1 冒頭
(1)主な出来事
2月24日、ロシアはウクライナへの侵略を開始し、首都キーウを含め、ウクライナ北部・東部・南部が攻撃にさらされた(ロシアは「特別軍事作戦」と称している。)。プーチン・ロシア大統領は同日のテレビ演説で、その目的は8年間にわたりキーウ政権からの愚弄(ろう)と虐殺にさらされてきた人々の保護、そのためにウクライナの非軍事化と非ナチ化を追求していくと発言した。
2月末からロシア・ウクライナ間で断続的に交渉が行われたものの、何らかの具体的な合意にはつながらなかった。3月末には、ロシア側はキーウ方面などにおける段階的な軍事的エスカレーションの「緩和」を発表し、キーウを含む北部から撤退したが、その後、部隊を再編し、東部・南部へ戦力を集中させた。ロシア軍撤退後のブチャなどキーウ近郊では一般市民の虐殺を含む残虐行為の形跡が発見され、国際世論に大きな衝撃を与えた。
また、ロシア側は、南部へルソン州及び東部ルハンスク州のほぼ全域、南東部にある欧州最大級とされるザポリッジャ原子力発電所(以下、「ザポリッジャ原発」という。)を含むザポリッジャ州、東部ハルキウ州及びドネツク州の一部地域の制圧を主張した。
この影響を受け、黒海を通じた食料輸出が滞る状況が続いていたが、7月22日、国連、トルコ、ウクライナ及びロシアとの間で「黒海穀物イニシアティブ」の合意に至った。以降、ウクライナ南部の港から穀物を積載した船舶が出航するようになった。
夏以降、ウクライナ側はロシアに対する反転攻勢を行い、9月12日には北東部ハルキウ州ほぼ全域のロシアからの解放を発表した。同月21日、プーチン大統領が部分的動員令を公表し、当局の発表によれば30万人規模の動員を行った。この際、動員を逃れるために、多くの人々がロシア国外に脱出する事態が生じた。同月下旬、ウクライナ国内のドネツク、ルハンスク、ザポリッジャ及びヘルソンにおいてロシアへの「編入」に関する「住民投票」と称する行為が行われ、その結果を口実として、ロシアはこれらの地域を違法に「併合」した。一方、10月初め、ウクライナ側はドネツク州リマンの奪還を発表した。
10月8日、ロシア側が建設したクリミア半島とロシアをつなぐ大橋で爆発が発生すると、ロシア側はこれをウクライナ当局によるテロ行為であると断定した。以降、ロシア側はキーウを始めとするウクライナ各地のエネルギーなどのインフラ施設を中心にミサイルやドローンによる大規模攻撃を行うようになり、大きな被害が生じており、現在に至るまで民生インフラなどへの攻撃が継続している。
11月、ロシア側は州都ヘルソン市を含む南部へルソン州一部地域から撤退したが、その後も、同地域に対するロシア側による攻撃は継続された。12月に入ると、ロシア国防省は、ウクライナ側がロシア国内の軍用飛行場に無人機による空爆を試みた、迎撃時に無人機の破片が落下・爆破し、死傷者が発生したと発表した。同月21日には、ゼレンスキー・ウクライナ大統領が侵略開始後初めての海外訪問として米国を訪問し、更なる軍事支援を要請し、米国は地対空誘導弾「ペトリオット」を含む追加の軍事支援を発表した。
年末年始もウクライナ各地に対するミサイル・無人機などによる攻撃が断続的に発生した。ロシアによる更なる大規模攻撃の可能性が指摘される中、ウクライナからの要請に応じ、欧米各国は主力戦車の供与を含む同国への軍事支援を強化させている。2023年2月末現在、両国の間で停戦交渉の開始に向けた動きは見られず、事態の長期化や更なるエスカレーションを懸念する声もあり、引き続き予断を許さない状況となっている。
ロシアによるウクライナ侵略は、ウクライナ国民の命や平和な暮らしを奪っただけでなく、戦争の影響を直接受けた近隣諸国はもちろん、世界有数の穀物輸出国である両国からの穀物輸出などの制限を引き起こした。また、ロシアはエネルギー資源を使って、エネルギー供給を輸入に依存する諸国に対して圧力をかけている。このような食料・エネルギーを地政学的な威圧の手段として利用するロシアの試みは、世界的な食料・エネルギーの供給不足、価格の高騰を招いた。
(2)日本の基本的立場
ロシアによるウクライナ侵略は、国際社会が長きにわたる懸命な努力と多くの犠牲の上に築き上げてきた国際秩序の根幹を脅かすものであり、世界のいかなる国・地域にとっても決して「対岸の火事」ではない。日本は、力による一方的な現状変更は、欧州であれ、東アジアであれ、いかなる場所でも許してはならないという強い決意の下、この1年、ロシアに対し、侵略を即時停止し、部隊をロシア国内に撤収するよう強く求め、また、G7を始めとする国際社会と緊密に連携しながら、厳しい対ロシア制裁と強力なウクライナ支援に取り組んできた。さらに、食料・エネルギー価格の高騰など、ロシアによるウクライナ侵略が特に多くの開発途上国に困難をもたらしているグローバルな課題の解決、そして、法の支配に基づく国際秩序を維持・強化するため、安保理改革を含む国連の機能強化を始めとするグローバル・ガバナンスの問題にも積極的に取り組んできた。
プーチン大統領が侵略開始直後にロシア軍抑止力部隊を特別戦闘当直態勢に移行させたほか、ロシアから様々な発信を通じて核による威嚇がなされており、ロシアによる核兵器使用の可能性が国際社会で懸念される状況が続いている。こうした中、日本は唯一の戦争被爆国としても核兵器が使用される可能性を深刻に懸念し、また、ロシアの核兵器による威嚇、ましてや使用はあってはならないと、国連やG7などの国際場裡(り)及び各国との二国間会談の場で強く訴えてきた。ウクライナの原子力施設又はその付近でのロシアの軍事行為は決して許されるものではなく、日本は、ロシアの行為を最も強い言葉で非難し、また、東京電力福島第一原子力発電所事故の経験も踏まえ、国際原子力機関(IAEA)によるウクライナの原子力施設の安全や核セキュリティの確保に向けた取組を後押ししてきた。
ロシアの暴挙が脅かしている法の支配に基づく国際秩序は、G7のみならず国際社会全体の平和と繁栄を支える公共財である。この1年、G7以外にも、東南アジア諸国連合(ASEAN)、南アジア、中央アジア、大洋州、中東、アフリカ、中南米など各国との関係を深め、共にこの秩序を擁護するため働きかけてきた。こうした取組の結果、国連総会において、10月12日にはウクライナ国内における「住民投票」と称する行為及びロシアによる「併合」の違法な試みを非難する決議が、2023年2月23日にはウクライナの平和を求める決議が、それぞれ143か国及び141か国という全国連加盟国の7割以上の賛成をもって採択されるなど、国際社会の意思が明確に示されてきている。日本は、ロシアが一刻も早く侵略をやめるよう、暴挙には高い代償が伴うことを同国に示すため、対ロシア制裁に参加していない国々への働きかけを含め、国際社会との結束を強化していく。
このような基本的立場を踏まえ、2023年3月21日、岸田総理大臣は、ロシアによる全面的な侵略開始以降初となるウクライナ訪問を実現し、ゼレンスキー・ウクライナ大統領と首脳会談を行った。岸田総理大臣自らによる戦時下のウクライナ訪問は、欧州とインド太平洋の安全保障は不可分であるとの日本の信念を体現し、関係各国に強いメッセージを送るものとなった。会談において、岸田総理大臣は、同大統領のリーダーシップの下で、祖国と自由を守るために立ち上がっているウクライナ国民の勇気と忍耐に敬意を表し、ウクライナ国民に対する日本の揺るぎない支援と連帯、G7議長国として法の支配に基づく国際秩序を守り抜く決意を伝えた。その上で、両首脳は、両国間の連携をこれまで以上に強化することで合意し、「特別なグローバル・パートナーシップに関する共同声明」を発出した。また、岸田総理大臣は、ロシアによる侵略を受けウクライナが被った被害などの状況を直接視察した。1
本特集では、ロシアによるウクライナ侵略とその影響に対し、この1年、日本がどのような考えの下、どのような取組を行ってきたのか、振り返る。
1 2023年3月の岸田総理大臣のウクライナ訪問については外務省ホームページ参照:
https://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/c_see/page1_001548.html
