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第5章 提 言

 

 以下では、援助の実施体制、および今後の援助の方向性に関する提言を行い、そのあとで、各分野で行われた提言を再度とりまとめた。

援助の実施体制に関する提言

 ベトナムでは、過去数年援助協調に関する動きが盛んである。多くの分野(運輸、保健医療、初等教育など約30の分野)で、政府側のオーナーシップにより、ドナー・国民との協議を通じて、セクターごとの開発戦略・政策を策定し協調して実施する援助協調の動きとともに、欧州6カ国(英、オランダ、スウェーデン、ノルウェイ、フィンランド、スイス)主導による援助手続調和化に関する議論が活発化しているが、現地でのこうした会合で重要な意思決定がなされることが急速に増えている。これに対して、大使館、JICA、JBICの現地事務所も積極的に対応しているが、分野の数が多いため苦労しているのが実状である。ベトナムは、援助協調のモデル国とみなされ、この流れとの関連でイギリス、北欧諸国等が援助協調という新たなアプローチを主流として定着させようとする試みが盛んであり、日本としてもこうした協調に、より積極的に対応することが必要である。
 具体的には、ドナーとベトナム政府間の開発政策、計画、戦略策定の議論に積極的に参加し、日本が重点を置くセクターやテーマでは積極的にドナー・政府間協議をリードする役割を担うべきである。(なお、これは「要請主義」からの転換ではなく、要請のもととなる政策、計画、戦略をより合理的、効果的なものにするための協力であると認識されるべきである。)
 一方、ベトナムは、インフラ整備を始めとしたばく大な援助需要があり、日本は個別の援助案件についても、従来どおり継続的に援助を行なうべきである(「顔の見える援助」の継続・拡充)。
 上記の「ドナー協調プラス個別案件支援」を効率的に実施するために、外務省本省から大使館へ、JICA本部からJICA現地事務所へ、JBIC本部からJBIC現地事務所への、より一層の権限の委譲を行なうことを提案する。その際、各国における援助協調の場での状況等を十分考慮したものとすべきである。さらに、各分野のドナー会合等の議論が専門化している現状を踏まえ、こうした議論に十分対応し、また、他の援助機関との協議を緊密にこなすため、各現地事務所の人員の強化も必要である。(いわば「フロント・ラインの強化」)
 上記の「援助協調プラス個別案件支援」を効率的に実施するために、具体的には、2000年度に策定・公表された「対ベトナム国別援助計画」に基づく各年度の具体的な援助方針の作成は、現地大使館が行なうことを提案する。また、5年後に予想される国別援助計画の見直しも、JICA国別実施方針およびJBIC国別事業実施計画との整合性の確保およびそれらへの反映といったプロセスを経ながら、現地のJICA・JBIC事務所の協力を得て大使館が主導して行なうことを提案する21。さらに、現地で、援助国の代表者が一堂に会して議論し、その場である程度の意思決定がなされることが増えており、日本もこうした現地会合の場で意思決定ができるような権限の委譲も必要である。
 一方で、日本の援助全体に関わる政策の変更については、外務省本省で決定した後、各大使館へ明確に通知されていないように見受けられる。政策や統一方針の決定と現場への通知によって、これを通じて、日本が援助を供与している途上国全体での統一的な援助目的及び援助政策の実現を確保する22
 円借款案件の実施面において、日本による援助実施の決定後、ベトナム側による事業の実施に遅れが見られた場合があることを指摘せねばならない。特に、多額の資金を供与する道路案件や発電所案件などでこの傾向が見られた。すみやかな実施をベトナム政府側に求めていかねばならない。

今後の援助の方向性に関する提言

 今後の対ベトナム援助の重点課題としては、まず以下の3点があげられる。
(1)順調に進む市場経済化に対応した官民両面における人材育成
(2)AFTAやWTOへの加盟など国際経済への統合に対応するための法制度などの制度構築
(3)工業生産の増加を下支えするインフラ整備需要への戦略的な対応
 また、今後10年間で、第二次産業(工業)の成長を促進し、同分野が労働人口を吸収していくとともに、第一次産業の人口比率を大幅に下げるという構造転換を実現しようとしている。この構造転換に付随して、長期的に以下の新しい援助需要が発生していくと予想される。
(4)工業生産で伸びる都市部と、農業に依存する地方の所得格差是正のための農業・農村開発をどう行なっていくか。
 さらに、今はまだ発生していないが、都市部のスラム化をどう避けていくかも将来的な課題となる可能性がある。
 ベトナム経済は急速に変化し発展しており、上記の需要への対応はベトナム経済の持続的な発展のために不可避である。またこれらの需要の所在はかなり明確に認識されているが、その需要ひとつひとつが巨大であると言える。この状況のなか、ベトナム側が見積もったニーズに基づく援助要請に応えていくだけでは十分とは言えない。今後は、ベトナム経済がどのような方向へ進み、付随する援助需要はどのようなものとなるのかを先回りして予測し、先んじて準備していくことが重要であり、そのための開発調査を実施することも検討に値する。その一方で、将来の援助需要を予測するだけではなく、ベトナムに対する日本の開発援助はこうあるべき、という日本の主体的な援助戦略の策定も同様に重要である。
 なお、「ベトナム国別援助計画」の見直しの際には、上記の重点分野を踏まえ、優先すべき分野をより明確にすることが望まれる。

人造り・制度作りの援助に関する提言

 市場経済化が順調に進むベトナム経済は、AFTAやWTOへの加盟など国際経済への参加スケジュールを明確に認識する段階に入っている。これを背景として、今後も、市場経済化に対応するための政策や法体系の整備と、そのための人材育成が引き続き重要である。具体的分野としては、従来どおりではあるが、行政、法制度整備、企業経営・貿易、機械工業・情報技術などがあげられる。

インフラ整備の援助に関する提言

 ベトナム側の2001年からの第7次5カ年計画においても、引き続き電力、運輸を中心としたインフラ整備がトップ・プライオリティの目標として掲げられている点からも、引き続き電力、運輸インフラに対する援助を行っていくのが適切であると考えられる。また、通信分野についても通信技術が急速に発展する中で、経済・社会開発にとって重要なインフラの1つとなっており、今後この分野での援助を拡大することも検討が必要である。
 ただし、電力と通信については、今後進展する民営化との調整を図りつつ援助を実施していかねばならない。

農業分野への援助に関する提言

 ベトナムの農業開発が進展することによって日本への輸出が増えることによる、日本農業への悪影響(いわゆる「ブーメラン効果」)が最近懸念されている。この懸念を払拭するため、日本の農業分野との住み分けやベトナム国内市場向けの農業生産の増加支援など、ベトナムの農業分野と日本の農業分野のあるべき関係や姿をまず早急に検討した上で、日本の具体的な援助項目が検討されるべきである。
 農業分野に対する今後の日本の援助の具体的な対象分野は、引き続き以下のように考えられる。(a) 自然環境の保全、貧困撲滅、持続的成長、雇用創出、農業多角化の方向と整合性をとった農業・農村開発の調査・計画・実施への支援。(b) 畜産、野菜栽培・衛生への支援(所得向上に伴ってベトナム国内の消費パターンが穀物から畜産物、野菜、果物などへのシフトすることへの対応)。(c) メコン・デルタ地域の酸性硫酸塩土壌の改善につながる調査、パイロット・プロジェクト。(d) 農業大学、農業関連の研究機関の調査研究と教育の強化を目的とする技術協力(作物栽培、畜産、土壌改善や水利など、農業技術に関するものの他に、農産物の市場や農家経済など、経営・経済の側面も対象にする)。(e) 灌漑・排水の強化を目的とする技術・資金協力。

教育分野への援助に関する提言

 今後の日本の教育支援の重点分野としては、(1)地域的には少数民族が住む山岳部、(2)分野としては、今後需要が増すと予想される小学校より上位の中等教育や高等教育23、(3)市場経済化の進展に伴って今後深刻化する可能性がある都市中心部でのストリート・チルドレンの増加に対応した彼・彼女たちに資する教育施設の強化、の3点があげられる。
 さらに、ベトナム政府が作成した第7次5カ年計画(2001 - 2005)で掲げれた教育分野の7つの重点項目のうち、まだ各国の援助が本格化していない項目である、(1)既存の大学と同じ水準の地方大学の整備、(2)ハイテク産業に質の高い労働力を供給するための教育の実施、(3)全国的な職業訓練校の早急な展開、にどう取り組んでいくかが今後の日本の援助の課題である。
 日本の援助によって実施された小学校建設が、中学生の授業時間の増加に貢献していたという事例が見られたことから、日本が採ってきた「要請主義」(被援助国政府からの自主的な要請に基づいて援助案件を決定する)を大切にしつつも、その一方で、援助実施前に相手国政府と十分に協議し、場合によっては日本側の判断で追加的な予備調査を実施し、相手側が主張する目的の実現性や真のニーズを的確に把握することにさらに努めるべきである。

保健医療分野への援助に関する提言

 都市部の病院や保健施設にアクセス出来ない層や地域における保健医療サービスの改善により更に健康指標の一層の改善が期待される。その方策としては、チョーライ病院やバックマイ病院で実際に行われているアウトリーチ活動や、プライマリ・ヘルスケア戦略に基づく保健活動の強化、なかでも農村地域での保健ワーカーの育成が重要となろう。なお、ベトナム全体の病床数は一人あたり380(1995年)でタイを上回っており、都市部での病床数の増加や三次医療施設の設置は中部を除いては必要ないと考えられる。
 しかし、中部ダナン、フエ及びその周辺地域での中核病院の強化は必要であろう。その大学などの研究教育機関との連携の取りやすい地域の選定が重要となろう。
 公衆衛生上プライオリティの高い疾患の予防治療への資源の適正配置・分配が必要で、結核、マラリア、下痢症はもとより、最近の統計ではエイズの有病率がホーチミン市で極めて高くなっており(本文表参照)早急な対策が必要である。したがってエイズ専門家の派遣や予防活動に必要な機材等の供与が必要である。ゲアン省でプロ技(JOICEF他)としてリプロダクティブヘルスが進行中であるが、ホーチミン市でも市保健局、チョーライ病院との連携プロジェクトが望まれる。
 バックマイ病院で昨年、ベトナム(バックマイ病院)、ラオス(セタティラート病院)、日本の3者で協力の可能性について協議したように、ラオス側のカウンターパートであるセタティラート病院との協力(プロ技と無償)はODAの資金を有効に生かすためにも是非発展させるべきであろう。
 専門家からは、ベトナム側の援助受け入れ能力は高いものがあるが、物事を進めるのに時間がかかり過ぎる、自助努力と問題意識を促すことにより援助がより効果的になった(チョーライ病院等)等の意見が表明された。今後の協力の際に参考にされるべき点である。

環境分野への援助に関する提言

環境分野の現状と、ベトナム側の援助計画を鑑みると、今後日本は、居住環境改善に対する援助を引き続き行うとともに、自然環境保全や公害防止など、ベトナム国別援助計画において主要な課題として挙げられている分野に対する援助をいっそう充実させていく必要があると考えられる。さらに、大規模なインフラ整備に伴う住民の移転などに関して、移転先の住環境を十二分に整備することにより、居住環境の改善に資することに配慮すべきである。


21 国別援助計画の策定にあたり、大使館が主導してドラフトを作成することとしており、本提言の趣旨に合致したものとなっている。(外務省コメント)

22 例えば、外務省本省で援助協調に関する統一的な考え方を決定し、それを各大使館へ通知するなどしており、本提言に沿った形で援助が実施されつつある。(外務省コメント)

23 第7次5カ年計画等において、中学校の入学率を49.9%(1999年)から80%(2005年)に、また高校の入学率を27.3%(1999年)から60%(2005年)に向上させることが目標値として掲げられている。




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