グローカル外交ネット
日仏の架け橋、新潟での足跡

(ナント市代表団の新潟市長表敬訪問)

新潟市観光・国際交流部 国際課
ダイエ・イブライム
皆さん、こんにちは、フランス(アンジェ市)出身のダイエ・イブライム(DAYE Ibrahim)と申します。2017年から新潟市観光・国際交流部国際課および、新潟市国際交流協会で国際交流員として働いています。
新潟市に来た経緯
私は、ナント大学で日本語および日本文化を専攻し、トゥールーズ・ジャン・ジョレス大学で国際貿易と応用外国語を専攻しました。在学中、ナント市の日仏青少年協会に入会し、日本人留学生の生活補助および行政手続きのサポートに従事しました。また、書道や「にいがた総おどり」など様々な日仏間の文化交流イベントに参加していました。日本文化に触れ、日本人留学生と交流することで、日本という国への関心が高まり、同時期に、ナント市が新潟市と姉妹都市であり、ナント大学と新潟大学間の交換留学プログラムがあることを知ったため、新潟大学へ留学することにしました。
新潟大学では、学問を修めるだけなく、弓道部に入部して活動しました。日本人学生の日常生活や、学生文化に関わることで、日本の文化をさらに学ぶことができました。フランスに帰国した後は、地元の弓道クラブにて日本文化や日本の武道の精神を紹介しました。
2016年には、在日フランス大使館において6か月間のインターンシップを行いました。特に、フランス政府の公式文化機関であるアンスティチュ・フランセ日本およびフランスの高等教育を推進するフランス政府留学局・日本支局(Campus France Japon) において、フランスの高等教育機関への日本人学生の留学推進や日仏間の国際学術交流のために様々なイベントを企画し、フランス高等教育機関に関する情報提供のサポート等を行いました。また、在日フランス大使館・大使公邸にて、日仏企業開発や若者交流推進のために来日したジャン=マルク・エロー外務・国際開発大臣のアテンド係を務めました。
このような経験を活かすため、2017年に「JET プログラム」に応募しました。新潟に留学していた際、新潟・フランス協会会員のお宅でホームステイを3か月間体験し、新潟市民の親切さに感銘を受けたため、JETの応募の際は恩返しの気持ちを込めて新潟市を第一志望としました。
新潟市での活動について
新潟市は、古くからみなとまちとして栄え、北前船の寄港地として多くの商人や旅人でにぎわっていたという歴史があります。また、信濃川や阿賀野川等の豊かな水辺や土地があるため、お米やお酒が有名です。市内には8つの区があり、地域ごとに様々な伝統文化や特産品があります。最近では、マンガ・アニメのまちとしても、プロモーションを行っています。
これまで、私は国際課の仕事として、日仏都市・文化対話2017や、クルーズ船誘致事業等で、フランスへの出張を5回行いました。中でも、日仏友好160周年を記念した「ジャポニスム2018」での渡仏が印象に残っています。このイベントでは、新潟市の無形文化財に指定されている日本舞踊の市山流の公演や、南区の大凧、西蒲区の鯛車の展示やワークショップ等が行われました。そして、新潟のお米のプロモーションの一環として行った、パリとナントでのおにぎりワークショップでは、実際に参加者の方からその場でおにぎりを作ってもらいましたが、フランス人におにぎりは大好評で、おにぎりという日本文化を楽しんで頂きながら、お米のおいしさを実感して頂けて嬉しかったです。
また、2019年にはフランスとの交流をより活性化させ、新潟・ナント姉妹都市提携10周年記念行事を両市において実施することが出来ました。ナント市へは新潟市長をはじめ市民団が訪問し、新潟市へはナント市副市長をはじめ、交通や庭園の専門家、シェフ、画家の方などが来訪しました。これまでの交流の積み重ねが、このような交流の継続や記念事業に繋がり、今や新潟市とナント市は日仏交流において欠かせない都市となったと感じています。
国際交流協会の仕事では、フランス理解講座として、フランスの移民をテーマに講座を行いました。私はロワール地方のアンジェ市の出身ですが、母親がモロッコで生まれ、父親がレバノンで生まれたため、子供の頃から多文化的な環境で生活する習慣がありました。そのため、新潟市民の皆さんにも、多文化共生について知っていただければと思い、このテーマで行いました。講座では、移民に関する事件やトラブルだけでなく、音楽や文化についても紹介しました。参加した市民の方からは様々な質問がありましたが、「初めて聞いたが知ることができてよかった」、「紹介してくれてありがとう」などの感想を頂きました。母国の文化として、移民や多文化共生について、少しでも伝えることができたと思います。
今年は、東京オリンピック競技大会に出場するフランス空手選手団が、7月27日~8月3日まで、新潟市で事前合宿を行いました。私は、事前打ち合わせから、合宿期間中まで、担当者とフランス空手連盟のコミュニケーションサポートとして、翻訳・通訳を行いました。自分にとって貴重な機会となっただけでなく、合宿をした選手が金メダルを獲得したことはとても嬉しかったです。選手には、合宿中もコロナ対策のため様々な行動規制がありましたが、練習会場からは田んぼに沈む夕日を見ることができたり、ホテルからは市内が一望できたりと、リラックスできる環境があったので、新潟市で合宿したことは、選手にとっても良かったのではないかと思いました。
おわりに

(フランス空手代表選手との記念撮影)
新潟では、このようなたくさんの経験を通じて、コミュニケーション能力を磨きながら両文化の架け橋として仕事を行ってきました。国際交流員としての任期満了の為、今年フランスへ帰国しますが、今後もフランスと日本の友好関係が続くように貢献したいと考えています。