グローカル外交ネット

令和4年3月30日

在アルゼンチン日本国大使館 特命全権大使
中前 隆博

1 はじめに

(写真1)旗を振る人たちの中にいるモンテネグロ公使  長田小学校訪問時に歓迎を受けるモンテネグロ公使 

 茨城県には、30年以上前から毎年「アルゼンチンの日」を祝う自治体があります。県西部に位置する境町です。境町とアルゼンチンの交流は約170年前のペリーの黒船来航から始まりました。当時、一行にモンテネグロ氏というアルゼンチン人船員がおり、この人を幕府の役人であった境町(当時は別の名称)出身の野本作次郎氏が接遇したことをきっかけにして、2人は交流を深めていきました。1933年にペリーの孫が来日した際、当時の関係者の子孫を探すことになり、野本作次郎氏の孫の作兵衛氏と当時駐日アルゼンチン公使だったアルトゥーロ・モンテネグロ氏が書簡を通じて知り合い、80年前の祖父同士の交流が明らかになりました。
 これが契機となり、1935年にモンテネグロ公使が作兵衛氏の母校である境町(当時の猿島郡長田村)の長田小学校を訪問することに。静かな村は大騒ぎ、沿道が人で埋め尽くされるほどの歓待を受けました。当時は村に電話がなく、自動車も一台あるだけだったそうで、公使訪問のために道路に砂利をまいて車道を作ったと言われています。温かい歓迎を受けたモンテネグロ公使は、離任までの7年間に地域の青年研修所として「モンテネグロ会館」の建築費用を寄付し、その後も優秀な卒業生たちに対して「モンテネグロ賞」という奨学金を給付し続けました。

2 子どもたちが紡ぐ交流の歴史

 その後、戦争により交流は中断を余儀なくされましたが、1965年、交流30周年を記念してモンテネグロ公使に感謝する会が開催され、当時のギジェルモ・カーノ在京アルゼンチン大使が長田小学校を訪問して交流が復活しました。これまで、長田小学校では1989年(平成元年)の第1回「アルゼンチンの日の集い」を皮切りに、計32回の集いを開催し続けていますが(中止となったのは新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた2020年のみ)、タンゴをスペイン語で合唱したり、大正琴を披露したりと、毎年、子どもたちの創意工夫あふれる演目で境町とアルゼンチンの交流を盛り上げています。
 また、境町は、長年の絆をさらに深め、子どもたちの国際感覚を高める事業として、各小学校の児童をアルゼンチンに派遣するプログラムを実施しています。派遣中はホームステイでアルゼンチンの生活を体験し、在アルゼンチン茨城県人会や日亜学院、エスコバル日本語学校との交流、また、国営放送局や主要新聞社の取材を受けるなど、とても充実した滞在期間を過ごします。東日本大震災による中断の後、本プログラムが再開しましたが、残念ながら今は新型コロナウイルスのために再び中断されています。

3 友好関係の象徴としての銀メダル

 そんな境町は2016年に2020東京オリンピック・パラリンピック競技大会のアルゼンチンのホストタウンとして登録が決定され、大会直前に100名の選手団を受入れました。男女ホッケー、女子柔道、男子ハンドボール及び女子バレーボールの選手が最終調整を行いましたが、境町はアルゼンチン代表がより良い環境で練習できるよう、オリンピック仕様のホッケー場及びテニスコート4面(屋内2面)を整備し、柔道場の改修等も行いました。

(写真2)施設の写真3枚 アルゼンチンのホストタウンとして境町が整備した施設
(左からテニスコート、ホッケー場、柔道場)

 ホッケー代表が東京の選手村に向けて出発する日、選手を乗せたバスが長田小学校の前を通りかかると、なんとアルゼンチン国旗を手にした大勢の子どもたちがベランダや校門前からバスに向かって笑顔でエールを送っている光景に遭遇、これには選手たちも感動しきりだったそうです別ウィンドウで開く。新型コロナウイルス感染症の影響で、対面での交流ができなかった分、このようなおもてなしはアルゼンチン代表を大変勇気づけたことと思います。
 そのような温かい応援を受けた女子ホッケーチームは見事銀メダルを獲得し、表彰式では境町のみなさんが選手一人一人のために作成したマスクを着用して感謝の意を表しました。

4 これから

(写真3)旗を振る人たちに迎えられる中前さん 2022年1月の境町訪問 大変温かく迎えていただきました

 本年1月、私は境町の長田小学校を訪問し、橋本正裕境町長、同校関係者、そして卒業生等とアルゼンチンとの交流に関する意見交換をさせていただきました。到着の瞬間から町のみなさんにとても温かく迎えていただき、当時のモンテネグロ公使やアルゼンチン代表の気持ちがよく分かりました。交流の記憶が詰まった長田小学校の校舎には、30年以上続く「アルゼンチンの日の集い」の思い出が常設された教室があり、いつも身近にアルゼンチンがいます。また、「モンテネグロ会館」は、当時の古材、家具及び看板等を活用して2020年に隈研吾氏が改築し、歴史の遺産とさしま茶を楽しめるおしゃれなギャラリー兼お茶屋さんに生まれ変わりました。境町が担ってきた外交の重みに感謝しつつ、境町の子どもたちが東京大会のレガシーを活用して、将来オリンピアンになる日が来るのも夢ではないと確信しました。

おまけ

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