バガモヨ灌漑農業普及計画 有識者評価報告書
Bagamoyo Irrigation Development Project (BIDP)
Coast Region, United Republic of Tanzania
評価者:高橋 基樹(神戸大学国際協力研究科)
1.評価の背景
評価者が題記プロジェクト(以下、BIDP)を訪ねたのは、1997年が初めてであった。その際の印象は次のような理由で大変に強いものだった。
- 食糧生産力の増強は、経済成長の基盤の強化ならびに貧困と不平等の解決という観点から、アフリカにとって最も重要な課題である。その中にあって、日本の灌漑稲作普及の試みは大きな意義のあるものながら、巨額の無償資金協力を伴いがちであり、効率性、自立発展性の点から疑問符のつくものが多かった。それに対してこのプロジェクトは小規模に着実な出発を遂げたものであった。
- 水路の開削、圃場の整備などに住民および自治体職員の参加を得、また事前の訓練を重視するなど、草の根の自助努力を重視するコンセプトで形成されていた。
これらの意味で、BIDPは日本の対アフリカ農業援助のフロンティア的な意味合いを有するものだと考え、その後の進捗状況、成果、およびインパクトを拝見致したく、再訪したものである。
2.評価の観点
(1) |
灌漑面積などプロジェクトで当初予定された目標はどれだけ達成されたのか(計画達成度)。達成度が十分でないとすればその原因はどこにあるのか。
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(2) |
稲作の導入は参画した農民、あるいは関係者の生活水準にどのような影響を及ぼしたのか。その点に関わる農民側、現地受入機関(コースト州政府)側の評価は如何か。
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(3) |
農民および現地受入機関は、灌漑稲作を自助努力で維持し、さらに拡大してゆく十分な技術習得、組織構築、財政基盤の確立・堅持を行いえているのか。さらに仕分けすれば次のような観点が必要となろう。
- 摂取した技術/生産方法を与えられた水準で維持できるか
- 技術の移転・普及を継続してタンザニア側のみでなし得るか
- 灌漑田の拡大整備をタンザニア側のみでなし得るか
- 灌漑施設の他の場所への建設をなし得るか
本プロジェクトの開始以前の議論では、このプロジェクトの完了後は、その成果を踏まえて1000haの灌漑を進め、さらに究極的にはこの地域の潜在性を最大限に活用して6000haの灌漑を目指すこととされていた。現実的に考えて、このような高い目標は援助依存が大きいままでは達成できず、将来的にタンザニア側、とりわけコースト州政府・自治体と農民側の自助努力なしには達成できない。その観点から自立発展性が強く問われることになる。 |
3.評価者の所見
(1) |
灌漑・作付け面積の当初の目標は100haであったが、実際には造成地は40haに留まった。相手側の率直な意見によれば、予算の手当てがなされなかったためであり、またエルニーニョ現象による洪水も工事の進捗を阻んだとのことである。
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(2) |
もともと農民の側のこのプロジェクトに対する期待は大きく、訓練希望者は300に上った。しかし、訓練圃場の収容能力の関係もあって、180家族にのみ訓練を施したに留まった。さらに上記のように灌漑面積が 40haだったため、128家族しか収容できなかった。
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(3) |
灌漑稲作導入による生産性の増加は顕著である。非灌漑の従来農法による稲作の場合1.5t/haだったものが、5.5t/haへ と上昇した。
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(4) |
注目すべきなのは、灌漑地区の外にも技術普及効果が及んでいることである。そこでは1.5t/haだったものが、2.5t/haとなっている。これはプロジェクトの訓練によって農民が田植え方式を学んだとこが大きいとされている。
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(5) |
タンザニア側コースト州担当部局の試算によれば、2000年9 月の時点での平均的稲作農家の収支(一期作当たり)の試算は以下のとおりである。
生産収益 |
202,500 |
灌漑ポンプ用燃料(ディーゼル代) |
53,781 |
耕耘費 |
14,000(13,750) |
肥料代 |
12,500 |
農薬/除草薬代 |
1,650 |
労役費 |
51,000 |
収支 |
81,681 |
単位:タンザニア・シリング |
ドル換算で、所得としては、404,500/年 = 約500 ドルとなる。従って、一人当たり国民所得が世界最低レベルのタンザニアにおいては、その所得向上効果は大なるものと言えよう。重要なことは、コースト州がその開発ポテンシャルにも拘らず、同国において最も貧しい地域の一つだということである。
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(6) |
しかしながら、灌漑稲作は、高コストの食糧生産であることにも注意が必要である。上の収支表からも収益のうち、6割が労役費を含むコストに消えてゆくことが読み取れる(労役費を自家で賄う場合には4割がコストになる)。
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(7) |
しかも、米は市場性が強く、価格は変動しやすい上に輸入との競争にさらされていることに注意が必要である。
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(8) |
さらにこのプロジェクトの特徴として、ディーゼル・エンジンによる揚水式の灌漑であることを指摘しなければならない。調査時点でコストに占める燃料代は66%、収益に対する比率では燃料代は27%である。国際市場における石油価格の変動に影響されやすいコスト構造であることが分かるだろう。
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(9) |
上のような事情はありながらも、プロジェクト・サイトおよび周辺地区に注目した場合には、取りあえず経済的にはポジティブなインパクトがあったことは疑いない。タンザニアの第三者機関による評価では、雇用の創出、住居の改善、就学状況の向上などでも好影響があったとのことである。
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(10) |
サイトへの入植農民は、自治体側の働きかけにより協同組合(水利組合)を結成し、灌漑システムの運営を行っている。その経営的自立性にはやや疑問があるが、取りあえずコストの分担、資金の管理などに問題は生じていない様子だった。また、灌漑においてはとりわけ問題になる水争い・盗水という事態も生じていないとのことだった。これは取水口が近く、サイトが未だ小規模であることが関係していると思われる。
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(11) |
タンザニアでは今後大幅な行政機構改革が行われる計画である。これによって中央政府からの資金的補助は州からさらに県へ分権化されようとしている。評価者が知るかぎりでは、アフリカ諸国の分権化によって行政サービスへの財政的裏付けが強化されることは少ないので、注視する必要がある。
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(12) |
なお、十分な点検は、専門でないためにできなかったが、プロジェクト関連の農業機械、建設機械の維持保全状況は必ずしも芳しくないようであった。
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4.評価から得られた教訓:自立発展性を中心に
(1) |
プロジェクトの意義、および達成された部分の効果についてのタンザニア側の評価は高い。そして援助の継続に対するタンザニア側の意欲は強い。本プロジェクト自体の目標である100haの灌漑地の造成はもとより、当面の目標である1000ha、さらにこの地域の潜在的灌漑可能面積と考えられている6000haの達成といった長期目標に向けて日本の支援が引き続きタンザニア側から切望されるだろう。
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(2) |
また農民側の評価も高く、入植と訓練を希望する農民は増え続けているとされている。
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(3) |
このようなことから、タンザニア側はプロジェクト継続のための費用としてKR2の見返り資金を確保し、以前プロジェクトに関わった専門家の再度の派遣を強く期待している。それはそれで日本として歓迎すべきことである。現段階では、積極的に応ずるべきだろう。
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(4) |
ただ、考えなければならないのは、現状ではタンザニア側が自力で100haの造成を完遂する技術的能力がない、と推測されることである。それは機械の維持保全状況に端的にあらわれていよう。だからこそ協力再開への期待も大きいと見るべきであろう。次の技術協力の段階では、鋭意タンザニア側の技術者の育成、主体性の醸成が図られなければならない。
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(5) |
一方で生産物の販売、投入物の購入を大きく市場に依存していることを考えると、農民組織を強化し、marketing/purchasingの能力を高めてゆくべきであろう。
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(6) |
将来的に灌漑田のさらなる拡大を求められる場合には必ず揚水式ではなく、流下式の採用が検討されなければならない。営農の観点から最も技術的に大切な点と思われる。 |