外交青書・白書
第4章 国民と共にある外交

4 国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約(ハーグ条約)の発効と実施状況

ハーグ条約は、国際結婚が破綻した場合の子の監護権(親権)に関する手続は、子がそれまで居住していた国で行うことが望ましいとの考えの下、国境を越えて不法に連れ去られた子を、原則として元の居住国に返還することを定めた条約である。また、国境を越えた親子の面会交流の機会を確保するために、各国が援助を行う義務についても定められている。

国境を越えた人の往来や国際結婚・国際離婚の増加を背景に、日本政府は、2014年1月24日に、ハーグ条約への署名、受諾書の寄託を行った。これを受け4月1日に、日本について条約が発効するとともに、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律が施行された。

ハーグ条約は、各国において「中央当局」として指定された機関が協力して運用されている。日本においては外務省が中央当局として、条約の実施のため外国中央当局との連絡・協力や、子の所在の特定、問題の友好的な解決に向けた協議のあっせんなどの当事者に対する支援を行っている。ハーグ条約に関わる事案の対応には、条約のみならず国内の家族法や国際私法についての正確な理解が必要である。また、ハーグ条約に関わる事案の当事者の中には、配偶者等暴力や児童虐待の被害者が一定数含まれており、専門的な知見に基づいた対応が求められる。このため、外務省では、弁護士などの法律専門家、配偶者等暴力の被害者支援の専門家、児童心理専門家などの多様な専門家により、対応に当たっている。

条約発効後12月末までの9か月間に、外務省は、子の返還を実現するための援助を求める申請を29件、子との面会交流を実現するための援助を求める申請を64件、計93件の申請を受け付けている。

(参考)ハーグ条約の国内実施法に基づく外務大臣に対する援助申請の受付件数(2014年12月末現在)
  返還援助申請 面会交流援助申請
日本に所在する子に関する申請 17 50
外国に所在する子に関する申請 12 14

日本についてハーグ条約が発効した結果、これまでに、少なくとも5事案の日本への子の返還、2事案の日本からの子の返還がそれぞれ実現している(2014年12月末時点)。また、外務省が援助を行った事案のうち、3件について面会交流が実現した(テレビ電話システム等により面会交流が実現した事案を含む。)。この中には、子が学校の長期休暇中に外国に居住する父親を訪問し長期滞在する形で、国境を越えた面会交流が実現した例もあった。

COLUMN
ハーグ条約事件の代理人活動を通して

私は、日本についてハーグ条約が発効した後、同条約に基づく子の返還の援助申請が初めて外務省に対してなされたケースについて、母親の代理人として関わる機会に恵まれましたので、その経緯と今後の課題を簡単にご報告させていただきます。

事案は、2014年3月に、日本人の母親がA国から2人の子供を連れて帰国し、そのままA国に戻らなかったというものです。A国に残された父親から申請が行われ、外務省による援助が開始されました。残された父親は、裁判ではなく話し合いによる解決を希望していましたが、当事者同士での話し合いは難航していたため、外務省が協議のあっせんを委託しているADR機関(東京弁護士会紛争解決センター)を利用して話し合いを行いました。そして、2人のあっせん委員(弁護士と心理学の研究者兼臨床家)の指揮の下、4回の期日が開かれ、最終的には、子と母親がA国に戻るという内容の合意が成立しました。

ADRでは、子を日本とA国のいずれの学校に行かせることが福祉に適うか、子と双方の親との面会交流をどのようにして確保するかなどといった課題について実質的な話し合いが行われました。しかし、両親の子育てに関する価値観・習慣の違いや両国の教育制度の違いなどが妨げとなり、また、時間の制約もあって、結局、両者が納得する最終的な結論が得られませんでした。そのため、引き続き両親がA国で話し合いを行うため、母親が子を連れてA国に戻ることとなったわけです。

しかし、A国で母親に不利な内容の裁判所の命令が出ていたために、母親がA国で逮捕される危険性等がありました。このため、外務省からA国中央当局に母親が逮捕されないことの確認をしてもらい、子供と母親のA国への無事な帰国が実現しました。

日本のハーグ条約に基づく手続は、解決に向けた多様な選択肢が用意されていることが特徴です。日本での運用はまだ始まったばかりですが、今後、返還のための裁判だけでなく、中央当局による援助の下での協議のあっせんについても、よいプラクティスが積み重ねられ、諸外国のお手本となることを期待したいと思います。

弁護士 芝池 俊輝

弁護士 芝池 俊輝

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