平成23年11月17日,18日
平成23年11月17日(木曜日)西南学院大学(福岡市),11月18日(金曜日)北九州市立大学(北九州市)において,来島慎一外務省中東アフリカ局中東第一課事務官による国際情勢講演会が開催されました。
中東・北アフリカ地域の歴史的大変革 2011年1月,北アフリカのチュニジアで革命が起こり,24年間のベン・アリ政権が崩壊。その後,エジプトでもデモが起き,30年続いたムバラク大統領は実権を軍に移譲した。デモの背景は,20~30%にも上るとされる高い失業率,物価の高騰,所得格差,長期の独裁政権による政治的自由の欠如とされており,インターネット等の媒体を通じ不満が拡大,リビア,シリア,イエメン,などに広まったと見られている。
カダフィ政権下のリビア リビアはかつてイタリアの植民地であったが,第2次世界大戦後独立。その後,1969年,当時27歳のカダフィ大尉がクーデターを起こし(9月1日革命),以来42年間にわたって最高指導者として君臨した。カダフィ指導者は,自らが記した「緑の書」で,議会政治を否定し,国民全員が参加する直接民主主義制(ジャマヒリア体制)を提唱した。アフリカ第1位の石油埋蔵量(世界第8位)を誇る資源大国リビアは,1人当たりのGDPが約1万ドルを超える等,高い経済力を有している。その石油による財力を背景に積極的にアフリカ諸国を支援するとともに,カダフィ指導者はアフリカ統合を目指し「アフリカ合衆国構想」を揚げた。テロ支援国家として国際社会から非難される時期もあったが,2003年の大量破壊兵器計画の廃棄を契機に欧米との関係は改善していた。
リビアにおける武力衝突の経緯 2011年2月中旬,東部ベンガジを中心に起きた反政府デモをカダフィ政権は徹底的に弾圧した。カダフィ政権から離脱したアブドルジャリル氏(法相)とジブリール氏(経済開発理事会総裁)を中心に反政府派はリビア国民暫定評議会(NTC)を結成。国際社会は,自国民へ銃を向けるカダフィ政権を強く非難。国連安保理は,カダフィ政権に対する資産凍結等の経済制裁を実施した他,リビアの一般市民を保護するために一定の軍事措置を国連加盟国に認める決議を採択し,米英仏を中心とした多国籍軍が軍事行動を開始。欧米やアラブ諸国を中心に反政府派であるNTCを支援。リビア・コンタクト・グループ会合等を開催し,カダフィ政権に対する圧力の強化とNTCへの支援を確認した。カダフィ政権とNTCの間の戦闘は半年にわたって膠着状態が続いたが,8月下旬,NTCが首都トリポリを制圧したことにより,カダフィ政権は事実上崩壊に至り,10月にはカダフィ指導者が死亡,10月23日,NTCはリビア全土の解放を宣言した。10月31日に移行期における暫定政権の首相に選出されたアブトラーヒム・キーブ氏を中心に,2012年6月迄に制憲議会選挙が実施される予定。リビアの国造りの今後の課題は,(1)公平公正な民主化の推進,選挙の実施 (2)法治国家の建設,憲法の制定や法の整備 (3)カダフィによって子供や女性にまで持たされた銃,武器の回収であると考える。
リビア情勢における我が国の取組み 2011年3月,我が国は,深刻化するリビア情勢を受けて,避難民支援として500万ドルの緊急無償資金協力を実施した他,リビア・コンタクト・グループ会合の場やリビアへのミッション派遣を通じ,NTCとの対話を重ね,支援する意向を伝えてきた。トリポリ陥落後は,9月には医療支援として200万ドルの緊急無償資金協力を実施した他,日本が凍結したカダフィ政権の資産44億ドルのうち15億ドルをNTCのリビアの新しい国造りに使用できるよう,凍結を解除した。また,10月30日には,2月末より閉鎖していた在リビア日本国大使館を再開した。
今後のリビアの国造りの注目点 (1)新しい国造りをリビア人自身が主導して行うことが出来るか,(2)カダフィ政権の下で働いていた者たちを排除することなく,全てのリビア国民が参加する政治的枠組みを構築できるかについて注目すべきである。