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砂漠にまかれた“水のタネ”

 西アフリカのマリには“ギニアウォーム”という恐ろしい寄生虫がいる。
 ギニアウォームは、水中のミジンコに卵の状態で寄宿し、生水を通して人体に入ると、半年から 1年で体長1メートルにまで成長する。成虫となったギニアウォームは、今度は排卵のために体内を徘徊し、人間の皮膚を食い破って体外に出ようとする。その時の痛みは、大人でも七転八倒するほどで、歩行が困難になり、食欲も低下、やがて衰弱して、重症の場合には死に至るという恐ろしい寄生虫である。
 マリの村落部ではいまだに給水普及率が低く、汚れた生水を飲むことが多いから、近年、このギニアウォーム症が再び増加傾向にあった。人口の約20%が、この寄生虫のために命を落としたという数字もあるほどだ。
 そうした状況を見かねた米政府は、カーター政権時代に平和部隊(草の根レベルの援助組織)を派遣し、ギニアウォーム撲滅に乗り出した。
 平和部隊は、生水を飲まず、煮沸消毒や濾過器を使うよう指導して、一応の成果を上げたが、平和部隊が帰ってしまったら元の木阿弥。煮沸消毒のための燃料費が高いこと、濾過器のメンテナンスがうまくいかなかったことなどで、衛生管理が低下、再びギニアウォームが猛威をふるうようになった。
 そこで考え出されたのが簡易深井戸である。固い岩盤を突き破って100メートルも掘り進めば地下水脈があることもわかった。が、マリには深井戸掘削の技術も予算もない。そこで日本は1994年、マリの給水普及率の低いカーイ、クリコロ、モプティ、ゼグーに500本の簡易深井戸を無償援助で建設することを約束した。

生活改善につながった”簡易深井戸”
写真提供(住鉱コンサルタント)
 1995年3月、その1本目の井戸の竣工式が、モプティに近いカリボンボ村で行われた。セレモニーで井戸から水が吹き出すと、無数の空砲が轟き、鳥や動物の仮面を付けた村人たちが舞う。完成式に招かれた日本の中村大使(当時)は、民俗学的にも有名なドゴン族の熱い歓迎を受けたのだった。
 カリボンボ村の村長は席上、中村大使に対し、「先ほどラジオで阪神大震災のことを知りました。我々は日本に助けてもらった。今度は我々が助ける番だ」、そう言って牛1頭と山羊5頭を差し出した。彼らにとってどれだけ貴重な贈り物か知れない。中村大使が「ありがとう。しかし、日本へ運ぶには大変な費用がかかってしまう。お気持ちだけ頂きます」と丁重に断わると、村長は笑ってうなずいてくれたそうである。
 この日から、1本の井戸で周辺の6つの村、約 5千人がその恩恵を受けることになった。井戸の周りに堰(せき)を設けて衛生面もクリアした。ギニアウォームの発生率は日一日と減少している。婦人や子供たちの日課だった水汲みの重労働も姿を消した。1本の井戸は、村の有り様も変えてしまったのである。

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