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要約

1.本国別評価の背景・目的・実施要領

1.1 背景

 我が国のODAは近年、総額で世界のトップクラスの規模を維持しているものの、国内の厳しい財政状況等を背景に、より効果的・効率的で質の高い援助の実施が求められている。実施済み援助案件の個別評価がその出発点になるという考えもあり、個別案件の評価が実施機関によって積極的に進められている。他方、援助政策立案官庁である外務省では複数プロジェクトの評価を国別評価と称し実施してきたが、効果的・効率的で質の高い援助の実現がより着実になされることを眼目に、政策的な観点からの評価の実施が有用と判断し、特定国における我が国の援助政策全般を対象とした国別評価を行うこととした。

1.2 目的

 第一の目的は、東南アジアにおける安定勢力であり、我が国の対東南アジア外交上の重要なパートナーであるタイに対する我が国の援助政策全般を総合的にレビューし、我が国援助がタイの発展に如何に貢献したかを評価すると共にその結果を用いて今後のより効果的・効率的な対タイ援助政策の策定・実施のための教訓・提言を得る点にある。

 第二の目的は、上述の評価結果を、外務省ホームページへの掲載も含めて国民に開示することで説明責任を果たすことにある。

1.3 実施要領

 本評価では、1995~99年度の間に協力が開始された援助案件及びプログラムが対タイ国別援助方針等の援助政策の下で行われたものと推定し、目標の体系図の作成や指標の設定を援助政策レベルの視点より行い、分析・評価した。具体的には、主として1995~99年度のタイに対する我が国の援助政策を対象として、以下のように「理論」、「プロセス」、「効果」の3点における評価を行った。

(1) 対タイ援助政策の「理論」に関する評価

 対タイ国別援助計画が、上位政策であるODA大綱及びODA中期政策それぞれと整合性を有するかどうかを検証することによって、対タイ援助政策が妥当な理論的根拠に基づいているかどうかについて評価した。

(2) 対タイ援助政策の「プロセス」に関する評価

 対タイ国別援助計画の策定プロセス及び実施プロセスを評価した。策定プロセスでは、対タイ国別援助計画が十分な情報収集と分析を踏まえ、適切な過程と体制によって策定されたのかどうかについて検証した。実施プロセスでは、同計画が政策として国際協力事業団(JICA)・国際協力銀行(JBIC)の両実施機関の対タイ援助実施方針及び案件選定に反映されているかどうかについて検証した。

(3) 対タイ援助政策の「効果」に関する評価

 対タイ国別援助計画の重点分野毎に関連する指標を用いて効果の評価を試みた。加えて、タイでの現地調査において10の個別実施案件を事例案件として視察し、視察によって得られた見地を上記評価の中に盛り込んだ。

2.タイの開発と日本の協力

2.1 タイ経済構造の推移

 タイのGDPの年平均実質成長率は、1960年代が8.0%、70年代は6.8%、80年代は7.8%、90年代は95年までの5年間が8.6%である。1997年の経済危機により、97・98年はマイナス成長になったものの、99年は4.2%のプラス成長へと回復した。この長期経済成長の主な要因の一つは、タイが農業中心から工業中心へと産業構造を転換させたことであろう。工業中心へと比重を移すことに伴い、付加価値の一層大きい製品をつくり、国内で販売または輸出し、高い経済成長を実現した。1960年時点のGDPに占める各部門の付加価値生産額の割合は、農林水産業39.8%、製造業12.5%であった。しかしその割合は、1999年には農林水産業10.5%、製造業35.5%となった。1960~99年までの40年間に、農林水産業と製造業の割合が逆転したことになる。

2.2 タイの国家開発計画

 タイの開発計画は、国家経済社会開発5ヶ年計画として策定されている。1957年の世界銀行の提言に基づいて第1次計画が1961年から始められ、40年以上、この5ヶ年計画を続けている。現在、第9次(2001年10月~ 2006年9月)を実施中である。5ヶ年計画を作成している機関は国家経済社会開発庁(National Economic and Social Development Board: NESDB)である。NESDBはタイ各省庁からの有償資金協力要請案件を5ヶ年計画等に基づき、審査する機能を持っている。

2.3 日本の対タイ援助実績

 タイが外国からの援助受入を本格化させたのは1961年からである。1960年代は米国からの贈与と世界銀行の借款が主体であった。70年代以降は、世界銀行、アジア開発銀行、日本からの借款が増加していった。日本のタイに対する援助は2000年度までの累計で、技術協力1,751億円、有償資金協力1兆9,129億円、無償資金協力1,619億円が実施された。現在、我が国の援助額は二国間/多国間の対タイ援助全体において、圧倒的に大きな割合を占めている。例えば1997~99年の日本の援助額は、同期間のDAC諸国や国際機関による援助総額の82%を占めている。これは、これまでの緊密な二国間関係を反映したものであると同時に、日本の援助において資金規模の大きい有償資金協力の占める比率が高いことが主因であったと考えられる。但し日本の援助額をタイの国家財政支出と比較すると、1995~99年のタイ国家支出に占める日本の援助額の割合は1.6~4.0%程であり、大きなものとは言えない。

3.対タイ援助政策の理論に関する評価

3.1 ODA政策及び中期政策との整合性

 タイに対する我が国の援助政策が、妥当な理論的根拠に基づいたものであるかどうかについて検証した。具体的には、対タイ国別援助計画とODA大綱及びODA中期政策との間の整合性の検証を行った。その結果、対タイ国別援助計画は、ODA大綱及びODA中期政策の中で謳われている人材育成、教育・保健等社会セクター分野への支援、環境保全を目的とする協力、経済インフラ分野への支援等の精神を特に具現化した内容であると判断された。よって、対タイ国別援助計画は妥当な理論的根拠に基づいたものであると評価した。

3.2 タイ開発計画との整合性

 我が国の対タイ国別援助計画とタイの開発計画は、相当の確度で整合する。我が国がタイの自助努力を前提とした開発を後押しすることを眼目に、タイ政府が優先したいと考える開発の分野と要請される案件の傾向に常に注意を払ってきた結果、タイが目指す開発の方向性と我が国が重視する対タイ援助分野双方が互いに収斂されてきた結果であるのだとも言える。

4.対タイ援助政策のプロセスに関する評価

4.1 策定プロセス

 策定プロセスにおいては、対タイ国別援助計画が策定された過程、時期、体制等について検証した。国別援助計画は、外務省経済協力局政策課の国別計画策定室が主導となって作成されている。その策定プロセスは、大使館、JICA、JBICからの情報、タイ政府・現地NGOの意向等を踏まえ幾重にも協議を重ねた上で、国内のNGO・有識者等からのコメント、また大使館で取り纏められた現地関係者からのコメント等が随時取り入れられるなど、大変な作業を積み重ねて完成されていたことが確認された。検証の結果、対タイ国別援助計画は国別援助計画の策定対象国選定基準に則り、一般的策定プロセスを踏まえており、適切な過程、時期、体制にて策定されたものと評価した。

4.2 実施プロセス

 実施プロセスの妥当性の検証では、政策である対タイ国別援助計画が、JICA・JBICの両実施機関の対タイ援助実施計画と方針に反映されているかどうか、また同計画がいかに案件実施に結び付いていたのか、を焦点に検証を行った。検証の方法として、援助案件がどう発掘・選定・採択されるのかというプロセスを追い、対タイ国別援助計画、JICA国別事業実施計画、JBIC国別業務実施方針がそれらプロセスの中でどのような判断基準として取り入れられているのかを検証した。その結果、対タイ国別援助計画の重点分野はJICAの国別事業実施計画及びJBIC国別業務実施方針にも、またそれぞれの実施案件にも確実に反映されていることが確認され、対タイ国別援助計画は政策としての機能を十分に果たしていると評価した。

5.対タイ援助政策の効果に関する評価

 対タイ国別援助計画の「重点的に取り上げる事項」レベルでのタイの開発推移を通し、我が国援助政策レベルの効果の総合的な把握を試みた。しかし既述のように、我が国援助額がタイ政府予算額に占める割合が小さいことなどから、定量的に我が国援助の貢献度や効果を測ることには限界があることが、当初より予想された。

 このような制約がある中で作業を行った結果、評価対象期間(1995~99年度)のタイの開発は、少なくとも我が国援助が政策的に支援実行を決断した分野に関しては、比較的良好な推移を示していることが分かった。特に「経済基盤整備」分野においては、我が国援助がタイの開発に相当程度寄与した可能性が高いものと考えられる。以上より、我が国の対タイ援助政策は有効に機能し、相応の効果を挙げたものと評価した。

6.総括評価と今後の対タイ国別援助計画への提言

6.1 総括評価

 我が国のタイに対する援助政策は、適切な過程を経て策定されている対タイ国別援助計画によって、その時のタイの政治・経済・社会情勢等を鑑みつつ、柔軟に実施されていると評価する。対タイ国別援助計画は、上位方針に当たるODA大綱及び中期政策が示す我が国援助政策の大きな流れの中に位置付けられていることが確認された。またJICA・JBICが実施する個別案件においても、対タイ国別援助計画が示す方向性が忠実に再現されていると評価する。このように対タイ国別援助計画は、ODA大綱から始まり個別案件選定に至るまでの我が国対タイ援助政策の流れの一貫性を担保する中軸的機能を果たしているのだと評価する。

 我が国のタイに対する援助政策策定及び案件選定協議の際や案件選定作業において、JICA国別事業実施計画及びJBIC国別業務実施方針は様々な形で参考にされてきたのだと見られる。JICA・JBICが援助実施機関として長年被援助国の現場で案件を実施し培ってきた経験が、政策機関である外務省によって大いに活用されてきたものと評価される。

 我が国のタイに対する援助政策の効果については、少なくとも重点分野の一つである経済基盤整備においては相当程度の寄与があったという評価は可能であろう。具体的には本評価対象期間において、同分野における我が国援助金額がタイ政府予算の2割以上を占めていることが推計されている。タイ経済が農林水産業から製造業へと構造転換をしていく過程で、大きな貢献を果たしてきたものと推測されるのである。また我が国援助は1997年の経済危機において、公共投資計画の推進支援を通した雇用創出、更なる経済悪化の防止等といった効果ももたらしたものと考えられる。

6.2 提言

 我が国の対タイ援助政策は、その中心である対タイ国別援助計画が方針から計画へと転換する過程において、政策としての機能を漸次充実させてきたものと評価したい。但し、中進国に転換を遂げようとするタイとの協力関係を今後とも益々確かなものとしていくのであれば、対タイ国別援助計画はその策定及び実施のプロセスを更に充実するべきだと考える。タイ政府は今後、援助国とは対等の立場にて対話をしていきたいとの意向を示しており、そのための準備も進めていると推察される。また特定分野においては、外国援助を通した借入れによる開発に難渋をしめす傾向が強まっている。従って、我が国においても現在の援助政策の策定・実施体制に留まることなく、タイ政府の動きを念頭に置きつつ、有用な対応を行うことが賢明と考える。具体的な提案を二点、以下のように行った。

(1) 援助政策レベルでの指標設定とモニタリング体制の確立

 JICA・JBIC、大使館から得られる情報等を更に有効に対タイ国別援助計画の策定や改訂に活用すべく、我が国の援助が貢献した度合の客観的な推察が可能となる指標を国別援助計画の策定時に取り入れるべきだと考える。現在、大使館がタイにおける政治・経済・社会情勢全般に関する詳細な情報収集と分析を行い、JICA・JBICの実施機関が開発課題に関わる情報の収集と分析を担い、それぞれが外務省にて集約されていると理解する。これら情報も参考にしつつ援助政策に関わる意志決定が行われる訳だが、国別援助計画に対応する指標を計画策定当初から設定することによって、援助国の現場より送られてくる情報をより客観的に分析することが可能となると考える。

(2) 草の根無償資金協力案件の評価体制の更なる充実

 草の根無償資金協力案件については、スキーム別評価(プログラム・レベル評価の一形態)の一環として外務省により評価が最近行われてはいるものの、事前に指標を設定し、それに基づきプログラム・レベルの事後評価を行うようにはなっていない。外務省には、政策またはプログラム・レベルの評価を行うことが期待されており、今後草の根無償資金協力の評価体制についても、上述のスキーム別評価を充実させる事により草の根無償資金協力案件を全体として把握する努力を行っていく必要があるものと考えられる。他方、現在の大使館では草の根無償資金協力案件の実施団体に対し中間報告書と最終報告書提出を義務付けているものの、現地調査では、これらの報告書は全ての案件において提出されている訳ではなく、提出された場合でも必ずしも内容が十分とは言えないことなどが確認されている。これまでは、それら報告書の提出はプログラム・レベルでの評価を行うために行ってきた訳ではないが、今後我が国が草の根無償資金協力の全体像を把握するためには、これらの報告書提出状況と内容の充実の他、プログラム・レベルの評価で使用する指標を事前に設定しておくことなどが有用であると考えられる。

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