1 情勢認識
緊迫する北朝鮮問題を始めとして、日本を取り巻く安全保障環境は極めて厳しい状況にある。また、グローバル化の進展への反動が広がり、これまで自由貿易の恩恵を受けていた国々の中でも保護主義が台頭しつつあり、欧州でも内向き志向が顕著になっている。さらに、力を背景とした一方的な現状変更の試みやテロ及び暴力的過激主義の拡大により、日本を含む世界の安定と繁栄を支えていた自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値に基づく国際秩序が挑戦を受けている。
(1)中長期的な国際情勢の変化
ア パワーバランスの変化
21世紀に入り、中国やインドを始めとするいわゆる新興国の台頭や世界経済の重心の大西洋から太平洋へのシフトが指摘されてきた。新興国の台頭は、世界経済の推進力となってきた一方、パワーバランスの変化をもたらしている。
また、国際テロ組織を含めた非国家主体による国際社会への影響力が高まっている。同時に、国家主体自身が、武力攻撃と明確には認定し難い形で軍事手段を用いる事例や、情報操作等を通じた外国からの民主主義への介入などの事例も指摘されている。
イ 脅威の多様化と複雑化
特にアジア地域では安全保障に関する協力の枠組みの制度化が不十分であることを背景として、領域主権や権益をめぐって、純然たる有事でも平時でもないグレーゾーン事態の増加が懸念されており、安全保障環境が複雑化している。
北朝鮮によるこれまでにない頻度のミサイル発射や核実験の実施などにも見られるとおり、大量破壊兵器や弾道ミサイル等の移転・拡散・性能向上に関する問題は、テロ組織等による大量破壊兵器の取得・使用の可能性を含め、日本を含む国際社会全体にとって大きな脅威となっている。
テロについては、近年いわゆるソフト・ターゲットを狙った大規模なテロ事件が深刻化している。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を含むコミュニケーション・ツールの進歩は、テロの根本原因の一つである暴力的過激主義の拡散とテロ組織の活動範囲の拡大にも利用されている。
近年の科学技術の進歩により、サイバー空間や宇宙空間といった新たな領域における活動が活発化しているが、これは大きな機会とともに新たなリスクや脅威も生み出しており、適用されるべき規範の確立も発展途上にある。
さらに、兵器の無人化・自律化技術やサイバー技術の革新については、従来の安全保障の在り方を変えていく可能性が指摘されている。
ウ 世界経済の動向(保護主義・内向き傾向の顕在化)
世界経済は、グローバル化やデジタル技術を始めとするイノベーションの進展と共に、世界的なサプライチェーンと金融システムの発達により、相互依存がこれまで以上に強まっている。これらは更なる成長の機会を生み出す一方、一地域の経済ショックや商品相場の変動等の要素が同時に他の地域又は世界経済全体に対して影響を及ぼしやすくしている。また、国境を越えた経済活動を更に円滑なものとするため、ルールに基づいた経済秩序の維持・構築の必要性が一層高まっている。2017年の世界経済は、短期的には回復基調にあるが、中長期的には引き続き金融の脆弱性(ぜいじゃくせい)、地政学的緊張、政治的不確実性等による下方リスクが存在している。
一方、グローバル化に逆行する動きとして、欧米の主要国内で高まった保護主義や内向きの傾向があり、この動きは引き続き顕著である。その背景は、国内所得格差の拡大、雇用喪失、輸入品の増加、移民の増加、地球環境問題など一様ではないと考えられる。欧州では、移民・難民流入数が減少する一方、南北の経済格差は改善が見られていない。米国では、トランプ大統領が、選挙公約であった「米国第一主義」を改めて強調し、米国製品購入や米国民の雇用促進を進めるなど、保護主義傾向が強まった。
エ 地球規模の課題の深刻化
近年世界全体におけるいわゆる貧困層の割合は減少傾向にあるものの、依然として1日1.9米ドル未満で生活する貧困層は世界人口の1割程度いるとのデータもある1。貧困は、個々の人間の自由と豊かな可能性を制限し、社会的不公正・政情不安や暴力的過激主義の根源となっている。
また、紛争や迫害等を原因とした難民・国内避難民・庇護(ひご)申請者の数は、新たな危機の頻発や紛争・迫害の長期化等により近年増加し、戦後最大の約6,560万人となっている2。難民等の問題は、深刻な人道問題であるとともに、国際社会に軋轢(あつれき)をもたらしており、問題の更なる長期化・深刻化が懸念されている。
さらに、地球温暖化が、自然災害の増加や被害の拡大など地球環境に深刻な影響をもたらすことが懸念されている。グローバル化により国境を越える人の移動が飛躍的に増加し、感染症の流行・伝染の脅威も深刻さを増している。今後、世界人口の増加や工業化・都市化が水・食料問題や保健問題を深刻化させる可能性も指摘されている。
これらの問題への対処として、持続可能な開発目標(SDGs)を着実に実施することが重要である。SDGsの推進によって、世界全体で12兆ドルの価値と3億8,000万人の雇用が創出されると言われており、各国政府のみならず自治体、ビジネス界、市民社会など各方面で盛り上がりを見せている。
オ 不安定化の課題を抱える中東情勢/深刻化するテロ及び暴力的過激主義
中東地域は、地政学上の要衝に位置し、エネルギー資源を日本含め世界に供給する重要な地域であり、その安定は日本を含む国際社会の平和と安定にとって不可欠である。一方、中東地域は、「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」などの暴力的過激主義、大量の難民の発生と周辺地域への流入、シリア危機の長期化、イラク情勢、中東和平問題、イランとサウジアラビアとの緊張関係、カタールをめぐる情勢、アフガニスタン、イエメン及びリビアの国内情勢など、同地域を不安定化させる様々な課題を抱えている。
イラク・シリアにおけるISILの支配領域は縮小したが、ISILの影響下にあった外国人テロ戦闘員の母国への帰還や第三国への移動により、テロの脅威は世界中に拡散し、アジアでもその脅威が高まっている。2017年5月、「ISIL東アジア」を自称する武装グループがフィリピンのマラウィ市の一部を占拠した。掃討作戦は完了したが、同市を含むミンダナオ島における情勢には引き続き注視する必要がある。
(2)厳しさを増す東アジアの安全保障環境
ア これまでにない、重大かつ差し迫った脅威である北朝鮮
日本を取り巻く安全保障環境は、戦後、最も厳しいといっても過言ではない。2017年、北朝鮮は6回目の核実験を強行するとともに、日本上空を通過した2発を含め15発以上の弾道ミサイルを発射し、その核・ミサイル能力の増強は、日本及び国際社会の平和と安定に対するこれまでにない、重大かつ差し迫った脅威となっている。
イ 中国の透明性を欠いた軍事力の強化と一方的な現状変更の試み
中国の平和的な発展は、日本としても、国際社会全体としても歓迎すべきことである。しかし、中国は国防費を継続的に増大させ、透明性を欠いたまま軍事力を強化しており、また、東シナ海、南シナ海などの海空域で、既存の海洋法秩序と相いれない独自の主張に基づく行動や力を背景とした一方的な現状変更の試みを続けている。
東シナ海では、尖閣諸島周辺海域における中国公船による領海侵入が続いている中、中国海軍艦艇・航空機による活発な活動も確認されている。また、中国は、排他的経済水域や大陸棚の境界画定がいまだ行われていない海域で、一方的な資源開発を継続している。さらに、近年、東シナ海を始めとする日本周辺海域で、日本の同意を得ない調査活動や同意内容と異なる調査活動も多数確認されている。
南シナ海では、中国は係争中の地形上に大規模かつ急速な拠点構築及びその軍事目的での利用を行ってきた。2016年から2017年にかけて、中国民間航空機の南沙諸島への試験飛行、西沙諸島ウッディー島への地対空ミサイルの配備、スカボロー礁上空での爆撃機等のパトロール実施、中国海軍空母による南シナ海航行等の動きが見られた。米シンクタンクの発表によれば、中国による南シナ海の係争中の地形の軍事拠点化は着々と進んでおり、2017年に完成させたり、着工したりした恒久的な施設の総面積は約29万平方メートルに及ぶ。3
また、南シナ海をめぐるフィリピンと中国との間の紛争に関して、2016年7月、中国の埋立て等の活動の違法性を認定した、仲裁裁判所による最終判断の法的拘束力を否定するなど、南シナ海における領有権等について中国は独自の主張を続けている。
1 世界銀行(WB)ホームページ
2 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)ホームページ
3 戦略国際問題研究所(CSIS)