新聞・雑誌等への寄稿・投稿

総領事館ほっとライン 第29回 チェンマイ
変貌するチェンマイと在留邦人の急増

在チェンマイ総領事
篠原 勝弘

 2004年2月、初代の総領事としてチェンマイ(タイ)に赴任しました。バンコクの日本大使館勤務時代に旅行で立ち寄って以来21年ぶりのチェンマイ訪問でしたので、その変化には驚かされました。

 市の外周から郊外に向けて放射線状に何本もの高速道路が走り、これを三重に環状線が交差するという、大都市並の道路交通網が敷かれています。これとは対照的に周囲を城門に囲まれた旧市街は名刹古寺が数多くあり、古い民家も数多く残っており、昔の面影を偲ばせます。中心部の京都風の古都のイメージと、近郊のモダンなイメージが共存している都市と言えます。

 総領事館の前身である在チェンマイ出張駐在官事務所の設置は1980年にさかのぼります。当時の在留邦人は27人、25年後の2005年10月現在、総領事館で把握している在留邦人数は北部9県で総計約2000人。実に70倍以上に増えたことになります。この急激な人口増の背景には、1985年にチェンマイ市から25キロ離れた衛星都市ランプーンでの北部工業団地の建設、これに伴う日系企業の大挙進出、さらには最近の顕著な現象として高齢の長期滞在者の急増が挙げられます。

70年ぶりの大洪水

 チェンマイは、概して治安状況が良く、自然災害も極めて少ないところですが、2005年のチェンマイは洪水の当たり年でした。8月中旬に北部一帯を襲った集中豪雨は猛威を振るい、土砂崩れ、河川氾濫、道路網寸断などの被害を各地にもたらしました。チェンマイ市では上流からの水が押し寄せ、夜中に市内を南北に流れるピン河が氾濫し、瞬く間に約2000世帯が冠水、多くの商店、民家は軒先まで水に浸かりました。警戒水位を1メートルも超えたのは70年ぶりとのことでした。米国総領事館、インド領事館、英国およびフランスの名誉領事館も相次いで冠水しましたが、日本総領事館は市内でも高い地域にあるため無事でした。ただ、館員が住む集合住宅は浸水し、一部館員は肩まで浸かった泥水をかき分けながら、出勤を余儀なくされました。

 日本総領事館では手分けして在留邦人の安否確認、被害状況の把握に努めた結果、住宅から一歩も出られない在留邦人は多数に上りましたが、幸い人的な被害はありませんでした。問題は旅行者の安否確認でした。冠水したホテル、ゲストハウスに軒並み照会を行っていたところ、ある旅行団体から、目下ホテルに缶詰めになっている、その日の午後にチェンマイをたたなくてはならないが、脱出手段が無く、空港までの交通手段を確保してほしいとの電話連絡がありました。これを受けて、早速レンタカー会社に連絡し、車高の高い車を用意してもらい、一行を無事空港まで送ることができました。

 その後も北部は豪雨に見舞われ、10月までの3カ月間にピン河が4回氾濫。さすがのチェンマイ県知事、チェンマイ市長も度重なる厄災に恐れをなし、10月下旬、チェンマイ県の主要な寺院の高僧50人ほどを招き盛大な厄除けの儀式を行いました。

長期滞在者の急増

 親日的で比較的治安が良く、バンコクに比べて気候も穏やかなチェンマイはこれまでも高齢者の長期滞在先として隠れた人気がありましたが、最近、日本国内でチェンマイ長期滞在者の生活がテレビや雑誌などでたびたび紹介されたせいか、ここ数年、日本からの長期滞在者は増える一方です。中には日本国内の家を処分し、退職金をそのまま持って当地に移住を決意される方もおります。タイの政府もこうした日本からの長期滞在者を歓迎しており、入国査証や滞在許可証に便宜を図ったりしています。その点では滞在先として安全度が高いと言えましょう。しかし、これらの長期滞在者の方々の中には当地に移り住んでから種々のトラブルに巻き込まれる人が少なくないのも事実です。

 最も多いのは不動産取得に伴うトラブルです。外国人はいかなる条件でもタイで土地を購入することはできません。コンドミニアムは購入可能ですが、コンドミニアム全体のうち、タイ国籍者が50%以上の戸数を所有していないと外国人は登記できないという決まりもあるようですので、注意が必要です。また、タイ人の名義を借りて土地を購入しようとする方もいますが、トラブルのもとになりかねません。後日、名義人のタイ人が所有権を主張した場合、本人と名義人のタイ人との間でいかなる約束があろうとも法的にこのタイ人の主張に対抗することはできません。

 とはいえ、長期滞在者の多くは夫婦で古都チェンマイの文化と伝統に親しみ、自らの趣味に磨きをかけ、あるいはスポーツや文化活動に新たに挑戦するなど有意義な第二の人生を送られております。

ワンポイント・アドバイス

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