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姉妹都市提携50周年を迎えたドイツ・リューネブルク市との友好の絆
鳴門市市民生活部
文化交流推進課
徳島県鳴門市と、ドイツ北部に位置するハンザ都市リューネブルク市は、本年、姉妹都市を提携してから、めでたく50年の節目を迎えました。
1 本市の日独交流の経緯

両市の交流は、第一次世界大戦時に本市に作られた「板東俘虜収容所」がきっかけとなりました。大正3年に勃発した第一次世界大戦において、日本は日英同盟に基づき、同年8月にドイツに宣戦を布告し、ドイツの租借地であった中国・青島を攻撃しました。この戦いにより、約4,700人のドイツ兵が捕虜として、日本国内の収容所に送られました。その後、大正6年に新設された板東俘虜収容所(現在の鳴門市大麻町)で、約1,000人の捕虜が過ごすことになりました。
捕虜たちは収容所内で酪農や乳製品の製造、音楽、製パン、スポーツなど、様々な活動が認められており、そのなかでドイツの優れた技術や西欧文化を地域住民に伝え、温かい交流を繰り広げました。また、音楽の分野では、収容所内外で100回以上ものコンサートが催され、そのうちの一つが大正7年に開催されたベートーヴェン「第九」交響曲演奏会で、これはアジアで最も古い演奏記録とされています。こうした数々の活動と交流を生んだ収容所は、第一次世界大戦の戦後処理が終了したことに伴い、大正9年に閉鎖されました。
それから長い年月が経った昭和35年、長らく放置されていたドイツ兵の慰霊碑を偶然見つけた地元住民の髙橋春枝さんらが、慰霊碑の清掃をしていることが新聞に取り上げられました。その活動がドイツに伝わり、それを知った元捕虜らから板東の近況を尋ねる手紙と当時の写真や物品が届くようになり、交流が再開しました。市は昭和47年、住民との友愛の歴史を伝え、継承するため、ドイツ館を建設しました。
翌年、ドイツ館の開館一周年を記念し、市はこの日独交流をさらに一歩進めようとドイツの都市との姉妹都市提携を計画しました。白羽の矢が立ったのが、人口規模がほぼ等しく、鳴門市と同じ製塩で栄えた歴史のある観光都市「リューネブルク市」でした。昭和49年4月、両市は姉妹都市提携盟約書に調印し、友好交流の歴史が始まりました。
2 姉妹都市交流のはじまり
交流事業の中心となったのは、市民からなる親善使節団の相互派遣です。姉妹都市提携盟約書への調印を行った年に最初の使節団がリューネブルク市を訪問し、それから50年の間に、使節団員として互いの街を行き来した両市民の数は、延べ1,600人以上。両市民の間には、たくさんの友情が生まれ、年を追うごとに両市の絆は深まっています。
また、両市の姉妹都市交流になくてはならない存在であるのが、鳴門日独友好協会とリューネブルク独日協会です。両協会は市民交流の先頭に立って、その発展に尽力しています。
3 祝50周年

こうして迎えた50周年。令和6年8月に、第24回鳴門市姉妹都市親善使節団として、泉理彦鳴門市長はじめ一般使節団員35人、青少年使節団員15人と随行教員1人の51人が、リューネブルク市を訪問しました。
リューネブルク市庁舎の「侯爵の間」で開かれた歓迎式典には、一般・青少年使節団員の他に、リューネブルク市議会議員、リューネブルク独日協会会員や青少年のホストファミリーなど約90名の方が集まりました。リューネブルク市のカーリッシュ市長と泉鳴門市長は、それぞれの挨拶のあと、鳴門市・リューネブルク市姉妹都市盟約締結50周年記念確認書に署名し、今後も末永い姉妹都市交流を推進することを誓いました。その後、使節団員は「黄金の本」と呼ばれるリューネブルク市の芳名録にそれぞれ署名しました。
同日夜に開催された50周年記念式典には、一般使節団を含む120名余りの関係者が出席しました。カーリッシュ市長は挨拶の中で、50周年を迎えた両市の友好関係を「橋」に例え、それを支える基礎や柱、維持管理が大切だとし、交流に関わる人たちの重要性を説きました。これに対し、泉市長は、板東俘虜収容所に始まる交流の歴史と先人の努力を忘れず、今後もリューネブルク市の皆様と大切なパートナーとして歩み続けたいと述べました。この日、本市使節団員をはじめ、両市の関係者は友情の絆を確かめ、この交流を未来につなげようと決意を新たにしました。
青少年使節団員は、ホームステイをしながら現地の学校で授業に参加しました。団員の中には、昨年リューネブルク市からの青少年使節団員をホストファミリーとして受け入れた経験のある青少年も多く、1年ぶりの再会を喜ぶ声も聞かれました。滞在中、青少年は積極的に同年代のドイツ人らと英語を使って国際理解を深めており、最終日にはホストシスター・ブラザーと涙を流しながら別れを惜しむ姿が見られました。同事業により、次代を担う子どもたちの間にもたくさんの友情が生まれています。
4 次の50年に向けて

両市の交流には、いつの時代も幅広い世代の市民が関わり、両市と両協会が協力し合って、50年という長い歴史を共に歩んできました。鳴門市は、これまで姉妹都市交流に携わられたすべての方々に感謝するとともに、かけがえのないパートナーであるハンザ都市リューネブルク市と手を携え、これからも友好の絆を深めてまいります。