平成19年1月26日
第166回国会開会に際し、所信を述べます。
日本外交は今や、新しい柱を立てつつあります。戦後我が国は、外交の基礎を三本の柱で支えてきました。
日米同盟、国際協調、近隣アジア諸国の重視という三本柱であります。
今これに四本目を加え、我が国の進路は一層明確となります。
外交とは、はるか未来を望み、国益と国民の福利を伸ばす営みです。そのためふさわしい環境を世界に作ろうとする、営々たる努力の別名です。外交はまた、あり得べき危機を極小化しなくてはなりません。
これら外交本来の務めを果たすため、第四の柱、すなわち「自由と繁栄の弧」を作ろうとする方針は、我が国にとって必須のものと言えます。
冷戦終結以来10有余年。今ユーラシア大陸の外周で弧をなす一帯に、自由と民主主義に基づく道を歩むか、今しも歩みだそうとする諸国が点在しています。ここにおいて我が国は、自由の輪を拡げたい。民主主義、基本的人権、市場経済、法の支配といった普遍的価値を基礎とする、豊かで安定した地域を作っていきたいと思います。
いま重んじようとする価値とは、どこか異国の産物ではありません。我が国は、浮き沈みがあったとは申せ、近現代史を通じ、これらの価値を自分の物にしてまいりました。人類社会に普遍の価値は、我が国自身の価値でもあります。
いまや価値の外交の実践は、先進民主主義国として、我が国の責務であると考えます。我が国が主張してきた「人間の安全保障」実現にも資するものです。
「自由と繁栄の弧」の上で、民主化への長い道のりを走り出したか、走り出そうとしている諸国と我が国は相並び、共に駆けるランナーになりたいものです。しかもその営みを、価値観と志を共にする、米国、豪州、インド、英仏独など欧州各国、国連や国際諸機関と、手を携えて進めてまいります。先般、わたくしが、中・東欧諸国を訪問したのも、まさにそうした考えに基づくものであります。
さて普遍的価値と戦略的利益を共有する米国との関係は、日本外交の要です。
我が国は、米国と緊密な連携の下、北朝鮮やイランの核問題、イラク、アフガニスタンの復興、テロとの闘いといった、国際社会共通の課題に対処しています。
経済的繁栄と民主主義を通じ、もって平和と幸福を求める普遍の営みにおいて、安全保障上、礎の一つを成すのが日米同盟です。今や我々は、日米同盟に、「世界とアジアのための」と呼ぶにふさわしい内実を持たせなければなりません。
昨年北朝鮮は、弾道ミサイルを射ちました。次いで、核実験を行ったと発表しました。昨年は、我が国周辺の安全保障環境が、依然極めて不安定である事実を、改めて浮き彫りにした一年でありました。
今こそ我々は、日米安保体制の信頼性を更に高めなくてはなりません。弾道ミサイル防衛を始めとする日米安保・防衛協力を、一層強め、加速します。また、在日米軍の兵力態勢の再編を引き続き進めます。これは、抑止力の維持と、沖縄を始め地元の負担軽減という、難しい連立方程式を解く方途であります。その着実な実施に、今年も取り組んでまいります。
日米経済関係においては、両国経済のもつ重みにふさわしい互恵関係を更に発展させてまいります。
近隣諸国に目を転じますと、まず中国との間には、1日1万人以上、年間400万人を超す相互の往来があり、経済関係がとみに緊密な現状を物語っています。本年も政治と経済の両輪を力強く回します。共通の戦略的利益に立脚した、互恵関係を築いてまいります。
日本と韓国は、互いにとって最も近く、基本的価値を共にする大切な民主主義国同士であります。そのような間柄にふさわしい、未来志向の関係を打ち立てます。
豪州と我が国は、戦略的利益を共有するパートナーとして、政治・安全保障、経済など多様な分野で広範な協力を進めてきました。本年から始まる経済連携協定交渉については、国内の農業関係者等の懸念(センシティビティ)に十分注意を払いつつ、進めてまいります。また、安全保障面での関係を強め、日米豪の戦略対話を充実していきます。
将来を大いに期待できるのが、インドとの関係であります。本年は経済連携協定交渉を含め、日印協力関係を拡充していきます。同時に、他の南アジア諸国の民主化・平和構築を支援してまいります。
アジアの安定というものは、ASEAN諸国が民主的に落ち着いて、栄えていない限りありません。ASEAN諸国のうち、我が国の伴走をまさに必要とする国々に対し、民主化と、平和構築を助けてまいります。経済面での連携を進めつつ、ASEANの安定・強化を図っていく所存です。
1月15日、セブ島で開かれた第2回東アジア・サミットでは、エネルギーの安全保障と、若者達が交わる大切さを、共通の課題として確認しました。
重要な隣国であるロシアとは、「日露行動計画」に沿って関係の更なる発展に努めます。同時に、懸案の北方領土問題については、四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するとの基本方針に従い、これまでの諸合意、諸文書に基づき、双方が受け入れられる解決策を見出すべく、粘り強く取り組んでまいります。
北朝鮮に対しては、「対話と圧力」という不動の方針の下、拉致、核、ミサイルといった諸懸案の包括的解決に向け、粘り強く立ち向かいます。
拉致問題の解決なくして、日朝国交正常化はなく、北朝鮮の核開発は、断じて容認できないものです。これらにつき北朝鮮から誠意ある対応を得るため重要なのは、国際社会と結束し、圧力をかけ続けていくことです。そのためにも、安保理決議第1718号の着実な履行が必要です。ただし、対話の窓口を閉ざすものでないことは言うまでもありません。
その他の地域、国々との関係に触れます。 日本が原油の約9割を輸入する中東地域の平和と安定は、世界全体の安定と、我が国のエネルギー安全保障にとって不可欠の条件です。
航空自衛隊の活動が続くイラクでは、治安の改善が最優先課題です。ODAを始め、イラクに対する支援は決して惜しみません。国際社会が実施するイラク支援にも、積極的に関与していくことは当然の責務です。
アフガニスタンでは、治安改善の取組に併せ、経済社会の復興と、開発支援を進めなくてはなりません。この際不可欠なものは、非合法武装集団の解体です。アフガニスタンに平和を築くため、日本に何ができるか。NATOの友人たちも、真剣な視線を寄せています。我が国は、アフガニスタンに平和をもたらす努力をいささかも緩めようとは思いません。
また、同国とその周辺地域では、国際テロの脅威を除去、抑止する取組が続いています。テロ対策特別措置法に基づく海上自衛隊の支援活動を含め、協力を続けてまいります。
イランの核問題は、国際的な核不拡散体制を揺るがせ、中東全体の安定を損ないかねないものです。北朝鮮の核問題と並び、その深刻さは否定すべくもありません。安保理決議第1737号は、イランの核問題に対し、国際社会が一致して懸念を示したものです。
一方、我が国は、イスラエル、アラブの双方から信頼を集める数少ない国の一つです。その立場を活かし、イスラエルとパレスチナの共存共栄、和平実現のため、献身しなくてはなりません。わけても我が国が提案した「平和と繁栄の回廊」構想とは、域内の協力を通じ、ヨルダン渓谷の開発を図るアイデアです。本年は一歩でも、その実現に近づけていきます。この際、対話による和平を求めるアッバース・パレスチナ暫定自治政府大統領を、支援してまいることを申し添えます。
日本が必要とする原油のうち、7割以上は湾岸諸国に負っています。湾岸諸国の重要性は明らかで、本年は同諸国との関係を一層強め、FTAを早く結べるよう努力します。相互の投資が、とりわけエネルギー分野で伸びるよう、意を用いてもまいります。
アフリカは、依然、紛争や貧困、感染症など、問題を抱えた地域です。我が国は14年前、東京にアフリカ開発会議を招集し、TICADと呼んで継続的なプロセスとしました。自助自立の精神をいかに育んでいくか。アフリカの課題は、そこに核心があります。来年我が国は、4回目のTICADを催します。アフリカ問題の解決なくして、世界の安定と繁栄なし。TICADの、この基本精神へ立ち返り、成長を通じた貧困削減や平和の定着等に向けたアフリカ諸国自身の努力を、一層強く支えてまいります。
中南米では近年、開発を重視する政権の誕生が相次いでいます。その背景には、貧富の格差が埋まらない状況があります。我が国として重要な施策とは、中南米各国の社会経済が均衡ある発展を遂げるよう、必要な助言・協力を行うとともに、自由と民主主義が維持・強化されるべく、対話と協力を続けていくことです。
ここで、国際社会における「法の支配」の確立に向け期待される役割を果たすため、一つお願いがございます。国際刑事裁判所へ我が国として加盟するため、今国会で、関連条約の締結につき、御承認いただきたいと思います。また、紛争の平和的解決に向けた、各種国際裁判の活用に努めることを申し上げます。
地域紛争、テロや組織犯罪、大量破壊兵器の拡散、地球環境の破壊や感染症の脅威など、人類が直面する挑戦に、放置できる問題はありません。我が国は、これら難題に率先して取り組み、世界に範を垂れる国でありたいものです。
国連改革は、国際社会が挑戦に立ち向かうためにも、喫緊の課題です。安保理を始めとする国連の包括的改革が必要であり、これに取り組むことをお約束します。中でも安保理に関わり続ける重要さは、理事国として我が国が主導し、北朝鮮に関する決議を通した昨年の経験から、国民各位が改めて痛感されたことでしょう。安保理常任理事国入りを目指すため新たな提案を検討し、主要国を始め各国と緊密に協議していく所存です。
平和構築という仕事は、我が国国際協力の柱を成すものです。平和構築の現場で働く人材の育成事業を、対象を広くアジアからも求めつつ、来年度から始めます。
本年4月、核兵器不拡散条約の2010年運用検討会議に向けた第1回準備委員会が、我が国のウィーン代表部大使を議長として開かれます。
重責を担うべく、積極的に参加していくことは申すまでもありません。国際的な軍縮・不拡散体制の維持・強化に取り組むことは、我が国が唯一の被爆国として、長年自らに課した使命の一つです。本年も意欲において、いささかも衰えるところはありません。
それにつけても、今後我が国が担うべき国際平和協力とはいかなるものか、議論を大いに尽くし、必要な制度を持てるよう、検討してまいりたいと考えています。
続いて、経済、開発援助などにつき短く述べます。
貿易自由化を進め、多角的貿易体制を強めることは、我が国と世界経済の発展にとって重要です。WTOドーハ・ラウンド交渉の早期妥結へ向け、関係国とともに積極的に取り組みます。農業だけでなく鉱工業品の市場アクセスや、サービス分野も含め、バランスの取れた合意を目指します。
WTOと並び重要なEPA/FTAは、スピード感をもって交渉・締結し、各国との経済関係を更に強化する所存です。
知的財産権の保護・強化に向けた国際的な取組にも、引き続き注力いたします。
中・長期的視野に立った、安定的な資源エネルギー確保に努めるため、ロシア、アジア大洋州諸国、中央アジア・コーカサス諸国、中南米諸国、アフリカ諸国との関係強化を通じ、輸入国とエネルギー源双方の多様化を図ります。地球温暖化対策にも貢献すべく、バイオ燃料などの再生可能エネルギー、省エネ技術活用に向けて、関係国との協力を進めていかなくてはなりません。
ODAは、我が国外交の重要な手段であります。国際社会の一員としての責務を果たし、かつ、自らの繁栄を確保していくために、ODAを一層戦略的に実施します。「自由と繁栄の弧」形成のためにも、ODAを活用していきます。
「人間の安全保障」の理念に基づき、国際社会が挙げて取り組むミレニアム開発目標の達成、気候変動を含む環境、感染症対策、平和構築など、地球規模の課題を解くため、引き続きリーダーシップを発揮いたします。
また、相手国の貿易・投資環境の整備、法制度整備、民主化・市場経済化支援にODAを活用していきます。資源・エネルギー分野では、省エネ推進などをODAによって進めることも重要です。そしていわゆる新興援助国との対話・協力を、今後強めてまいります。
昨年、海外経済協力会議が発足いたしました。外務省の企画・立案機能を強化し、ODAを一層積極的に進めるため生まれた新体制の下、関係省庁、経済界、NGOと連携しつつ、効果的にオールジャパンの経済協力を進めてまいります。
そのうえで、ODA事業量の100億ドルの積み増し、また対アフリカODAの倍増など、対外公約を達成すべく努めてまいります。
昨年本演説で約束しましたとおり、わたくしは外務大臣として、我が外交の意欲と、時に夢を、明確な言葉に託して語るよう努めてきました。
「主張する外交」とは、空威張りをしようというのではありません。何より情報の収集と分析の、更なる強化が不可欠です。日本の主張に耳を傾けたいと相手に思わせることが重要です。ポップカルチャー、サブカルチャーを活用することがふさわしい場合には、大いにそうすべきでしょう。日本語を学びたいという人々の意欲に応えなくてはなりませんし、メディアの激しい進歩に、ついていかねばなりません。
昨年は与党をはじめ要路の皆さまから、外交力強化の必要について力強い御支持を賜りました。あらためて、心より感謝申し上げるとともに、任務の重さを受け止め、国民の期待に応えられるよう、努めてまいります。
我が外務省は、任務を担うにふさわしい組織を備え、人員を確保し得ているでありましょうか。足らざるを補うことは、焦眉の急であります。
同時に、国民の厳しい視線を前に、襟を正す姿勢を一瞬たりとも失ってはなりません。
演説を終えるに際して再び、わたくしはそのことを強調し、国民各位の御理解と御鞭撻を願うものであります。