寄稿・インタビュー

「タス通信」(ロシア)による安倍総理大臣インタビュー

(2016年12月18日付)

「安倍晋三(総理): プーチン大統領との会談は平和条約に向けた大きな一歩」

平成28年12月20日

(問)お時間を割いていただき感謝。特に本日は休日であり,感謝は二重,三重である。さて,昨日までプーチン・ロシア大統領が訪日し,総理の地元である山口及び東京で首脳会談が行われた。今回の首脳会談の成果をどう評価されているか。プーチン大統領とはこれまで何度も会われているが,個人対個人のケミストリーをどう評価されているか。

(安倍総理大臣)プーチン大統領とケミストリーが合うか合わないかについて言えば,ケミストリーが合わなければ16回も首脳会談を行えないし,今年1年間だけで4回も首脳会談を行うことはできなかったし,平和条約締結に向けて議論を進めることができなかったと思う。だからこそ2日間で6時間半の会談を行い,私の地元である山口県長門市では5時間,夜の11時まで会談を行った。そして二人だけで95分間会談を行った。その結果,平和条約問題を解決するとの両首脳の真摯な決意を示すことができた。
 約70年間解決できなかった平和条約の締結は両国関係の大きな飛躍をもたらすもの。この条約の締結に向けて重要な大きな一歩を踏み出すことができたと評価している。
 また,今回は元島民の方々から託された手紙をプーチン大統領にお渡しし,プーチン大統領には誠実にその手紙を読んでいただいた。そして今回,プーチン大統領との間で,元島民が自由に墓参りをし,ふるさとを訪れたいとの切実な要望を叶えるため,人道上の立場に立脚してあり得べき案を迅速に検討することで一致できたことも,大きな成果だと考えている。

(問)日本とロシアの関係であるが,歴史的に長い関係があり,中身も大変充実している。昨年は1855年の日魯通好条約の署名から160周年であり,また今年は国交を正常化した1956年の日ソ共同宣言から60周年を迎えた。こうした歴史的経緯から見て,ロシアと日本の現状と未来について,総理の考えをうかがいたい。
 また,本年5月のソチ訪問の際に,総理はプーチン大統領に対して,露日関係発展に関する8項目プランを提案された。その内容は,ビジネスから人的・文化交流に至るまで大変内容の充実したものであったわけだが,こうした点も含め,プーチン大統領と共通した見解という点も含め,総理の考えをうかがいたい。

(安倍総理大臣)(日露関係の)現状と未来をどのように考えるかとの質問であった。その点はまさに,二国間関係を,平和条約を締結して,発展させていく上で大変重要なポイントだと考える。過去にのみ焦点を当てて議論をするのではなく,未来を見つめて日本とロシアが協力していけばどのような未来が切り開かれるのか。四島においても,どのような未来がこの四島にはあるのか。そしてそれをいかにロシア人と日本人にとってよりよい未来にしていくためには何をすべきかという点について考え,それを考えることから解決策を見出していくことが「新しいアプローチ」である。今回,四島における共同経済活動について合意できたことは大きな成果だと考える。この共同経済活動は,日露両国の平和条約問題に関する立場を害さないという共通認識の下に進められるものであり,この「特別な制度」は,日露両国間のみに創設されるもの。そのことによって日露が協力していく。そして様々な成果を出していく姿を,四島にいるロシア島民,また日本人もそれを実感するということによって,日露が協力していくこと,またこの平和条約の問題を解決していくことの意義を理解することに繋がっていくと考える。そして,私は,日本とロシアは最も可能性を秘めた二国間関係であり,無限の可能性があるといってもいいと思う。私はプーチン大統領と力をあわせて,この無限の可能性を開花させていかなければいかないと思う。であるからこそ,この「特別な制度」の下の四島における共同経済活動は,平和条約の解決に向けた重要な一歩であると思う。
 私が提案した8項目の「協力プラン」は,今まさに最も可能性を秘めた二国間の潜在力を開花させるための具体的なプランである。これは,経済・ビジネスだけではなく,医療,あるいは生活環境といった,ロシア国民の毎日の生活に直結するプラスをもたらすものであり,さらには,地域,スポーツ,若者の交流を目指している。8項目の「協力プラン」の狙いのひとつは,できる限り多くの日露両国の国民が直接の触れ合いを可能とすること。これにより,両国国民が日露関係の発展メリットを実感できると考える。 9月の東方経済フォーラムで約束したとおり,来年のウラジオストックにおける東方経済フォーラムにも出席する予定。その際にも8項目の「協力プラン」の更なる進捗を確認し,日露関係の持つ可能性を大きく開花させていきたい。
 今まで日露間は,日本としては四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結したいと考えてきた。その中で,経済分野における協力を先行してしまえば,経済分野における協力だけが進み,ロシア側は平和条約の問題について交渉に協力しないのではないかという思いをずっと持ってきた。また,ロシア側も,日本側はこの平和条約の締結だけを目的にしていて,経済協力を行うことによって発展させていこうということは考えていないのではという猜疑心を持っていた。両国側がそれぞれ猜疑心の砦に立てこもることにより,我々は平和条約にたどりつくことは70年間できなかった。私とプーチン大統領は,この猜疑心の砦から出て,そのような考え方は捨てて,私たち二人の信頼関係の下に両国が協力していくことによって,どのような素晴らしい関係になっていくか,両国の国民の生活もどのようによくなっていくか,富を生み出していくかを示すことによって,信頼を醸成しよう,そのような新しいアプローチをとるという決断を具体化したものが,今回の8項目の提案でもある。

(問)アジア太平洋地域は広大な大地に恵まれて,経済成長する一方で様々な状況が厳しさを増している,特に安全保障環境について厳しさを増していると思う。日本に関しては北朝鮮の隣国でもあり,北朝鮮の軍事的な動きは日本にとって大きな懸念材料になると理解している。北朝鮮問題も含めたこの地域全体について,そして,総理はロシアにどのようなことを期待されているか。

(安倍総理大臣)確かにアジア太平洋地域の安全保障環境は厳しさを増している。ご質問にあったような北朝鮮の最近の行動はアジア太平洋地域の平和と安全において大きな懸念である。このアジア太平洋地域において,日本とロシアが安全保障上も協力をできるようなパートナーとなれば,間違いなく,地域はより一層安定し平和も確かなものになると思う。 このような観点から,日露間においては日本の国家安全保障局,そしてロシアの安全保障会議の間を始め,様々な対話が行われている。
 先般プーチン大統領とも話したが,より一層緊密な意思疎通を図っていきたい。例えば,北朝鮮が弾道ミサイルの発射あるいは核実験など挑発的な行動を続けているが,国連安保理において国連安保理決議第2321号の採択に際して安保理理事国としてロシアと緊密に連携をし,成果をあげることができたと思う。この国連決議第2321号を含め,累次の安保理決議を北朝鮮がしっかり履行していくよう,今後もさらに日露が協力していかなければならないと思っている。また,ロシアが建設的な役割を果たしていくことを期待している。また,日本と北朝鮮の間には拉致問題がある。拉致問題の解決は安倍政権の最重要課題であり,ロシアの協力も必要としており,そのことはプーチン大統領にも提起した。ロシアの理解と協力を期待している。

(問)さて,昨日,日露共同記者会見が行われたが,その場においてプーチン大統領が,総理の地元の山口でおもてなしを頂いたことについて感謝の気持ちを表明し,とても温かいもてなしであったと共同記者会見で話された。
 そこで,山口でどのような形で,二人で時間を過ごしたのかということについて少し秘密の帳を開けて頂きたい。一緒に過ごされた時間も長かったし,そして1対1でお話しをされた時間も長かったが,そもそもなぜ今回の大統領訪日を総理の地元の山口からはじめようと,そのアイデアが生まれたのかということもお話し頂きたい。

(安倍総理大臣)私のふるさとにお招きすると言うことは,私の長年住み慣れた家にお招きをするということと同じである。
 長年その人が住んでいる家に行くと,その人の人となりの一部が理解できるものである。私がどのような人間であるかを理解して頂く上で,私のふるさとを見て頂くということは,そして私のふるさとで話をするということは,今後,二人の関係をさらに深めていく上においても大切なことだと思う。

(問)実際に大統領はそれを感じたという風にお考えか。

(安倍総理大臣)プーチン大統領は,お目にかかった時,一番最初に,ふるさとに招いてくれてありがとうと述べていた。また,君のふるさとにこうして伺うことができて本当に嬉しく思う,ふるさとはその人にとって大切な場所であり,そこに招待頂いたことに感謝するとも言って頂いた。
 地元の皆さんもプーチン大統領の訪問を大変喜び,そして大変な歓迎で迎えた。その中で大変良い雰囲気の中で会談を行うことができたと思っている。
 あまり12月には私の地元では雪は降らないのだが,珍しく大雪が降った。プーチン大統領は,この雪の景色は本当に美しかった,童話の世界のようだと言って私に話して頂いた。「ロシアから来られたので雪は珍しくないのではないですか」と言ったら,ロシアの雪景色とは違う雪景色を見ることができて良かったと言っていた。

(問)それでは今度総理がロシアを訪問されるときは,ロシアで桜が咲くということにつながるように頑張らなければならない。

(安倍総理大臣)大変私も地元に帰るとリラックスできるから,私がリラックスしていることでプーチン大統領にもリラックス頂いたのではないかと思うし,おいしいお酒や食事も堪能して頂けたと思う。

(問)プーチン大統領が訪問したということで,今後,総理の地元にはロシアの観光客が大変たくさんの人数が押し寄せてくると思う。
 総理は代々政治家を務めておられる家の出でいらっしゃるが,おじいさまは総理大臣を務められて,お父上は外務大臣となって日本とロシアとの関係の改善に大きく貢献された方である。そして総理ご自身は総理になられて2回目の政治家でいらっしゃる。
 おじいさまとお父上から政治家としての遺訓ということから何を具体的に大切にされて実行に移されようとしているのか。そしてお父上が今日もしご存命でいらっしゃればどのような形で日露の関係,そしてご子息である総理の働きぶりを評価されたか。政治家として父親としてどのような忠告あるいは意見を総理にお話しされたと思うか。

(安倍総理大臣)祖父からはやるべきことは正しいと思った政策については,考え抜いた上にたどり着いた結論であるならば,断固として行わなければならない,時には命懸けで行わなければいけないという政治家の姿勢を教わった。
 また父からは,物事を解決する上において誠実に向き合わなければいけない,相手と交渉する際にも誠実に向き合っていく覚悟と精神が必要だということを教わった。
 実は私の父はかつて毎日新聞の記者であったが,1956年の日ソ共同宣言を当時の毎日新聞の安倍晋太郎記者が抜いた,毎日新聞が1面トップ記事を書いたというのが,私の父の新聞記者としての最大の勲章であった。
 それ以来私の父にとっては,日ソの平和条約締結がライフワークであった。そして晩年1990年に病を押してソビエトを訪問し,そしてソビエト側の大統領から英知を持って解決するという言質を引き出すことができた。
 そして当時のゴルバチョフ大統領に翌年の桜の咲く頃ぜひ日本を訪れて頂きたいと伝え,4月に大統領が来日したのであるが,実はもう父は相当病気が悪化して入院をしていたのであるが,自分がお願いをしたことは誠意をもって,その約束を果たした人に対して対応しなければいけないとして,病を押して病院から一時退院をして会いに行った。
 その場に私もいたが,ちょうどその一カ月後に父は他界した。まさに命を削っても日ソのこの課題を解決させたいという執念を見ることができた。その時私も政治の道に進もう,父の志を受け継ごうという決意をした。
 この父が眠る長門の地にプーチン大統領をお迎えできたのは私の喜びとするところである。

(問)総理と前回お会いしたのは3年前だが,以前よりもっと若くはつらつとしていらっしゃる。ゴルフがお好きでアーチェリーもやっていらっしゃるということを存じ上げていて,フェイスブックをますます活発に利用されていると聞いている。自由時間を見つけることは大変難しいと思うが,自由時間を含めてどのような形でスポーツマンとも言えるような元気を維持しているのか秘訣を教えて欲しい。

(安倍総理大臣)ゴルフはスポーツとしても,また,自然に触れあうこともできるので,私にとっては大切な趣味であるし,たまにジムに行って汗を流している。それから,読書をしたり,あるいは映画を観たりして,気分転換をしている。政治家にとって気分転換を図ることは大変重要なことだと考える。

(問)総理の地元でも雪が降って,ロシアでももちろん,かなり前から雪が降っており,もうすぐ新年となるが,ロシアの国民に来年の2017年にどのようなことを願うか,メッセージをいただけるでしょうか。

(安倍総理大臣)来年,日ロ関係が今回の長門での会談を契機として,更に発展していく一年にしたい,2017年は,2016年に我々が努力したことが少しでも花開いていく一年にしたいと思う。


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