平成20年9月12日
(英文はこちら)
日本外交に関するスピーチを行う伊藤副大臣
ご列席の皆様、
この度のモンペルラン・ソサエティ年次総会の東京開催につき祝意を表します。また、歴史ある本件会合にお招きに預かり、一言申し上げる機会を与えて頂いたことを光栄に存じます。本日は、外務副大臣として、日本外交の基本方針と課題についてご説明するとともに、21世紀の世界と日本が向かうべき方向性に関し、私の思うところを申し述べさせて頂きたいと思います。
我が国は、日米同盟と国際協調を基本にアジア諸国や国連等と緊密に連携し、地球規模の諸課題に積極的に取り組んできております。
日米同盟は申すまでもなく我が国外交の基軸です。米との同盟は我が国の安全のみならず、アジアそして世界のスタビライザーとして、地域の安全、自由貿易、資源・エネルギーの自由なアクセス、民主主義の伸張といったアジアの安定と繁栄の基盤を提供してきました。我が国は、引き続き、人と人の交流を含め、幅広い分野での日米関係の強化に努めていく方針です。更に、強い日米同盟をよりどころとして、アジア諸国との関係を一層深化させること、その先に安定的で開かれた、繁栄と発展のアジアを構築していくことは、日米共通の利益です。こうした考えの下、日米同盟の強化と積極的アジア外交とが「共鳴」し、よい循環をもたらすよう努めて参りました。加えて申し上げますと、日本と欧州は、民主主義、人権、法の支配等の基本的価値を共有するとともに、国際社会に安定と繁栄に向けて主導的な役割を果たす上での戦略的パートナーです。
冷戦構造の崩壊とグローバル化の進展を背景に、アジアは市場経済と国際協調により、欧州や米国と共に、世界経済圏の一つへと成長しました。また、東アジア首脳会議のメンバー16カ国に台湾、香港を加えたアジアの域内貿易率は2006年で58%と、NAFTAの42%を上回り、EUの66%に接近するレベルに達し、経済的な緊密化が進んでいます。更に経済発展に伴い、アジアでは中産階級の増加や市民社会の成熟と共に、民主的プロセスによって指導者が選出される国々が増えています。昨年11月にASEANが採択した「ASEAN憲章」にも民主主義、法の支配、人権尊重等が原則として盛り込まれました。ミャンマーや北朝鮮等での人権問題は依然存在しておりますが、民主主義の伸張は昨今のアジアの好ましい特徴です。
アジア最初の近代国家であり、経済成長の先駆者である我が国は、これまでも地域の核として、アジア諸国の国造り支援等に貢献して参りましたが、今後ともアジアの安定と繁栄に向けて積極的にリーダシップを発揮していく所存です。更に、日本は「発展」が持つ真の意味について新しい方向性を探求しておりますが、この点は後で述べさせて頂きます。
加えて重要なことは、アジアにおいて台頭する大国が、地域の安定と繁栄に向けて共に積極的役割を担っていくことです。帝国主義や経済ブロックといったゼロサム・ゲームを基本とするかつての国際社会ではもはやなく、いわばポジティブ・サムを目指し、協力していくことが不可欠となっています。
我が国が中国の発展は我が国及び国際社会にとって好機と位置づけるのもそうした考え方に基づくものであり、首脳間でもアジアの安定と発展に向けて共通の責任を確認し、共にアジアと世界の良い未来を作り上げるべく「戦略的互恵関係」を包括的に推進していくことで一致しています。同時に、我が国としては、中国が、今後、国防費の内訳や軍事力の近代化について、透明性を確保し、周辺諸国の不安を払拭するよう、また、対外援助については国際協調に努め、国際社会の規範に則った行動をとるとともに、知的財産権の保護については、実効性のある執行(effective enforcement)に努めていくよう、求めていきます。それにより、中国がより一層地域と国際社会に貢献することを希望しています。また、アジアにおいて台頭しつつあるもう一つの大国であり、我が国と基本的価値と戦略的利益を共有するインドとの間では、アジアのダイナミズムを積極的な方向に進めるために協働することで合意しています。
アジアでは朝鮮半島情勢や両岸関係等、不安定要因は依然存在しておりますが、我が国は関係国とも緊密に連携しながら、粘り強く取り組んで参りました。特に北朝鮮に対しては、拉致被害者の早期帰国と六者会合を通じた核放棄を強く要求しております。北朝鮮とは、こうした拉致、核、更にはミサイルといった諸懸案を解決し、国交正常化を目指していく方針です。
更に、我が国は、地球規模の諸課題についても積極的に取り組んで参りました。ここでは、国際社会の平和への取組と持続可能な開発の実現という観点から気候変動問題への取組について申し上げたいと思います。
我が国は、世界の平和と発展に貢献すべく、ODAを通じた協力を実施するとともに、PKOを初めとする国際的な平和活動にも積極的に参加して参りました。 国際社会のテロとの闘いは依然続いており、我が国としても引き続き責任を果たしていく方針です。アフガニスタンについては、補給支援活動をはじめとする治安・テロ対策と人道復興支援を「車の両輪」として実施してきております。先日アフガン国民のため高い志を持ってNGO活動に従事してこられた、私と同じ苗字を持つ伊藤和也さんという日本人青年が殺害されるという悲しい事件が起こりましたが、我が国としては、引き続き、アフガニスタンの復興と安定のため、今後も主体的に貢献して参ります。また、平和構築分野においては、資金協力のみならず、人的貢献や、人材育成も引き続き推進して参ります。
気候変動問題は、人類が一致して緊急に対応することが求められている課題です。我が国は、今般の北海道洞爺湖サミットの議長国として、本件問題について具体的な合意を目指して取り組んで参りました。最終的には、米を含むG8の間で、「2050年までに世界全体の排出量の少なくとも50%削減」という長期目標を国連気候変動枠組条約のすべての締約国と共有し、採択を求めることで合意し、中印を含む主要経済国首脳会合(MEM)では、長期目標の共有を支持することで一致することができました。今後、すべての主要経済国が責任ある形で参加する実効性のある枠組の構築に向け、これら合意のフォローアップを含め、引き続き、イニシアティブを発揮していく方針です。また、我が国のGDP当たりの一次エネルギー消費量は世界平均の3分の1であり、省エネ大国としての優れた環境関連技術を活かして、途上国の排出削減努力を支援するとともに、気候変動で深刻な被害を受ける国への支援も積極的に行って参ります。
ご列席の皆様、
最後に、21世紀の世界と日本が進むべき方向性に関して、私の考えを申し上げたいと思います。
20世紀は、資本主義と市場経済が共に勝利を収めた時代であったと言う人もいます。しかし、残念ながら、現在の世界の状況を見れば必ずしも単純にそうは言えないような状況が生まれつつあるといえます。どんな思想や制度も、人間が作ったものである限りは完全無欠なものではなく、また時間と共に陳腐化を生じていく運命にあります。そうした、不完全性や陳腐化の現れこそが、増大する経済格差や貧困問題や、気候変動問題をはじめとする環境問題の顕在化であり、更には冷戦後も頻発する地域紛争であるといえます。特に環境問題は経済的な弱者により打撃を与え、更に経済格差や貧困を固定化・深刻化させるという負の連鎖をも生じさせ、我が国を始めとする国際社会全体がその対応に追われている状況にあります。また、各国独自の文化や社会、価値観も、現下の「グローバル化」の流れに勢いづいた経済至上主義や拝金主義の脅威にさらされています。そうした中で、我々の心の豊かさが奪われつつあるのではないでしょうか。我々が国際社会の在り方と日本の役割を考える時、そうした視座なしには、貧困の撲滅を目指したODAですら、経済至上主義を強制し(enforce)、新たな形の植民地主義を広げているという批判にさらされることになりましょう。
我が国が、国家安全保障に止まらず、個人とコミュニティの保護と強化、エンパワーメント、また国家及び国際機関と共に市民社会の役割の重要性を強調する、「人間の安全保障」概念を重視するのも、資本主義や市場経済の生み出す問題点を見極め、それに対応しようとする一つの試みであります。それは、例えば、保健分野の支援を考えるとき、一人一人の健康に着目してその保護に努めることはもとより、個人や地域社会の能力強化を目指して保健システムを強化することを目指す発想であり、アフリカにおける地域コミュニティーに根ざした援助を模索するものであります。
しかし、敢えてもう少し踏み込めば、21世紀の国際社会には、人類の更なる進歩のためのパラダイム・シフトが必要であると考えます。我々に求められていることは、20世紀の資本主義や共産主義に代わる、新たな理念や制度、統治システムを原点に立ち返って考えていくことです。政治学者イーストンは、「政治は価値の権威的配分である」と述べましたが、何が価値であるを決めるのかが重要であります。私は、現在の政治は「最大公約数の人を幸せにする新たな価値システムの創造」であるべきと考えており、私自身、その創造に向けて取り組んで参りたいと考えています。小説家・森鴎外は、1916年に発表された代表作の一つ「高瀬舟」において、「知足の境地」つまり「足ることを知る」ことの必要性を主題として取り上げました。この言葉を英語で表現することは難しいのですが、既に持っているもので満足する心境というような意味です。この言葉には、拡大再生産を自己目的化し、足ることを知らないと世界は滅亡へ向かう、他国を自国の都合の良いように利用するだけでは、これからの国際社会は成り立たない、というメッセージが込められていると私は感じております。私は、21世紀の国家の命題は領土やイデオロギーを巡る戦いではなく、むしろ、自らの内なる強欲、すなわち自分(自国)との戦いであると思います。その上で皆様に申し上げたいのは、日本は、古来より政治・社会制度にせよ、宗教にせよ、元来相矛盾する様々な要素をも統合(integrate)し独自のものを生み出してきた国であります。特に、明治維新においては比較的少ない社会的・人的コストにより、東洋のベースに西洋社会システムのツールを使って国家的変容を遂げ、現在の繁栄を築いてきた国であります。本日ここには、知的コミュニティーを支える方々がご列席ですが、私は、地球社会の未来を憂う皆様と共に新たな価値の地平を目指して進んで参りたいと思います。
スピーチ後の夕食会において、
モンペルラン・ソサイエティのメンバーと懇談する伊藤副大臣