演説

中曽根外務大臣演説

中曽根外務大臣と語る in 金沢
「これからの日本外交」
(要旨)

平成21年3月15日
於:北國新聞赤羽ホール

第I部 重要な国々との外交関係をどう発展させていくのか。

(はじめに)

 皆様こんにちは。外務大臣の中曽根弘文です。
 今日は、このように多くの方々にお集まり頂き、大変有難うございました。金沢市をはじめ石川県の方々の外交に対するご関心の高さを目の当たりにする思いです。そのような皆さんの関心の高さに応えるためにも、できるだけ外交を身近に考えて頂けるようにお話ししたいと思います。

 私は石川県へは、久し振りにまいりました。2006年8月に珠洲市で皇太子殿下ご臨席のもと開かれた「ボーイスカウト日本ジャンボリー大会」に、ボーイスカウト振興国会議員連盟の副会長としてまいりました。また2007年11月には、綱引き競技の全国大会がここ金沢で開かれましたが、私は日本綱引連盟会長としてこちらに来ています。綱引きでは金沢レスキュー隊が、世界チャンピオンにもなっておられます。

 さて東京からこちらに飛んで参りますと、日本海をはさんでロシア、韓国、北朝鮮そして中国がまさに対岸にあるということを改めて実感いたします。
 金沢は世界で活躍する多くの人材を輩出してきました。アメリカの首都ワシントンの春は桜で始まりますが、この日米友情の花、桜を根付かせたのは「日米国民外交大使」として尊敬を集める高峰譲吉博士です。高峰博士は日米両国の親善を心から願い、力を尽くされました。
 最近では石川県全域の皆様が随分昔から、外交的センスをもって「ジャパン・テント」という形で22年間も世界の留学生との市民交流を続けていると聞き感銘を受けました。私は人々の交流こそ平和の基礎になると確信して外交を展開しております。「ジャパン・テント」は正に市民外交そのものであり、開催にご尽力頂いている多くの県民の皆様に敬意を表します。

 さて、本日は、外交が果たすべき役割や今後どのように展開していくべきかについてお話ししたいと思います。

 まず、「日本外交」の目的は、我が国が安全で繁栄すること、そして、国民の生命・財産を守ることにあります。日本は、一国のみで生きていくことはできません。日本国内の政治、内政と外交は、密接不可分のものであり相互に作用するものです。私はそういうものだと思って日々外交を行っています。
 日本外交の相手となる国は世界の約190カ国、案件はギョーザ事件のようなものから核や海賊の問題など、大変幅広い分野に亘りますが、今日は時間の関係もありますので、まず第I部として、日本と関係の深い国アメリカ、韓国、中国、ロシアといった国々との関係や大変緊迫している北朝鮮の問題についてお話しします。休憩を挟んで、第II部で、日本が率先して他国と共に取り組まなければならない、国際社会が直面している課題である、世界的な経済危機への対応、テロ撲滅や海賊対策、地球温暖化などについてお話しします。そして、最後に、外交についての私の考えに少し触れたいと思います。

 さて、御存じの方も多いかと思いますが、我が国外交の三本柱は、1)日米同盟、2)中国、韓国、ロシアなど近隣諸国との関係、そして、3)国連を含む国際社会との協調です。

 まず最初に、日本外交の基軸である日米関係についてお話しします。

 アメリカでは、今年1月にオバマ政権が誕生しました。このオバマ新大統領が選出される過程及び誕生に、私は、アメリカの力強いダイナミズムというものを感じました。44年前であれば投票することすらできなかったアフリカ系アメリカ人の大統領が誕生したのです。人種や宗教を越えて国にとって最善の指導者であると考える人を選ぶ成熟した民主主義、そして変革を求める大きなエネルギーといったものが印象づけられた大統領選挙だったと思います。
 私たちは、今、新しいオバマ政権とどのような関係を築いていくか。日米が緊密な関係にあるということは、双方にとって重要なばかりでなく、世界の平和と安定にとっても重要なことであります。

 米国の外交の担当はヒラリー・クリントン国務長官になりましたが、私は将来のアメリカを担う有望な政治家に会いたいと考え、今から18年前になりますが、将来、アメリカを担って立つような政治家として、友人の勧めもありアーカンソー州知事であったビル・クリントン氏に手紙を書きました。そして、ビル・クリントン氏とその夫人のヒラリーさんと三人で食事を致しました。ビル・クリントン氏はその2年後、大統領になりました。また、ヒラリー夫人は洗練されて、今や米国の外交を司る国務長官、そして私は日本外交の責任者である外務大臣になりましたが、何とも言えない縁というようなものを感じています。

 さて、日本がアメリカと現在の日米安全保障条約を結んで約半世紀が経ちますが、その間、日本は米国と様々な安全保障・防衛協力を進めてきました。日本は戦後平和な日々を送ることができたわけです。しかし、日本が位置するアジア太平洋地域を見渡すと、北朝鮮は、3年前にミサイル発射や核実験を実施したことを発表し、今現在も非常に緊迫した状況にあります。中国も21年連続で軍事費を2ケタ伸ばしているなど、北東アジア地域は依然不安定な状況にあります。したがって、現在も、日米同盟の重要性は決して変わるものではありません。むしろ益々その重要性は高まっています。

 その意味で、先月来日したヒラリー・クリントン長官は私との外相会談で「日米同盟はアメリカのアジア・太平洋外交の礎(cornerstone)」であると言い、更に、「米国は核抑止を含めた日本の防衛を約束する」と表明しました。
 オバマ政権がスタートしたその最初の段階で、「日米同盟が重要である」という考えを世界に向かってきちんと表明したことは非常に意味のあることと思っています。

 最近、ある日本の政治家が、「米国の極東における存在は、第七艦隊だけで十分だ。あとは日本が自らの安全保障と極東での役割をしっかり担っていくことで話がつく」と述べたと聞いています。勿論私も、「我が国の防衛は我が国自らがしっかりと体制を作るべき」と考えていますが、しかし、こういう発言は余りにも無責任なものではないかと思っています。現在日本に駐留するアメリカの陸・海・空軍と海兵隊は、日本及びその周辺の安定を維持することに不可欠の存在として日本に駐留しております。この地域の守りは、第七艦隊を中心とする海軍だけでなく、空軍・陸軍・海兵隊などの総合力で担っています。先程述べましたとおり、極東に於ける安全保障の環境は甘くありません。「第七艦隊だけで十分だ」と言うことは、日本の国民の生命・財産を守るべき立場にある人の発言だとは、到底思えません。

 日米関係の話に戻りますが、我が国は、米国の「日本は重要だ」という言葉だけで安心している訳にはいきません。本当に大事なことは、日本として何が出来るか、「日米同盟」を基軸として国益をどう守り、そして更に世界が直面する課題にどう取り組むかであり、ややもすると受身の姿勢と見られがちであった外交を、主体的な外交へ進めることが大事です。

 さて、日本の経済状況は非常に厳しく100年に1度の危機と言われていますが、それでも、日本は世界の中では米国に次ぐ経済大国であって、世界の平和と安定に力を発揮できる国なのです。米国が重視しているのはこの力です。ここで言う「力」とは、日本が戦後経済大国になる過程で蓄えてきた総合力です。
 世界の最先端の科学技術、省エネ技術を中心とする環境関連の技術、モノづくりの技術、医療技術、教育、更にはマネージメント能力などもあります。アメリカが日本に期待するのは、日本がアメリカとともにこのような力を十分に活用して、国際社会の諸問題の解決に一緒に取り組んでいくことであります。

 私は、アメリカとは、経済の安定、アフガニスタン、イスラエル、ソマリア沖など平和の実現、子々孫々のことまでを考えた温暖化対策など世界のいろいろな課題に、対等なパートナーとして取り組んでいきたいし、そのようにやってきたと思っています。
 日米両国が共に取り組むべき課題については、第II部でお話ししたいと思います。

 それでは、次にアジアの近隣諸国との関係についてお話しします。

 日本はアジアの一員としてアジア太平洋の国々と一緒に平和と安定に貢献し、共に繁栄し発展していかなくてはなりません。日本と最も近いところに位置するアジアの安定と繁栄なくして、日本の繁栄はないと言っても過言ではありません。
 今日は、時間の関係もあり、韓国、中国、北朝鮮とロシアに限ってお話し致します。

 まず韓国との関係についてお話ししたいと思います。

 先月中旬、私は韓国を訪問し、李明博(イ・ミョンバク)大統領や柳明桓(ユ・ミョンファン)外交通商部長官とお会いし、種々の問題について意見交換をしてきました。
 私は国会議員に当選以来23年間、日韓議員連盟や日韓協力委員会などの活動を通じて、両国関係の強化を推進してきました。そして、2000年には日本の現職文部大臣としては初めて韓国訪問を行いました。私の前任の歴代の文部大臣は、慰安婦問題や教科書問題などもあり、韓国訪問は行いませんでした。私は、「先ずは訪問しないことには話は始まらない」と考えました。実は、私の父・中曽根康弘も、日本の総理大臣として初めて、韓国を訪問し、全斗煥(チョン・ドファン)大統領と日韓関係を切り開きました。
 日韓二国間には、今も種々の問題があるのは事実です。しかしながら、歴史的・地理的に最も密接な国は、韓国です。その韓国との関係はずっと「近くて遠い国」と言われてきましたが、これを「近くて近い国」へと発展させることが重要です。この一年間で日韓首脳会談は「シャトル外交」と言われるように5回行われ、両国の関係はいま変わりつつあります。どう変わってきたのか。それは「日本と韓国のことだけを考える」関係から「共に国際社会に貢献する関係」へと成長してきたということです。
 日本と韓国は、アジアで最も進歩した民主主義国家であり、また、アジアで最も経済的に発展した国でありますが、この2つの国が協力していけば、アジアのみならず国際社会のためにもなることは間違いありません。

 もうすぐ新しいことが始まります。協力の第一号はテロ対策の最前線であるアフガニスタンの復興支援を一緒にやろうというもので、先般、私と韓国の外交通商部長との間で合意した農業分野と職業訓練分野から始めます。
 現在アフガニスタンでは世界のケシの8割以上が栽培されており、テロだけではなく麻薬の温床でもあります。NGOの協力を得て日韓共同でケシ畑を大豆畑に変えることで一致しました。もう一つは、首都カブールにある職業訓練センターに両国が専門家を送って指導員の能力向上を行うことです。日本と韓国の人たちが、アフガニスタン国民が復興・自立して生活できるように、実際的な支援のために協力していこうと、先月の外相会談で決めました。これは画期的なことと思っています。

 韓国との関係は、「成熟したパートナーシップ関係」を築くことを目指していますが、これを更に強化していくのは、やはり特に国民レベルの交流が非常に大切です。国と国との良い関係を築くには、人と人、1人1人の交流が大切である、というのは言うまでもありません。その意味で、文化、スポーツ交流、青少年交流は大きな意味があると思います。2002年の日韓ワールドカップの共催も相互理解に大きな役割を果たしました。

 私は9年前文部大臣の時、韓国の理工系の学生を日本の大学へ留学させる事業や、韓国の小中学校の教職員の方々を日本で2週間ぐらい研修してもらう事業を、当時の韓国の担当大臣と合意して始めました。もう9年経ちますが、これらの事業によって、これまでに約1,800人の学生や教員を受け入れてきています。2月に訪韓しました時に、柳(ユ)外交通商部長官に対し、今後更に10年間で1,000人の理工系留学生を受け入れることを提案しました。
 もう一方の、教職員の研修事業は、韓国の先生たちに日本の学校や家庭を訪問し、また文化にも触れてもらうことにより、韓国の将来を担う多くの子供たちを教える先生たちに「ありのままの日本、そして日本人を知ってもらう」ためのものです。これは正に「未来を作るための種まき」となるもので、大変効果の高いプログラムであると思っています。

 さて、石川県をはじめ日本海沿岸の皆様にとって韓国からの漂着ゴミは大変切実な問題です。既に、昨年一年間だけでも4万3千個のポリタンクが日本海沿岸に流れ着いています。このことについても先日私から柳(ユ)長官に対策を講じるよう強く申入れをしました。柳(ユ)長官は漁民などへの教育指導を更に行うとともに、昨年12月には海洋ゴミ管理の基本計画を策定するなど、今後もしっかり取り組むことを私に約束しました。私としてもこの問題の解決に引き続いて努力してまいります。

 続いて北朝鮮問題についてお話ししたいと思います。

 北朝鮮との間には、拉致、核開発、そしてミサイルなどの問題があります。政府としては、日朝平壌宣言に則ってこれらの問題を包括的に解決し、不幸な過去を清算して日朝の国交正常化を果たすことを目指しています。

 北朝鮮は現在、人工衛星打ち上げの名目で長距離弾道ミサイルの発射準備を進めていると言われています。皆さんは、1998年に、北朝鮮が発射したミサイルが日本列島を越え、三陸沖に着弾したことをご記憶のことと思います。北朝鮮は「人工衛星」を打ち上げるなどと言ったりしていますが、政府としては、北朝鮮が「人工衛星打ち上げだ」と言ったとしても、私たちは「弾道ミサイル計画に関連する全ての活動の停止」を求めた国連安全保障理事会の決議違反と判断しており、アメリカや韓国と共に強く中止を求めています。
 仮定の話をすることは避けた方が良いのですが、仮に北朝鮮が発射を強行した場合には、我が国は国連安全保障理事会などの場で、しっかりと対応しなければなりませんが、発射に失敗するなどして途中で我が国の領土などに落下してくる危険性がある時は、当然のことながら、国民の生命や財産を守るために自衛隊法82条の2に基づいて、官房長官は迎撃という言葉を使ったと聞いていますが、その様なきちんとした対応を執らなければなりません。もし、日本に落下してくるというのであれば、政府として国民の生命・財産を守るというのは当然のことだと思っています。そういうことにならないように、とにかくまずは、北朝鮮に強く発射の中止を求めていくことが重要です。

 オバマ政権は「北朝鮮から核兵器がなくなることを目指す」と明確に表明しています。北朝鮮の核開発は、目と鼻の先の日本にとって、存亡に関わる最大の脅威です。その意味で、我が国は北朝鮮の核開発は何としても防がねばなりません。
 昨年10月に、アメリカと北朝鮮が米朝協議を行いました。その後、アメリカは北朝鮮のテロ支援国家指定を解除しました。その後、六カ国協議はうまくいかなかったという昨年の経緯がありますが、私達としては、ミサイルの問題とともに、核の問題は、一番この脅威を感じているのはわが日本ですから、その意味では、他の4カ国とともに、緊密な連絡を取って、そして非核化のために努力をしなければならないと思っています。
 オバマ政権が発足して、北朝鮮のこの問題を担当する米国の高官も決まり、先日来日しました。良く連絡を取って、これから六者会合が早期に再開できるように、私たちは努力したいと思いますし、緊密な打ち合わせをしていきたいと思っております。

 拉致問題も、我が国の最重要課題の1つです。
 当地でも久米裕(くめ ゆたか)さんが拉致されていると聞いておりますが、ご家族の気持ちを思うと、私も胸が締め付けられる思いです。
 北朝鮮は、去年の夏、拉致問題の全面的な調査のやり直しを約束し、日本は、北朝鮮の調査が開始されるならば、現在行っている人的往来や航空チャーター便の規制を解除することを約束しました。しかしながら、北朝鮮は日本側からの再三の呼びかけにもかかわらず、現在に至るまで調査を開始していません。

 皆さんもご存知のことと思いますが、クリントン長官は、2月の来日時に拉致被害者のご家族とも会い、ご家族の声を直接聞かれましたし、また、韓国の柳(ユ)長官も、私に対し、拉致問題の解決のためにできる限りの支援を続けたいと約束してくれました。
 先日は拉致被害者である田口八重子さんの御家族と金賢姫氏の面会が実現しましたが、各国の支持や協力を得ながら、日本政府としても一日も早い被害者の帰国が実現できるように米国や韓国の協力を得ながら、粘り強く取り組んでまいります。

 次に中国との関係についてお話しします。

 近年の中国の発展ぶりには、目を見張るものがあります。中国はここ7年、年率9%以上の経済成長を遂げ、また、軍事費は21年連続で2桁増を記録しています。
 中国は急速な経済発展につれて、自信を深めるとともに、アフリカをはじめとする世界中の途上国に援助を行い、急速に影響力を拡大しています。
 このように発展する中国と如何に付き合うか。従来以上に外交の果たす役割が大きくなっていると思います。
 丁度2週間前に、私は中国を訪れ、温家宝総理や楊潔チ(ヨウ・ケツチ)外交部長と会談しました。中国との間では、「戦略的互恵関係」の構築を目指していますが、その1つの表れは、東シナ海におけるガス田の一定水域での共同開発です。中国側には昨年6月の両国の合意の具体化に向けて、早く国際約束締結の交渉を開始することを強く求めてまいりましたし、私も先日中国側に強く言いました。

 先日の訪中の際、私は、日中関係の発展をもっと次の世代に向けて確かなものとするため、3年間で1,500人規模の日本の教師(1000人)と中国の教師(500人)の交流を行うことを提案し、中国側と合意しました。これも、先に述べた日韓教育交流事業と同じ発想に基づくものです。
 また昨年より、両国政府の合意の下で、4年に亘り毎年4000人規模で青少年交流を推進していきます。
 昨年5月の四川大地震の時の日本からの緊急援助隊の活動に対し、温家宝総理が「13億人の中国国民を感動させた。」と賞賛しました。わずか数日の「日本人」との出会いが中国の人々の考え方に大きな影響を与えるのです。1,500人の先生たち、また4,000人の青年の交流は、日中の将来に大きな花を咲かせるものと私は確信しています。

 懸案の「中国製冷凍ギョウザ事件」や食の安全確保についても、私は楊(ヨウ)外交部長と率直に話しました。私からは、ギョウザ事件が1年間何ら進展がないのは大変遺憾であり、食の安全は日本人の健康と生命に関わることなので早く真相究明をし、再発防止に取り組むよう強く申し入れを行いました。

 先程もお話ししましたが、中国の軍備増強は我が国のみならず近隣諸国にとっても大きな懸念材料です。航空母艦を建造する研究も始まったとの報道もあります。私は、楊(ヨウ)外交部長に「中国の軍備増強については日本国民は大きな不安を感じており、周りの国々にも脅威を与えぬよう透明性の向上を」強く求めました。

 私たちは、中国に対し、その目覚ましい発展に応じて、アジア太平洋地域や国際社会の諸問題に建設的・協調的に関与して欲しいと思っています。将来的には中国、韓国、東南アジアの国々と共に、東アジア共同体のようなものを作ったらよいのではないかと思っています。

 それでは次にロシアとの関係です。

 金沢市がイルクーツク市と姉妹都市関係にあることに代表されるように、石川県とロシアの関係の歴史は長いものとお聞きしています。
 ロシアとの関係では、最大の課題は何と言っても北方領土問題です。私は、昨年11月にラヴロフ外務大臣と会談を行った際、領土問題についても、両国の経済関係の拡大に比べて進展していない領土交渉を前進させなければならないと強く指摘しました。麻生総理もメドヴェージェフ大統領に同様の話をされました。
 我が国としては、まず北方領土の日本への帰属が確認されるのであれば、実際の返還の時期や方法については、弾力的に対応するというのが我が国の基本方針です。

 2月のサハリンにおける麻生総理とメドヴェージェフ大統領との間の首脳会談においても、この問題について真剣な議論が行われました。その結果、(1)この問題を我々の世代で解決すること、(2)これまでに達成された諸合意及び諸文書に基づいて作業を行うこと、(3)メドヴェージェフ大統領が指示した「新たな、独創的で、型にはまらないアプローチ」の下で作業を行うこと、(4)帰属の問題の最終的な解決につながるよう作業を加速すべく追加的な指示を出すことで一致しました。
 また、麻生総理からメドヴェージェフ大統領に対し、ロシア側に平和条約問題について具体的な進展を図る用意がないのであれば、パートナー関係は築くことにはならない旨伝え、領土の帰属の問題の最終的解決に向けたロシア側の取組の姿勢を厳しく問いかけました。
 5月には、プーチン首相が来日する予定ですし、4月2日のロンドンでの金融・経済サミット、あるいは、7月のイタリアでのG8サミットの際にも、麻生総理は、メドヴェージェフ大統領と会談する可能性がありますので、このような機会を利用してこの問題を少しでも前に進めたいと思います。

 勿論、領土問題以外では、前向きの動きも出てきています。ロシアは近年、アジア太平洋地域との関係を深めようとしており、日本としても、ロシアのこうした建設的な動きを歓迎しています。一昨年、日本は、極東・シベリア地域でお互いの利益となるような協力を進めていくことを提案しました。これを「極東・東シベリア・イニシアティブ」と呼んでいます。先月サハリンでの液化天然ガス・プラントの稼働式典に麻生総理が出席されましたが、これもこの「イニシアティブ」の趣旨に沿ったものです。
 日本海を挟んだロシア極東との経済交流も大きく進展しています。日本の地方自治体から、ロシア極東に向けて、昨年だけでも20以上の経済ミッションが派遣されています。

 私としては、ロシアとの間で、アジア太平洋地域における重要なパートナーとしての関係を構築することが大切と考えております。

第II部 地球規模で取り組まなければならない課題とは何か?

 第II部では、世界が共に解決をしなければならないいろいろな課題に日本がどう取り組んでいくのか、日本らしいこれからの外交とは何かについてお話ししたいと思います。

 世界には様々な問題があり、話し始めればきりがありません。そこで今日は、世界的な経済危機への対応、テロ撲滅や海賊対策、平和構築、地球温暖化と安保理改革という5つの問題に絞って取り上げたいと思います。

 まずは、深刻な世界経済の悪化を防がねばなりません。

 今やらなくてはならないことは、3つです。1)金融危機を食い止めること、2)実体経済の悪化を回避すること、そして3)保護主義をとらないことです。経済の世界的な相互依存が高まっている現在、これら措置を各国が連帯してやらねばなりません。

 日本は国際社会がこうした課題に取り組む際に3つの面から積極的に貢献していきます。1)まず、1990年代の金融危機を乗り切った貴重な経験を各国の参考に供します。また、2)我が国自身の実体経済の落ち込みを防ぐために、定額給付金や中小企業対策、雇用対策などを含む、事業規模で75兆円の景気対策を実行するということです。さらに参議院で審議中の21年度の予算を早く成立させて景気対策を実施に移すことが大事です。また3)日本は、「開かれた成長センター」としてのアジアの経済回復に貢献することが期待されています。4月中旬にはタイでアセアンと日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランド、インドからなる「東アジア首脳会議」が開かれますが、アジアの経済回復が最重要の議題です。日本は、この会議で「アジアの成長を促していく新しい計画」を発表する予定です。

 次にテロ撲滅や海賊対策についてお話ししたいと思います。

 2001年9月11日のニューヨークの同時多発テロや、昨年11月のインド・ムンバイ事件などで日本人を含め多くの方々がテロの犠牲になっています。
 テロは自由で民主的な社会に対する卑劣な挑戦で、罪のない市民の命を区別することなく奪います。
 今や海外で生活する日本人が108万人、年間の海外旅行者数が約1600万人となっており、日本人は海外におけるテロの脅威を直接受けやすいと言えます。テロは決して人ごとではなく、いつ何時私たち自身の身に降りかかるかもしれない問題です。
 アフガニスタンを再びテロの温床としてはなりません。そのため、我が国は、インド洋においてテロリスト達による武器や麻薬などの密輸を阻止するための活動をしている各国の艦船に対して燃料や水の補給支援活動を行っています。昨年12月に国会で法案を直してこれを延長させることができました。この自衛隊の活動に対して、私がお会いした多くの国の外務大臣などから感謝や高い評価を受けています。

 インド洋での補給支援活動と共に、我が国はアフガニスタン国内で人道支援活動を幅広い分野で行っています。インド洋上の補給支援活動とあわせて車の両輪のように日本は実行しています。
 日本は、これまで、500以上の学校を建設・修復し、約1万人の教師を養成し、また30万人の識字教育を支援し、50の診療所を作り、ポリオやBCGのワクチンを延べ4,000万人に供与しました。また、650kmの道路建設や緒方貞子さんがテープカットをして下さったカブール空港の国際線ターミナルの建設などの支援も行いました。国際協力機構(JICA)の専門家などがアフガニスタンで数十人も活躍し、農業や医療の現場で頑張っています。今後もアフガニスタンへの支援の取組を一層強化していきたいと考えています。
 また、アフガニスタンと並び、アフガニスタンと国境を接するパキスタンも、最近国内でテロ活動が活発化していることは大変心配なところで、日本としても、国際社会と共にテロ対策と経済安定、貧困削減に向けたパキスタン政府の取組を支援していかねばなりません。このため、パキスタンの取組を後押しするための国際会合を日本で4月中旬に開催することを検討しています。

 ところで、テロ対策ではありませんが、イラクでは、昨年末自衛隊が約5年にわたる人道復興支援の任務を無事完了しました。航空自衛隊小松基地の隊員の皆さんや陸上自衛隊金沢駐屯地の皆さんも多大な貢献をしています。その活動はイラクをはじめ、国連、関係諸国から高い評価と多くの感謝を受けていますが、私も隊員一人一人が厳しい環境下にありながら、使命感をもって立派に任務を果たされたことに深く敬意と感謝を表します。イラクはまだ散発的な自爆テロなどで死者は出ているものの、国内の安定度が増してきました。これは、日本を含む各国の支援の成果だと思います。

 最近新たに大きな課題となっているのは、ソマリアの海賊対策です。毎日4~5隻、年間では約2000隻の日本の船舶が、石油や物資を積んでこの海域を航行しています。この海域では、ここ数年、海賊被害が多発・急増しており、昨年だけで111隻が襲われ、これは一昨年の2.5倍ですが、うち3隻は日本関係船舶でした。また、中国漁船の日本人船長が約3か月間も拘束された例もあります。
 皆様ご存知と思いますが、昨日、2隻の海上自衛隊艦船がソマリア沖へ向けて出航致しました。海洋国家であり貿易立国である我が国にとって、船舶の航行の安全を確保し、海上において国民の生命・財産を保護することは大変重要なことです。

 それでは、日本が行っている平和構築活動についてお話し致します。

 貢献の内容を挙げ出すときりがありませんので、ここでは、ODA(政府開発援助)と軍縮に絞ってお話しします。
 途上国の国づくりに対する支援は、日本にとって特別の意味があります。戦後、アメリカからの脱脂粉乳の援助で日本の子供たちは栄養失調を免れました。私も、小学校時代、アメリカからの脱脂粉乳や肝油のお陰で育ちました。また、新幹線も世界銀行の支援を受けて建設したものです。このように日本は世界からの援助を得て復興を果たし、お蔭で経済大国にもなりました。
 かつて支援を受けた我が国も、今やODAを通じて日本が受けたような支援を途上国に対して行っています。1990年代から2000年まで世界一の金額であった日本のODAは、2007年の実績は、前年度比31%減の約9,046億円となり、現在、世界第5位です。第1位のアメリカの援助の約3分の1にまで減ってしまいました。
 私は、外務大臣就任以来重ねてきた途上国の要人との会談の中で、日本のODAが感謝され、頼りにされていることをひしひしと感じてきました。勿論、我が国の財政は厳しく、ODAが皆さんの税金から捻出されていることを考えると、効率的・効果的に、かつ日本の顔が見える形で行わなければならないことは常に肝に銘じています。

 日本のODAには、大きく分けて2つあります。一つは国連などの国際機関を通じて世界の国々と一緒に援助をする多国間協力。もう一つは、日本が相手の国に直接援助をする二国間協力です。
 二国間協力には、3つの種類があります。
 一つ目は、低い金利でお金を貸す円借款です。これは発電所の建設や下水道の整備というようなインフラ整備などが主な対象です。
 二つ目は、特に貧しい途上国に対し、学校の建設や、病院の医療器材の整備などに必要な資金を供与する無償資金協力です。
 三つ目は、知識や技術を教えることにより、途上国の自立と発展を助ける技術協力であります。

 このようにODAは、平和的で、日本の国際的地位を高める重要な外交手段であり、日本自身の国益にかなうものです。ODA一般会計予算全体では、歳出削減の折から、この12年間で4割以上減っていますが、来年度予算では、貧しい国々の発展に役立ち、非常に感謝される無償資金協力と技術協力については増やすこととしています。こうした予算をしっかりと活用していきたいと思います。

 さて、ODA以外でも我が国は紛争地域の復興支援に多大な貢献をしてきています。戦争や紛争が終わった後にも、残された兵器には住民たちの被害が絶えません。これが復興への障害にもなっています。
 2つ例を挙げます。一つが「対人地雷」、もう一つが「クラスター弾」の問題です。国と国の紛争が終わっても、埋められた地雷やクラスター弾の不発弾はそのままで、多くの罪なき市民や子供たちが犠牲になります。これでは国の復興は進みません。
 例えば、対人地雷によって世界で年間およそ5,000人の人たちが亡くなっており、今なおカンボジア、アフガニスタンといった国を中心として世界に約1億個もの地雷が埋まったままです。私はタイとカンボジア国境地帯で活躍する日本のNGOに以前から支援を行い、また、現地にも行っています。実際に現場を訪れて、紛争終結後も人々の憎しみを蘇らせるような兵器の使用を許してはならないと痛感しました。
 世界には、まだ対人地雷を禁止する条約に入っていない国が30ヶ国以上ありますが、日本は、これら諸国に加入するよう働きかけています。

 クラスター弾については、昨年12月にノルウェーのオスロで「クラスター弾に関する条約」署名会議があり、私が出席しこの条約に署名してきました。クラスター弾は一つの大きな爆弾の中に沢山の小型爆弾が入っているもので、不発弾になるものも多く、これまで、1万人以上の死傷者が出ています。
 今回の条約は、クラスター弾の使用や製造を禁止し、廃棄を義務づけるとともに、被害者支援も規定しており、歴史的にも大きな意義があるものです。
 日本はこれまで、クラスター弾の問題を深刻に受け止め、レバノン、ラオス等でも不発弾処理や被害者支援に貢献しており、私も署名式で、日本が行っている700万ドルの不発弾対策について各国に紹介しました。アメリカ、中国、ロシアのように、大量のクラスター弾を保有しておりながら署名していない各国に参加を呼びかけているところです。

 次に地球温暖化の問題です。

 今年は気候変動問題の将来にとって非常に重要な年です。それは、本年末のコペンハーゲンでの国際会議で、2013年以降の気候変動問題への各国の対応を決めることになっているからです。
 現在の国際的取り決めである京都議定書は、主要な温室効果ガス排出国のうち、アメリカが参加しておらず、また、中国、インドなどが排出削減の義務を負っていないため、効果が十分とは言えません。すべての主要な排出国が、責任をもって参加する2013年以降の枠組みを構築しなければならない重要な年なのです。

 昨年7月、日本は北海道洞爺湖サミットを主催し、議長国として気候変動問題でリーダーシップを発揮し、その結果、これまで長期目標は検討されても、合意には至りませんでしたが、米国を含むG8が、2050年までに温室効果ガスの排出量を少なくとも半減するという長期目標に合意したのです。これは大きな前進でした。

 新たな枠組み構築の成功の鍵を握るのは、最大の排出国であるアメリカと中国です。この2カ国で世界の排出量の40%以上を占めているからです。これまでアメリカは排出削減に積極的ではありませんでしたが、オバマ大統領は、選挙公約で2050年までに温室効果ガスを1990年と比べて80%削減することを約束し、本格的に気候変動交渉に臨む姿勢を示しています。
 米国に次ぐ排出国となった中国の責任ある参加も重要で、中国に対しては、先月、私が訪中した際にも強く働き掛けを行いました。

 さて、日本の省エネ技術は、皆様もご承知の通り、世界の最先端を行っており、これらを活用することにより生産性を落とさずに環境問題を解決していくことが出来ます。過去30年間、産業部門のエネルギー消費量を増やすことなく、実質GDP(国内総生産)を2倍にすることに成功しました。我が国はこのような技術やシステムを各国に紹介すると共に、資金面でも支援をしていきます。環境技術は日本がイニシアチブを持って世界をリードし、貢献できる分野です。

 最後に、日本外交の3本柱の1つ、国際協調の要である国連についてひと言触れたいと思います。

 国連は、設立されてから60年以上も経ちますが、依然として世界の平和と安定のための唯一の国際機関です。
 その中で中心的役割を果たすのは、安全保障理事会です。日本は、今年1月から2年間の任期で、安保理の中で非常任理事国を務めています。
 現在、日本は国連の予算の約17%、年間約1,600億円の資金を拠出し、国際社会の様々な問題に貢献しています。従って日本には、それに相応しい地位が与えられるべきだと私は思います。
 数年前に、安保理改革という話題が盛り上がったことを御記憶の方も多いでしょう。相応しい地位とは、安保理の常任理事国です。設立以来60年以上、国際社会の大きな変化があるにもかかわらず、この常任理事国は、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5か国が占め全く変化がありません。今年2月からは、安保理改革の政府間交渉が始まりました。我が国は常任理事国入りを目指し、安保理改革の実現に粘り強く取り組んでいきます。

 最近、国連に関して、日本国内に1つ心配な動きがあります。それは、民主党が、国連の決議が日本国憲法に優先するかのような国連至上主義とも思われる主張をしていることで、国連決議があればアフガニスタンなど武力行使が必要となる可能性がある地域へも自衛隊を派遣できると言っていることです。
 私は、これは非常に危なっかしい主張だと懸念しています。国連が国際社会で大きな役割を果たしていることは勿論認めます。しかし、冷静にその現実を見ると、国連は各国の国益のぶつかり合う場であり、特に国際社会の平和と安全の問題については、少数国の方針で結論が左右され得るという問題を抱えています。そのような現実がある以上、日本の命運をそのまま国連に委ねる訳にはいかないのです。

(むすび)

 最後に日本外交の目指すところなどについてお話ししたいと思います。

 冒頭に申し上げましたように、日本外交の目的は「我が国が安全で繁栄すること」、そして「国民の生命と財産を守ること」にあります。

 それと同時に、1月の国会開会直後の外交演説でも述べましたが、大切なことは「他国から信頼され尊敬される」とともに「国民が自国に誇りを持てる国づくりをする」ことと考えています。
 私は外務大臣に就任する以前から現在にいたるまで、数多くの国を訪問してきました。そこで感じたことは、国の大小を問わず、いずれの国においても、人々が自分の国を愛し自分の国に誇りを持っているということです。我が国の憲法前文においても、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」と書かれており、その様な国を目指していくべきと思います。

 具体的な外交を進める上で大事なことを2点申し上げたいと思います。
 一つ目は首脳外交を進めていくことです。
 私は、父・中曽根康弘が総理を務めた際に、その秘書官として3年間、首脳外交を間近に見てきました。痛感したのは、国と国との関係を強固なものとするためには、父とレーガン・アメリカ大統領との間のロン・ヤス関係に代表されるような首脳間の個人的な信頼関係を構築することがいかに重要であるかということです。その意味で、麻生総理が、忙しい国会日程の中、アメリカを始め海外に出かけ首脳外交を展開していることは、非常に意味があることだと思っております。昨年12月には、他の会議とは独立した形での「日中韓サミット」が福岡で開催されましたが、3か国の首脳が頻繁に顔を合わせ、地域・世界のために如何に貢献するかを議論することは大変意義あることであると思います。

 二つ目は国民同士の交流、すなわち前にも述べましたが、やはり人と人との交流だと思います。本県の「ジャパン・テント」や、先程ご紹介した「学生・教職員交流」など、青少年交流、スポーツ交流、文化交流など様々な機会を通じてのオール・ジャパンによる外交が不可欠です。

 私は日本外交のこれまでのたゆまぬ歩みに自信を持ち、日本と世界の平和と繁栄のために積極的・主体的な外交を展開して参りたいと思います。

 最後に、お忙しい中、本日お越し頂きました皆様に改めて御礼を申し上げ、また、日本の外交への変わらぬ御支援を賜りますよう心からお願い申し上げ、私の話を終わらせて頂きます。
 有難うございました。

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