私が新聞記者としてODAの取材を専門的に始めた80年代の終わり頃、残念ながら日本の国際緊急援助は、万全の体制とはいえなかった。大地震、洪水、火山の噴火―世界各地で次々と発生する災害に対し、日本の緊急救援活動は、他国に先駆けて大活躍というイメージからほど遠かった。それどころか、被災地への到着の遅れ、やっと到着しても十分でない人員・資機材、現地状況に疎い隊員たちの戸惑いなど、現地から聞こえてくる話は決して芳しいものではなかった。
だが、90年代半ばあたりから、日本の緊急援助体制は、急速に改善されてきている。国内外にわが国の緊急援助の柱でもある国際緊急援助隊(JDR)の存在を知らせた画期的な出来事は、99年8月にトルコ西部で発生した大地震での救援活動だった。この時の救援活動では、地震発生丸2日ぶりに74歳の女性被災者を救出しており、日本のマスコミでも大きく報道された。JDRは、その後も2003年5月のアルジェリア地震において生存者1名を救出しており、被災地で救助犬を引き連れ、最新の機材を駆使して活動するオレンジとブルーのユニホーム姿は、広く知られる存在となりつつある。
このように日本の緊急援助活動が成果を挙げるようになったのには、外務省、JICA、警察庁、消防庁、海上保安庁の連携の推進、高度技術を駆使した機材、世界各地に置かれた備蓄基地の設置など日常体制の整備の進展も大きい。
今回、私が参加したアルジェリア地震現地調査ミッションは、1月中旬に約1週間、アルジェリアに出向き、2003年5月の地震の際に首都、アルジェの東方50キロ、震源地に近いブーメルデス県に派遣されたJDRの活動についての現地担当者、マスコミ等70人以上へのヒヤリングを行った。
調査結果の印象をひと言でいうなら「JDRの派遣に対して、多くのアルジェリア人が非常に感謝している」ということだ。どこに行っても笑顔がわれわれを取り巻き、JDRの活動に対する賛辞の言葉が口にされ、こちらがかえって恐縮するほどだった。このアルジェリアに対するJDRの派遣は、いくつかの幸運も重なってまれといっても良いほどうまくいった活動例である。
もちろん、国際協力の活動に満点は有り得ない。報告書にも記述してあるとおり、現地におけるJDRの活動もすべてが完璧だったといったわけではないが、そういったことを差し引いても、派遣されたJDRの成果は大きなものだった。
何が一番大きな成果だったのか、と問われて最初に出てくるのは「国際協力に果たした功績」だ。JDR隊員の行動力・責任感、現地大使館の協力、順調に行われた情報公開、最新技術を駆使した携行機材の効力―などアルジェリア派遣JDRが効果的な仕事を果たした背景にはいろいろな要因があるが、現地の評価を高めた一番の理由は、時差が8時間もある遠い国にも関わらず、一部の欧州近隣国の救助隊より早い、地震発生2日後に日本の救助チームが到着したということだった。
日本隊の早期到着は現地では大きな驚きをもって捉えられ、それがJDR、さらに日本人への深い感謝の気持ちに繋がった。遠路はるばる日本の救助隊が来たというニュース性が現地マスコミの関心を呼び、新聞等で大きく報道されたこともJDRの活動をアルジェリア国民に知らしめる功績があった。地元メディアの好意的報道には日頃、現地日本大使館がメディアと連絡を密にしていたことも大きかったようだ。
今回の評価は、緊急援助活動に対する初の本格的な第三者による評価という位置付けになるが、評価活動を行っていて緊急援助活動の評価で最も重要なポイントは、どれだけの国際協力を果たしてきたかということだと、改めて感じている。アルジェリア地震の場合、海外28カ国から救援チームが派遣されたが、海外の救援隊が救助した生存者数は16名,遺体収容数は254体に過ぎない(UNOCHAの2003年6月、統計では犠牲者総数は2,266名)。しかも、このうち11名は"おとなり"といってもよいフランス、スペイン隊(NGOも含む)によって救出された人たちで、JDRはトルコ隊と協力して生存者1名を救助、5遺体を発見したとはいえ、遠路からの救援チームの到着が被災地の救援活動を飛躍的に助けるかというと、それほどでもないことがわかる。
国際救援活動の最大の効果は何かというと、物的、資金的支援もさることながら、外国の救援隊員が顔を見せることで、被災者に対する精神的、人道的な支援にある。被災して不安定な生活状態にある人たちを、世界の国々が見守っているという精神的支援こそが大きい。そうした観点から見ると、遠い日本からはるばるやってきたJDRが、被災者にどれほど頼もしく映ったか、想像がつくのだ。
こうした国際協力の推進は将来、どのような形にせよ必ず日本、日本人へのお返しとしてなって返ってくる。JDRはわが国が力を入れて進めているODAの技術協力の一つのスキームであるが、日本の良き友人をつくるというODAの総合的目標から考えると、JDRは、少ない費用(アルジェリアへのJDR派遣経費は約2億3千万円)で大きな効果を挙げた。JDRはオペレーションのやり方次第で、多大の効果を産む費用対効果の高いODAスキームといえるだろう。
評価活動期間中、気になっていたことは、JDR隊員の危機管理の問題だ。先の自衛隊のイラク派遣では派遣隊員の身の安全が国民的議論となった。JDR隊員が派遣される地域は戦闘、あるいは非戦闘地域ではないにしろ、大災害直後の地はいずこも治安は不安定であり、自然の二次災害の可能性も高い。こうした危険極まりない地域に派遣されるJDR隊員の安全問題について日本では、その高いリスクのわりにあまり論議されていない。責任感と危険の狭間で、身を挺して活動するJDR隊員の危機管理に対し、国民の理解がもっと増進することを期待したい。
もう一つ、付け加えさせてもらいたいのは、今回の評価ミッションが、対応してくれた相手国の関係者に「日本は震災後、半年以上たってもまだ、われわれのことを忘れていなかったのか」と感謝されたことだ。こうした予想外ともいえる反応は、評価ミッション本来の目的ではないかもしれない。だが、分厚い評価活動は、わが国がこれからも国際緊急援助活動に力を入れるということを国際社会に示す行為であり、アルジェリアの人々にもそう映ったからこそ、あのような反応があったのだと思っている。つまり、評価は国内関係機関、関係者へのフィードバック効果とともに、相手国にも日本援助の質の高さを再確認させる効果があるということだ。
最後になったが、この評価ミッションのメンバーである東京大学大学院医学系研究科国際保健計画学の正木朋也客員研究員、オーバーシーズ・プロジェクト・マネージメント・コンサルタンツ株式会社の宮崎慶司企画部次長、斉藤幸子企画部課長の多大の尽力に感謝の気持ちを表したい。
2004年3月 |