最後に、対タイ援助政策の理論、プロセス、効果それぞれの評価結果を踏まえ、我が国のタイに対する援助政策の総括評価を行い、併せて、今後の対タイ援助政策の策定及び実施にて有用と考えられる提言をまとめた。
6.1 総括評価
我が国のタイに対する援助政策は、適切な過程を経て策定されている対タイ国別援助計画によって、その時のタイの政治・経済・社会情勢等に鑑みつつ柔軟に実施されていると評価される。対タイ国別援助計画は、上位方針にあたるODA大綱及び中期政策が示す我が国援助の大きな流れの中に位置付けられていることも確認されている。JICA・JBICが実施する個別案件においても、対タイ国別援助計画が示す方向性が忠実に再現されていると評価される。このように、対タイ国別援助計画はODA大綱から始まり、個別案件選定に至るまでの我が国の対タイ援助政策の流れの一貫性を担保する中軸的機能を果たしているのだと評価される。
我が国のタイに対する援助政策策定及び案件選定協議の際や案件選定作業において、JICA国別事業実施計画及びJBIC国別業務実施方針は様々な形で参考にされてきたのだと見られる。JICA・JBICが援助実施機関として長年被援助国の現場で案件を実施し培ってきた経験が、政策機関である外務省によって大いに活用されてきたものと評価される。
我が国のタイに対する援助政策の効果については、少なくとも重点分野の一つである経済基盤整備においては相当程度の寄与があったという評価は可能であろう。具体的には本評価対象期間において、同分野の我が国援助金額がタイ政府予算の2割以上を占めていると推計されている。タイ経済が農林水産業から製造業へと構造転換をしていく過程において、大きな貢献を果たしてきたものと推測されるのである。1997年の経済危機においては、公共投資計画の推進支援を通した雇用創出、更なる経済悪化の防止等というような効果ももたらしたものと考えられる。
我が国の対タイ援助政策は、その中心である対タイ国別援助計画が方針から計画へと転換する過程において、政策としての機能を漸次充実させてきたものと評価したい。但し、中進国に転換を遂げようとするタイとの協力関係を今後とも益々確かなものとしていくのであれば、我が国の対タイ国別援助計画はその策定及び実施のプロセスを更に充実するべきだと考える。例えば、タイでは毎5年に一回、定期的に開発計画が作り直されているので、そのような機会には、現在以上の明示的・意識的な分析作業を踏まえた改訂の検討が行われることが望ましいと考える。
タイ政府は今後、援助国とは対等の立場にて対話をしていきたいとの意向を示しており、そのための準備も進めていると推察される76。また特定分野における外国援助を通した借入れによる開発に難渋をしめす傾向が強まっている。従って、我が国においても現在の援助政策の策定・実施体制に留まることなく、タイ政府の動きを念頭に置きつつ、有用な対応を行うことが賢明と考える。次の提言において、具体的に何を行うべきなのかを提案したい。
6.2 今後の対タイ国別援助計画への提言
(1) 援助政策レベルでの指標設定とモニタリング体制の確立
大使館、JICA・JBICから得られる情報等を更に有効に対タイ国別援助計画の策定や改訂に活用すべく、我が国の援助が貢献した度合の客観的な推察が可能となる指標を国別援助計画の策定時に取り入れるべきだと考える。現在、大使館がタイにおける政治・経済・社会情勢全般に関する詳細な情報収集と分析を行い、JICA・JBICの実施機関が開発課題に関わる情報の収集と分析を担い、それぞれが外務省にて集約されていると理解する。これらの情報も参考にしつつ援助政策に関わる意志決定が行われる訳だが、国別援助計画に対応する指標を計画策定時当初から設定することによって、援助国の現場より送られてくる情報をより客観的に分析することが可能となると見る。尚、指標は決して定量的なものばかりである必要はなく、タイ政府による新たな法律や規則といった定性的指標も有効と考える。また定量的指標もタイ政府が取り纏める統計書に載るような数値である必要はなく、例えば「我が国援助に関わる新聞報道がなされた回数」というように、大使館が定常的に行う情報収集業務を通して数値を収集できる指標も考えられる。このような客観的指標を外務省として手元に常時置くことは、対外的な説明を行う折にも有効な説明手段として有用だと考える。
体制としては、外務省が重点的に取り上げる事項レベルでの指標の設定を行い、その指標に沿ったモニタリング及びデータ収集を大使館が行うことが効率的であると考えられる。考えられる指標としては、5章で提示したもの及び添付資料1として添付したDMに記載した指標も考えられる。指標の設定後は、タイの現地コンサルタント等に定期的にデータ収集業務を依頼することで、継続的なモニタリング体制が確立される。また外務省が行う作業としては、連続的に収集されたデータの分析に限定することができる。指標設定とデータ収集は一度体制を導入すれば、外務省及び大使館担当職員の業務に大きな追加的負担をかけることにはならないと考える。
客観的な指標の設定とモニタリング体制は、以下の点からも有用だと考える77
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76 現在のタイ政府は、省庁等政府機関に対し、策定した計画目標に対する指標の設定を指示する予定でいる。つまりタイ政府は今後、自国の開発効果の評価等を定量的に計ることが可能な体制を構築しようとしているものと推察される。そのような体制作りをする目的としては、基本的には自国(タイ国)民への説明責任という点があろうが、指標の整備がなされれば、それらはドナーへの援助要請時における有力な交渉材料にもなりうるとも考えられる。
77 客観的な指標の設置は、評価という観点からだけでなく、予算要求や政策策定における根拠としても本来は必要である。実際世界銀行を筆頭とした一部のドナーは、被援助国に対して指標設置とモニタリング体制確立による援助の有効性の説明を強く求める傾向にある。指標設置とモニタリングの実施は予算的に、また人材的に負担が大きく、途上国にとっては実際にはかなり難しい作業であると見る。逆説的には、指標設置とモニタリング実施の可能性自体が、実はその国の行政能力を測るための指標とも言える。