匠(たくみ)の技術、世界へ 1
途上国の赤ちゃんを救う
日本の中小企業の挑戦
〜ベトナムで新生児の黄疸診断精度が向上〜

血中ビリルビン値測定器。サイズが小さく、軽量な点が特長(写真:(株)アペレ)
生まれて間もない赤ちゃんによく見られる、皮膚や白目が黄色くなる新生児黄疸(おうだん)。そのほとんどが生理的な症状ですが、中には後遺症をもたらす病的黄疸の場合もあるため、的確な診断が必要になります。黄疸の診断には、血中の成分「ビリルビン」の値を測定することが必要ですが、測定のための機器が高額なため、多くの開発途上国では適切な診察を行える診療機関が限られているのが現状です。
たとえばベトナムでは、近年、保健医療の水準が大きく向上し、新生児の死亡率は低下しましたが、地方や農村部の診療所の多くは黄疸の検査設備が整っていません。そのため、都市部の大規模な病院に患者が集中する傾向があり、都市の病院にとって大きな負担になっています。
埼玉県川口市に拠点を置く(株)アペレは、主に途上国向けの医療機器を製造・販売するメーカーとして26か国に販売実績を持ちます。同社は、新生児黄疸の診断に特化した小型の検査機器を独自に開発し、この製品をベトナムの保健医療の向上に役立てられないかと考えました。
「生まれたばかりの赤ちゃんへの負担をできるだけ少なくするため、少ない採血量でビリルビン値の測定を行えるのがこの機器の最大の特長です。検査機器自体は中国や韓国などのメーカーも製造・販売していますが、私たちの製品は、検査精度が高く、操作がしやすい上、低価格でも故障が少ないなど、日本メーカーならではの高い品質が各国で評価されています。」と同社副社長の柏田満(かしわだみつる)さん。より安価で高品質な製品づくりのため、新たにベトナムに工場を設立し、この地に生産拠点を確立したいと考え始めていた同社は、外務省・JICAの「中小企業海外展開支援事業」※1を知り、平成25年度外務省委託事業の案件化調査※2に応募。この事業に採択され、ベトナム保健省とホアビン省保健局の協力の下、二つの国立病院と省・郡レベルの6つの病院を対象に機器の試験導入を行うことになりました。
柏田さんは試験導入は成功だったといいます。「約1か月の試験導入を行った結果、小型軽量でありながら大型の検査機器との性能差が少ないこと、わずかな採血量で済むため新生児への負担が軽減されるなどの点を高く評価していただきました。国立小児病院では、救急科や新生児特定集中治療室にこの機器を導入することで、検査の処理能力の向上が期待できるとのことでした。また、地方や農村の病院でも検査が可能になることで、大規模な病院への患者の集中を緩和し、業務軽減にもつながります。今回、中小企業だけでは面会が難しい国立病院の院長の方々と直接お会いできたのも、外務省・JICAの事業だからこその利点だと思います。」
一方、新たな課題も見つかりました。小型の測定器は好評だったものの、採取した血液の検査に必要な遠心分離機は比較的重量があり、往診の際には運搬が難しいとの意見もあります。アペレは、試験導入を通じて得られた医療機関の意見を、今後の製品開発に反映させていきたいと考えています。
新生児医療の水準向上は、ベトナム政府が積極的に取り組む課題の一つです。今回の試験導入によって、アペレの開発した機器が医療機関から評価された意義は大きいといえます。しかし、単に機器を普及させるだけでは不十分だと柏田さんはいいます。
「今回のプロジェクトを通じて感じたのは、病院や医師、医療スタッフに対して機器の普及を促すことは大切ですが、患者の家族、特に母親に対する教育、広報活動も同じくらい重要だということです。ベトナムでは、出産後一日で母子が退院し、自宅のなるべく薄暗い部屋で過ごすという習慣があるのですが、これが黄疸の発見を遅らせ、重症化につながっているケースがあります。正しい知識や情報を伝えていくことで、こうした点が徐々に改善されればと思います。私たちは一(いち)メーカーとして、途上国で事業を進める上で、現地の抱える課題とどう向き合い、私たちなりに解決の手助けがどのようにできるかを考えていく必要があると実感しました。ベトナムでの新生児黄疸の重症例が、日本や他の先進国と同等の水準にまで減少することを願ってやみません。これからも、そのために貢献できることを続けていきたいと思います。」
※1 中小企業の優れた製品・技術を途上国の開発に活用することで、途上国の開発と、日本経済の活性化の両立を図るもの。
※2 中小企業などからの提案に基づき、製品・技術を途上国の開発へ活用する可能性を検討するための調査。

ホアビン省の病院で行われた、機器の使用方法の講習(写真:(株)アペレ)