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平成13年3月
私は、みなさんと共に世界とアジア・欧州間の協力の未来について考える機会を持てることを非常にうれしく思っております。アジア・欧州間協力の考えは、しばしばASEM、すなわち、これら2つの大陸にある国々の首脳会談の場で示されています。私の意見では、ASEMは21世紀への準備を行うために計画され、開始されたものです。ちょうど1年前にバンコックで開催されたアジアと欧州の最初の首脳会談は、欧州にとっては、繁栄と平和のパートナーとしてのアジアを再発見し、承認するための手段でした。アジアにとってASEMは、アジアがこの欧州の意思表示を受け入れ、アジアの発展と安全保障にとって欧州が重要な柱であることを承認することを示していました。
これは考えてみるとすばらしい発展です。たった50年前、アジア人にとっての欧州とは、またヨーロッパ人にとってのアジアとは、結局、何だったでしょうか?多くのアジア諸国とその国民にとって、欧州は軍艦であり、武力外交であり、帝国主義を意味していました。大部分のヨーロッパ人にとって、アジアは悪く言えば植民地計画の対象であり、良く言っても教化しなければならないお荷物でしかなかったのです。これが意味するのは、過去数十年にわたって、アジアが経済的に、政治的に、そして知的な側面においても、長い道のりを辿ってきたということです。これはまた、欧州諸国は、数十年にわたって欧州内での団結のみを考えてきた後に、大西洋の諸国との優先的関係を乗り越えて、欧州以外の地域に目を向け始めたということを意味しています。最も重要であるのは、国家及び地域における関係の力と性質の配置が変化しつつあることです。アジアと欧州は互いにパートナーとして認識し、21世紀へ向けての準備といえる協力について、真剣に討議を始めたのです。
現在、我々はどのような世界にいて、21世紀にはどのような世界を期待するのでしょうか?今日の世界において、冷戦は既に過去のものとなっています。欧州共同体から発展した欧州連合は、欧州におけるより広範な経済協力を行うとともに、政治的な統合への道を開いています。東アジアは経済的に強力なグループとして台頭しつつあります。市場経済の導入に成功している中国は、世界で主要な経済的な役割を果たすことが期待されます。アジア諸国は一時的な経済の停滞に直面していますが、それでも彼らの驚くべき経済成長は続きます。アジアと太平洋地域において、多国間の経済及び安全保障協力は、アジア太平洋経済協力(APEC)やASEAN地域フォーラム(ARF)などの組織によって検討されています。ウルグアイ・ラウンドから生まれた世界貿易機関(WTO)は、現在グローバルな貿易メカニズムとして確立されつつあります。世界は、従来からの国家間の安全保障問題に加えて、大量虐殺兵器の拡散、環境破壊、資源の枯渇、国家間対立、人権侵害、難民問題などについて憂慮しています。
世界は今後数十年間にどのように発展するのでしょうか?21世紀の世界秩序について推測するには、まず過去と現在についてから始めなければなりません。認識論はさておき、我々ができるのは歴史から引き出されるモデルで未来を定義することだけです。歴史学者や国際関係の学者たちは、過去と現在の世界秩序について説明し、将来の状況について予測しようとしてきました。はっきりとした答えはまだ見えませんが、我々はただ最善を尽くすのみです。歴史を振り返ってみると、地域的な、あるいは世界的な秩序は1つまたはいくつかのシステムの組み合わせによってようやく維持されてきたことがわかります。最初は、帝国による支配で、ローマ帝国や中国がこの典型的な例です。その次は、同盟体制による力のバランスです。ルネッサンス時代以降、欧州諸国はこの種の秩序に慣れています。最近の冷戦二極同盟体制もまたこのカテゴリーに含めることができます。第三の体制は権力の協調です。欧州の秩序については、1815年にウィーン会議で実行に移されたものを主な例として挙げることができます。最後に、地球的規模であれ、地域的規模であれ、全体の福祉と安全保障を提供する超国家的政府を考えることができます。国連または欧州連合が発展すれば、この一例となるでしょう。
世界の秩序について議論するとき、我々はその正反対の状態である世界の無秩序についても述べなければなりません。歴史的には先に述べたシステムのどれかが失敗すると必ず混乱が生じました。では、現在の世界的な状況はどうでしょうか?どちらの方向に向かっているのでしょうか? 東アジアの秩序が支配、バランス、協力の要素を含んでいる一方で、欧州地域は先に述べた秩序の第3番目と第4番目の両方の形態を採用し、主なメンバー国の協力と超国家的政府の体制です。グローバルなレベルにおいて、専門家の中にはアジア、欧州、アメリカの三極の競争と協力の関係の実現を計画している人々もいます。また、長期的にはこれら三極だけでなく、多極世界が出現すると信じている人々もいます。しかしながら、現在、世界の全体傾向はより多元的で民主的な秩序へと動いていると思われます。
将来の世界秩序に関する多くの予測の中で、次の4つが注目に値するものです。
現在の世界秩序は、いくつかの競争メカニズム、つまり、支配、均衡、協力、超国家的な共同体のモザイクとして説明するのが最も適当と思われます。この様々なものの中から、我々は「統合」と「分離」の間で葛藤するより明確な姿を見ることになるでしょう。新国家主義、新孤立主義、人種差別主義、自民族中心主義、熱狂的愛国主義、ファンダメンタリズム、外国文化排除主義は、分離する力です。これらの力は、対立と混乱が起こっている地域において最も顕著です。しかし、それらはすべての社会で潜在的に存在し、比較的平静な地域においても強力なままである場合もあります。
一方、開放的な貿易や投資、通信・運輸における革新、科学技術の発展、さらに環境や軍縮のような多国間の問題の出現が統合力を作り出します。これらの力は、3つの重心、すなわち欧州、北米、東アジアにおいて最も強く感じられます。それらは他の地域で生活する人々の人生にも大きな影響を与えています。これらの統合力を考慮すると、もっと生産的な世界秩序が出現するのではないかという希望を持つことができます。冷戦の消滅は、二極体制に基づく力の均衡を消滅させました。それは多元的な世界として描かれるものに代わられています。我々が注目しているものは、このような変化を伴う内なる変質です。
この冷戦後の国々は、全主要国が帝国として植民地支配をしようと努力した、ポスト・ルネッサンス期の欧州の国々と同じではありません。国家の経験が変化するに従って、それらの国家間関係の性質自体もまた変化します。世界は実際に多極化していますが、「多元的な」という言葉は現在の世界秩序を描写するために最も適当な言葉です。例えば、日本は経済大国ですが、軍事大国ではありません。米国は唯一の完全な超大国ですが、他国との関係、特に経済問題に関しては他国の力を考慮する必要があります。ロシアは未だに恐るべき、破壊的な軍事力を持っていますが、経済的には全く救いようがない状況です。中国は核兵器と巨大な軍事力を持っていますが、国内の経済発展に関心を集中させる必要があります。欧州連合の加盟諸国は、互いに深く関係しているために、これまでの数百年にわたって彼らが保ってきたほどの独立性は維持できなくなってきています。例えば、欧州連合の加盟国間での戦争はもはや起こりそうには思われません。
世界は多元的な社会になりつつあります。多極世界は、地政学的な意味での競争と均衡を前提としています。すなわち、多元的世界は、相互依存、民主主義及び協力を意味しています。古い欧州のシステムの下では、主要勢力はいわゆる「協調体制」の下に協力を行いました。しかし、この協調は小国の犠牲によって行われ、「アンシャンレジーム(旧体制)」に対して問題を起こしかねない動きに対して行われました。今日の多元的世界は、すべての欠点を考慮しても、歴史上で最も民主主義的で文明化されたものです。この配置は、国際場裏において中小勢力がもっと積極的に活躍する必要を産みだし、また、活躍できる余地を作るものです。
多元的で相互依存的な世界は、リージョナリズムとグローバリズムの両方を産み出しています。問題はますます地域的でかつ地球的な規模になってきています。これらの新しい状況によって、国家はグローバリズムの観点から外交政策の位置づけを検討しなければならなくなってきています。次の質問を心に留めておいてください。
リージョナリズムとグローバリズムの間のジレンマは、明らかに欧州よりも地域的な統合がかなり遅れているアジアにおいて、より厳しいものとなっています。このため、アジアにとって、地域的な統合プロセスを加速することとその他の地域、すなわち、米国や欧州との間に架け橋を架けることの両方が重要です。それどころか、これらのプロセスは相互に強化し合い、補い合うものなのです。
私は、少なくとも主要な意味において、APECが欧州の地域統合の成功に対するアジアと米国の反応であるならば、ASEMはAPECの急速な発展に対する欧州とアジアの反応であるというのが、公平であると思います。まだ発展途上ではありますが、アジアにおけるリージョナリズムは決して複雑なものではありません。アジアにおいては、リージョナリズムの問題が特に経済的な分野において立ちはだかっています。例えば、欧州単一市場と欧州連合との協力と競争は、西半球においての北米自由貿易協定(NAFTA)の拡大と同様に、アジア太平洋地域に対する大きな挑戦となっています。従って、世界の主要な3つの中心の一つとして、アジア、特に東アジアは十字路に立っています。太平洋をまたぐ経済圏の相互依存を考えるとき、アジア太平洋地域全体を包含する経済的メカニズムに大きなウエイトが置かれます。そのような構造は開かれたリージョナリズムを基本としたものであり、グローバリズムを補うものです。そのようなメカニズムの枠組みがAPECです。APEC首脳会談は遅くとも2020年までにアジア太平洋地域の自由貿易圏を作る必要について、すでに合意に達しており、この合意を実現するための方法が現在作成されています。
アジアにとって、安全保障分野における地域的協力の促進もまた重要です。これは冷戦が終結したにもかかわらず、依然重要です。実のところ、これは冷戦が終結したために重要なのです。アジアの地域的安全保障の状況は、更に流動的で複雑です。二国間協定は、依然、アジア太平洋地域の安全保障において最も重要なメカニズムです。このような二国間協定がかなり長期間にわたって重要であるにもかかわらず、安全保障をとりまく環境が変化を続けているために、既存の二国間協定を補うための多国間の対話と協力の必要性が高まっています。アジア太平洋地域全体のための多国間の安全保障に関する対話はASEAN-PMC(ポスト閣僚会議)から生まれ、このメカニズムはASEAN地域フォーラム(ARF)に含まれています。欧州連合(EU)もまたASEAN-PMCのメンバーであるおかげでARFプロセスに参加しているのは計画されたものではありません。このように、実際、ARFはアジア、欧州及び米国の地球の3の柱をつなげています。
アジアは世界の他の地域、特に北米及び欧州と積極的に相互に影響しあっているため、その相互作用は地域内及び多国間協力の促進に貢献しています。しかし、欧州と比較して、全体としてのアジア、小地域としての東アジアは、地域的統合と多国間協力が不足しています。同様に、グローバルな統合のために必要不可欠である多国間メカニズムを決定的に必要としています。特に東アジアは、この点においてかなり遅れています。国家優先主義、統合の経験と歴史の不足、地域の国々の間の規模と国力の大きな違いなどのいくつかの理由を挙げることができます。
アジア・欧州間の協が必要である主要な理由が経済的なものであることには、ほとんど疑う余地がありません。欧州にとって、アジアは労働の場であり、市場であり、投資の機会であり、そして天然資源の源です。アジアにとって、欧州はその製品の市場であり、資本と技術の源であるだけではなく、投資対象にもなってきています。アジアと欧州は運輸、通信、運輸インフラストラクチャーに関連する大規模プロジェクトにおいて協力して働くことができます。両者が協力を強め、交流をますます盛んにすることによって、大いに利益が得られることには疑う余地がありません。しかしながら、アジア・欧州間の緊密な協力における相互の関心は現在の事業や経済的な利益だけではありません。
アジアにとっては、そのような地域間協力は、民主主義、人権の尊重、市民社会の伝統、地域内協力などの普遍的な価値と制度に発展的な影響を与える道を開いています。さらに、強力な地域的同一性を持っている欧州との緊密な関係は、「アジアの同一性」を定義し、促進することを助けます。ASEMのプロセスは、すでにアジアが自分自身を定義することを助けています。できれば、そのような同一性は閉鎖的で排他的なものではなく、開放的で包括的なものでなければなりません。アジアと欧州の両方にとって、アジア欧州協力はアジア、欧州、米国の3地域間の関係の弱いリンクを強化します。アジアと米国は継続的な安全保障関係とAPECによって結びつきながら、経済関係を拡大しています。欧州と米国は、北大西洋条約機構(NATO)や歴史的及び文化的結びつきによって結束しています。アジア・欧州の関係のみ、その他の2つの関係を特徴付けているような広範かつ強力な結びつきが欠けていました。発展を続けるASEMはこの不均衡の是正の可能性を提供し、また約束しています。さらに、ASEMは既に存在しているアジア・欧州間の関係に対して実質的な内容と構造を与えることが期待されており、これは経済分野だけではなく、政治、安全保障、外交、文化においてもまた同じことが言えます。私は単に経済的及び技術的な分野を越えてASEMプロセスが成功することを見守っていきたいと思います。
実際、ASEMプロセスとアジア・欧州間のより緊密な協力の利点として、多くの事項を挙げることができます。しかし、我々は前途に横たわる困難と落とし穴を見過ごすわけにはいきません。アジア・欧州間の不均衡、すなわち、価値観、制度、国の構成、地域的な統合の程度と性質についての不均衡から、最も大きな問題が起こります。我々は既に労働及び環境基準、そして人権に関する様々な態度と政策を見てきました。欧州と比較して、アジアにおける民主主義の考え方と実践は、多様です。欧州連合は、お互いに均衡を図り、チェックし、協力する主導的な数ヶ国のメンバーから構成されていますが、一方アジアでは、日本が経済的主導権を握っており、中国は支配的な政治勢力です。欧州は経済的にも政治的にも国家共同体ですが、アジアは単に地理的な存在以上のものになるよう努力しています。アジアと欧州のこれらの違いは、協力に対する障害となっています。しかし、そのためにより一層緊密な協力が必要になります。そのような協力を通して、我々はアジアと欧州の間に存在するギャップを狭め、違いを少なくするように努力を続けていくことができます。
その他に、アジア・欧州間協力に対する挑戦として、アジア、欧州及び米国の三極関係の中でアジアと欧州の二極関係をどのように調和させていくかという問題が挙げられます。アジアと欧州は、両地域間同士よりも米国との方が、ずっと広い範囲での経済及び安全保障の絆を持っています。米国を第三のパートナーとし、ASEMを進化させて三極化することは非現実的でしょう。しかし、米国と対立して排除的な姿勢をとることは望ましくないと思われます。一定限度で欧州をAPECに参加させることが有益と考えるのと同様に、一定限度でASEMのプロセスに米国を参加させることは有益であると私は考えています。ここで関連する問題は、アジア・欧州間の関係をグローバリズムの責務とどのように調和させていくかということです。もう一度申し上げたいと思いますが、ここで重要なことは、開かれたリージョナリズムと開かれた関係でしょう。例えば、ASEMはWTOと共存できるだけでなく、相互に補い合うべきです。これら2つの組織はお互いに相手を強化しあうものです。また、このアプローチは三極関係以外の国や地域、すなわち、ロシア、アフリカ、中東、南米の利益に矛盾しない協力関係を構築させる方法でもあります。物事はうまく進展していますが、その地域以外の国々と利益と喜びを共有する方法を見つけるべきです。
ASEMプロセスは、1年前に幸先のいいスタートを切りました。私は、その時のバンコック首脳会談も、また、先月シンガポールで行われた外相会議も成功したと考えています。私はASEMが、アジアと欧州、特にアジアの経済、社会、政治を形成する重要なグローバルな組織に進化し、成熟すると信じて疑いません。「アジア・欧州ヤングリーダーズシンポジウム」は、そのような目的に向かっての新たなステップであり、また証拠でもあります。このような理由で、私はこの重要な催しを準備された日本政府に対して賞賛とお祝いの言葉を贈りたいと思います。
ご静聴ありがとうございました。