大洋州
第8回太平洋・島サミット(PALM8)連載インタビュー企画 「島から島へ 紡ぐメッセージ」
第2回 田中雅美×ツバル
5月18日~19日にかけて,福島県いわき市において「第8回太平洋・島サミット(PALM8)」が開催され,太平洋島嶼国・地域の首脳が訪日します。
PALM8開催に合わせ,太平洋の国々や開催地である福島県とご縁のある著名人の方々にインタビューを行い,島での思い出や日本と島嶼国の絆について語っていただきました(6回連載の予定)。聞き手と記事作成は,隔月刊誌『外交』編集部です。
第2回の今回は,元水泳選手で現在スポーツコメンテーターとして活躍されている田中雅美さんに,ツバルを訪問した際のお話を伺いました。
【第2回インタビュー】
田中雅美×ツバル10年前の思いを風化させないために

たなか まさみ
スポーツコメンテーター・元水泳選手
北海道出身。高校時代から平泳ぎの選手として頭角を現し,オリンピックには,1996年アトランタ,2000年シドニー,04年アテネの3大会に出場。シドニー大会では400メートルメドレーリレーで銅メダル,アテネ大会では200メートル平泳ぎ4位。現役引退後はスポーツコメンテーターとしてメディアで活躍する。ツバルへは2008年に環境問題(海面上昇)の取材で訪問。
満潮時に水没する土地

田中さんは,2008年にツバルを訪問されています。
田中 2008年はG8北海道洞爺湖サミットが開催された年ですね。サミットの主要テーマの一つが,地球温暖化・気候変動であったことからもわかるとおり,日本政府のみならず国際社会全体で,環境問題に対する関心が高まっていました。私のツバル訪問もその流れの一環にあって,3月に1週間ほど,海洋研究開発機構の「サイエンスチャンネル」から依頼を受けて,取材・VTR制作のために滞在しました。ツバルに行くにはフィジーから週2便の空路を利用するしかなく,行きはフィジー,帰りはオーストラリアで1泊したのを覚えています。
どのような取材をされたのですか。
田中 首都のあるフナフティ島で環境大臣にお目にかかってお話を伺い,地球温暖化の「被害」を案内していただきました。海面上昇によって満潮時に海水が陸地にまで満ちてきて,居住や耕作,通行ができない場所がそこかしこにありました。それに加えて,人口増加などによる汚染が加わり,環礁でのサンゴの劣化が進んでいます。
日に数回は水浸しになる土地に建物や畑をつくる人はいません。かつては完全に陸地だったのが,次第に海に侵食されていったそうです。そのため,潮が満ちることを前提に,高床式の住居もつくられています。
日本でも話題になりました。
田中 当時はかなり報道されたので,そのような光景を覚えている方もいらっしゃると思います。実際,取材時には日本のODAに関係した民間企業のほかに,環境省の皆さんも視察で来られていました。NHKの取材で藤原紀香さん,また別の支援プロジェクトでアルピニストの野口健さんともお会いしました。それだけ関心が高まっていたということでしょう。あまりの人気に,これが一過性のブームに終わらなければいいな,終わらせてはいけないな,と思ったことを覚えています。
週末に帰宅する受刑者

ツバルの人たちの生活はいかがでしたか。
田中 島の人たちと話す機会もありました。ツバルの人たちの暮らしは,私たちからみれば決して豊かではありません。私は選手として,あるいは普及や指導のために,何度も海外に足を運びましたが,競技としての水泳ができる環境があるのは,ある程度の生活水準やインフラがある国です。その点,ツバルは私がそれまで経験した国々とは大きく異なりました。でも,とても楽しかったです。島の人たちはすごく明るくて穏やか。皆さん大家族で,親戚も集まってみんなで子どもたちの面倒を見ています。簡素な家で鍵もありませんが,そこに大人も子どももたくさん集まって暮らしています。
食事や宿泊はいかがでしたか。
田中 島内にリゾートホテルがありますが,先ほど申し上げたように日本から視察や取材が殺到していて満室。そのあおりを受けて(笑),少し庶民的な民宿に宿泊しました。慣れてしまえばそれなりに快適で,雨水をためた冷水シャワーで汗を流し,地元食材で食事をとれたのも,よい経験です。主食はタロイモ。それに鳥や豚は家畜として育てているので,よく食べましたし,沿岸で獲れた魚も流通しています。他方で,塩害などの影響で耕作できなくなった畑もあり,フィジーからの輸入品をよく目にしました。実際,食糧自給率は下がっているようです。
旅行者がレストランで食べるメニューには,鶏肉の煮込みや野菜炒めなど。カレー味が多かったですね。やはりカレー味は万能です(笑)。あと,お米もよく食べました。
政府機関も取材されたようですが。
田中 興味深かったのは,刑務所です。受刑者が収容されるのは平日だけで,週末は帰宅できるのです。周囲4キロメートルの小さな島ですから逃亡の恐れはないにせよ,その大らかさには驚きました。よく考えれば,受刑者も社会の一部なんだ,ということかもしれません。
そういえば,政府の方とお話ししていたとき,「日本は自殺者が年間3万人もいるのか!」と驚かれました。フナフティ島の人口は5000人程度ですが,自殺者は数年に一人いるかいないか,だそうです。単純には比較できませんが,日本では生きていくことが苦しい状況が多くあることを思い浮かべると,ツバルの人たちに,厳しい自然環境を受け入れて日々の生活を前向きに営む,そういう生きることを諦めない「強さ」を感じたのも事実です。豊かさとは何なのかを,真剣に問い直されていた気がしました。
学校も視察させていただきました。子供たちにはブルーを基調としたかわいい制服がありました。女の子はワンピース,男の子はシャツにパンツ。私服の子もいたので厳しい規定はないようですが,教育を大切にしていると感じました。
ツバルを知るために子供たちの交流を

ツバル訪問から10年が経過しました。
田中 私にとって,学ぶことの多い訪問でした。私は政治家や大富豪ではないので,大きく状況を変えられるわけではありませんが,まずは我が身からということで,ごみの分別や省エネへの意識をもつようになりました。東日本大震災以降,省エネは日本全体にとっても重要であることが再認識されてきましたね。ごみの分別でも省エネでも,日本人はやると決めればしっかりやります。そこは誇っていいところだと思います。
また仕事上,さまざまな発信ができる立場にいますので,機会が与えられれば,私の思いや考えを発信し続けていきたいです。特に「水」の問題は,スイマーであった私にもなじみ深く,つながりを意識しやすいテーマです。海面上昇はツバルなど太平洋の島嶼国だけでなく,バングラデシュ,インドネシア,フィリピン,カンボジアなど,将来的にはアジア諸国にも深刻な影響をもたらすとの話を聞いたことがあります。日本も例外ではないですよね。
太平洋・島サミットに期待することは何ですか。 田中 二つあります。一つは,10年前の環境問題に対する熱気をしっかり受け継いで,島嶼国に対する継続的なサポートをしてほしいと思います。ツバルの環境大臣は「世界の発展のために,自分たちが犠牲になっている」という思いを吐露しました。対策のために,ツバルが有するワールド・ワイド・ウェブのドメイン「.tv」を売却して資金を集めているとの話も聞きました。日本はこれまでの発展のなかで,海面上昇の原因をつくってきた国の一つです。そして,将来的にはその影響を受けるかもしれません。その意味で同じボートに乗っています。「日本はあなたたちを忘れていない,あなたたちと共にある」ということを,ぜひ伝えてほしいですね。
もう一つは,子どもたちがツバルを知る機会をつくれればと思います。私は短い滞在でしたが,10年経った今もそのときのことを鮮明に思い出せるくらい,強烈な印象を受けました。便利ではないし,温かいシャワーもないけれど,美しい自然があり,人々とのつながりや家族一緒に暮らす喜びを感じました。日本とはまた違った「豊かさ」を知ることで,日本や世界のことがよく見えてくることもあるし,子供たちにとって大きな財産になるはずです。昨年,自分も出産を経験したことで,そういう思いを強くしました。ちょっと遠いですが,今度は家族で訪れたいですね。