寄稿・インタビュー
林外務大臣書面インタビュー(2023年1月10日付、ラ・ナシオン紙(アルゼンチン))
「林芳正:世界は歴史の岐路に立っている」

日本の林芳正外務大臣は、同国が「長きにわたり友好関係を維持している」ラ米地域の「戦略的パートナー」との二国間関係強化のため歴訪を開始した。アルゼンチン訪問前に行われたラ・ナシオン紙とのやり取りにおいて、同大臣は、増大しつつある国際秩序及び平和に対する挑戦、特に中国という脅威に対する懸念を表明し、日本の防衛分野における第二次世界大戦後最大の転換について説明するとともに、対アルゼンチン二国間関係に対する自身の期待について述べた。
(問)防衛手段の抜本的な強化を想定した日本の新たな安全保障戦略は、平和憲法を制定しつつも、ますます緊迫する地域の地政学的状況に直面する同国にとって歴史的な岐路を迎える。この劇的な外交政策の転換は、日本にとって何を意味するのか。
(答)今、国際社会は歴史の岐路に立っている。我々は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に置かれているが、その中で追求すべきは、領土一体性や平和的解決を定めた国連憲章を含む法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を維持・強化することだと確信している。
御承知のとおり、我が国は新たな「国家安全保障戦略」を策定した。本戦略では、我が国の安全保障に関わる総合的な国力の主な要素の第一の柱として、外交力を掲げている。我が国の長年にわたる国際社会の平和と安定、繁栄のための外交活動や経済活動の実績を糧に、大幅に強化される外交の実施体制の下、危機を未然に防ぎ、平和で安定した国際環境を能動的に創出するために力強い外交を展開していく。
具体的には、日米同盟の強化、「自由で開かれたインド太平洋」実現に向けた取組の更なる推進を含む国際社会の各国との連携、周辺国・地域との外交などの戦略的アプローチを着実に実施することによって、我が国を取り巻く安全保障環境の改善に取り組んでいく。
日本もアルゼンチンも、自国の平和と安全は自らの手で守らねばならない。その際、国際社会との共存共栄を目指すことが国益の観点からも重要であり、そのために外交力・防衛力を含む総合的な国力を最大限活用していく。
(問)中国の脅威は、第二次世界大戦以来最大の防衛力強化を承認する判断の決定的な要因であったか。日本にとっての最大の脅威は何か。ロシアの侵攻は台湾有事への道を開くことになると思うか。日本はこのような事態にどう備えるのか。
(答)現在の中国の対外的な姿勢や軍事動向等は、我が国と国際社会の深刻な懸念事項であり、我が国の平和と安全及び国際社会の平和と安定を確保し、法の支配に基づく国際秩序を強化する上で、これまでにない最大の戦略的な挑戦であると認識している。
同時に、日中両国は、地域と国際社会の平和と繁栄にとって共に重要な責任を有している。中国との間で、主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求めつつ、諸懸案も含め、対話をしっかりと重ね、共通の課題については協力する、という「建設的かつ安定的な関係」の構築を双方の努力で進めていくことが重要であると考える。
また、台湾海峡の平和と安定は、日本の安全保障はもとより、国際社会の安定にとっても重要。台湾をめぐる問題が、対話により平和的に解決されることを期待するというのが我が国の従来から一貫した立場である。
(問)近年、アルゼンチンと日本の二国間関係はどのように発展してきたか。今後、どのような関係を築いていきたいか。
(答)日本とアルゼンチンは、125年に亘る外交関係を有し、自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的な価値や原則を共有する「戦略的パートナー」。
アルゼンチンは南米の大国でG20のメンバー、かつ資源・食料等経済安全保障上の重要国であり、国際場裡で大きな貢献をしている。日本は、そうしたアルゼンチンとの間で、二国間及び国際場裡において更なる協力関係の強化を目指している。ここ10年間における頻繁な要人往来やG20等での交流を通じて、二国間関係は大きく進展してきた。今回の訪問では、カフィエロ外相との会談等を通じ、今後の更なる関係深化を確認したいと考えている。
経済関係では、日系企業が自動車、資源・エネルギー、デジタル等の分野で投資している。日系企業は、投資先の国とともに成長の果実を得ることを重視しており、雇用創出、技術革新などでアルゼンチンの経済・社会に貢献してきた。アルゼンチンのポテンシャルの高さに鑑み、今後も両国のビジネス上の連携が促進されるよう、貿易及び資本規制の見直しや、予見可能性を担保する法的安定性が確立され、日本企業が長期的投資を判断できる環境が醸成されていくことが肝要と思う。
アルゼンチン社会における日本の信頼は、日系社会が勝ち得た信頼の上に成り立っている。現在、約6万5千人といわれる日系社会は、日本とアルゼンチンとの「架け橋」であり、日本政府としては、日系社会を介した絆を大切にしたいと考える。
FIFAワールドカップ・カタール2022大会でのアルゼンチン代表の優勝は日本でも大いに盛り上がり、私もテレビ観戦したがドラマチックな決勝戦には感動した。日本代表の健闘もアルゼンチンの方々に高く評価されたと聞き嬉しく思う。今年はラグビーワールドカップ2023フランス大会の年であり、両国が対戦予定。2025年には関西・大阪万博が予定されているところ、アルゼンチンの魅力的な文化や産品は多くのファンがいるので、パビリオンは大いに人気を集めるものと期待する。
(問)欧米諸国と比較して、日本のウクライナへの軍事的な支援は控えめな印象を受けるが、それはなぜか。また、今後日本が対ウクライナ支援の方針を変更する予定はあるか。
(答)ロシアによるウクライナ侵略は、欧州のみならずアジアを含む国際秩序の根幹を揺るがす暴挙。ロシアによる侵略が長期化する中、一刻も早くロシアの侵略行為を止めるため、我が国としては厳しい対露制裁と強力なウクライナ支援を継続していく。制裁については、我が国は、これまで、G7を始めとする国際社会と緊密に連携し、個人・団体等に対する制裁、銀行の資産凍結等の金融分野での制裁、輸出入禁止措置などの厳しい措置を迅速に実施してきている。ウクライナ支援については、日本はこれまで、ウクライナ及びその周辺国等影響を受けた関係国に対し、人道、財政、食料関連の支援を表明し、順次実施してきている。電力不足への対応は目下最大の課題であり、越冬支援のため、発電機及びソーラー・ランタンの供与を進めている。また、12月、ウクライナ及び周辺国に対する約5億ドルの追加支援を決定した。
我が国の防衛装備の海外移転については、国連憲章を遵守するとの平和国家の基本理念と、これまでの平和国家としての歩みを堅持しつつ、我が国の防衛装備移転管理政策として、厳格かつ慎重な対処を行ってきたところである。そのような中、ロシアによる侵略を受けているウクライナを最大限支えるべく、我が国はこれまで防弾チョッキや防護衣・防護マスク、小型のドローン、民生車両等の装備品等をウクライナに支援してきている。ロシアによるウクライナ侵略は遠い欧州の出来事ではなく、ウクライナは明日の東アジアかもしれないとの危機感を持っている。防衛分野での支援については、日本として適切な形でG7と連携して今後も可能な限りの対ウクライナ支援を行っていく。
なお、先月我が国は新たな「国家安全保障戦略」を策定し、力による一方的な現状変更の抑止や、武力の行使又は威嚇を受けている国への支援等のための重要な政策手段として、防衛装備移転の推進を掲げ、防衛装備移転三原則や運用指針を始めとする制度の見直しについて検討する旨決定した。我が国としては、この新たな戦略に基づき、普遍的価値に基づく政策を掲げ、国際秩序の強化に向けた取組を確固たる覚悟を持って主導していく考え。