グローカル外交ネット
心は音となって
(長崎県島原市とドイツ)
長崎県島原市ホストタウン事業帯同通訳
全国通訳案内士 宮下真理
1 島原の競技場に流れたフルートのドイツ国歌
8月20日夕方5時過ぎのこと。島原市営陸上競技場では陽が傾き始め、選手たちは練習を終えようと各々片付けに入っていました。すると、どこからともなくフルートの音が流れてきました。耳を傾けるとそれはドイツ国歌でした。「どうして今ここで自分たちの国歌が?しかもフルートの生演奏?」驚きの表情を浮かべる選手と目が合い、共に周囲を見回すと、競技場のフェンス越しに一人の初老の女性がこちらを向いてフルートを吹いていました。練習で疲れていた選手たちの顔がぱっと明るくなりました。その女性に近づき、ただコロナ禍で選手は一般市民の皆さんとは接触することができなかったため、距離を保ちつつ流れてくるドイツ国歌に耳を傾けていました。
後から聞いたところによると、その女性は島原市がパラリンピックドイツ陸上競技代表チームの事前キャンプを受け入れるホストタウンとして登録が決まった後、コロナ禍でも何か選手を応援する気持ちを表せないかと考え、フルートで国歌を演奏することを思い立ち練習を重ねてきたとのことでした。
演奏が終わると、選手たちはお辞儀をしたり手を振ったり、ジェスチャーでその女性に感謝の意を表していました。ドイツ選手を応援したいというその女性の心が音に乗って、選手たちの心に届いた瞬間でした。
2 リモート交流で心を伝える
島原市は2020年2月、パラリンピックドイツ陸上競技代表チームの事前キャンプを受け入れるホストタウンに登録されました。同市はかねてより市のバリアフリー化を進めていましたが、ホストタウン登録後は、パラリンピアンの受入れを契機に、各地における共生社会の実現に向けた取組を加速し、大会後の取組につなげていく共生社会ホストタウンにも登録され、バリアフリーマップの作成、バリアフリー教室の開催等、チーム受け入れに向けさらなる環境整備に力をいれてきました。
2021年2月には、本来は島原市に招いて行う予定であった選手と市民の交流に代わるものとして、選手と市内中高生のオンライン交流会を開催しました。ホストタウン事業の旗振り役である市長のリードの下、市内の高校生8名、中学生4名がドイツチームのヘッドコーチや代表選手と画面を通し交流しました。その場に参加できなかった中高生も、ビデオメッセージという目に見える形で、ホストタウン島原の魅力を織り交ぜながらドイツチームにエールを送りました。
3 地元高校生発案の「おもてなしメニュー」に舌鼓
パラリンピックを間近に控え、8月14日にチームが到着した後も、予定していた市民との直接交流はほぼ叶いませんでした。そうした中、長崎県立島原農業高等学校生が選手のために考案した「おもてなしメニュー」が選手と生徒の架け橋となってくれました。
生徒たちはドイツの食生活や料理について調べた上で、長崎の地元料理のちゃんぽんや若者に人気の佐世保バーガー等をアレンジし、十種類のオリジナルメニューを考案しました。毎日一品ずつがホテルの夕食のメニューに加えられ、選手たちにも大好評でした。
4 再会を約束して
コロナ禍で多くのホストタウンが事業を中止した中、島原市は自分たちができるおもてなし全てを発動し、全力でホストタウンとしての役割を果たしました。フルート演奏では耳を、リモート交流では目を、そしておもてなしメニューでは舌と鼻を通し、そのおもてなしの気持ちは間違えなくドイツチームのみなさんに伝わったはずです。
ドイツ選手を送り出す挨拶で市長は、これからも友好をはぐくんでいきましょうと投げかけました。次回会うときには、今回叶わなかった握手やハグ、肌で感じられる交流で、島原市のみなさんはドイツ選手たちをお迎えすることでしょう。