地球環境
東アジア酸性雨モニタリングネットワーク
(the Acid Deposition Monitoring Network in East Asia:EANET)
1 EANET設立の経緯
(1)酸性雨は、国際的な関心を集めている環境問題の一つであり原因物質の発生源から数千キロも離れた地域にも沈着する性質を有する広域的な現象であり、特に、欧米においては、湖沼や森林等の生態系、遺跡・建造物等への影響が顕在化し、1979年には「長距離越境大気汚染条約(ECE条約)」が採択されている。
(2)東アジア地域は、世界の三分の一を超える人口を抱え、近年著しい経済発展を遂げていることに伴い、大気汚染、さらには酸性雨の問題に直面している。特に、国内のエネルギー事情から石炭に依存せざるを得ない国も多く、硫黄酸化物や窒素酸化物の排出量が顕著に増加しており、事態は深刻になっている。こうした事情を踏まえ、東アジア地域において、酸性雨による影響の防止を目的として、地域協同の取組を推進することが課題となっている。
(3)このため、東アジア地域における酸性雨の現状の把握やその影響の解明に向けた地域協力の体制を構築することを目的として、1998年に東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)が試験的に稼働。2001年1月より本格稼働を開始。
2 参加国
カンボジア、中国、インドネシア、日本、ラオス、マレーシア、モンゴル、フィリピン、韓国、ロシア、タイ、ベトナム、ミャンマーの計13か国。
3 活動目的及び内容
(1)活動目的
- 東アジア地域における酸性雨問題の状況に関する共通理解の形成促進
- 酸性雨防止対策に向けた政策決定に当たっての基礎情報の提供
- 東アジア地域における酸性雨問題に関する国際協力の推進
(2)活動目的
- 共通の手法を用いた酸性雨モニタリングの実施
- データの収集、評価、保管及び提供
- 精度保証・精度管理(QA/QC)活動の推進
- 参加国への技術支援と研修プログラムの実施
- 酸性雨に関連した調査研究活動の推進
- 普及啓発活動の推進
- 関係国際機関との情報交換
4 事務局及びネットワークセンター
(1)EANET事務局
国連環境計画アジア太平洋事務所(UNEP ROAP)にて活動。(所在地:バンコク国連会議センター内。2015年5月~。)
(注)以前は、UNEP・アジア太平洋地域資源センター(RRC.AP)(所在地:タイ)がEANET事務局に指定されていたが、同センターはアジア工科大学(AIT)の一部であると整理された。
(2)ネットワーク・センター(NC)
(一財)「日本環境衛生センター・アジア大気汚染研究センター」(旧「(財)日本環境衛生センター・酸性雨研究センター」)(所在地:新潟市)がEANETの活動の技術的拠点であるネットワーク・センター(NC)に指定されている。
5 EANET政府間会合の経緯
我が国では環境庁(当時)が、東アジア各国において共通の方法による酸性雨モニタリングの実施及びそのネットワーク化を図る「東アジア酸性雨モニタリングネットワーク構想」を提唱し、その実現に向けて1993年から専門家会合を開催。1997年6月に開催された国連環境開発特別総会において橋本総理大臣(当時)が、「21世紀に向けた環境開発支援構想(ISD)」の行動計画の主要な柱としてネットワークの推進を表明した。また、ISDの後継イニシアティブとして2002年8月に発表した「持続可能な開発のための環境保全イニシアティブ(EcoISD)」においても、EANETの推進の支援を明記している。
1998年3月第1回政府間会合においては、ネットワークの設計及び試行稼働について協議し、ネットワークの試行稼働を1998年4月から開始することが合意された(インドネシア、日本、韓国、マレーシア、モンゴル、フィリピン、ロシア、タイ及びヴィエトナムが参加を表明。中国は1998年12月、カンボジアは2001年11月、ラオスは2002年11月より正式参加)。また、我が国よりネットワーク活動の中心となる暫定ネットワークセンター(NC)を新潟に置くこと及び試行稼働期間中の暫定事務局を日本(環境庁)に置くことを提案し、了承された。
2000年10月第2回政府間会合(準備会合を右政府間会合の前に開催)においては、2001年1月から本格稼働を開始することを含む「共同声明」が参加国により採択された。また、事務局を環境省からUNEPアジア太平洋地域資源センター(RRC.AP)に移行させること、暫定ネットワークセンターとしての機能を果たしてきた新潟の酸性雨研究センターを本格稼働時のネットワークセンターとして指名することが決定された。
2005年1月の第7回政府間会合においては、EANETの将来展開に係る作業部会(2003年に設置に合意)においてEANETの設立基盤を強化するための文書及び法的性格に係る検討を開始し、その結果を第10回政府間会合に報告する旨の決定がなされた。4年間にわたる議論の結果、2009年の第11回政府間会合において同文書の最終テキストが作成され、署名に向けて各国が国内手続きに付すことで一致。
2010年の第12回政府間会合において、「EANET強化のための文書」が採択され、7か国(我が国、カンボジア、モンゴル、ミャンマー、フィリピン、韓国及びタイ)の代表が署名、以後2011年5月にベトナム、同6月に中国が署名を済ませた。
2011年の第13回政府間会合において、2012年1月1日(文書が自動的に発効する期日)以降の同文書の未署名国に対しては、早期の署名を促す決議を採択しつつ、引き続きEANET参加国としての活動に参加するよう勧める決定がなされた。右決定を受け、2012年11月の第14回政府間会合では、同文書に、ラオス、マレーシア、ロシアが、2014年11月の第16回政府間会合では、インドネシアが署名、13の全ての加盟国が署名を終えた。
2013年12月の第15回政府間会合では、EANETの将来発展について議論が行われた。
2015年11月の第17回政府間会合では、EANET中期計画(2016~2020年)が採択され、PM2.5及びオゾンのモニタリングの推進等の新規活動が盛り込まれた。
2017年11月の第19回政府間会合では、2018年の作業計画が承認されるとともに、EANETと世界気象機関(WMO)とのデータ共有に関する合意文書の内容が概ね合意された。
2018年11月の第20回政府間会合では、現行の中期計画(2016~2020年)の実施状況に関する中間報告に係る議論が行われた。また、各国の大気汚染対策の促進に資する政策立案者のための報告書(第4版)が承認されるとともに、2019年の作業計画が承認されました。さらに日本は、2020年10月に新潟において開催されるAcid Rain 2020に合わせ、第22回政府間会合をホストする意向を示し、各国等から歓迎された。
2019年11月の第21回政府間会合では、第22回政府間会合(日本開催予定)において策定予定の次期中期計画(2021年~2025年)に係る議論が行われるとともに、令和2年の作業計画について承認された。日本は酸性雨だけではなく、大気環境の改善に資する枠組みとなるよう、EANETのスコープ拡大について提案、今後ワーキンググループ会合を開催し、議論を進めていくことが確認された。また、令和2年10月に新潟において、EANET政府間会合を含む大気関係の国際会議を集中的に開催する「クリーン・エア・ウィーク」の準備状況が報告され、我が国より各国の参加を呼びかけた。
2020年11月の第22回政府間会合(オンライン開催)では、それまでの中期計画(2016-2020年)に代わる新しい中期計画(2021-2025年)が承認された。また、我が国が提案した新たな予算執行の仕組みの運用方法や2022年以降に取り組む活動内容について、今後ワーキンググループで詳細な検討を行うことが合意された。
2021年11月の第23回政府間会合(オンライン開催)では、我が国が議長国となり、EANETの活動範囲を、従来の酸性雨から、より広範な大気汚染問題に拡大するための運営規程などについて承認された。これにより今後EANETは、酸性雨に関連してモニタリング等を実施していたSOx、NOx、PM等の対象物質に、CO、VOCs、DSS(黄砂)等を加え、東アジアで顕在化している大気汚染の課題に広く対応することが可能となった。
2022年11月の第24回政府間会合(於:マニラ)では、第23回会合で創設されたEANETプロジェクトとして、我が国が主導して策定した2つのプロジェクトを含む8件のプロジェクトが採択された。また、EANETプロジェクト制度の本格稼働に際し、事務局の運営管理強化ガイドラインの改訂に向けて、その手順と改訂時期が定められた。
2023年11月の第25回政府間会合(於:ハノイ)では、我が国が主導して策定した3つのプロジェクトを含む10件のプロジェクトが採択された。また、我が国から、現在スコープ外であるメタンやブラックカーボンなどの気候変動関連物質を次期中期計画(2026-2030)の対象に含めることや、EANETの中核業務に能力強化を含めることを提案し、翌年以降の議論の中で検討していくことで参加国の共通理解を得た。
6 科学諮問委員会(Scientific Advisory Committee: SAC)
EANET参加国が指名するメンバー(科学者)によって構成され、モニタリングガイドラインや精度保障・精度管理(QA/QC)プログラムの採択、データ収集等に関する助言、東アジアの酸性雨の状況報告書の準備等を、科学的側面から行っている。SACの前身として、試行稼働期間中は暫定科学諮問グループ会合(ISAG)が開催されていた。
2002年11月の第2回科学諮問委員会(於:バンコク)においては、データの公表手続き及び2000年データレポートが承認された他、2001年データレポート案について科学的な見地から精査が行われ、併せて最新の研究動向等について報告がなされた。2003年11月に開催された第3回科学諮問委員会(於:パタヤ)においては、モニタリング・データの評価プロセスに係る検討や2005年度予算と事業プログラムに関する提言が行われた。2006年の第8回政府間会合において、第一次定期報告書(PRSAD1)と共に、政策決定者用の要約(Executive Summary)が採択された他、2005年から2009年までの5年間に蓄積された酸性雨に関する情報を解析・評価する第二次定期報告書(PRSAD2)も2011年の第13回政府間会合において採択されている。
7 東アジア地域における他の酸性雨対策
日中韓大気汚染物質長距離越境移動(LTP)研究プロジェクト
韓国国立環境研究院が中心となって実施している日中韓の専門家レベルでの共同研究プロジェクト。各国において航空機観測、大気汚染物質排出量データの整備、長距離移動モデル計算等の調査を行い、その結果を持ち寄って比較する作業が行われている。