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要 約

第1部 沖縄感染症対策イニシアティブ(IDI)の背景 - 世界の感染症は今 -

 沖縄感染症対策イニシアティブ(IDI)の基本理念にあるとおり、感染症は、単に途上国住民一人一人の生命への脅威という保健上の問題にとどまらず、いまや途上国の経済、社会開発に対する重大な阻害要因となっている。特に、貧困層への影響は甚大である。感染症はいまだ世界的にはコントロールされていない大きな課題であるが、有効な対策も存在する。エイズにおけるコンドーム推進、保健教育、結核におけるDOTS(包括的結核対策戦略)、マラリアにおける薬を浸潤させた蚊帳の普及と診断治療サービスの普及、ポリオや麻疹における予防接種とサーベイランス等である。これらの対策は、投入した費用に見合う成果を出すことが確立されている。さらに、エイズにおける患者への抗ウイルス薬の投与や、結核における多剤耐性結核の診断と治療の組み合わせ(DOTSプラス)など、新たな対策も検討されている。しかしながら、資金、人材、インフラ等の不足の為、多くの国では、すでに確立されている対策も十分には行われていないのが現状である。今日の世界では、感染症は国境を超えて個々の人間にとっても大きな脅威になっており、国際社会が直ちに協調して対応を強化しなければならない問題である。また国際社会の支援による途上国における感染症対策の強化は、途上国の経済発展のためにも必要である。
 わが国だけでなく、世界保健機関(WHO)、国連児童基金(UNICEF)他国際機関、米国の国際開発庁(USAID)、英国の国際開発庁(DFID)他多くの先進国の援助機関、国際的なNGOは、感染症対策を重要な活動として位置付けている。米国においては、USAIDの2002年の年間予算総額34億ドルのうち、保健分野に予算の半分に当たる17億ドル、そのうち、エイズに5.1億ドル、その他の感染症に1.8億ドルを費やすなど、これまで感染症分野における活動の占める割合は大きい。さらに、米国は、2003年以降、5年間に150億ドルに上るエイズ対策支援を行なうことを表明するなど、重点的なコミットメントを行っている。わが国でも、1994年の「人口・エイズに関する地球規模問題イニシアティブ」(GII)でエイズを国際協力の重点課題として取り上げ、1997年に「橋本イニシアティブ」として寄生虫対策活動強化を表明するなど、個別の感染症対策へのコミットメントの表明が行われてきた。さらに、2000年の国連総会で採択されたミレニアム宣言では、さまざまな開発目標と共に、エイズ、マラリア、結核の増加を食い止め、減少に転じることを目標に掲げるなど、感染症対策は、その問題の大きさに相応した重点課題として取り上げられてきた。IDIは、感染症の問題の大きさと対策の必要性、対策が可能であることが認識され、国際的な関心の高まりの中で、感染症対策に対するわが国のコミットメントの表明として、2000年7月に発表された。わが国は、現在までに、二国間援助、国際機関や国際的な基金への拠出、国際機関への人材派遣などの活動を行ってきた。感染症固有の分野では、エイズ対策として検査室の整備、地域のエイズ対策の強化、診断のための施設の建設などが実施されている。また、結核についてはDOTSの推進、マラリア対策については殺虫剤を浸潤させた蚊帳の配布、その他の寄生虫対策については世界3箇所の拠点を中心とする研修の推進が行われている。一方、ポリオ対策としては主にワクチンの供与、検査室の整備など、麻疹対策についてもワクチンの供与が行われ、その他の感染症としては、ハンセン病対策等に協力してきた。また、感染症固有の対策ではないが、地域医療の改善による診断治療の改善は感染症対策に有効であり、上水道の整備は下痢疾患対策として有効である。感染症対策とは直接関係のないように見える分野においても、例えば、道路などのインフラ整備によるアクセスの改善は地域医療の改善に貢献している。

第2部 IDI中間評価

 本評価調査の目的は、2000年7月に開催された九州・沖縄サミットにて発表された「沖縄感染症対策イニシアティブ(IDI)」(5年間で総額30億ドルを支援)の中間評価であり、IDIがどのような目的をもち、いかなる過程を経て策定・実施されたのかを中心に、総合的かつ包括的に評価し、今後のより効果的・効率的な協力の実施の参考とするための教訓を得、かつ提言を行なうとともに、評価結果を公表することで国民や国際社会に対する説明責任を果たすことである。
 評価の対象は、IDIに関わる取り組み全般であり、IDIによるODAを通じた感染症対策支援(以下IDI案件)となる。
 1997年のデンバー・サミットにて、橋本首相からG8に提唱された国際寄生虫対策「橋本イニシアティブ」、及びその下に実施されている案件も評価の範囲に含めた。評価の対象期間としては、2000年4月より2002年3月までを基本とし、2002年度以降の取り組みも可能な範囲で対象とした。
 評価方法としては、目的(妥当性)、プロセス(適切性、効率性)、結果(有効性、インパクト)の視点から評価設問を設定し、その設問に答える情報を収集・分析し、評価結果を取りまとめ、その結果から今後のIDIの効果的・効率的な実施のための提言、更には、将来的な感染症対策支援政策への教訓を導き出すことを試みた。
 本評価調査は外務省経済協力局が策定した「ODA評価ガイドライン」を踏襲しつつ実施された。その手順は、以下の通りである。

  1. 評価対象の明確化と整理
  2. 評価の枠組みの確定
  3. 調査の実施(国内及び国外でのインタビュー調査、文献調査)
  4. 調査結果の分析、結論、提言
  5. 報告書作成

 評価の枠組は、評価対象のどの部分に焦点を当て、どの様な評価項目で、何を指標として評価を行なうのか、また、評価を行なうにあたって、必要な情報は何であって、どこから入手できるのかなど評価プロセスをまとめた。
 IDIは全世界的な感染症対策支援が対象となることから、日本国内においては文献調査(IDI案件及び感染症に関する論文、国際会議、他ドナーの動向など)とインタビュー調査(IDI策定者及びIDI案件実施機関など)を実施し、さらに、支援対象国におけるIDI案件の状況を確認するため、ケース・スタディ国(タイ、フィリピン、ケニア、エチオピア)の現地調査(文献資料の収集及び当該国感染症担当部署、在外公館、援助実施機関の現地事務所へのインタビュー)を実施することによりIDIの全案件の網羅的な調査とケース・スタディ国における詳細な調査を組み合わせた。

「妥当性」:沖縄感染症対策イニシアティブ(IDI)は策定時、対象国のニーズや地球規模の優先課題、世界的な援助政策にどの程度合致していたか、また、現在どのような位置付けをもっているのか。
 IDIは、わが国のODA政策における感染症対策分野の援助政策と位置付けられており、国際的には1990年代後半のG8(G7)サミットの流れを受け、主要先進国元首レベルによる世界の“感染症問題”への取り組みへのわが国の方向性を示すもので、策定時の妥当性は高かったといえる。
 IDIの現在の位置付けとしては、わが国のODA上位政策との整合性はあり、被援助国側ニーズとの整合性も認められるが、国際的な感染症対策との整合性という面では、わが国と国際的な取り組みとの間に、いくつかの相違点が見られると言って良い。
 国際的な感染症対策支援における新たな潮流(コモンバスケット、HIV/AIDSにおける治療の重視など)に照らし合わせると、わが国も感染症対策への取り組みの方向性をより一層明確にし、被援助国のニーズとのすり合わせをより緊密に行なうことが重要である。
 HIV/AIDSにおいては、サブサハラ・アフリカの惨状に影響され、HIV感染予防からエイズの治療へと重点が移りつつあり、わが国に対してもエイズ治療薬等の消耗品の供給が求められている。現在のところ、国際機関への拠出や世界エイズ・結核・マラリア対策基金(GFATM)への拠出などを通じた支援が活発な動きを示しているが、予防接種拡大計画(EPI)などと同様、二国間協力におけるエイズ治療薬の供給の検討など、国際的な潮流を踏まえた上で、わが国として如何に対応するかという課題が残されている。
 一方、わが国が感染症を克服した過去の経験に基づき、感染症対策支援における日本の独自性を出すことは、対策支援の多様性の観点からも重要である。この意味からも、衛生教育を含む基礎教育の強化や、安全な水の供給、地域保健促進等に見られる、感染症対策における間接支援を包含するアプローチも評価される。

「適切性」:IDIの策定プロセスは適切であったか。IDIは実施プロセスに反映されているか。
 IDIは関係機関や感染症対策の専門家などの意見も取り入れて策定された。しかしながら、本評価調査の中で、「IDIが政策として十分に具体的であるとはいえない」、「感染症対策の専門家の意見が十分に反映されたとはいえない」、という意見も聴取された。九州・沖縄サミットでの発表後、IDIは2000年12月の感染症対策沖縄国際会議などを通じて、内容的により具体化され、専門家の意見も更に取り入れられてきた経緯がある。時系列的な問題はあるが、実質的には適切に策定されたといえるだろう。
 次に、IDIがその実施過程において、わが国の感染症対策支援政策として十分に機能してきたかを検証した。具体的には、わが国の各種援助スキームや、国際機関への拠出、外務省の国別援助政策やJICAの国別事業実施計画及びJBICの海外経済協力業務実施方針、個々のプロジェクト・サイクル(形成→実施→モニタリング・評価)にIDIが反映されているか、について検証した。IDI策定後、感染症対策無償(2001年度予算100億円)、及びIPPFのHIV/AIDS日本信託基金(2000年度拠出100万ドル)が新設された経緯があり、これはIDIの反映と考えられる。一方、プロジェクト・サイクルとの関係を見てみると、草の根・人間の安全保障無償資金協力の案件フォームには、IDI案件か否かを明らかにする項目がある反面、他の援助スキームについてはIDIを意識して立ち上げ、運営してきた例は限られている。したがって、実施過程には適切な側面もある一方で、今後、改善すべき点も少なくないと言えよう。

「効率性」:一般的な援助においても効率性を高めるであろうと思われるアプローチがIDIにおいても効率を高めるか。
 個別感染症支援と間接支援の関係を見てみると、例えばマラリア患者の早期発見には地域保健の整備が不可欠であり、また、援助スキーム間の連携に関しては、微生物検査施設の整備と適切な人材育成は、結核対策、ポリオ対策には不可欠と言って良い。他ドナー・国際機関との連携においては、マルチ・バイ協力などが実施されており、また、NGOとの連携においては、GII/IDIに関する外務省・NGO懇談会を通じた情報交換が実施されてきた。地域間協力については、南南協力や広域専門家の派遣がなされていることが確認された。
 これらの方法・制度は、IDIにおいても、効率性を高める案件実施のプロセスとして重要である。しかし、現地調達時の手続きの遅延など、実施における非効率的な運用の例も散見される。案件の重複の回避やより安価な方法の追求を通じ、効率的な運用を目指すというよりも、公衆衛生の基礎的な要素を取り込んだ間接的な支援、同時に実施することの相乗効果や単体の実施によるリスクの逓減など、案件実施の効果を高める方に活用されている。しかし、他ドナーやわが国の援助実施機関の間の情報共有による重複事項の軽減や、NGOの活用による迅速な実施、第三国専門家の活用による経費の節減などの取り組みも徐々に開始され始めており、効率性は徐々に改善されつつあると言える。

「有効性」:IDIの下でわが国の感染症対策支援の実績は効果的であったか
 IDIの有効性を評価するには、鋭敏で信頼性のある指標とそのデータの存在、IDI以前及びIDI以外の介入の除外、介入とインパクト発現までの時差などを考慮する必要があるため、今回の中間評価の段階では、厳密に有効性を評価することは困難である。したがって、本評価は政策レベル評価ではあるが、IDIの有効性を個々のプロジェクト評価の総体とみなし、ケース・スタディ国において疾病別にプロジェクトの有効性を検討するとともに、IDIの基本方針及び疾病別の国際的な取り組み(世界戦略)と照らし合わせて有効性を検討した。
 ケース・スタディ国の中で、フィリピンにおける結核対策支援はインフラ整備、人材育成、技術協力の面で大きな成果があがっており、また、当該国のみでなく他の援助機関・国際機関の優先課題とも一致している。タイにおいては最優先課題として広域性を持ったエイズ対策が挙げられるが、わが国が実施してきた技術協力と、現在行われている広域性を目指した取り組みは有効である。また、タイとケニアにおいては橋本イニシアティブを受けた広域的な国際寄生虫対策が実施されており、人材育成を中心に成果があがっている。エチオピアはエイズ、マラリア対策が優先課題と考えられるが、人材不足等の理由で期待された成果には至っていない。
 IDIの基本方針別に見た場合、まず(1)主体的取り組みの強化に関しては、結核対策・ポリオ対策等、世界戦略が確立したものでは当該国の十分な主体性が得られているが、エイズ対策を含め有効な戦略が未確定ないし模索中のものでは主体的な取り組みはやや弱い。(2)人材育成はわが国が力を入れてきた分野であり、結核対策分野をはじめ大きな成果をあげている。むしろ必要なのは、日本人の感染症分野における人材育成である。(3)市民社会、援助国、国際機関との連携に関しては、WHOとの密な連携が結核対策分野でみられ、また、ポリオ対策もWHO、UNICEFと共同で進められてきた。エイズ対策においては、連携はやや弱い。今後は、GFATMに国レベルで関わることが重要と思われる。世界との連携を強化するには組織的な取り組みが重要であり、疾患毎の国内拠点を強化する必要がある。(4)南南協力に関しては過去の技術協力の成果に基づいた第三国研修や、第三国専門家の登用が実施されており、多くの感染症分野で効果が上がっている。(5)研究活動の促進面では、HIV簡易診断法の開発やワクチン開発につながる基礎研究、結核対策のオペレーショナル研究等が技術協力の範囲で実施され、現場で役立つ知見が得られている。(6)コミュニティレベルでの公衆衛生の推進に関しては、DOTSを主とした結核への取り組み、地域の中でのHIV検査と、ケアの推進はいずれもプライマリへルスケアに基づいている。住民教育、学校保健や地域共同体を通じた寄生虫対策を含め、地域レベルの公衆衛生が有効に推進されてきたと言って良い。
 疾患別に見た場合、ポリオ対策については、わが国は国際機関との積極的な連携により、流行国等に対するポリオワクチン供与、サーベイランス強化、人材育成などの支援を通じ、世界戦略としてのポリオ根絶に向けたその貢献・有効性は多大であり、結核対策については、DOTS拡大を主にした人材育成、抗結核薬・機材供与を含む技術協力を通じ、わが国が援助している国では有効性が高かったと考えられる。それ以外のわが国の支援については、エイズ対策ではHIVサーベイランス強化、コミュニティに根ざしたエイズ対策モデル作り、HIV診断の改善など、マラリア・寄生虫対策では、学校保健を通じた寄生虫対策のパイロット作り、研究支援など、途上国の対策プログラムの特定部分を担ってはいても、そのアプローチは限定的であり、支援国レベルでも世界的なレベルでも、感染症制圧に向けた明確な有効性を示すには到らなかったと考えられる。
 一方、波及効果としては、IDIの発表が国際的な感染症対策の潮流を強め、GFATM設立の契機となったこと、また、社会開発分野への注目を集めたことなど、IDIの正の波及効果が見られていると考えられる。

「結論」:IDIとは何か
 IDIは、日本政府が感染症対策に対する具体的な資金拠出を表明することで、世界の政治的関与を引き出したとも言え、歴史的意義は大きい。その後、IDIの下、日本政府は2年半で24億ドルを越える貢献を現実に実施しており、IDIの下で進められているわが国の感染症対策支援に対する高い評価も得られている。
 しかし、IDIは支援総額、基本理念と方針が明示されてはいるものの、この方針は感染症そのものに特化したものではなく、広く従来から公衆衛生に必要な要素を含んでいる。つまり、IDIは公衆衛生要素を含んだ広義の感染症対策支援のイニシアティブである。しかし、世界的には感染症対策支援といえば直接的な感染症対策(当該国の感染症対策プログラム等)を支援することと捉えられていることから、日本の感染症対策支援では、どの様に感染症に対処するのかという具体的な方針及び方法が見えにくくなっている。この問題に対処するためには、3大疾患のみを対象にしているGFATMや、疾患特異的・選択的なアプローチをとる多くの世界のイニシアティブに対して、IDIのアプローチがやや異なることを明確に強調すべきであるが、今のところ、そのための広報には更なる改善が望まれる。また、支援総額の中でエイズ・結核・マラリア及び寄生虫対策への直接支援の割合が低いことの根本的な原因としては、わが国において世界的な感染症対策を推進できる人材が著しく不足していることが挙げられる。

第3部 今後のわが国の感染症分野協力のあり方

1.IDI終了時までの短期的提言

(1)IDIの広報活動を強化する
 国内・外におけるIDIの認知度は必ずしも十分ではない。今後は各関係機関の連携を密にすることに加えて、対外的にIDIをより積極的に広報する必要がある。感染症対策直接支援に加え、安全な水・基礎教育環境整備を通じた保健教育の強化・保健インフラの整備等の間接支援を含めた包括的な取り組みも重要であることを説明する必要がある。

(2)相手国のニーズを考慮し、IDI重点国/地域を選定する
 IDIの疾患別重点国または重点地域を選定し、有効な対策支援を進めるべきである。感染症対策支援を進めるため、わが国の限りある人材を考慮し、重点国への支援を効果的に進めることは、外交上の利益をもたらすことになる。重点国における感染症対策支援が成功した場合は、南南協力等を通じてその周辺地域等に対策支援を拡大すべきである。

(3)広域的感染症対策アプローチを推進する
 多くの感染症にとって今や国境はない。感染症対策を効果的に進めるためには、一国に限定した対応には限界があるため、拠点国を中心に広域アプローチを展開すべきである。エイズ分野における広域的アプローチとして現在タイに配置されているJICA広域専門家は、十分にその機能が活用されていない。広域専門家に対する在外公館やJICA現地事務所のバックアップ体制を改善し、現地ODA関係者が一体となった感染症対策支援の広域アプローチを推進すべきである。

(4)NGO支援を優先的、かつ積極的に進め、日本のNGOとの連携を図る
 感染症対策において有効な活動を行っているNGOも多く存在しているので、それらを積極的に支援すべきである。NGOの浮沈は著しいが、適切な現地のNGO発掘を進めるべく努力をする必要がある。支援内容としては、現地活動費、人材育成の機会、機材・備品・交通手段(車両)等が挙げられるが、ソフト面での支援も組み入れる等、状況に合わせた柔軟な対応が求められる。日本国内のNGOも海外との連携を密に活動しているものも多く、これらとの連携を図るべきである。

(5)未知の感染症に対応できる体制を整備する
 SARSに見られるように、未知の感染症が国境を越え、保健医療分野を越え、世界的に大きな影響を及ぼす可能性が高くなっている。このような未知の感染症が出現した場合、わが国にその対策支援が求められることが多くなるであろう。オールジャパン(後述)の感染症対策支援体制を確保するため、未知の感染症への迅速な対応を可能にする組織的、人的体制作りが求められる。この新しい感染症対策支援体制を確立するときは、世界の感染症対策の基本方針と迅速に連動できるように、日常的に国内外の関連機関と密接な連携をとっておくことが不可欠である。

(6)感染症対策の人材育成プログラムを強化する
 わが国で長年実施されている途上国のための感染症分野の人材育成は(結核対策等)、わが国と途上国間の人材ネットワークの構築に大きく寄与してきた。これにより途上国における感染症対策支援を企画・実施することが容易になっている場合が多く、わが国が感染症対策支援を進める上で大きな財産となっている。日本という場で国際的な人材を交えて、国際的に通用する感染症対策の質の高い研修を実施することの意義は大きい。既存の研修の継続と新たな研修の企画を含め、IDIの下でわが国での感染症対策の人材育成プログラムを更に充実する必要がある。

(7) 第三者を交えたIDIの客観的評価を実施する
 評価の客観性を増すために、わが国以外の第三者を交えた評価を実施する。真の広報効果も得られる。IDIの終了時評価を、WHO等も交えた合同評価の形で実施すべきである。

2.これからのわが国の感染症対策支援に関する長期的提言

[国内組織の整備]

(1) 省庁間の壁を越えたオールジャパンの感染症対策支援体制を構築する
 世界の感染症対策へのわが国の支援は、IDIが打ち出される以前から展開されてきており、外務省、厚生労働省、文部科学省、その他の省庁及び諸機関が様々な活動を行っている。世界から評価されるのはこの総体としての日本の感染症対策支援である。限りあるODAを有効に実施し、しかも世界に効果的に広報するためには、所轄官庁の壁を越えたオールジャパンの感染症対策支援体制の構築が望ましい。

(2) ODA感染症対策支援拠点としての国内感染症機関の強化を行なう
 近年、多くの先進国では新興・再興感染症の出現を来たし、新たに感染症対策の機能を強化しようとの動きがある。また、貧困と密接な関係にある世界の感染症問題を安全保障上の問題と捉え、グローバルな対策の必要性から国内の感染症機関の強化を積極的に進めている国も存在する。わが国が今後質の高いODA感染症対策支援を進めるためには、主体的に世界の感染症対策支援戦略を練り、技術指導を行なう国内の感染症対策支援拠点が不可欠である。このような施設・機関を政策的に強化する必要がある。

(3) 日本人の感染症対策専門家を育成する
 途上国における感染症対策支援を効果的に進めるためのカギは、国際的に通用する“感染症対策の人材”である。現在のわが国では感染症への関心は低くないが、人材育成の制度は弱いと言え、今後さらに人材不足に陥る可能性が高い。国内の感染症分野の人材育成が不十分のまま、需要の高まる世界の感染症対策への貢献の質を高めることは不可能である。わが国の感染症対策支援を質と量ともに向上させるためには、国際的に通用する感染症対策に精通した人材を育成する国内体制を整えることが必要である。さらに今後求められるのは、感染症対策全体に対する政策レベルの指導が行なえ、かつ、わが国ODAスキームに精通した人材である。このような人材を育成し、感染症対策の方針決定に深く関与させるべきである。このためには良い人材を養成し、その人材を政策レベルでの支援の現場に配置するための予算的措置が不可欠である。世界の貧困対策、人間の安全保障の視点に立った、わが国ODAの柱としての感染症対策支援を推進する上で最も重要な感染症分野の人材育成が急務である。

[戦略的アプローチ]

(4)感染症対策支援を戦略化するために疾患別の対策支援戦略を立てる
 感染症対策支援を効果的に進めるには、地域によって異なる疾患の疫学的情報、及び地域社会の特性を考慮し、科学的な根拠に基づいた(Evidence-based)戦略(対策方針)を立てることが不可欠である。このために、エイズ、結核、マラリア・寄生虫を中心とした感染症対策支援に関して疾患別の対策支援戦略をオールジャパンで立てるべきである。このために、エイズ、結核、マラリア・寄生虫を中心に感染症戦略を協議する仕組みが必要になる。こうした仕組みの下で、わが国全体の感染症対策支援への取り組みについて関係諸機関が緊密に調整するだけでなく、WHOをはじめとする国連機関及び国際保健・感染症対策に強い海外の大学等の外部専門家との連携を図り、援助方針の国別アプローチと重点課題別アプローチの有機的な連携を目指すべきである。

(5)感染症対策国家プログラムの支援を行なう
 近年、多くの効果的な疾患別感染症対策は国際的に標準化が進みつつあり、それに基づいて途上国の国家感染症対策プログラムが策定されている(結核対策やポリオ対策等)。過去には援助国による感染症対策モデル作りが調整・連携せずに別々に行われたこともあったが、近年、多くの援助国はこの国家感染症対策プログラム支援(国家結核対策プログラムの一部を直接支援する等)に重点を移しつつある。科学的な疾病対策の方針及び方法に基づき立てられた国家疾病対策プログラムを、それぞれの援助国・機関が部分的に支援し、全体でプログラム目標(国家目標)を達成しようとしているのである。わが国は独自のモデル作りを通じた技術移転を実施することがあるが、相手国の感染症対策プログラムの進展状況を考慮して、場合によっては、その感染症対策プログラムの一部分をわが国のODAで支援することを明確に意思表示することも重要である。また、今後、感染症対策支援をより効果的に進めるには、ミレニアム開発目標(MDGs)等の国際的な援助潮流との協調を具体的に図り、貧困対策としての包括的な地域開発プログラムの中で、感染症対策支援を位置付けることが必要である。

(6)感染症対策における人材を、日本人に限らず広く各国から登用する
 途上国の感染症対策ないし世界規模の感染症対策に習熟した人材は日本国内では数に限界があり、一方、途上国には良い人材が多く存在する。これらの人材は言語能力、文化・習慣に対する適応力等の点で有利なことがあり、適切な活用を通じ大きな効果が期待できる場合もある。また、わが国のODAにより途上国の感染症対策の人材を活用し、別の途上国での感染症対策支援を行なえば、わが国ODAの国際性を大きく広報することにもなる。現在の運用上の制約を簡略化し、人を通じた南南協力を促進すべきである。この意味では、第三国専門家の活用をより円滑かつ積極的に行なうべきである。

(7)イニシアティブに具体的な目標とモニタリングの方法を明記する
 感染症対策支援には、疫学的な根拠に基づいた具体的かつ適切な目標、ないし期待される成果、及び適切な指標を通じたモニタリングと評価の方法を明らかにすることが要求される。本来、MDGs等の世界的目標やそのモニタリング・評価と協調することが望ましいが、将来、感染症対策のイニシアティブを立ち上げる際、かかる協調が困難な場合でも、支援総額と共に、到達目標(感染症のどの指標を、いつまでに、どれだけ改善するか等)を予め定め、また、それをどのようにモニタリングすべきか、現実的な指標を設定することが求められる。すなわち、イニシアティブの目標達成のための方針及び方法が明確に示されることが不可欠である。そのためにも、上記の感染症対策に通じた人材の育成と活用が求められている。

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