会を目指す「60 Plus+ Bakery & Café」は、「人間の安全保障」に通じる取組となっています。


※1 APCD:Asia-Pacific Development Center on Disability

※2 人間の安全保障の理念を踏まえ、開発途上国における経済社会開発を目的とし、草の根レベルの住民に直接貢献する、比較的小規模な事業のために必要な資金を供与する無償資金協力。

※3 企業の社会的責任 Corporate Social Responsibility

※4 ESCAP:United Nations Economic and Social Commission for Asia and the Pacific

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