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屏風でつながるバチカンと滋賀県
在バチカン大使館
今年8月、イタリア司教協議会が発行する日刊紙「アベニーレ」紙に、こんなタイトルの記事が掲載されました。
「1576年に織田信長が天下統一の拠点として安土に築城したものの、(天主が完成した)わずか3年後に火災により落城。滋賀県は、当時日本に滞在していた宣教師らによって、欧州にもその荘厳な姿を伝えられた「幻の安土城」復元プロジェクトを立ち上げました。安土城の復元にあたり、重要な鍵となるのが、「安土山図屏風」です。同屏風は、1581年に信長より、イエズス会宣教師、アレッサンドロ・ヴァリニャーノに渡されたとする記録が残っています。(天正遣欧少年使節団の企画者である)ヴァリニャーノは、その屏風を教皇への贈呈品とすべく、彼らに託します。1585年3月、教皇グレゴリウス13世に謁見した使節団は、その屏風を贈呈、日本の「城と町の様子が描かれた」屏風を教皇は気に入り、「地図の間に飾った」と記録されています。」
1585年に確かにバチカンに存在した屏風はその後、1592年には「地図の間」にあったらしいという情報を残し、すっかり行方がわからなくなっています。天下一と尊ばれた安土城ですが、現存する史料は限られ、特に、外観を描いたものは「安土山図屏風」のみであるため、デジタル復元のためには、この「失われた屏風」の発見が切望されています。
本年5月、滋賀県より大杉住子副知事がバチカンを訪れました。千葉大使とともに、文化教育省長官であるトレンティーノ・メンドンサ枢機卿、国務省総務長官のペーニャ・パーラ大司教、バチカン図書館・文書館館長のザーニ大司教を表敬、さらに、ペトリーニ行政庁次官、「チヴィルタ・カットリカ」誌のスパダーロ編集長(当時)やヤンツ図書館副館長とも面会、屏風やそれにまつわる調査について広く協力を求めました。
同日、大杉副知事を取材したアベニーレ紙の記者は、高い関心をもって話を聞き、「まるで、インディー・ジョーンズ(の宝探し)ですね」とコメントしました。その取材をもとに掲載されたのが、冒頭で紹介した記事です。
同屏風についての調査は、実は最近始まったものではありません。これまでにも多くの研究者や専門家が、バチカンの図書館や文書館に手がかりを求めてきました。21世紀に入ってからは、安土町(現在は近江八幡市)が、複数回にわたり調査員を派遣しています。2017年に、研究者らによる安土図屏風探索ネットワーク(ASRN)が発足し、より体系的、包括的な調査が進められるようになりました。同ネットワークは、美術家の杉本博司氏を筆頭に、新保淳乃氏(武蔵大学講師)、パオラ・カヴァリエレ氏(大阪大学特任准教授、イタリア)、マーク・アードマン氏(メルボルン大学講師、米)、エリアン・ルー氏(ハーバード大学研究員、カナダ)、アントン・シュバイツァー氏(九州大学教授、ドイツ)と、出身も所属もさまざまな研究者により構成され、バチカンに所蔵される資料を始め、欧州、日本で幅広い調査研究を進めています。「安土城」復元プロジェクトを掲げる滋賀県は、同ネットワークと協力し、また屏風に関わる情報の提供を広く呼びかけています。この屏風が、バチカンにとっても関心が高いのは、安土の城下町に建てられた「セミナリヨ」もまた、そこに描かれている可能性が高いためです。それは、ヴァリニャーノらイエズス会宣教師により、1580年に、長崎県の有馬とともに日本で最初に建てられた初等教育のための神学校でした。
日本においては、一方的に信仰を押しつけるのではなく、現地の文化や習慣を理解し、尊重した上で宣教すべし、と唱えた彼らが建てた神学校が、どんな姿で、どんな風に子どもたちに教えていたのか、そんな様子を描いた図が残されていれば、それもまた貴重な歴史の一コマと言えるでしょう。
11月にはさらに、奥村芳正県議会議長がバチカンを訪れ、福音宣教省長官補のタグレ枢機卿や、天正少年使節団とゆかりの深い、サンタ・マリア・デッロルト教会の管理責任者ロテッラ夫妻に面会し、引き続き、調査への協力を求めることができました。また、バチカン図書館では、マントヴァーニ図書館長及び同館研究者プロヴェルビオ氏に迎えられ、天正少年使節団が描かれた壁画の他、サレジオ会宣教師マリオ・マレガ神父が1920年代~50年代に日本で収集したキリシタン関連史料、通称「マレガ文書」を視察しました。
バチカンで保管される文書は、これだけではありません。中央官庁にあたる国務省、その中にある外務庁、日本との関係を担当する福音宣教省を始め、主な省庁がそれぞれ、さまざまな記録を残し、文書を保管しています。イエズス会もまた、自身の文書館を持っています。また、屏風が、教皇の私有財産に含まれている場合、あるいはいずれかの段階で第三者に下賜した場合など、可能性のある先の、記録や財産目録にあたることで、ひょっとしたら何か手がかりが見つかるかもしれません。
日本の歴史上重要な史跡であるばかりか、欧州にもその様子が伝えられた安土城は観光の目玉になり得るとして、滋賀県は、2026年の築城450周年を目標に、デジタル技術を駆使し「安土城の見える化」を目指しているとのことです。
そうして丹念に記録をたどっていくことで、思いがけぬところで日の目を見ずに眠っている屏風に行き当たる、そんな歴史的大発見のあることを願っています。