寄稿・インタビュー
菅総理大臣インタビュー(2021年4月18日付、ニューズウィーク誌(米国))
中国との緊張が高まる中、日本の菅義偉はジョー・バイデンにとっての新たな「筆頭同盟者」
ジョー・バイデン大統領との初の対面の会談の翌日早朝、日本の菅義偉総理は数人の部下及びカメラマンを伴い、彼のワシントンDCへのあわただしい訪問を吟味し、そしておそらく日本の一般国民に日米同盟の戦略的重要性が回復したことを再認識させるために、ナショナル・モール及びリンカーン記念堂へ散策に出かけた。
冷戦期、米ソの数十年にわたる対立の中で、日本の元総理は、日本を敵の沖合に戦略的に位置する太平洋の 「浮沈空母」 と誇らしげに述べた。旧敵国間の第二次世界大戦後の同盟関係を東アジアにおける米国の安全保障の基盤としたのは、ソ連の拡張主義の脅威であった。ソ連崩壊後、かかる脅威がなくなり、同盟は沈没した。しばらくの間、経済的な対立が戦略的協力に取って代わり、バラク・オバマの下で中国政府を引き付けることに注力する米国を日本は不機嫌に眺めていた。
この状況は、過去4年間でがらりと変わった。ドナルド・トランプの下で、米国の外交政策当局の中国の見方は劇的に変わった。中国政府は現在、米国及び東アジアの同盟国の完全な敵とは言わないまでも、戦略的敵対国と見なされている。これは日本が大きく復活したことを意味する。「日米関係は、米国にとって最も重要な同盟である。」と元国家安全保障問題担当大統領補佐官のH.R.マクマスターはニューズウィークに語った。東アジアで台頭する中国に対抗するには、日本が欠かせない。「名指しされることがほぼなくとも」と、ワシントンのシンクタンク、ハドソン研究所のアジア太平洋安全保障チェアを務めるパトリック・クローニンは言う。「中国は、あらゆる問題に関する同盟政策が転換する、紛れもない要因である」。
この事実は、日本の菅義偉総理が4月16日にワシントンに到着したことで明らかになった。外国首脳としては初めてホワイトハウスでジョー・バイデン大統領と会談した。同氏とバイデン氏は3時間近く会談し、中国の課題について、必ずしも専らという訳ではないが、重点的に焦点を当てた。
何十年もの間、米英は、米国とカナダ、オーストラリア、メキシコとの関係よりも「特別な関係」を共有しているというのが外交上の通念だった。中国を封じ込め、競争するという共通の利益によって推進された日米同盟の再活性化は、米英だけが米国の特別な関係ではなくなっていることを意味する。菅総理は会談翌日のニューズウィークとの単独インタビューで、「特別な関係」という表現は避けたものの(おそらく英国のボリス・ジョンソン首相の領分を侵したくないのだろう)、「バイデン大統領や米政府が日本を重視していることの表れだ。」と会談の意味を率直に認めた。
菅総理は現在、その関係の在り方を明確にする任務を負っている。第二次世界大戦終結以来、米国とその同盟国によって策定・維持されてきた確立された国際的なルールが中国によって明白に軽視され、その度合いが高まっていることへの懸念が同盟国の間で高まっている中で、菅総理は安倍晋三総理の後を継いだ。インタビューで菅総理は2度にわたり、東アジアの緊迫の増す安全保障環境を「厳しい」と表現した。
政治家の家系から出た日本の多くの有力政治家とは異なり、菅氏は慎ましい育ちだった。彼は日本北部のイチゴ農家に生まれた。菅総理は、バイデン氏との初の対面の会談で、二人は比較的地味な経歴を持ち、「たたき上げで政治家になりそれぞれの国のリーダーになった」という事実で結ばれた、と述べた。菅氏は1987年に横浜市議会議員に初当選、1996年に国会議員に初当選した。安倍前総理と親しくなり、総理に選出された安倍氏によって官房長官に任命された。菅氏は歴代最長の8年間にわたって官房長官を務め、昨年9月に安倍氏の後を継いだ。
21世紀に向けた日米同盟の再構築は容易ではない。ソ連との対決は、日本をはじめとする米国や同盟国に中国が突きつける課題に比べれば、子どもの遊びだった。中国はモスクワがかつて持っていた軍事力を有するに至っていないが、その巨大な経済的影響力は西側が考え得るあらゆる封じ込め戦略を複雑にし、中国にソ連が持ち得なかった巨大な戦略カードを与える。日米両国は経済的に中国と競争し、両国が「インド太平洋」と呼ぶ地域において軍事的に抑止し、中国の甚だしい人権侵害にどう立ち向かうかを見出さねばならない。
いずれも簡単なことではない。現在の日本にとって中国は、2017年に米国を抜いて以降最大の貿易相手国であり、日本経済は米国経済よりもはるかに中国経済との結びつきが強い。日本の2020年の対中輸出総額は1412億ドルで、輸出総額の22%を占めている。米国は1240億ドルを中国に輸出したが、これは米国の輸出額のわずか7%に過ぎない。2019年の日本の対中直接投資は144億ドルであるのに対し、米国の対中直接投資は75億ドルに留まる。安倍氏は、首相時代にサプライチェーンを中国から撤退させるための資金を日本企業に提供し始めたが、この計画はこれまでのところ、あまり成功していない。日本は昨年、わずか87社を対象に5億ドル強の補助金を予算計上したが、これは日本企業が中国で大きな存在感を示していることを考えると、比較的少ない数字だ。
しかし、これはバイデン氏と菅氏がともに取り組むと約束した課題だ。日本の国会議員で総理補佐官を務める阿達雅志氏によると、コロナ感染症の拡大を受けて、日米両国は「サプライチェーンの強靱性」の重要性を認識するようになったという。(言い換えれば、パンデミック下のマスクであれ、多くのハイテク製品の製造に必要なレアメタルであれ、きわめて重要な製品の生産を一か国が独占しないようにすることだ。)「半導体や5 G (通信網) などのサプライチェーン問題で協力することを約束した」と阿達氏はニューズウィークに語った。これは、中国に拠点を置く半導体工場への依存度を低下させる方法として、地域における代替拠点を見つけるための行動規範だ。
「もし何か自然災害や何か予期せぬ出来事が起きたら、われわれは深刻な問題を抱えることになる。実際、(この1年、コロナ感染の拡大によって)そのようなことが起きた。その意味で、「中国が問題だ」と言っている訳ではなく、円滑なグローバルサプライチェーンのために最適なポートフォリオは何かを考えなければならない。」と阿達氏は言う。
太平洋の両岸の批判者は、サプライチェーンの回復力は、中国政府と経済的に競争するためのより広範な戦略(東京にいる多くの者はワシントンにそれが欠けていると信じている)の一部にすぎないと考えている。米国と主要同盟国との共通戦略は、トランプ大統領が米国をTPPから脱退させて以来、行き詰まっていると多くの人が考えている。TPPについては、ヒラリー・クリントン氏でさえ、2016年の大統領選で勝利していたら実施しなかっただろうと発言している。マクマスター元国家安全保障問題担当大統領補佐官が最近の記者会見で述べたように、TPPはワシントンでは死文で、復活しないだろう。しかし、バイデン大統領が、この地域で拡大し続ける中国の経済的地位に対抗する手段として、何かに取って代わるものがあるとすれば、それについて確固たる考えを持っているかどうかは、まったく明らかではない。
一方、日本政府は、米国を含まない形のTPPを強く進めている。専門家は、中国政府がこの協定に関し、中国政府の希望に沿った形に変え、中国の地域経済の主導権を弱めるという目的を打ち破るため、協定に加わることを強く要求していると推測している。
日米の経済的利益を中国から切り離すことは難しい。日米の企業が中国に進出したのは、巨大な市場に対応するため、あるいは安価な輸出プラットフォームとして利用するため、あるいはその両方のためである。ゼネラルモーターズは、トヨタやBMWがそうしないことを知っているため、中国との「デカップリング」など考えていないだろう。阿達補佐官が言うように、日米両国の焦点は、軍事転用が可能であり、重要性が増すばかりの人工知能や量子コンピューティングをはじめとする選択性の高い主要産業におけるサプライチェーンの回復力を確保することにある。
今回の菅・バイデン首脳会談は、太平洋の両岸に緊張感が漂う中で行われた。その懸念とは、3月13日に発表されたアントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官及び彼らのカウンターパートによる共同声明に記されている、中国による「東アジアにおける威圧や安定を損なう行動」のことだ。具体的には、日本の尖閣諸島周辺への侵入、台湾への脅威、香港や中国のイスラム教徒が大部分を占める新疆ウイグル自治区での人権侵害などが中心だ。「日本を取り巻く安全保障環境は厳しさを増している」と、菅総理は本誌取材に対して認めた。
このような背景のもと、今回の首脳会談では、日米間の安全保障に関する標準的な約束事が確認された。本誌のインタビューで菅総理は、安倍前総理が提唱し、トランプ政権によって全面的に採用され、現在はバイデン政権に引き継がれている「自由で開かれたインド太平洋」への決意を繰り返し述べた。米国は、中国が領有権を主張している東シナ海の島々である尖閣諸島に具体的に言及し、日本が攻撃された場合には米国が防衛義務を果たすという条約上のコミットメントを再確認した。尖閣諸島を奪還するために武力を行使することなど考えるなという北京へのメッセージだ。
安倍総理の下、日本は9年連続で防衛費を着実に増やしてきた。アメリカの政府関係者はそれを評価しているが、更なる増額を望んでいる。具体的には、トランプ・バイデン両大統領下の国防総省は、日本は中国と北朝鮮という明確な2つの脅威から身を守ることだけでなく、防衛アナリストが「A2/AD(Anti Access/Area Denial)戦略」と呼ぶものへ参画を増やすことを望んでいる。即ち、アメリカと協力し、東シナ海及び南シナ海に浮かぶ紛争中の島々を、中国軍を攻撃できる陸上ミサイルの配置を含むさまざまな手段で防衛するということだ。本件に深く関わる国防省幹部は「我々と我々の同盟国が、様々な島々を守るために中国軍を攻撃できるミサイルをこの地域に設置すればするほど、我々の抑止力は大きくなる。この点は、両国が明らかに協力できる点であろう。」と本誌に語った。
この地域の最大の火種は、もちろん台湾だ。専門家は、3月に発表された日米両国からの声明の中、一見何の変哲もない一行で、「閣僚は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調した」と、特に台湾について言及されていたと述べている。そして、北京が反逆の地域とみなしている台湾に言及したことが中国を怒らせた。16日の会談では、バイデン大統領と菅総理は台湾についてあまり詳しくは語らなかった。しかし、米国の現役および元国防関係者や外交官たちは、中国が台湾に対抗する動きを見せた場合、米国とその同盟国がどのように対応するかについて、日本をもっと話題にする必要があると考えている。
問題は、日本はまだその準備ができていないかもしれないということだ。慶応義塾大学の中山俊弘教授(米国政治・外交政策)は、「正直なところ、台湾有事の際に積極的な役割を果たせる同盟国は日本だけだ」と述べる。しかし、菅総理と現在の東京の政治的リーダー層にとっての問題は単純明快だ。中山教授は「本当に積極的な役割を果たしていいのか」と問い、「日本ではまだそのような話はしていない。日本ではまだあまり語られていないことなので、政治家が主導する必要がある」と語る。
しかし、この話は、第二次世界大戦後、ダグラス・マッカーサー元帥の占領下で作成された、いわゆる「平和憲法」によって制約されている。この憲法は、日本が自国防衛以外に軍事的に行動することを事実上制限している。本誌の取材に応じた菅総理は、憲法を改正して日本が地域でより強固な防衛の役割を果たせるようにすることが自民党の立場であると述べた。しかし、そのためには大変な努力が必要であり、「状況が非常に厳しいことを認めざるを得ない」とも述べている。
日本の外交的ルネッサンスは、21世紀の地政学的な中心課題である中国への対処法において、米国の第一の同盟国としての地位を確立しているが、それにはリスクが伴うと分析されている。台湾における偶発的な衝突の可能性は、そのリスクを象徴している。中山教授は、「実際に衝突が起きて、日本が積極的な役割を果たそうとしなければ、同盟の危機的状況になるかもしれない」と述べる。
菅総理は、米国及びその民主的な同盟国の基本原則に対する日本のコミットメントを公言することに躊躇しないことを示唆した。日本と中国との密接な経済関係を考慮すると、菅総理の発言は驚くほど力強いものであった。中国が新疆ウイグル自治区で 「ジェノサイド」を犯したとする米国政府の見解を支持するかどうかを尋ねられ、菅総理は「日本政府は、民主主義の自由、人権、法の支配などの基本的で普遍的な価値を支持することを強い方針としており、中国であってもこれらの価値を支持すべきだと考えている」と答えた。控えめに言っても、この発言は中国政府から好意的に捉えられることはないだろう。しかし、バイデン政権としては、このようなメッセージは歓迎すべきことであり、必要に応じて中国政府に対してより公然と異議を唱えられるように、志を同じくする国々の背筋を伸ばすことにつながる。
しかし、日本の一部の議員が人権問題を理由に中国の習近平国家主席との会談を控えるよう圧力をかけてきても、菅総理はそれに屈しそうにない。昨年予定されていた中国国家主席の東京訪問がCOVID-19の問題で実現しないことに言及しながらも、安定した中国との関係は「非常に重要」であり、ハイレベルなコンタクトを活用することがその安定性を維持する鍵になると菅総理は述べた。
菅総理は、国内では他にも切実な問題を抱えている。COVID-19のパンデミックが経済を圧迫し続けており、最近の感染者の増加により、今夏のオリンピック開催が再び危ぶまれているのだ。インタビューの中で、彼はその懸念を否定した。オリンピックを開催するかどうかを最終的に決定する日はあるのかという質問に対して、「開催されることは既に決まっている」と答えた。
土曜日の午後、ワシントンを出発した菅総理は、日米同盟が21世紀の「特別な関係」になったと言うのはためらわれるかもしれないが、街中でも世界中でも多くの人々がそう信じていることを知った。確かにそれは誇りにできるものだろう。しかし、それには責任が伴い、それは今、横浜の市議会議員から始まり、今ではジョー・バイデン大統領の筆頭同盟者である72歳の小柄な彼の肩にかかっている。