演説

中曽根外務大臣演説

第171回国会における中曽根外務大臣の外交演説

平成21年1月28日

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(外交の基本方針)

 外交の基本方針について所信を申し述べます。

 外交の目的は、我が国の国益、すなわち我が国の安全と繁栄及び我が国国民の生命・財産の確保にあります。そのためには、世界の平和と繁栄が不可欠であり、我が国としても、その実現に大きな責任を有しています。現在、国際社会は、深刻な経済危機に直面しています。また、国際テロリズム、止むことのない地域紛争、待ったなしの気候変動問題と引き続き困難で早急に取り組むべき課題が山積しています。今こそ諸課題に対する我が国の考えを明確に示し、国際社会をリードする積極的・主体的な外交を展開すべきと考えます。私は、時代の変化に適応した戦略を持って外交を進めるため、全力で取り組んでまいります。

 昨年、我が国は、北海道洞爺湖サミット、第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)を主催し、国際社会共通の課題の解決に向け、大きな成果を達成いたしました。本年から2年間、我が国は、国連安全保障理事会の一員として、国際社会の中で新たな重責を担うことが期待されています。国際社会の現状を見れば、私たちの歩むべき道は、決して平坦ではありません。我が国が自らの繁栄を追求し、「国際社会において、名誉ある地位」を得んと希望するのであれば、国を挙げて現下の諸困難に立ち向かう気概が必要であります。

 本年、日本外交が自らに課すべき命題として、第一に、日米同盟の強化と近隣諸国との協力関係の推進、第二に、基本的価値を共有する諸国との連携を深めつつ国際情勢の安定を図ること、第三に、我が国の経験と英知を活用して人類共通の問題の解決にリーダーシップを発揮すること、の三点につき申し述べます。

(米国)

 日米同盟は、日本外交の要であり、同時にアジア太平洋地域の平和と安定の礎です。この1月20日には、アメリカ国民の期待が極めて高いオバマ氏が、「新たな責任の時代」を掲げ大統領に就任しました。同大統領は、外交政策においては、引き続き国際的リーダーシップを発揮し、世界の平和と安定に貢献していく旨度々明言しています。新政権との間で、強固な信頼関係の下、我が国から率直かつ具体的な提案を行うことにより、共に課題に取り組む緊密な協力関係を構築し、日米同盟を一層強化するとともに、アジア太平洋地域と世界の平和と繁栄に向けて力を尽くしてまいります。その一環として、抑止力の維持と沖縄など地元の負担軽減を図るべく在日米軍再編を着実に実施し、日米安保体制を堅持してまいります。

 さらに、世界の平和と繁栄の実現に向け、金融・世界経済の問題、テロとの闘い、気候変動・エネルギー、核軍縮・不拡散及びアフリカ開発といったグローバルな課題への対応においても新政権と一層緊密に連携してまいります。

(アジア近隣諸国との関係強化)

 我が国は、アジアの一員として、アジア太平洋諸国と共に地域の平和と安定を維持し、共に繁栄し発展していかねばなりません。

 昨年末、初の単独開催となる「第1回日中韓サミット」を福岡で開催し、様々な分野における協力の推進について一致するという大きな成果を挙げました。日本、中国、韓国が互いに連携と協力を推進することは、アジア地域の今後の発展にとっても有意義であります。個別の懸案は存在するものの、3カ国の首脳が個人的な信頼関係を築くという意味でも極めて意義深い会合でした。今後とも、両国とは、首脳レベルはもとより、外相レベルにおいても頻繁に意見交換を行うよう努めてまいります。

 中国とは、引き続き首脳を含むハイレベルでの交流を積み重ね、東シナ海の資源開発や食の安全などの個別の懸案にも適切に対処しながら、「戦略的互恵関係」の構築を引き続き推進し、アジアと世界の平和と安定に共に貢献していく考えです。

 先日、麻生総理は、「シャトル首脳外交」の一環として、韓国を訪問しました。首脳会談において確認されたとおり、未来志向の「成熟したパートナーシップ関係」の構築に向け、二国間にとどまらず、国際社会においても幅広い協力関係を築いていく所存です。

 北朝鮮については、日朝平壌宣言に則り、拉致、核、ミサイルといった諸懸案を包括的に解決し、不幸な過去を清算して日朝国交正常化を図るべく、引き続き努めてまいります。

 六者会合において早期にしっかりとした検証の具体的枠組みに合意し、非核化プロセスを前進させると同時に、早期に北朝鮮による拉致問題の全面的な調査のやり直しが開始され、生存者の帰国につながるような成果が得られるよう、引き続き真剣に取り組みます。

 重要な隣国であるロシアとは、昨年11月に行われた日露首脳会談の結果を踏まえ、アジア太平洋地域における重要なパートナーとしての関係を構築するため、外相レベルを含めて北方領土問題の最終的解決に向けて強い意思を持って交渉を進めます。また、極東・東シベリア地域での協力を含め、幅広い分野での協力を進展させます。

 基本的価値を共有するインドや豪州との間でも、安全保障や経済連携を含め、多様な分野で関係を発展させていきます。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)の各国との関係を、本年の日メコン交流年や重層的な経済連携の取組などを通じて、多くの分野で強化し、また、ASEANの統合と発展を力強く支援してまいります。

 現下の世界的な金融・経済の混乱の中で、アジア諸国が「開かれた成長センター」として世界経済に貢献することが重要です。アジア太平洋経済協力(APEC)や東アジア首脳会議などの枠組みを活用して、アジア諸国と共にこの地域の経済的安定と発展のために一致して取り組んでまいります。

 本年5月に北海道にて開催する第5回太平洋・島サミットを通じ、気候変動を含む様々な課題の解決に向けた取組への支援を強化し、太平洋島嶼国との関係強化を図ります。

(基本的価値の共有と平和と安定への協力)

 アジア以外の地域においても、基本的価値を共有する国々と連携しつつ、平和と安定のために協力してまいります。

 基本的価値を共有する欧州諸国や欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)などとの連携を強化してまいります。また、バルト諸国や中・東欧、中央アジア・コーカサス、南アジアといった民主化と市場経済化を進める国々との対話や協力に引き続き取り組んでまいります。

 我が国が原油の約9割を輸入する中東地域の平和と安定は、世界全体の安定と我が国のエネルギー安全保障にとって不可欠の条件です。中東諸国との間で、資源にとどまらない重層的な関係を強化してまいります。

 最近のガザにおける情勢悪化により民間人に多数の死傷者が出たことを遺憾に思います。イスラエル、パレスチナ武装勢力の双方による停戦の表明を歓迎しますが、これが永続的な停戦につながることが重要です。そのための関係者への働きかけやガザ地区の人道状況改善のための1000万ドルの支援などを着実に実施してまいります。その上で、「平和と繁栄の回廊」構想などを通じ、中東和平プロセスの進展を最大限支援してまいります。

 先般、自衛隊は、約5年に亘るイラクでの任務を無事完了しました。その活動は、イラクをはじめ、国連、関係諸国から高い評価と多くの感謝を受けております。私も、隊員一人一人が厳しい環境下にありながら、使命感を持って立派に任務を果たしたことに、心から「御苦労様でした。」と言葉をかけたいと思います。我が国としては、引き続き、復興支援の成果を根付かせ、イラクとの幅広い分野での協力及び長期的な友好関係を構築してまいります。

 イランの核問題の平和的・外交的解決のため、国際社会と緊密に協力するとともに、伝統的な友好関係に基づくイランへの働きかけを行ってまいります。

 ブラジル及びメキシコをはじめ、経済面での存在感と国際場裡での発言力を増している中南米諸国との関係も強化してまいります。その一環として、東アジア・ラテンアメリカ協力フォーラムの外相会合を日本で開催し、アジアと中南米との協力強化に主導的役割を果たしてまいります。

(我が国の知見を活かした国際協力)

 次に、我が国の経験と知見を活かして国際的なリーダーシップを発揮すべき問題について何点か取り上げたいと思います。

(世界経済)

 中でも、現下の金融・経済危機の克服は、我が国を含む国際社会の喫緊の課題です。麻生総理は、昨年11月の金融・世界経済に関する首脳会合において、我が国の経験を踏まえた具体的な提案を行い、各国の連帯を呼びかけました。早急に実体経済の悪化を食い止め、各国が保護主義に陥ることを防ぐことにより、世界経済の安定を確保し、危機再発を防止することが必要です。我が国は、4月にロンドンで開催される第2回首脳会合などを通じて各国と協調して積極的に取り組んでまいります。

 世界貿易機関(WTO)ドーハ・ラウンド交渉の早期妥結、経済連携協定や投資協定などの交渉及びこれら協定の活用に積極的に取り組みます。知的財産権保護の強化に向けた国際的な取組にも引き続き注力いたします。

 また、中長期的視点に立って、エネルギー・資源を安定的に確保するため、主要生産国との関係強化に加え、輸入先とエネルギー源双方の多様化を図ります。二国間及び多国間の協力を通じて輸送路の安全対策も強化してまいります。さらに、近年の世界的食料需給のひっ迫を踏まえ、食料安全保障の一層の強化に向けた具体的施策に取り組んでまいります。

(環境・気候変動問題)

 地球環境の保全は、未来に対する我々の責任です。特に、気候変動問題については、2013年以降の枠組みについて、本年末の国連気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP 15)において合意を得ることとされており、本年は国際交渉が本格化します。我が国としては、北海道洞爺湖サミットやCOP 14の成果を踏まえ、すべての主要経済国が責任ある形で参加する実効的な枠組みの構築に向け、引き続きリーダーシップを発揮してまいります。また、途上国の温室効果ガス排出削減や気候変動の悪影響への対応などに積極的に協力します。

 さらに、我が国の知見や技術を活かし、新興経済国におけるエネルギー効率の向上、再生可能エネルギーや省エネ技術の活用に向けて、国際社会と協力して取り組むとともに、核不拡散、原子力安全及び核セキュリティの確保を大前提として原子力協力を推進してまいります。

(軍縮・不拡散・科学)

 先月私はノルウェーを訪問し、クラスター弾に関する条約に署名してまいりました。この条約は、人道上懸念のあるクラスター弾を禁止する歴史的意義のあるものです。我が国は、被害者支援を含む国際的な取組に引き続き積極的に貢献してまいります。

 また、我が国は、唯一の被爆国として、核兵器のない世界の実現に向け、現実的かつ具体的な取組を主導します。2010年核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議の成功に向けて、「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」を含め、関係国との協力を強化していく考えです。

 さらに、我が国の優れた科学技術を活かし、国際協力や宇宙分野での取組などを推進してまいります。

(テロ・海賊対策など)

 テロリズムは自由で開かれた社会に対する挑戦であり、テロリズムの撲滅は我が国自身の国益です。インドのムンバイにおける連続テロ事件では、日本人を含め多くの方々が犠牲になりました。改めて犠牲者の皆様に心から哀悼の意を表します。

 我が国は、テロ対策としてインド洋における補給支援活動を行っているほか、アフガニスタンが再びテロの温床にならないよう、同国において、治安面や経済復興において、医療や教育をはじめ幅広い支援を実施してきています。アフガニスタンの地方復興チームへの文民派遣などを含め、支援の取組を一層強化していきます。さらに、テロとの闘いの前線国家であるパキスタンにおけるテロ撲滅や経済安定化への同国政府の取組を支援してまいります。

 海洋国家であり、貿易国家でもある我が国にとって、航行の安全や海上の安全確保は国家の存立と繁栄に直結する極めて重要な問題です。現在、海上交通路において、海賊行為が多発・急増していることは大変懸念すべき事態です。航行の安全確保や、何よりも、日本国民の生命及び財産の保護の観点から、海賊対策は正に火急の課題であり、新たな法整備の検討を進めるとともに、できることから早急に措置を講じてまいります。

(国際平和協力)

 国際社会の平和と安定があってこそ我が国の国益も実現されるとの思いから、国連平和維持活動(PKO)をはじめとする国際的な平和活動を一層拡充する考えです。

 今後2年間、国連安全保障理事会の一員として、積極的かつ建設的な役割を果たしてまいります。同時に、国連がより効果的にその任務を果たすためにも、我が国の常任理事国入りを含む安保理改革の早期実現を目指し、本年2月に開始される政府間交渉に臨む決意です。

(政府開発援助)

 重要な外交手段である政府開発援助(ODA)を積極的に活用し、途上国の人づくり、国づくりを支援するとともに、地球的規模の課題の解決に貢献することは、我が国自身の国益に叶うものです。我が国として戦略的な国際協力の実施に一層努めてまいります。

 第4回アフリカ開発会議(TICAD IV)や北海道洞爺湖サミットで約束した支援策を着実に実施していきます。人間の安全保障の理念に基づき、アフリカ諸国をはじめとする開発途上国に対し、貧困削減、教育、保健、水・衛生などの分野で支援し、ミレニアム開発目標(MDGs)達成に向けても貢献してまいります。同時に、平和の定着、民主化・良い統治の実現に加え、市場経済化、法制度整備、貿易・投資環境整備など、途上国の経済成長の加速化と我が国との経済交流に役立つ支援にもODAを積極的に活用していくこととしています。

 非政府組織(NGO)や民間経済界とも連携を強化し、ODAの効果的・効率的な実施と、質の一層の改善を進め、援助効果の更なる向上に努めます。

(対外発信及び交流の強化)

 以上のような日本外交の基本方針について諸外国の理解と信頼を増進させることは、外交政策の円滑な推進にも資するものです。このため、我が国の外交方針を力強く対外発信します。また、伝統文化からポップカルチャーまで我が国の文化の魅力を戦略的に発信するとともに、日本語の普及、知的交流の促進に取り組んでまいります。2016年東京五輪の開催実現に向けた招致活動を積極的に支援していくほか、スポーツ分野での交流も一層促進していく考えです。

(外交実施体制)

 最後に、外交実施体制について一言申し上げます。山積する外交課題に迅速に対処し、また、海外における日本人の生命・財産を適切に保護するためにも、需要に見合った形での人員、組織及び情報収集・管理体制などの強化が不可欠であります。国民の皆様の御理解を得ながら、外交基盤を充実させ、我が国の外交力を一層強化してまいります。

(むすび)

 私は、外務大臣就任前から現在に至るまで、数多くの国を訪問し、それぞれの国の国民に接してきました。そこで共通して感じたことは、国の大小を問わず、いずれの国においても、人々が自分の国を愛し自分の国に誇りを持っているということです。我が国の憲法においても、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」と謳われているように、他国から信頼され尊敬されるとともに、国民が自国に誇りを持てる国づくりをすることが重要であると考えます。

 冒頭でも述べましたように、外交の目的は、我が国の国益、すなわち我が国の安全と繁栄及び我が国国民の生命・財産の確保、さらに、国家の名誉や威信を守ることであり、国民が自国に誇りを持てるようにすることでもあると信じます。

 日本は、科学技術の力、人的資源、幾多の困難を乗り越えた実績、いずれをとっても世界に誇れるものを持っています。国際社会が山積する困難を抱えている今、我が国が積極的・主体的な外交を展開し、国際社会の中で活躍することは、国民が自信や誇りを得ることにつながるものと確信します。外交は、党利・党略を超え、与野党が一致して取り組むべきものと考えます。国民の皆様と党派を超えた議員各位の御理解と御協力をお願い申し上げます。

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