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イランと日本をつなぐ、日本人によって復活したラスター彩
在イラン日本国大使館
1 はじめに
2023年7月4日、相川一俊駐イラン大使は岐阜県多治見市にある幸兵衛窯を訪問しました。幸兵衛窯では、陶芸家の第七代加藤幸兵衛氏がラスター彩と呼ばれるペルシャ陶器を制作しています。今回は、ラスター彩と日イラン関係のつながりをご紹介したいと思います。
2 ラスター彩
(1)ラスター彩とは?
ラスター彩とは、金が使われていないにもかかわらず、釉薬(ゆうやく)の調合や低温で焼き上げることにより金のような美しい光沢をもつ古代ペルシャ(イラン)発祥の陶器です。9世紀にメソポタミアで誕生し、西アジア全域に広まりました。12世紀になるとイランのレイやカーシャーンなど現イラン高原中心部が主な産地となり、その後も様々な王朝や帝国で繁栄し続けましたが、18世紀頃に姿を消してしまいました。
(2)ラスター彩と加藤卓男氏
幸兵衛窯の六代目、故・加藤卓男氏は、18世紀頃に姿を消したラスター彩を復活させるために奔走し、1995年には人間国宝に認定されました。加藤卓男氏が復活させたラスター彩の製法が、現在は息子である第七代加藤幸兵衛氏に引き継がれています。
では、加藤卓男氏はどのようにしてラスター彩と出会ったのでしょうか。1961年、卓男氏はイランへの初めての旅で伝統的な陶器に直に触れる機会を得ました。ペルシャ陶器を実際にその目で見て、まさに一目惚れしてしまったのです。
当時、加藤卓男氏の中で特に印象に残ったのがラスター彩でした。しかし、美しい輝きを放つその陶器の製法が数世紀前に途絶えてしまっていたことを知り、卓男氏は愕然とします。この輝きを再現したいという思いに駆られ定期的にイランを訪れてはサンプルを収集し、陶器の専門家から話を聞き、古代の窯の遺跡を調査して回りました。一回の訪問で数か月間滞在することもよくあり、時間をかけて膨大な数の陶片などを集めました。
転機となったのは1968年です。卓男氏が現在のシーラーズ大学を訪れた際、ペルシャ陶器研究の第一人者だった故アーサー・アップハム・ポープ教授が行っていた研究の話を耳にした卓男氏は、ポープ教授が残した膨大な資料の中にラスター彩の製法が詳細に記されていたことを知ります。これが卓男氏を大いに助けました。ポープ教授の資料を元に着実に研究成果を上げていった卓男氏は、ついにラスター彩の復元陶器を完成させることができました。
3 復元されたラスター彩の故郷への里帰り
(1)加藤卓男氏の思い
1976年、加藤卓男氏がテヘランのイラン考古学研究センター所長に複数のラスター彩の作品を見せたところ、卓男氏の偉業に感銘を受けた同所長は、イラン国立博物館での展示会開催に協力すると申し出ました。ところが、1979年、展示会の準備も終盤にさしかかった頃、イラン革命が起こり、その後の混乱でラスター彩の里帰りへの歩みが止まってしまいます。卓男氏は、ラスター彩を故郷に帰還させるという最大の目標を実現できなかったことに大きく失望します。その後2005年87歳で帰らぬ人となってしまいました。
(2)息子幸兵衛氏へ継承される思い
卓男氏の遺志は息子である第七代加藤幸兵衛氏に引き継がれました。2008年から2011年に駐日イラン大使を務めていた、アラグチ氏は在任中、加藤父子のラスター彩復活のための努力を知ります。アラグチ氏は幸兵衛氏にイランを訪問することを強く勧め、幸兵衛氏はこれに応じる形で2011年に初めてイランを訪問します。これがきっかけで「大ラスター彩展~古代から現代まで~」という展示会がイランで開催され、ラスター彩を里帰りさせるという卓男氏の思いが実現することになりました。
この展覧会に合わせてラスター彩関連のシンポジウム、講演会、ワークショップ等が開催され、現代イランの陶芸家達が延べ50人以上も参加しました。そして加藤父子の再現したラスター技法をもっと本格的に学びたいという要望が多く寄せられました。これを受けて加藤幸兵衛氏は2016年に2名、2018年にも2名の陶芸家を日本に招き、それぞれ3か月にわたって工房に滞在させラスター彩製法のすべてのノウハウを伝授しました。本来イランの伝統文化の象徴であるラスター彩が彼らによって本国イランで再興を果たすようにとの願いを込めたものでした。
4 日イラン外交関係樹立90周年とラスター彩
2019年、日本とイランは外交関係樹立から90周年を迎えました。90周年を記念し、幸兵衛氏が制作したラスター彩作品がイランの博物館に寄贈されることになりました。このとき寄贈された作品は現在、テヘラン市にあるレザー・アッバースィー博物館内の「加藤幸兵衛記念室」で展示されています。
同記念室をさらに充実させるため、現在、ラスター彩作品の追加寄贈の計画が進んでいます。実現した暁には、ぜひ幸兵衛氏に再びイランにお越しいただき、寄贈式を実施したいと考えています。
5 相川大使の多治見市訪問
幸兵衛窯及び多治見市とのさらなる関係強化のため、2023年7月、相川大使は同市を訪問しました。多治見市関係者との面会では、髙木市長も同席し、陶芸を通じた日イランの文化交流について活発な意見交換を行うことができました。また、幸兵衛窯で陶器の絵付け体験を行ったほか、多治見市モザイクタイルミュージアムを訪問するなど、「焼き物のまち・多治見」の伝統文化に触れる機会となりました。
加藤卓男氏、幸兵衛氏が実現したラスター彩の復活、そして故郷イランへの里帰りという壮大な夢は、まさに日イラン文化交流の象徴といえるものです。在イラン日本国大使館は、今後も、ラスター彩を通じた地方連携に積極的に取り組んでいきます。