グローカル外交ネット
奥出雲からの挑戦「外国人の視点でまちを繁盛させる」



サミーラ グナワラデナ
1 奥出雲に来るまで
私は19年前にスリランカから来日し,立命館アジア太平洋大学卒業後,東京の旅行会社に就職しました。とりあえず日本の企業に就職したいと軽い気持ちで働き始めたのですが,島根県海士町との出会いが私の人生を大きく変えました。大学の先輩に誘われて,観光で訪れたのですが,三日間島で過ごす中で,島の美しさに心を打たれるとともに,日本の過疎が抱える深刻な問題を目の当たりにしました。そして,それでも島の大人たちが島外からの若者(Iターン)を積極的に受け入れて,一所懸命に頑張っている姿が素敵だなと思いました。こうした中,島で一緒に働きませんかとお誘い頂き,平成17年に商品開発研修生として,観光の仕事に携わることをきっかけに,島根県海士町に移住し,島根県海士町の観光協会で10年間働きました。
島で結婚し子供も生まれ,仲間たちと取組んできたいろいろな事業も少しずつ成果が出始めたころだったのですが,島根県奥出雲町で一人暮らしをしていた,妻の父が病気を患い亡くなってしまいました。私たちが妻の家を継がなければ,本家になる家が空き家になる。私は海士町で過疎地の課題は少子高齢化,若者の流出,後継者不足であり,空き家が増えるとまちが廃れると語っていたこともあり,妻の実家をほっておいて,海士町でまちづくりの仕事を続けることは,気持ちの上で納得できませんでした。何度も悩んだ末,平成27年に海士町を離れ,奥出雲に住むことを決めました。現在は,奥出雲町観光協会で観光プロデューサーとして働いています。
日本の過疎地はどこも課題が殆ど一緒ですので,海士町で取り組むことも,奥出雲で取り組むこともきっと一緒のことだと自分に言い聞かせています。
2 奥出雲の魅力
奥出雲町観光協会での私のミッションは,奥出雲の地域がもつ魅力を国内外に発信して,実際に多くの方に来ていただき,その魅力に触れてもらうことだと思っています。日本の田舎を体験したいのであれば,奥出雲以外でもたくさんの場所があると思いますが,奥出雲にはここでしか感じることができない物語があり,そのストーリーは国を問わず現代人にとって大変強いメッセージ性を持っています。
(1)奥出雲の棚田
奥出雲は日本で唯一古来のたたら操業という技法で日本刀の材料になる「玉鋼(たまはがね)」という特殊な和鉄を作っている地域です。それだけでもここにしかない特別感を感じますが,私が感動したのは実はそこではありません。たたら操業には,砂鉄と木炭が必要不可欠ですが,山肌を削り,水路に土砂を流して,砂鉄を採取する「鉄穴流し」や山の木を伐採し炭を作る方法は,大規模な環境破壊を伴います。もし,先人たちが削った山をそのままにし,木を伐採したまま放置していたなら,今の奥出雲は人が暮らせる場所にはなってないはずです。先人たちは次世代のことを考えて,削った山の跡を棚田として再利用し,30年サイクルで森林も管理していたのです。日本の棚田100選に選ばれるほどの奥出雲の美しい棚田は,先人たちの知恵と努力の結晶なのです。この棚田は「人と自然の共存」ができることを示すもので,先人たちの生き方から学ぶべき一番大切なものだと思います。観光という切り口から奥出雲町を訪れる方に,このメッセージを少しでも伝えられたらと思っています。
(2)ものづくりDNA
真冬に行われてきた,たたら操業は過酷な労働だったことはいうまでもありません。先人たちは厳しい環境にも負けずに改良を重ねて,奥出雲でしかできない鉄「玉鋼」を作ってきましたが,このものづくりのDNAは,地元の多くの方に受け継がれています。
奥出雲町には,全国的にみても珍しい,国産原料にこだわった醤油蔵が二つもあります。郷土料理の奥出雲そばをはじめ,地元の食材にこだわった料理人もいます。また,先人たちが大切に守ってきた棚田を大切に守り,米作りの大切さを次世代に伝えたいと活動している農家の方やその支援者の方もいます。この皆さんに共通していることは,奥出雲町を愛し,次の世代に奥出雲の魅力を伝えたいという熱い気持ちです。その方々と一緒に観光の仕事に取組めることにやりがいを感じます。
3 おわりに
日本の過疎地の共通課題ですが,人口減少,後継者不足,若者の地元離れは深刻な問題になっています。そこで観光という手段を使って,どう地域を元気にするのかが,私のミッションだと思っています。外国人観光客はもちろん,これからは外国人労働者も地域で活躍する時代になります。まだまだ多文化共生に慣れてない地域でお互いの価値観を尊敬しながら,どう暮らしていくのかを,見守っていきたいと思います。
奥出雲の観光では,見て,食べて,買い物して終わるだけではなく,もっと大切なメッセージを伝えられるものだと思っています。ここでは,「人と自然の共存」という,理想の姿をその風土から感じとる旅ができることを,奥出雲から世界に発信していきたいと思います。