
「児童の権利条約に関するシンポジウム~今後の課題」
(概要)
平成22年6月
3月26日、外務省・ユニセフ東京事務所、財団法人日本ユニセフ協会の共催により、外務省国際会議室において、「児童の権利条約に関するシンポジウム~今後の課題」が開催されました。同シンポジウムは、児童の権利条約及び2つの選択議定書の理念に沿い、「児童の権利の尊重・促進」、「児童の性的搾取からの保護」、「児童と武力紛争」の3つをテーマとして、国内外から多方面で活躍するパネリストを招き、100名を超える聴衆が参加しました。
各セッションの概要
1.第1セッション「児童の権利の尊重・促進」
(モデレーター:志野光子 外務省人権人道課長)
児童の権利条約が定める児童の権利の尊重及び保護を促進し、かつ心身ともに健全な発達を確保するため我が国でどのような取り組みが必要かという観点から4名のパネリストにご報告を頂きました。パネリストの報告概要は以下のとおりです。
- 一場順子 弁護士
2007年2月に日本ユニセフが発表したOECD加盟先進諸国の子どもたちの幸福度に関する調査報告によると、15歳の子どもたちの中で「孤独と感じる」と答えた割合が、2位のアイスランド10.2%に対し、日本は29.8%と突出した高さとなっている。また、「自分が不器用だと思う」と答えた割合も、日本は18.1%と最も高く、日本の子どもの幸福観は相対的に低いといえる。今後の課題は、児童の権利委員会(CRC)が過去2回にわたって我が国に勧告している、子どもの権利に基盤を置いた施策の実施を促進するために、子どもの権利基本法を制定し、「子どもの最善の利益」の視点に立つ予算配分をし、子どもの権利に関して総合的で統一された施策を行うことのできる横断的な政策調整機関を新設するべきである。
- 森臨太郎 東京大学国際保健政策学教室准教授
子どもの権利条約第7条及び第9条では「できる限りその父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する」と書かれており、欧州の子ども病院の集まりで作成された「病院の子ども憲章」にも「いつでも親、もしくは親がわりの人が付き添う権利」と書かれている。しかし、日本の医療現場ではきちんと守られていないのが現状だ。子どもの権利を、子ども中心にするというのであれば、その価値観を政策に反映していくために権利の幅を大きく考え直さないといけない時代になっており、病院における療養環境の改善や政策策定過程における子どもたちを含めた患者一般参画など、具体的に検討できることも多い。子どもの権利としての健康と医療的ケアを必要とする子どもの権利という両方の側面で、小児科医が果たす役割は大きい。
- 阿部彩 国立社会保障・人口問題研究所国際関係部第2室長(2009年3月当時、現在は同研究所社会保障応用分析研究部長)
OECD30カ国の中で、日本の貧困率はメキシコ、トルコ、アメリカに次いで4番目に高く、昨年10月、厚労省が発表した日本の子どもの貧困率は14.2%、これは7人に1人の割合で相対的な貧困状況であることを示している。日本における子どもの貧困の特徴のひとつは特定の世帯タイプ、特に母子世帯の貧困率が約6割と突出して高いことであり、次には共働き世帯であっても、一人働き世帯であっても、貧困率の差が僅か1%であること、また、日本は政府による所得補償がほとんど機能していないことが挙げられる。我々は子どもの不登校や非行、虐待等の問題の背景に経済的要因が大きく影響していることを直視すべきである。
- 福田雅章 DCI(Defense for Children International)日本支部代表
現代の日本の子どもは日常生活で健全な子ども時代を過ごすことができず、十分な成長発達ができていない。例えば、抑圧された感情、自分を捨てた感覚は孤独を癒すことなく、アパシー、ひきこもり、抑うつ状態、一瞬の高揚や疑似的な間柄を求めた携帯や性的な関係への依存へと走らざるをえなくなっている。さらにはその孤独を自己確認するために摂食障害や自傷行為、あるいは非行事件を起こし、現代の子どもたちの問題となっている。今一度日本において、子どもの権利条約の真の存在意義をきちんと見直し、世界に発信していくことこそが、今後日本が果たすべき課題である。
2.第2セッション「児童の性的搾取からの保護」
(モデレーター:早水研 財団法人日本ユニセフ協会専務理事)
児童ポルノ等の性的搾取や人身取引の問題についての現状とそれに対する民間での取り組みについて4名のパネリストからご報告を頂きました。各パネリストから総じて、児童ポルノの取り締まりについて官民パートナーシップを強化すべきとのご指摘がありました。各パネリストの報告概要は以下のとおりです。
- 後藤啓二 弁護士
我が国の児童ポルノ規制は大変遅れている。これは日本国民の世論調査結果に反し、政治が法改正に向けて全く動いていないからである。児童ポルノ、児童買春は子どもに対する性的虐待であり、子どもの権利に対する直接的で最悪の人権侵害である。例えば、まず法的な規制を強化するべきで、例えば児童ポルノ単純所持が禁止されていないこと、コンピューターグラフィックやマンガが規制対象とされていないこと、インターネットで児童ポルノの閲覧を阻止する(ブロッキング)措置を未だ日本はとっていない点で問題ある。さらに、重要な問題は被害を受けた子どもに対するケアがほとんど行われていないことである。これは児童虐待全般に関することでもあるが、身体的ケアと同様に、精神的ショックを専門に行う施設は一般施設でも非常に少ない。また、児童買春については、我が国ではインターネットや携帯電話を介した事犯が大半を占めている。警察による厳格な取り締まりが求められるが、日本は子どもを性の対象とすることを容認する社会になっているので、国際機関から厳しい指摘を受けることによって、子どもに対して非常に冷たい社会が少しでも変わっていくことを期待している。
- 藤原志帆子 ポラリスプロジェクト日本事務所コーディネーター
日本では児童買春、児童ポルノを含め、毎年5000件を超えるような犯罪が実際に起こっており、その中でも児童ポルノは、2009年は前年と比べて38% 増、摘発人数も過去最多の935件で、そのうち16%が小学生以下というショッキングな数字が出ている。昨年、ポラリスへの被害相談は348件で、6件に1件が日本人の未成年に関する相談であり、特にメールでの相談が多い。対処としては、警察や児童相談所等への同行支援を行っている他、ボディショップをはじめとする様々な企業や関連団体とも協力し活動を広げている。
- 藤田紀久子 ザ・ボディショップコミュニケーション部部長
英国発祥の化粧品専門店ザ・ボディショップでは昨年から『ストップ子どもの人身売買、トラッフィキング反対キャンペーン』を実施している。ILO職員として世界各地の女性たちの生活を見聞した経験のある創業者アニータ・ロディックが提唱した「社会と環境の変革を追求して、事業を行う」という理念の下、全世界に展開する店舗において啓発活動を行っている。店頭で従業員から直接お客様に情報をお知らせし、募金や寄付商品の販売を通じて実際に市民活動を支援するほか、関連するイベントやボランティアなどを展開する。
- アミハン・アブエヴァ Asia ACTs地域コーディネーター
児童の性的搾取問題は、世界中で深刻な問題であり、児童ポルノについて日本は、意図的な生産、流通、保有を犯罪行為とし、実際に標的を絞った予防措置を実施していくべきである。また、新たな問題として、親及び教育的指導不足から児童が自分たちでポルノを作ったり、画像をダウンロードする等児童自身が加害者側になっている。このような事態を防ぐためにも、子どもたちがプログラムや政策の評価、法制化に参加関与していく地域社会作りをしていくべきである。
3.第3セッション「児童と武力紛争」
(モデレーター:功刀純子ユニセフ東京事務所代表)
児童と武力紛争を巡る3名のパネリストから現状報告やユニセフが実施している児童保護プロジェクト、日本が支援する人間の安全保障基金を通じて実施しているプロジェクトが紹介され、児童の保護を確保するための国際協力の在り方について報告を頂きました。各パネリストの報告概要は以下のとおりです。
- 横田洋三中央大学法科大学院教授
戦後私たちは、新憲法の下で平和な国づくりを目指し、経済も発展し、我が国の子どもたちにとって恵まれた環境であった。その一方で、世界においては中東戦争、朝鮮戦争、コンゴ内乱、ベトナム戦争といった戦乱が続いた。国際法に基づき、これらの戦争を起こした当事者が一義的に処罰されるべきだが、紛争で被害を受けた子どもたちの精神的、身体的、さらに経済的な保護及び救済支援が必要である。我が国の子どもたちへの手当は、その思いはとても大切なものであるが、そのほんの一部でも、依然として世界各地に起こっている武力紛争で苦しむ子どもたちに向けてほしい。『専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う』と謳っている日本国憲法前文の意義を「児童と武力分紛争」の問題を考えるにあたって今一度かみしめ、実行に移すべきである。
- ディー・ブリレンバーグ・ワース 国連アフガニスタン支援ミッション児童保護アドバイザー
現在、世界では常時紛争が起こっており、多くの子どもが戦闘の被害者となっている。また、人道的な援助に対してのアクセスが得られないことも児童に対する深刻な人権侵害である。アフガニスタンは、5歳以下の死亡率が世界の中で最も高く、生まれる場所としても最も危険な場所である。長期にわたる紛争により、親も子も平和を知らない世代となってしまっている。紛争後では、職もなく、教育も受けられず、将来に対する希望もなく、経済的及び感情的にも困難に陥っている青少年が多い。今後もユニセフと協力して、データ収集を図り、紛争下の児童に対してのアドボカシーグループとして活動していく。
- 根本巳欧 ユニセフパレスチナ自治区ガザ地区事務所子どもの保護担当官
ユニセフは国連機関の中で唯一、武力紛争前・中・後と常に現場で活動している。ユニセフの中では、緊急事態発生後24時間以内に緊急支援物資を現地に届ける供給システムや、サージキャパシティという緊急支援の経験、及び、必要なスキルを持つ人材のプール制度があり、迅速に物資及び人材を送りこむシステムが構築されている。また、現場を中心とした活動をしており、現地政府機関やNGOとともに、紛争後の持続可能性を考慮した、コストパフォーマンスの高いコミュニティベースの活動をしてきている。たとえば、パレスチナでは、昨年のイスラエル軍による空爆の直後、日本政府からの支援で、新生児治療のための医療機器や安全できれいな水の供給のための脱塩化施設が設置され、現在でも子どもと女性を中心として約3万人がその恩恵を受けている。一方、子どもの保護や水と衛生、栄養などの分野では、クラスター制度と呼ばれる各援助機関の緊急支援活動を調整する仕組みをリードする役割も担っている。
- 麻妻信一 外務省国際協力局地球規模課題総括課企画官
「武力紛争と児童」というテーマは,我が国が外交政策の1つの柱として位置付ける「人間の安全保障」の概念の下で対処していくべきもの。日本は、国連に設置されている人間の安全保障基金を通じて、児童の権利保護に資する様々なプロジェクトを支援している。この基金は、趣旨に賛同する複数の国から拠出を受けており、これまでに延べ119カ国、200件近いプロジェクトを実施している。ほかにも、アフガニスタン、ネパール、パキスタン、スーダンといったような紛争下の影響のあるところで、教育・保健分野において日本政府として支援を継続してきており、引き続き、外務省、JICAとしても、これを中心に据え国際機関と協力しながら、特に紛争下の脆弱な国での子どもに対する支援を続けていく所存。