グローカル外交ネット
南スーダン陸上競技選手団への市民のおもてなし(群馬県前橋市と南スーダン)
群馬県前橋市
在南スーダン日本国大使館
外務省地方連携推進室
1 はじめに
南スーダンのホストタウンに登録されている群馬県前橋市では、2019年11月中旬から、東京2020大会を目指す同国の陸上競技選手団5人(オリンピック選手3人、パラリンピック選手1人、コーチ1人)の長期事前合宿を受け入れています。東京大会の開催は2021年夏に延期になりましたが、本年7月22日、前橋市は同国選手団を東京大会終了まで受け入れることを表明しました。今回、前橋市と在南スーダン日本国大使館から、南スーダン選手団の来日時から現在に至るまでの状況、同国との関係や、東京大会後も見据えた思いなど、具体的なエピソードを交えて紹介します。
2 南スーダン選手団に対する前橋市民のおもてなし
【在南スーダン大使館】
2019年11月13日、南スーダン陸上選手団が南スーダンを旅立つ日、ジュバ国際空港には南スーダンオリンピック委員会、パラリンピック委員会、陸上連盟、日本大使館、JICA南スーダン事務所、そして多くのマスコミが集まりました。選手たちは元気に出発しましたが、その数日前の壮行会では緊張していたのか、無口で、食事にほとんど手をつけない選手もいました。その場にいた日本人全員が、社会や文化、気候も異なる日本での長期生活ができるのか心配しました。
今年7月、堤尚広駐南スーダン大使と岡田前南スーダン大使は前橋市で合宿中の選手たちを訪問し、激励しました。選手たちは日本語で挨拶を行い、日本食を気に入り、前橋市の人々と交流を深めながら、元気にトレーニングを行っていました。選手たちがホームシックもなく、前橋市での生活を楽しみ、トレーニングを行うことができる理由は、前橋市のホスピタリティにあります。前橋市では選手たちがトレーニングに集中できるよう、彼らの日常生活を充実させるプログラムを作っています。選手たちをトータルサポートする前橋市のこの姿勢に、日本の人々の最高級のおもてなしを見ました。そしてそれに応えるかのように、南スーダン選手たちはトレーニングに励み、記録を伸ばしています。

前橋市
来日した当初は、母国とは全く違う環境に身を置いたせいか、口数が少なく、表情の硬いときが多かったので心配していたのですが、時間の経過とともに徐々に明るくなってきて、今では職員やボランティアの方々と冗談を言って笑いあうまでになりました。これは、市民の方々の温かいサポートがあったからだと感謝しています。
今回の長期事前キャンプの大きな課題の一つが“選手団との練習中のコミュニケーション”でした。日本人コーチと選手団のコミュニケーションの橋渡し役となる人材が必要であったため、英語の通訳ボランティアを募集したところ、20名を超える市民の方々から応募がありました。大変ありがたいことです。そして、曜日を決めて2人~4人の班を作って対応していただいたことにより(毎週1回は選手団と会うことになります。)信頼関係が築かれてきて、今では通訳ボランティアの方々が選手団の心の支えになっています。
また、選手団が来日してから積極的に市民交流の機会を設けるよう努めてきました。特に印象的だったのが、小学校を訪問した際、先生がスライドを使って南スーダンの現状について説明されているときの、児童たちの驚いた表情です。今でも南スーダンでは毎日食事が出来ない人がたくさんいること、多くの人が内戦により難民となっていること、また、自分たちと同世代の子供たちが学校に通えていないことなど、こういったことは衝撃的だったと思います。この件に関する児童からの質問に対して、ある選手が「実際はもっと大変な事がたくさんあります。平和でないとスポーツはできません。日本は平和で、みんなが仲良くて、うらやましいです。」と答えていました。

3 南スーダンとのスポーツを通じた平和促進への協力
在南スーダン大使館
前橋市と南スーダンの交流の背景には、日本が南スーダンで行ってきた協力が深く関わっています。南スーダン人同士の理解を深め、絆を作ることが国の和平のために必要との思いから、スポーツで人々の交流を深めるため、JICAを通じ、2015年からスポーツを通じた平和の促進への協力を行ってきました。特に南スーダンの全国スポーツ大会である「国民結束の日(National Unity Day)」の実施を通じて、人々が交流を通じて異なる民族間の理解を深め、個人レベルでの結束を強める後押しをしています。また、未だ南スーダンでは女性の社会進出が限られていることから、同大会を通じ、女性選手が活躍する場を提供することで、南スーダン社会のジェンダー意識を前向きに変化させたいとの思いもこもっています。
2012年から2017年まで自衛隊が派遣されていた頃は、自衛隊員による空手指導が行われました。現在も南スーダン空手連盟と交流は続いており、これまでに日本国大使杯が3回開催されています。これらスポーツを通じた草の根交流はさらに広がり、南スーダンオリンピック委員会との交流も始まりました。スポーツは国民の結束を強めることができるという思いを共有し、様々なイベントを計画、実施しながら交流を深めています。この南スーダンオリンピック委員会との交流は、南スーダンの政府関係者が我々の行ってきた草の根交流に関心を持つきっかけとなり、現在の前橋市における長期合宿の実現につながっています。
4 東京大会後も見据えた南スーダンとの交流への思い
前橋市
現代ではインターネットなどを通じて、紛争などで混乱している国の状況について知ることは簡単に出来ます。しかし、それを実際に経験した人から直接聞くことは、なかなか出来ない貴重な体験です。
前橋市民の方々には、選手団との交流を通じて映像などでは得られない“何か”を感じ、平和について改めて考えるきっかけにしていただきたいと思っています。
市としては、来年の東京2020大会まで、選手団を全力でサポートしていきたいと考えています。大会後については、南スーダンとスポーツを通じた何らかの交流を継続したいと考えています。しかし、前橋市は人口33万人の小さな地方自治体なので、出来ることには限界があります。そこで、もし今回の前橋市の取り組みに共感される企業、大学、団体、または他の自治体があれば、国の関係機関やJICAのアドバイスを得ながら、役割分担による南スーダンの国づくりを支援する“協議会”のような組織が設置できないかと模索しています。

在南スーダン大使館
選手たちの訪日を通じて、南スーダンにおける日本の印象は、さらに良くなっています。前橋市での選手の様子が報じられ、「長期間、無償で南スーダン選手を受け入れるとは、日本はなんて寛大な国なんだ。」という言葉が聞かれます。また、前橋市での選手たちの長期合宿は、南スーダン政府関係者からも高い関心を得ています。高等教育・科学技術大臣(当時)や南スーダン外務・国際協力省次官も訪日の際には前橋市を訪問し、選手たちを激励しました。これらは政府内でも報告され、関心は高まっています。政府高官と会談する時は、前橋市に対して感謝の意が述べられ、必ず選手たちの様子について尋ねられます。選手たちの話になると会談の場が和み、その後の協議が穏やかに進みます。
これらの交流が時間とともに少しずつ大きくなり、さらに前橋市における日本と南スーダンの交流が、両国間の距離を縮め、人々の相互理解を促進しています。今後この交流がより深まり、様々な分野の交流に発展していくことを期待しています。