国際協力の現場から 01
学びの機会を逸した人たちにセカンドチャンスを
~パキスタンで「ノンフォーマル教育」を推進~

識字教室の教師と生徒の女性たち、そして大橋さん(中央)(写真:大橋知穂)
1億8,000万人という世界第6位の人口を有するパキスタン。その東部に位置し、最大の人口を擁するパンジャブ州は、北部の一部は工業都市として発展しているものの、未だ多くの人々が南部の農村地帯に暮らし、農業や手工業、工芸を生活の糧としています。パンジャブ州全体の識字率は推定62%で、これは南アジア諸国でも最低レベルですが、都市部が70%を超えるのに対して農村部では50%台にとどまり、教育面での立ち後れが分かります。とりわけ女子教育が遅れているのは、貧困などの経済的要因や、女子を家やコミュニティの外に出したがらない文化的風土にも原因があるようです。
そうした中、この地で識字率向上のために奮闘する女性がいます。JICAのノンフォーマル教育推進プロジェクトでプロジェクトアドバイザーを務める大橋知穂(おおはしちほ)さんです。「ノンフォーマル教育」とは、一般に「正規の学校教育の枠外で行われる教育活動」を指します。学校に通えない、あるいは中退してしまった子どもたちや、学ぶ機会を得られなかった青年や成人に対して、学習の機会を提供するというものです。
大橋さんは、UNESCO(ユネスコ)関係の仕事を通じてノンフォーマル教育とかかわるようになり、2008年にスタートした先行プロジェクトの時代から、専門家としてパンジャブ州のノンフォーマル教育に携わってきました。「パキスタンは、識字率の低さとともに中退率が世界で2番目と高く、その結果、彼らは社会的にも経済的にも有益な情報やメリットを受けられず、市民として社会参画の機会すら奪われています。ノンフォーマル教育は、そうした人々にセカンドチャンス、サードチャンスを与える意味でたいへん重要な役割を果たしています。」と大橋さん。
ノンフォーマル教育を受ける7割以上が女性という事実は、この地域の女性がいかに教育から遠ざけられた環境に置かれているのかを示しています。「教育は必要との思いはあっても、貧しい家庭では、学校に行かせるのはまずは男の子、と考えることが多いのです。」と大橋さんは指摘します。2012年、パキスタンで女性の教育の権利を訴え、イスラム過激派に銃撃されたマララ・ユスフザイさんの事件に象徴されるような、女性に対する偏見や差別が未だ続く現実があります。また、自宅から遠い場所まで行かなければ学校がない、女子用のトイレがないなど、従来の学校のあり方にも問題がありました。
そこで、積極的に女子を受け入れるために、住まいの近隣で行う「ドアステップアプローチ」が採られることになりました。近所の顔見知りの女性が先生になることで、安心して参加できる環境を整えています。学校という形式にとらわれず、村の集会所なども学びの場に早変わりするのです。
「日本人はほぼ私一人なので、仕事の進め方も交渉もある程度パキスタン流に合わせる必要がありますが、幸い良き同僚や現地の専門家に囲まれているので、彼ら、彼女らの力を最大限に活用させてもらって進めています。教育の場を確保するためには、まずその地域の人々─主に男性ですが─の理解と協力が不可欠です。」

成人識字教室に通う女性。通常、識字教室は15〜35歳が対象だが、中にはそれより年配の女性も通ってくる(写真:大橋知穂)
教育の手法や教材づくりにも工夫が見られます。日本の母子手帳をヒントに作った「マイブック」という教材は、自分の日記をつける感覚で読み書きを学ぶことができるユニークなもの。「自分の名前から生年月日、住所、家族についてなど、自分にまつわることをどんどん記録していきます。自分のアイデンティティーの確認にもなるので、そこから誇りや自信も生まれるのです。」
読み書きを覚えることはその先へ進んでいくための最初の目標に過ぎないのですが、学ぶこと自体を通じて貧困や紛争、病気や災害など、様々な問題に対する備えや解決のために必要な力、いわば「生きていくための力」を身に付けることにつながると大橋さんはいいます。「このプロジェクトの醍醐味は、人の変化です。女性たちの表情が一変するのです。学びの中で自分に大きな自信を持ち、社会への関心を強めていく姿を見ると、教育の意義を実感します。学ぶ機会を得た人は、本当にうれしそうに希望を語ってくれるのです。」
プロジェクトで開発されたノンフォーマル教育のシステムや教材には、パキスタンのほかの州や隣国アフガニスタンからも強い関心が寄せられています。学びの喜びが、州や国を超えて広がりを見せ始めています。