新聞・雑誌等への寄稿・投稿

大島国連大使寄稿

「50年先を睨んだ新しい国連外交の礎を築く」

(「外交フォーラム」平成19年1月号より転載)

【要旨】

 日本と国連の関係において、真の「戦後の総決算」は完結していない。日本にとっての総決算とは、安保理の構成や旧敵国条項に象徴される60年前の遺物の壁を乗り越えること、その上で世界の諸課題により積極的に取り組むことで実現されていく。いま日本のマルチ外交戦略において国連外交の強化が焦眉の急である。

21世紀に相応しい組織として脱皮できるか

 国際連盟脱退から数えて23年、 あの戦争をはさみ国際的孤立から国際社会復帰を名実ともに実現したのが1956年の国連加盟であった。以来、日本は、国連外交を重視し、国連の掲げる理念と目的に誠実に従い、世界の平和と繁栄に向けて貢献を心掛け、実行に努めてきた。もとより一国の外交は、国益の実現をめざして行なわれる。国益伸張外交と国際協調外交は方向を誤れば対立概念にもなりうるが、両者を巧みに最大限に実現するのが上手なマルチ外交というものであろう。果たして日本の点数はどうなのであろうか。

 国連は、いま創設60年を経て大きな転機を迎えている。われわれの世界は、グローバリゼーションが進み富と豊かさが増す中で、負の部分や病弊的現象――国際テロ、その温床たる絶対貧困や社会的不公正、大量破壊兵器拡散の危険性、地球環境破壊、地域紛争多発、深刻な人道問題など、地球規模の難題が山積している。関係国を巻き込んで合意を形成し、枠組みや基準を決め、協力に基づいて解決を図ることが世界の秩序と安定のために不可欠であるのは明らかだ。

 イラク戦争を阻止できなかったなど、国連の無力さが嘆かれることがある。ただ、その無力さ、弱体さを批判することは所詮、加盟国を総体として批判することにほかならず、国連がそのまま映し出している世界の現状を嘆くことに等しい。もちろん、無力だ、弱体だといって機構解散に持ち込むわけにもいかない。選択はただ一つ、唯一にして正統性ある普遍的存在としてのこの世界組織が、諸問題の取り組みにおいて効率的・効果的に役割を果たしていけるように衆知を集め、改革を進め、国際社会の期待に応えるべく努力を重ねていくほかないのである。

 まさにそのような観点から、創設60周年を迎えた2005年の首脳会合で、国連の大幅改革の必要性が再認識されて「成果文書」と呼ばれる改革の青写真が合意された。事務局改革、総会など主要機関の決議に由来するマンデートの見直し、人権理事会や平和構築委員会など新組織の設立を含むパッケージが、難交渉ではあったがともかくできあがった。また、開発、人道、環境といった国連システム全体が扱う分野・問題に、より整合的に取り組むための改革も進められようとしている。これらの青写真を一つひとつ着実に実行に移す努力がいま、進められつつある。各国・グループの利害や思惑が交錯し前途は決して容易ではないが、21世紀社会に相応しい組織として脱皮できるか否かが、国連組織の事務局と加盟国全体に問われているのである。

 その中で、国連の最重要任務である国際の平和と安全の維持に最も中心的な役割を担う安全保障理事会の改革は、まだ手つかずのままだ。アナン事務総長も「安保理改革なくして国連改革は終わらない」と自らの信念を表明し続けてきたが、その道は平坦ではない。近年、国連総会がマンネリ化する一方、安保理は伝統的な意味での「国際」の平和と安全の解釈範囲を広げ、その権限拡大傾向が認められる。ミャンマー問題を正式議題として掲上し、ダルフール(スーダン)の人道・人権問題を大きく問題視して国連平和維持活動(PKO)の展開を検討するなどはその一例であろう。これには当然、「主権国家固有の問題に安保理が度を過ぎて関与を強めている」という多数の開発途上国の反発が強い。また、安保理の決定は加盟国を拘束する。国連創設当時に安保理が持ち得た代表性と意思決定の正統性が、60年を経て大きく変貌した今日の世界にあっても十分通用するのか、その信頼性の基本にも疑問符が突きつけられている。

「戦後総決算」は完結していない

 国連が正統性を高め、活性化し、21世紀社会の問題により効果的に取り組めるよう改革を進め、その中で日本がより積極的な役割を果たすことが、日本の広い国益に直結した望ましい外交活動方針であることは疑いを容れない。そのためにはマルチ外交を外交戦略全体の中で根本的に見直す必要があり、いまがその好機であると考えるが、どうであろうか。

 あえて私見を言えば、日本と国連の関係を直視するとき、真の「戦後の総決算」は、まだ完結していないと思う。日本にとっての総決算とは、安保理の構成や旧敵国条項に象徴される60年前の遺物の壁を乗り越えること、その上で、上述の世界の諸課題により積極的に取り組むことで実現されていくと考えたい。国連加盟50周年の節目に、このことの意義を再認識し、政治意思を明確にした上でしっかりした戦略を立てて、これから50年先を睨んだ新しい国連外交の礎を築くべきときに来ているのではないか。幸い、2005年の「成果文書」では安保理改革と旧敵国条項廃止という、ともに憲章改正を必要とする改革への合意が盛り込まれた。日本にとり、歴史的チャンスが用意され、土俵が築かれた。これをどう活かすか、真に日本の外交力が試されるときである。

 安倍新政権の下、安保理常任理事国入りをめざすことが所信表明で力強く明言された。日本は過去50年間、平和や軍縮、人道・開発援助などの分野で真摯な努力を重ね、各国の敬意を集め影響力を持つ地位を築いてきた。このような貢献と「生き様」に対する率直な評価が、日本の安保理常任理事国入りに対する多数国の支持につながっている。これは国民として誇りうる貴重な外交資産である。ただ最近、政府開発援助(ODA)削減などのあおりで、この資産が一部、静かに着実に減耗し始めているのは憂慮すべきことだ。中国、韓国、インドなどアジア諸国を始め多くの追い上げ国が勢いを急伸させている中でのことである。日本は過去の実績に安住してばかりはいられない。将来に向けて漂流を食い止め、志を新たにすべきときである。

 また、国連における「戦後の総決算」は日本と近隣アジア諸国との関係を抜きには語れない一面もある。この点、新政権の下で中国、韓国との関係を始めとする、新アジア外交への転機が訪れているのは幸いだ。さらに付言すれば、この10月、韓国の外交通商部長官の潘基文氏が次期事務総長に選ばれたが、これは「今度はアジアの番」という地域ローテーションの考えが背景にあるとはいえ、21世紀初頭の国連においては「勃興するアジア」が主導的役割を果たしてほしいという国際社会全体の期待の現れとも考えたい。これからは経済的に力をつけてきたこのアジアが国連を再生させる「力」になりうる。こうした観点から、安保理における日本の新しい地位の確立、潘外相の事務総長就任、中国・インドを始めとする東アジア・南アジアの著しい発展は、国連の改革と再生のためにアジアが重要な役割を果たしうる歴史的機会をもたらすものだと考えたい。ここにも、われわれが志を新たにすべきもう一つの視点があるのだと思う。

日本の国連外交強化策とは

 日本のマルチ外交戦略の中で国連外交の強化が焦眉の急であるとして、どこから始めればよいのだろうか。課題は多いが、中長期的視点から以下の諸点を重視したい。(イ)安保理改革を進める中で日本の然るべき地位を確保すること、(ロ)マルチ外交官を多数養成すること、(ハ)日本人の「過少代表」問題の改善に向け、邦人職員の派遣数を増やすとともに上級ポストへの登用への働きかけを倍加すること、(ニ)国連PKOへの要員派遣数を増やすこと、(ホ)紛争後の平和構築など日本の持ち味を発揮できる分野の専門家の養成・派遣に力を入れること。

 これら諸策の要諦は「イス」と「ヒト」である。質の高い「イス」あるいは「ポスト」をできる限り数多く確保し、そこに優れた「ヒト」を多く送り込んで活躍してもらうことである。国連における「イス」という意味では、最近の北朝鮮ミサイル・核実験に関する安保理決議への関与が示すように、日本が安保理の中で恒常的な議席を得て重要な決定に直接参加し、その中で日本の貢献力を高めることが特に重要となる。しかし現実は、常任議席の増大を含む安保理改革を成し遂げることは、「駱駝を針の穴に通す」にも似た難しさがある。この実現は、「常任理事国(P5)の支持」と「総会の3分の2の多数(128カ国)の支持」を必要とする憲章改正を待たねばならない。昨年、「常任」と「非常任」の双方カテゴリーの拡大を目指す日・独・印・伯のG4決議案の試みは、いい線までいったものの残念ながら壁に当たって票決に持ち込めなかった。だが、これですべてが終わったわけではない。11月末、引退を前にした記者会見でアナン事務総長は、この問題について「加盟国にとっての選択は、この先、10年、20年かかっても完璧な解決を追求するのか、それとも、例えば10年または8年任期の準常任理事国の線で、いま妥協するかであろう。後者であれば合意は形成されるであろうと確信している」と総括した。これはあくまで一つの見方であるが、いずれにせよ難しい選択と判断がこの先に待っている。

 日本人の国連機関における過少代表問題が深刻であることに変わりない。幹部職員については米国の7分の1以下、英仏独露の約3分の1という状況である。また、専門職員についても望ましい職員数の3分の1に過ぎない(別表参照)。これほどの過少代表問題を抱えている主要国は残念ながら日本のみである。国連代表部の送り込み努力が足りないとお叱りを受けることも甘受するが、率直に言って問題のかなりの部分は「サプライサイド」にある。

 より高いポストに一人でも多く自国民を出そうと各国がしのぎを削る中で、国際機関組織で通用しうる能力、経験、意欲に支えられた日本の人材ストックは上層部、中堅層ともに薄いのが実情だ。国連大使経験者が外相、次官、国連局長など外務省幹部を占めることの多い一部の国柄(ロシアや中国など)は別としても、日本の人事政策上、マルチ外交専門家を養成する上で工夫の余地は大いにある。本部組織であれ現場のフィールドであれ、国際競争の中に身を投じ、高度な語学力を含む訓練のチャンスに挑む人材を大事にする土壌が望まれる。そうした中から、将来人材プールが大きく豊かになり、中堅、さらにシニアポストへの人材発掘も容易になる。また、現に国際機関に職を奉じている邦人職員への支援策強化にも工夫の余地がある。

 国連PKO要員の派遣面でも日本は相当程度の努力が求められる。現状(2006年9月末現在、派遣国総数110カ国中第81位)は、どう見ても見劣りが免れない。せめて現在の常任理事国並みの30位以内をめざすことが最低限の目標であってよい。軍事監視員や司令部スタッフにも個人派遣の自衛官をどんどん送り込み、また先進国の比較優位たる運輸、通信、情報など後方支援型の協力を強化する余地がある。需要の多い文民警察官、司法関係者なども同じだ。世界の平和と安全のため各国から派遣されてくる要員と、国連の旗の下で一緒に汗をかく用意がもっとあっていいし、そのための国民の支持喚起をすべきである。

 さらに紛争解決後の平和定着協力をODA政策などで重視している。結構なことだが、「ヒト」の面での努力が大いに必要だ。PKOや国連ミッションの代表を務める日本人は、かつての明石康氏(カンボジア、ボスニア)、最近までの長谷川祐広氏(東ティモール)までで、後が続かない。麻生外務大臣のリーダーシップの下、平和構築分野の人材育成のための「寺子屋」づくりが動きだしており、切に具体化が望まれるところである。

 以上は、繰り返されたことであり、また外務省の努力に負うことが多いが、それだけでは足りない。政府全体の戦略的決定と政治意思の動員を切に望みたい。

主要国通常予算分担率・PKO予算分担率・人的貢献に関する一覧表
(2006年現在)
  通常予算分担率(%) PKO予算分担率(%) PKOへの
要員派遣数
(人)
事務局幹部職員数
(D1以上、人)
事務局職員数
(P1以上、人)
望ましい職員数
(中位点、人)
アメリカ 22.000 26.6932 335 52 313 364
日本 19.468 19.4680 31 7 110 319
ドイツ 8.662 8.6620 257 18 146 146
英国 6.127 7.4341 347 18 108 105
フランス 6.030 7.3164 1,900 19 117 104
イタリア 4.885 4.8850 1,123 6 110 85
カナダ 2.813 2.8130 124 6 61 52
中国 2.053 2.4910 1,648 9 60 68
韓国 1.796 1.4368 30 2 29 36
ブラジル 1.523 0.3046 1,253 3 39 35
ロシア 1.100 1.3347 294 21 97 27
インド 0.421 0.0842 9,246 13 50 38

(D1以上のポストは計340)


(写真)大島国連大使

【略歴】

大島賢三
おおしま けんぞう
東京大学法学部中退、外務省入省。経済協力局技術協力課長、同局政策課長、在米国大使館公使、国際協力事業団総務部長、アジア局審議官、経済協力局長、国連事務次長、駐オーストラリア大使などを経て2004年から現職。

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