グローカル外交ネット
ストーリーの力で観光を豊かに(アレクサンダー・ジョエル・ブラッドショー氏)
アレクサンダー・ジョエル・ブラッドショー
株式会社島津興業 社長室広報課 マネジャー
GOTOKU Consulting オーナー
日本におけるインバウンドツーリズムの急激な増加や,今年開催されるラグビーワールドカップ(海外からの来場者数は約40万人と予想されています),2020年開催のオリンピックなどにより,日本の魅力を世界に伝える,かつてない機会が生まれています。産業・金融大国である日本にとっては,かつて旅行産業は一流の産業ではないとして主流とみなされてきませんでしたが,現在は表舞台にあり,その経済効果は,2020年までに日本経済に8兆円をもたらす可能性があるとも言われています。 ついに日本はソフトパワーを生かす状況となり,外国人旅行者の目には,この歴史的な国の和食と文化の魅力は尽きることがないと感じられているようです。
しかし,この新しい機会において,このチャンスを最大限に活用して外の世界とのギャップを埋めるために克服しなければならない課題があります。 旅行は変革的な体験であり,その目的地について私たちが旅行者に伝えるストーリーは,彼らの旅の物語をより色鮮やかにします。ここでの課題は,多種多様なバックグラウンドを有する訪問者にとって,そのストーリーが魅力的で,刺激的かつ有益である必要があるということです。 日本人観光客に対して与えられるような一般的な説明は,その場所や出来事の歴史的・文化的背景を知らない聴衆にとっては,十分ではありません。そのような説明の代わりに,内容を吟味し,旅行者がその知識の断片をお土産として持ち帰り,共有できるようなものとして提案する必要があります。

私は島津興業の広報マネジャーとして,島津家の800年に及ぶ深い歴史を掘り下げ,私たちが鹿児島市内で運営する島津家別邸「仙巌園」を訪れる訪問者の心に響くストーリーを厳選して伝えています。
仙巌園とそこに隣接する尚古集成館は,2015年にユネスコによって「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼,造船,石炭産業」の一部として登録された世界文化遺産です。多くの人は,世界遺産に登録されたことを強調して,仙巌園とその周辺地域を宣伝することが自然だと考えるかもしれません。しかし,なぜ尚古集成館が世界遺産に認定されたのかという話は,初めて日本を訪れ,歴史の知識を持たない人にとっては理解しにくいものです。また,19世紀後半の工業群を訪れることは,サムライ,茶道,桜,禅などを求めて日本を訪れる平均的な西洋人にとって,「日本的」価値も余暇で訪れる価値もないと思われてしまうという問題もあります。
これは何も,明治日本の工業化には価値がないとか,ユネスコや研究者だけが関心を持っている分野であると言いたいわけではありません。海外からの訪問者のニーズを理解することで,彼らの興味をそそり,これまで考えることのなかった日本の新しい側面について発見し,その価値に気付かせるようなきっかけを盛り込んだストーリーを提供することができるようになります。

2017年から10億円をかけて行われた仙巌園の全体改修は,私たちが今まで語ってきたストーリーと,それをどのように語るかについて見直す,絶好の機会となりました。
その際,私たちが最も重視していたのは,日本への旅行者が楽しめるようなストーリーづくりと,コンテンツの提供でした。 なぜなら,海外からの旅行客に媚びるような偽の体験を創作することは,長期的に見て全く持続可能ではないと考えるからです。その後,英語や中国語を話す観光客に向けた,魅力的で有益なストーリーを工夫しました。仙巌園と尚古集成館は,その歴史的財産と周辺で行われたこれらの仕事が認められ,2019年,クールジャパン賞を受賞し,また旅行・観光産業向け国際見本市・国際会議では世界最大級のひとつ,「ワールド・トラベル・マーケット(WTM)ロンドン」の国際旅行&観光賞にノミネートされました。
私たちは,プロモーションのために,新規に7言語で閲覧可能なウェブサイトを立ち上げ,ターゲットとなる地域に向けて動画やSNSでキャンペーンを行うとともに,“島津”という名前を国内および海外でブランディングするための活動を行いました。
明治日本の工業化とその後の島津家によって築かれた国際関係に至るまでのストーリーはまだ伝えられる途上にあり,中でも英国と日本が共有する歴史は,その重要な焦点となっています。先だって,海外の重要なパートナーとの協力により,薩摩と英国との関係に関連する,未知の歴史的遺物が発見されました。 この発見は私たちに新しい視点をもたらし,私たちの語るストーリーを,さらに充実させることとなりました。私たちは関係を構築し,ストーリーを魅力的で真に参考になる方法で伝え,効果的に促進することにより,2020年までおよびそれ以降の日本に価値を付加することに取り組んでいます。

島津興業の仕事と共に,私は“GOTOKU Consulting”という会社のコンサルタントを兼任していますが,この仕事を通しても,日本中の企業や地元自治体との協働により,富裕層をターゲットとして,同じようにストーリーを語り,プロモーションを行っています。日本は豊かな文化遺産に恵まれており,今よりも多くの外国人観光客にアピールできる可能性を秘めています。あなたの地域の魅力が効果的に表現されていること,そしてそのストーリーが,観光客にしっかりと伝わっていることを,是非確かめてみてください。