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黒森歌舞伎ポーランド公演 山形県酒田市から280年の伝統が海を渡る



酒田市教育委員会社会教育文化課 川島崇史
1 黒森歌舞伎について
黒森歌舞伎は江戸時代中期の享保年間(1716~1735)から酒田市黒森地区に伝承されてきた地芝居です。毎年旧暦の小正月に当たる2月15,17日の二日間,神社の奉納行事として上演されます。雪の中で演じられることから,「雪中芝居」,「寒中芝居」とも呼ばれ,観客は厳寒の境内で舞台を楽しみます。演じるのは,地元住民で組織された「妻堂連中(さいどうれんちゅう)」。
また,1年を通じて様々な儀式があり,歌舞伎が農村で祭礼と結びついて定着した過程と歌舞伎の古典的な特徴が日本で唯一残っている貴重な地芝居です。
2 なぜ黒森歌舞伎がポーランドへ
ポーランド共和国,ポズナン市にある「アダム・ミッキェヴィチ大学」のアシスタントプロフェッサーであるイガ・ルトコフスカ氏が2009年の黒森歌舞伎正月公演(2月15日,17日)を視察に来ました。その歴史をはじめ1年におよぶ関連事業,舞台の奥深さ,村人一体となり歌舞伎を作り楽しむなど黒森歌舞伎の素晴らしさに感動しました。
その後もイガさんは調査を続け,より一層黒森歌舞伎に興味を持ち,ポーランドの国民に日本の庶民文化である地芝居を紹介したいと考え,2019年がポーランドと日本の国交樹立100周年にあたることから,黒森歌舞伎のポーランドでの公演を実施したい旨の相談があり,座員に確認したところ,賛同を得たことから,事業を進めることになりました。
イガさんは2017年8月に再来日,公演演目や日程,公演場所,公演回数などを協議し,ポーランド公演に向けての準備が始まりました。
3 手探りでの準備開始
初めての海外公演のために手探りでポーランド公演の準備が始まりました。
最初に,黒森歌舞伎妻堂連中,黒森歌舞伎保存会,黒森コミュニティ振興会,酒田市,山形県から構成される実行委員会を立ち上げました。黒森歌舞伎妻堂連中だけではこの公演は実現できないためです。私は市職員として事務局を担いました。
次に行ったことは費用の確保です。 黒森歌舞伎の上演にはかつらや衣裳,舞台の大道具・小道具などが必要となります。また,人も役者だけでなく,かつらの手入れなどを行う床山や衣裳を着つける衣裳担当,舞台を組む大道具,小道具等多くの人が必要となります。黒森歌舞伎には俳優部のほかおはやし部,太夫部,床山部,衣裳部,大道具部,小道具部などがあり,各部の分業で舞台を作り上げています。現在黒森歌舞伎の座員は約50名。これらの人数をポーランドへ連れて行くだけでも大変な費用が掛かります。最終的には41名での渡航となりましたが,国や県,市に積極的に支援を要請した結果,国際交流基金,日本万国博覧会記念基金,三井住友海上文化財団,丸高歴史文化財団より助成金をいただくことができました。また市や県からも支援を受けて何とか予定の予算に達しました。
次の準備は舞台づくりと荷物輸送。ポーランドではワルシャワ市の演劇大学とクラクフ市のマンガ博物館での公演ですが,どちらにも歌舞伎に必要な花道がありませんし,舞台もいつも行っている黒森歌舞伎演舞場とは寸法が違います。
そのために現地視察を行い,現地スタッフと協議を重ねて,花道は通路や台を活用し,両方の舞台に合うような大道具・小道具を製作しました。かつらや衣裳とともにATAカルネ(物品の一時輸入のための通関手帳)制度を申請してポーランドまで輸送。この申請も初めてのためにいろいろと訂正などもありましたが,荷物は無事にポーランドに到着し,ポーランドから黒森に帰ってきました。
4 やっとポーランド公演実現
黒森歌舞伎ポーランド公演実行委員会派遣団41名は,11月2日(一部団員は1日より)から9日までの日程でポーランド公演へ向かいました。
これまでポーランドでは歌舞伎の舞踊の上演はありましたが,歌舞伎の演目上演は初めてです。
11月4日に演劇大学で行われた公演では,学生向けの15時,一般向けの18時ともに満席で立ち見が出るほどの盛況ぶりでした。夜の一般の部では川田駐ポーランド大使からも挨拶をいただきました。また,公演後のレセプションでも多くの方に「歌舞伎を初めてみたが,こんなに面白いものだと知りました」との感想をいただきました。
11月6日にはクラクフ市のマンガ博物館で公演が行われ,学生向けの15時,一般向けの18時ともに予約で満席でした。また,公演終了後には観客からのスタンディングオベーションが鳴りやみませんでした。レセプションでは多くの方から「歌舞伎の迫力を感じました」という感想を聞くなど,両公演ともポーランドの方々より高い評価をいただいたのではないかと感じました。
5 まとめ
今回の公演は準備段階よりいろいろなことがありましたが,大成功だったのではないかと思います。また,黒森歌舞伎妻堂連中の皆さんが今回のポーランド公演を通して,これまで先輩たちから受け継がれてきた黒森歌舞伎をこれからも継承していかなければいけないと改めて決意されたことは,今回の公演の大きな成果です。
2月15,17日には山形県酒田市の黒森歌舞伎演舞場で正月公演が行われます。演目はポーランドで演じた「義経千本桜」です。ポーランドの方々から好評を得た演目です。280年の伝統が続く地での雪の中での地芝居。日本の原風景を楽しむことかできます。ぜひ,皆様のご来場をお待ちしております。