経済

国際シンポジウム
「食料安全保障を考える:グローバル・パートナーシップの構築に向けて」
(概要と評価)

平成21年3月12日

1.概要

(1)開催要領

 平成21年3月5日(木曜日) 於:グランドプリンス新高輪
 主要国の政府関係者、国際機関、研究者、民間企業、NGO、メディア等、約250名が参加。

(2)趣旨

(3)スピーカー(別添1(PDF)PDF

 ニャッカ・モザンビーク農業大臣、リペンガ・マラウイ経済計画開発大臣、柴田明夫丸紅経済研究所所長、松村宏一三井物産穀物油脂部長ほか

(4)プログラム(別添2(PDF)PDF

2.評価

(1)本シンポジウムは、世界と日本の食料安全保障の双方を関連づけて論じるという新しい問題設定。国内外の大きな関心を集め、多くの参加者を得た。途上国政府、国際機関、我が国企業、市民社会のハイレベル専門家が一堂に会して議論したことは、北海道洞爺湖サミットでG8が提案し、現在国連主導で協議が進んでいる「農業及び食料安全保障に関するグローバル・パートナーシップ」に対する我が国の貢献。

(2)伊藤外務副大臣より、今後の我が国の政策の方向性として、イ)世界の食料生産の持続的拡大に向けた努力の強化、その一環として土壌改善の問題の重要性を強調した上、ロ)海外農業投資の促進のための官民連携モデルの構築を提案。食料問題に対する我が国の積極姿勢を国内外にアピール。

3.各セッション要旨

(1)セッションI「今次食料危機の展開と国際社会の対応」

(イ)柴田明夫 丸紅経済研究所所長

 近年の食料市場の動きについて、これまでの安すぎた価格は修正され「均衡点の変化」が始まっていると説明、その要因として食料需給の世界的な逼迫傾向を挙げた。コメ、小麦、トウモロコシ、大豆等特定の作物に過半を依存する世界の食料供給の構図は、多様性の観点からは脆弱化。今後、食料市場においては、国家間の争奪戦、エネルギー市場との争奪戦、水と土地を巡る農業分野と工業分野との争奪戦という3つの争奪戦が始まると指摘。

(ロ)デービッド・ナバロ国連ハイレベル・タスクフォース調整官(ビデオ・メッセージ)

 現在の世界の食料システムの機能不全を指摘、食料安全保障を確保するためには、包括的アプローチをとり、財政的支援をコーディネートし、パートナーシップを通じた協力が必要と説明。2008年にG8サミット議長国を務めた日本の、世界の食料安全保障の問題に関するリーダーシップを評価。ビデオ・メッセージの後、WFP、FAO、UNICEFの代表より各国際機関における取組につき補足。

(ハ)大島賢三 JICA副理事長

 JICAが行っている食料安全保障のための実践例として、「アフリカ稲作振興のための共同体(CARD)」を紹介。CARDは、JICAとAGRA(アフリカ緑の革命のための同盟)の共同イニシアティブであり、アフリカにおける「緑の革命」の実現を目標としていると説明。

(2)セッションII「危機の教訓―飢餓や栄養失調に苦しむ人々のために為すべきこと」

(イ)ケン・ディストン・リペンガ マラウイ共和国経済計画開発大臣

 マラウイにおいて農業は経済の土台であるが、農業は二極化し、小規模農家は投入材を十分に入手できないという問題に直面。アフリカにおける農業の問題点として、農産物の価値を十分に引き出せないまま輸出している点を挙げ、この側面における外部からの支援の重要性を指摘。アフリカは、コメ生産の潜在的能力を有しており、農業インフラへの投資促進、農家にとってのフェア・トレード推進の継続が、世界全体の食料安全保障確保につながる旨述べた。

(ロ)ムハンマド・アブドゥラー・アブドゥルラフマーン・アル=ヒムヤリー イエメン共和国通産大臣顧問

 イエメンでは貧困と食料貧困の深刻化が顕著であり、特に食料貧困は、食料価格高騰を背景として、より顕著に増加。これに対し、政府は現在、食料安全保障の実現に欠かせない食料の行政に特化した安定した責任ある組織作りに着手、包括的枠組みを実践し、食料安全保障への取組措置をまとめているところ。

(ハ)ダニエル・トゥール UNICEF南アジア地域事務所長

 栄養不足、低栄養に関して南アジアの深刻な状況を紹介、食料危機により、多数の人々が食料について不安定な状況に陥っていることを指摘。対応として、包括的な財政刺激パッケージ、早期警戒追跡メカニズム、脆弱性マッピング等の必要性を挙げた。

(ニ)デービッド・スティーブンソン WFP政策・計画・戦略部長

 WFPの活動に関し、世界の最も脆弱な人々をどのように助けるか、十分な量の栄養価の高い食品へのアクセスをいかに担保するかを中心に説明。小規模農家の飢餓の問題に取り組むことが先決であると指摘。WFPの購買力を活用して体系的に購買し、供給サイドを支援、分配する食料の80%を現地購入することで、農業の開発、市場の開発に寄与していると活動を紹介。

(ホ)石井光男 ADRA Japan支部長

 NGOの活動の成功事例として、アフリカにおけるFood for Education、Food for Trainingプログラムを紹介。これらは優れたプログラムであるものの、トレーニングが不十分で自ら食料を確保する力を身につけるには至っていないことを懸念。NGO、政府、企業、国連がそれぞれの立場で行う協力に加え、より包括的なアプローチが不可欠であると指摘。

(ヘ)以上のプレゼンテーションについて、窪田博之JICA農村開発部審議役よりコメント。マラウイ、イエメン両国の事例からは、ローカルで対応することの重要性、適切な戦略は国毎に異なることが示されたとコメント。長期的なイシューという文脈から、キャパシティ・ビルディングの重視、気候変動への対応を挙げ、食料危機への対応に関しても、グローバルな支援に加え、基本的かつ根本的な技術の導入によってローカルに対応するという可能性を示唆。山田彰外務省国際協力局参事官より、食料危機という困難な状況は今後数年間続くと見込まれているものの、利害関係者間で調整しパートナーシップを組むことによって、状況は変えられる旨発言、関係者のさらなる努力が期待された。

(3)セッションIII「農業投資の促進-海外農業投資のベスト・プラクティスと官民パートナーシップのあり方」

(イ)デービッド・ハラム FAO貿易市場部次長

 国際的な農業投資への関心が高まっているものの、その詳細な状況は必ずしも明らかになっていないため、不正確な情報が流通し、新植民地主義との批判もある。重要なのは、投資国、投資受入国双方にメリットのあるWin-Winの状況を目指すことであり、必要な法規制や政策を整備し、開発のプラスのメリットを享受しつつ、マイナスの影響を排除すること。まず途上国側の投資のニーズを確認し、潜在的な投資家と照合し、投資家を誘致することが必要。FAOは、投資の分野で現在実際に起きていることの傾向とその影響の把握に取り組んでおり、まずは多くの人に情報を提供し、彼らが投資を検討できるようにしたい。

(ロ)ソアレス・ボニャザ・ニャッカ モザンビーク共和国農業大臣

 貧困との闘いにおいて、モザンビークは特に農業開発に力を入れ、農業生産の著しい成長率を達成した一方、収益率は伸び悩み、食料安全保障の確保には至っていない。農産物の生産及び収益率の向上のため、政府は「緑の革命」戦略を打ち出し、小麦を中心とした穀物生産に重点を置き、特に小規模農家の収入向上を目指している。モザンビーク、日本、ブラジル間の三カ国協力は双方にとって利益となるため、具体的に行っていきたい。

(ハ)ジェラウド・ブエノ・マルタ・ジュニオール ブラジル農牧研究公社研究官

 食料安全保障のシンプルな定義は「長期的な展望を持った作物生産」であり、その手段は栽培エリア拡大と生産拡大及びこの2つの組み合わせ。栽培エリア拡大に関しては、栽培可能な土地は世界的に少なくなってきているのが現状。他方、生産性向上の余地はあり、調査・研究、投融資、マーケティング、官民連携が戦略的に重要。食料生産向上の機会は多く、Win-Winの関係、あるいは大きなWin、小さなLossという生産も可能。ブラジルの経験は他国にも生かすことができ、特に、官民連携の重要性は将来的にさらに高まる旨発言。

(ニ)本郷豊 JICA中南米部嘱託

 セラード開発への日本の協力及びこの経験の活かし方につき発言。セラード開発当時、我が国の食料安全保障、社会開発及び経済開発を含むセラード地帯の開発、世界の食料需給の緩和という食料安全保障を巡る3つの視点から、PRODECER(日伯セラード農業開発協力事業)に取り組んだ。当該事業は成功事例として高く評価。セラード開発事業の成果や経験をアフリカの持続的開発のために活用する際には、ブラジルとアフリカの経済・社会環境は大きく異なるため、同じモデルをそのまま移転することはできない点に留意。

(ホ)松村宏一 三井物産穀物油脂部長

 同社が出資しているブラジルMultigrain社の農業生産事業につき説明。拡大する食料需要を背景に、生産余力のあるブラジルにおいて農業生産から輸出までの一貫体制(バリュー・チェーン)の下、大豆生産に従事。農業事業には、資金、天候リスク、カントリーリスク、採算性、経営管理等課題が多いものの、我が国と世界の食料安全保障及び投資対象国の経済振興への貢献の観点から、事業を開始。農業事業における今後の課題として、長期的視点、官民連携、増産に向けた仕組み作りの必要性を指摘。

(ヘ)以上のプレゼンテーションを受けてディスカッションに移り、まず、荘林幹太郎学習院女子大学国際文化交流学部教授より、本セッションの中心的テーマとしてWin-Winの関係性に着目してコメント。利益を分かち合う主体、世代間衡平、ベスト・プラクティスの第三国における活用等の視点を示し、特に、ベスト・プラクティスを分析する枠組みの必要性がある旨発言。これに関し、スピーカーより、ブラジルも環境保全分野については失敗を犯しており、バッド・プラクティスの分析も併せて行う必要性を指摘。
 会場より、アフリカにおいて肥料工場建設が進まない理由について質問が出されたのに対し、ニャッカ・モザンビーク農業大臣より、事業提案は多く出されているものの、必要な天然ガスが不足しており、肥料に回すことができない現状を説明。
 最後に、モデレーターの平松賢司外務省経済局審議官より、本分野における官民連携の重要性、FAOをはじめとする国際機関の知見やベスト・プラクティス及びワースト・プラクティスの経験を活かすことの重要性に言及、モデル・プロジェクトやパイロット・プロジェクトを通して知見を更に積み上げていく旨発言。政府として取り組むべきこととして、様々な枠組み・制度作り、投資協定の締結等を挙げた。

(4)セッションIV「我が国と世界の食料安全保障―今、日本が為すべきこと」

(イ)冒頭、本間正義東京大学農学生命科学研究科教授より、食料安全保障とは何かについて理解を深める必要性、短期及び長期の農業投資の必要性に言及、その上で、我が国にとっての食料安全保障を議論すべき旨発言。食料問題が解決しない原因は再分配メカニズムが今の世界に存在しないためと分析、長期的視野に立った取組の必要を指摘。農業投資に関しては、特に長期的に必要な分野として教育、研究開発を挙げ、CGIAR(国際農業研究協議グループ)等国際公共財を提供する国際研究開発機関への更なる資金面及び人的貢献が必要と述べた。

(ロ)小風茂農林水産省大臣官房審議官より、新たな食料情勢に応じた国際的枠組み検討会につき説明。海外民間農業投資を政府としていかに支援するかという点に関し、投資協定、情報提供、公的金融の投資分野への提供の可能性を、外務省、経済産業省等他省庁及び他機関と検討することを挙げた。

(ハ)スピーカーからは、環境問題と食料安全保障との関係について、必ずしもトレードオフの関係にはないものの、一般論としてその可能性も高く、環境保全のためのコストを誰が負担するべきかが最終的には問題となるとの指摘があった。これに対して、環境保全と整合的な経済成長のあり方を追求すべき、遺伝子組換え技術を含めた技術開発が環境問題の克服には必要との議論がなされた。

(ニ)市場の再分配機能に関しては、モデレーターの近藤和行読売新聞編集委員より、WTOの下で自由化や国境措置低減を推進することによって再分配がうまくいかなくなるとの見方が一般的に存在することが指摘された。これに対し、スピーカーからは、自由化と飢餓の問題は全く異なる問題であり、貿易を閉ざすことは却って途上国から輸出の機会、経済成長の機会を奪ってしまう点において問題との発言があった。

(ホ)グローバル・パートナーシップに関しては、外務省平松審議官より、様々な機関が各々重要な発想をしているものの、特に現場においてコーディネーションがなかなかうまくいかないとの問題を指摘。我が国としては、官民連携ならびに国際機関をも巻き込んだ実際に役立つ世界的な枠組みとして、グローバル・パートナーシップの構築は極めて重要と考えている旨発言した。

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