コソボ共和国

コソボ共和国(Republic of Kosovo)

基礎データ

平成30年1月24日

  • コソボ共和国国旗

一般事情

1 面積

10,908平方キロメートル(岐阜県に相当)

2 人口

180.5万人(2013年,コソボ統計局)

3 首都

プリシュティナ(人口60万人,推定)

4 民族

アルバニア人(92%),セルビア人(5%),トルコ人等諸民族(3%)

5 言語

アルバニア語(アルバニア人),セルビア語(セルビア人)等

6 宗教

イスラム教(主にアルバニア人),セルビア正教(セルビア人)等

7 略史

年月 略史
13世紀~14世紀 中世セルビア王国及びセルビア正教会の中心地となる。多数のセルビア正教の教会,修道院が建立される。
1389年 コソボの戦いでセルビアがオスマン・トルコに敗退。以後,イスラム教に改宗したアルバニア人がコソボに入植開始。
1913年 バルカン戦争でトルコに勝利したセルビアがコソボを奪回。
1918年 ユーゴスラビア王国の一部となる。
1941年 第二次世界大戦中,ドイツ,イタリア,ブルガリアに分割占領される。
1945年 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国(6共和国で構成)が建国。セルビア共和国の一部として「コソボ・メトヒヤ自治区」が設立。1963年,「コソボ自治州」に改称。
1974年 ユーゴ憲法改正により,コソボは共和国に準じた大幅な自治権(独自の憲法,議会,政府,裁判所)を獲得。
1981年 コソボ自治州の共和国昇格を求めるアルバニア系住民による暴動発生。ユーゴ政府は治安部隊の投入により暴動を抑える一方,コソボ向けの開発援助資金を増大。
1989年 アルバニア系住民とセルビア系住民の対立が深まる中,セルビアはコソボの自治権を大幅に縮小。
1990年 アルバニア系住民が「コソボ共和国」の樹立とセルビアからの独立を宣言。これに対し,セルビアは自治州議会及び政府の機能を停止し,直接統治を開始。アルバニア系住民は武装組織「コソボ解放軍」(KLA)を組織化し,武力闘争開始。
1998年 セルビアがKLA掃討作戦を展開し,コソボの治安情勢と住民の人道状況が急速に悪化。OSCEがコソボ検証ミッションを派遣。
1999年3月 1999年2月,ランブイエ(仏)にて国際社会の仲介で和平交渉が開始されたが,セルビアがNATO軍のコソボ展開を受け入れず決裂。同年3月末,NATOは,コソボにおける人道的危機が深まったとしてコソボを含むセルビア全域の軍事目標及び経済インフラに対し空爆による攻撃開始。これに対し,セルビアがKLA掃討作戦を強化し,数十万のアルバニア系住民がコソボから流出し難民化(コソボ紛争)。
1999年6月 セルビア治安部隊のコソボ撤収によりNATO空爆終了。国連安保理決議1244号が採択され,国連(UNMIK)による暫定行政が開始され,また,NATO主体の国際安全保障部隊(KFOR)が展開。アルバニア系難民が帰還する一方,約26万人のセルビア人等非アルバニア系住民がコソボからセルビアに避難。
2002年4月 国連(UNMIK)による「地位の前に水準」政策開始。コソボの地位確定交渉を開始する前提として,コソボによる8つの達成目標(統治機関の構築,法の支配,避難民帰還,地方分権化等)を設定。
2005年11月 2004年春のアルバニア系住民による暴動発生を契機に,地位確定交渉開始の気運高まる。2005年11月,国連はアハティサーリ元フィンランド大統領を地位交渉仲介特使に任命し,コソボ,セルビア間の仲介交渉に当たらせる。
2007年3月 アハティサーリ国連特使が,国際社会の監督下によるコソボの独立案を国連に勧告。同案を承認する安保理決議案は採択されず。
2007年8月 米,露,EUの三者(トロイカ)の仲介によるコソボ,セルビア間の地位交渉が再開されたが,同年12月,不調に終わる。
2008年2月 17日,コソボ議会が「コソボ共和国」の独立を宣言。

政治体制・内政

1 政体

共和制

2 元首

ハシム・サチ大統領(2016年4月就任。任期5年)

3 議会

1院制(定数120名)

構成(2017年6月選挙。任期4年)
政党(会派)名 議席数
自己決定運動 32議席
コソボ民主同盟 27議席
コソボ民主党 24議席
セルビア人のリスト 10議席
少数民族グループ 10議席
コソボ将来同盟 9議席
コソボ・イニシアティブ 6議席
新コソボ同盟 2議席
その他 3議席

4 政府

 コソボ将来同盟,コソボ民主党,セルビア人のリスト,コソボ・イニシアティブ,新コソボ同盟,少数民族グループからなる連立政権

  • 首相:ラムシュ・ハラディナイ(2017年9月就任)
  • 外相:ベジェット・パツォーリ(2017年9月就任)

5 内政

  • (1)独立後,憲法の制定,国家機関の創設,法体系の整備など着実な国造りに努めている。2014年6月に議会解散・総選挙が行われ,サチ前首相率いるコソボ民主党が僅差で第一党となったが,7月に第二党以下のコソボ民主同盟,コソボ将来同盟,コソボ・イニシアティブが連立に合意して議長を選出,しかし憲法裁判所がこの選出を無効とする判断を下し,以後新政府発足の見通しが立たない状況が続いた。11月後半になり,コソボ民主党とコソボ民主同盟との間で連立合意が漸く成立,12月9日にコソボ民主同盟党首のムスタファを首相とし,両党に少数民族政党を加えた連立政権が発足した。
  • (2)2016年2月,ヤヒヤーガ大統領の任期満了をひかえて,次期大統領の選出が議会において行われ,サチ副首相兼外相が選出された。同4月,サチ新大統領が就任した。
  • (3)2017年5月にモンテネグロとの国境画定問題を巡る連立与党の足並みの乱れに乗じ,野党側が提出した政府不信任決議案が可決されたことを受け,2017年6月,コソボ議会解散に伴う総選挙が行われ,コソボ民主党連合(コソボ民主党,コソボ将来同盟,コソボ・イニシアティブによる連立)が比較第一党となった。しかし,この選挙では,いずれの連合・政党も過半数の議席を獲得することができず,コソボ民主党連合を中心に連立交渉が行われたものの,過半数を獲得できない状況が継続。9月に入り,新コソボ同盟及びセルビア人のリストが連立政権の結成に合意したことにより,9月9日にハラディナイ・コソボ将来同盟党首を首相とする新政権が発足した。
  • (4)内政の課題は,法の支配の確立とコソボ独立に反対するセルビア系住民との融和。法の支配については,2008年2月末からコソボに派遣されているEUによる法の支配ミッション(約800名の警察官,税関吏,司法専門家等。通称,EULEX)による支援を受けて汚職・組織犯罪等の対策に取り組んでいる。
  • (5)一方,コソボ北部のセルビア系住民は,セルビアから行政サービスを受け,コソボへの統合に反対してきたが,2013年4月及び5月のコソボ・セルビア間合意を受け,同年11月に実施されたコソボの統一地方選挙に紛争後初めて参加した。なお,1999年のコソボ紛争時にセルビアに避難した26万人の非アルバニア系住民(内,セルビア系は23万人)の帰還はほとんど進展しておらず,難民の帰還及び少数民族の保護が課題となっている。

外交・国防

1 外交基本方針

  • (1)コソボ独立の承認国(2018年1月現在,107か国以上)を増やし,国連等国際機関への加盟を達成することが当面の外交目標。また,将来のEU加盟等,欧州・大西洋統合を目標とする。なお,世銀及びIMFには2009年に加盟している。
  • (2)2010年7月,国際司法裁判所が,コソボの独立宣言は国際法に違反しないとの勧告的意見を発表し,また,同年9月,国連総会が,EUにコソボ・セルビア間の対話プロセスを促進する用意があることを歓迎する旨の決議を採択しており,2011年3月からコソボはEU仲介の下,セルビアとの事務レベル対話を開始した。
  • (3)2012年10月からは,EUの仲介の下,コソボ・セルビア間の首相級対話が開始され,2013年4月,コソボにおけるセルビア系自治体コミュニティ創設等を含む第一次合意が成立,同5月にはその履行計画に関する合意に達した。また,同9月には電力・テレコム分野での合意が成立し,同11月にはセルビア系自治体を含むコソボ全土での統一地方選挙が紛争後初めて実施された。2014年3月以降は,セルビアとコソボで議会選挙が相次いで実施されたが,コソボでは新政府が未発足の状態が続いたために,定期的な首相級対話は行われていなかった。しかし,2015年2月に首相級対話は再開した。
  • (4)2012年1月からEUと査証自由化対話を開始し,同年6月にEUより査証自由化に向けたロードマップが提示された。2016年5月,欧州委員会はコソボ国民に対する査証免除を提案。なお,査証免除の実施には,コソボが,欧州議会及び欧州理事会における本提案の採択までに,モンテネグロとの国境協定を締結すること及び組織犯罪・汚職対策を強化することが前提とされている。
  • (5)EUは,2012年3月から安定化・連合協定のフイージビリティ・スタディを実施した。そして,同年10月,欧州委員会は,EU加盟国間でコソボの地位に関し異なる見解が存在するという状況下でもEUとコソボの間で安定化・連合協定の締結は可能との結論を確認し,2013年6月には,同4月及び5月のコソボ・セルビア間合意を評価して,EU・コソボ間での安定化・連合協定の交渉開始を決定した。交渉は同年10月に開始され,2015年10月には安定化・連合協定が署名された。2016年4月,EUとの安定化・連合協定が発効した。

2 軍事力

  • (1)1999年以来,NATO主体のコソボ国際安全保障部隊(KFOR)が駐留している。
  • (2)2009年1月,軽武装のコソボ治安部隊(KSF)が創設され,災害対策及び警察以外の治安を担当。

経済

1 主要産業

サービス業(54%),工業(16%),農業(11%)(2015年,世銀統計)

2 GDP

66.5億米ドル(2016年,世銀統計)

3 国民一人当たりGNI

3,850米ドル(2016年,世銀統計)

4 経済成長率

3.6%(2016年,世銀統計)

5 物価上昇率

-0.5%(2016年,コソボ統計局)

6 失業率

32.9%(2016年,コソボ統計局)

7 貿易額

輸出:
3.25億ユーロ
輸入:
26.35億ユーロ

(2016年,コソボ統計局)

8 主要貿易品目

輸出:
卑金属,鉱物性生産品,食料品
輸入:
鉱物性生産品,調整食料品・飲料・たばこ,機械類・電気機器

(2015年,コソボ統計局)

9 主要貿易相手国

輸出:
アルバニア,マケドニア,インド
輸入:
ドイツ,セルビア,イタリア

(2015年,コソボ統計局)

10 通貨

ユーロ(1999年に独自に導入)

11 経済概要

 コソボは,旧ユーゴで最も開発が遅れた地域であり,旧ユーゴ及びセルビアからの援助に依存していたため,自立的な経済構造を有していない。主要産業の農業は小規模な家族経営が大半。褐炭,亜鉛等の鉱物資源を有しているが,近年,設備投資がほとんど行われていない。現在,恒常的な貿易赤字と税収の不備,電力不足,若年層を中心とする大量の失業など課題が山積している。住民の多くは海外移民からの送金,外国援助に依存している。

 なお,コソボのアルバニア系住民は欧州一高い出生率を有し,過去50年間で人口が約4倍に急増(1948年の46万人から1998年には183万人へ)しており,旧ユーゴ地域では最も人口密度の多い国(1平方キロ当たり197人)となっている。

経済協力

1 日本の二国間援助実績

  • 2015年度までの累計総額:約22.44億円
  • 無償資金協力:約7.90億円
  • 技術協力:約14.58億円

2 主要援助国・援助額(単位:百万ドル)(2014年,OECD)

  • (1)スイス(71.31)
  • (2)米国(66.17)
  • (3)ドイツ(49.49)

二国間関係

1 政治関係

  • (1)日本は2008年3月18日,コソボを国家として承認し,2009年2月25日付で外交関係を開設。
  • (2)日本は在オーストリア大使館がコソボを管轄。
  • (3)コソボは2010年7月,東京に大使館を開設。

2 経済関係

(1)日本の対コソボ貿易額・品目(2016年,財務省貿易統計)
輸出:0.03億円(自動車,金属製品)
輸入:0.29億円(化学製品)
(2)日本の直接投資:
1社(キノコ生産企業)

3 文化関係

 2012年9月にコソボフィルハーモニー交響楽団に対する楽器の供与に関する一般文化無償資金協力の交換公文の署名が行われ,2014年3月に同案件の引渡式が行われた。

4 在留邦人数

7名(2017年10月現在)

5 要人往来

(往)
年月 要人名
2012年9月 浜田外務大臣政務官
(来)
年月 要人名
2011年12月 ホジャイ外相,ガシ環境・空間計画相
2012年6月 サチ首相,ホジャイ外相
2012年10月 ブヤ教育・科学技術相(国際科学技術関係大臣会合出席),
ハムザ財務相(IMF・世銀総会出席)
2013年9月 ニカイ貿易・産業副大臣
2013年10月 ブヤ教育・科学技術相(国際科学技術関係大臣会合出席)
2014年4月 サチ首相,ベチャイ財務相,ニカイ貿易・産業相

6 外交使節

  • (1)日本:小井沼 紀芳 特命全権大使
  • (2)コソボ:レオン・マラゾーグ 特命全権大使
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