グローカル外交ネット

令和7年10月28日

在チリ日本国大使館

1 イースター島とは

伊藤前大使と、日本のクレーンで立て直されたモアイ像

 太平洋のはるか沖に浮かぶ南米チリ領の小さな島イースター島。日本でもよく知られるモアイ(1995年世界遺産に登録)が立ち並ぶ神秘の地として、世界中の人々を魅了しています。人口はおよそ7,500人と少ないながら、観光や漁業を基盤として、独自のポリネシア文化と伝統を大切に守り続けています。
 日本から遠く離れていますが、1937年にチリ政府がイースター島を日本へ売却しようとした出来事や、1960年のチリ地震の津波の記憶、その後のモアイを通じた地域との繋がりや文化交流等を通じて、イースター島と日本は古くから深い絆を育んできました。モアイが結ぶイースター島と日本の友好関係を紹介します。

2 香川県高松市 モアイ復興の絆

 高松市にある鬼ヶ島の愛称で親しまれる女木島には、集落を見守るように1体のモアイが立っています。なぜ、この場所にモアイがあるのでしょうか。その背景には、イースター島とのつながりを象徴する重要な歴史が隠されています。その歴史の中心は、高松市のクレーン企業タダノです。
 かつてイースター島のモアイは部族間抗争「モアイ倒し戦争」によってその多くが倒され、長い間放置されたままでした。「クレーンがあれば倒れたモアイ像を起こせるのに」。イースター島の市長が日本のテレビ番組の取材で語った一言をきっかけに、タダノは1991年からモアイ修復プロジェクトを立ち上げ、島にクレーンを寄贈しました。この協力により、1995年には世界遺産「アフ・トンガリキ」にある伝説の15体のモアイが再び立ち上がりました。
 女木島のモアイは、この修復プロジェクトのモアイ吊り上げ実験のために模刻されたもので、タダノから高松市に寄贈され、この貴重な協力の歴史を思い起こさせてくれます。
 その後もタダノは、2005年、2019年にクレーンを寄贈し、現在では島民の暮らしを支える大切な機械として、生活物資の運搬やインフラ整備等に役立てられています。

3 宮城県南三陸町 震災復興の絆

 南三陸町には、門外不出と言われるイースター島の石から彫られた1体のモアイがあります。なぜ、この場所にモアイがあるのでしょうか。
 南三陸町とモアイの歴史は、町に大きな被害をもたらした1960年のチリ地震津波にさかのぼります。1960年5月、チリ南部でマグニチュード9.5という観測史上最大の超巨大地震が発生し、これによって生じた大きな津波は太平洋を横断し日本列島沿岸に到達、北海道や三陸を中心に多数の死者が発生しました。壊滅的な被害を経験した両国は、津波の記憶を後世に伝える思いを共有し、1990年にチリから国鳥コンドルの碑が贈られ、1991年には南三陸町がチリ人彫刻家に依頼して制作したモアイが設置されました。
 しかし2011年の東日本大震災の津波でこのモアイは流失しました。復興を目指す町に新たなモアイを贈ろうと、チリの日智経済委員会やイースター島長老会が協力し、2013年に新しいモアイが寄贈されました。白サンゴと黒曜石の眼を持つそのモアイは、友情と復興の象徴として町を見守り続けており、震災を乗り越える南三陸町とイースター島の交流は、国境を越えて人々の心を結びつける力と友情を示しています。

4 宮崎県日南市 ずらりと並ぶ7体のモアイ

 上記の高松市や南三陸町以外でも、今日、日本各地でモアイに出会うことができます。なかでも代表的なのが、宮崎県日南市のサンメッセ日南に立つ7体のモアイです。これは、タダノをはじめとするモアイ修復チームの協力に応える形で、イースター島長老会が日本での復刻を特別に許可したもので、イースター島に似た日南海岸の景観と調和し、まるで同島を訪れたかのような雰囲気を伝えています。日本各地に立つモアイの多くは、単なる観光資源にとどまらず、災害復興の記憶や友情の証、文化交流の象徴として、日本とイースター島の絆を実感させてくれます。

5 富山県富山市・高岡市 日本文化の絆

 近年では、日本の地域文化や伝統芸能を通じた交流も生まれています。2023年には、富山市の劇団「文芸座」と高岡市の舞踊団「可西舞踊研究所」がイースター島を訪れ、通常は厳しく規制されている本場モアイ像の前で、特別な許可を得て舞台を披露しました。大自然に包まれ、波や風の音とともに繰り広げられたその舞台は、島民の心を深く揺さぶりました。日本から遠く離れた地において、文化と伝統が国境を越えて友情を育む力を持つことを、改めて実感させる機会となりました。

6 未来に向けて

大阪・関西万博でイースター島ラパヌイ文化を披露するラパヌイ・ダンサーとチリ・パビリオン
モアイを管理する現地先住民リーダーグループとのモアイ修復サイト視察

 こうした長年培われてきた友情と交流により、イースター島では日本は困った時に助け合う友として親しく認識されています。イースター島と日本、そして各地域との絆は、これからも続いていきます。2025年6月に伊藤前駐チリ大使がイースター島を訪問した際、市長から日本とのさらなる連携への期待が示され新たな協力の可能性が模索されているほか、9月には、イースター島の先住民族ラパヌイが大阪・関西万博における「チリ先住民ウィーク」に参加し、チリ・パビリオンなどにおいてダイナミックなラパヌイ文化と伝統を披露するなど、今後の更なる交流・連携に向けて期待が高まっています。
 モアイは島の住民の守り神であり、両国にとって過去の困難を乗り越え、未来への希望をつなぐシンボルです。これまで日本の各地域が積み重ねてきたイースター島との友情と協力を礎に、その絆が次世代へと一層強まっていくことを期待しています。

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