援助評価報告書
ガーナ共和国灌漑小規模農業振興計画
I.評価プロジェクト等の概要
1.評価対象プロジェクト:灌漑小規模農業振興計画(プロ技)および灌漑施設改修計画(無償資金協力)
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参考視察プロジェクト1:オチェレコ診療所建設(草の根無償資金協力)
参考視察プロジェクト2:幹線道路セクター投資計画(有償資金協力)
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2.国名:ガーナ共和国
3.援助形態:無償資金協力とプロジェクト方式技術協力(プロ技)の組合せ
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灌漑小規模農業振興計画(プロ技)
協力期間:1997年8月1日~2002年7月31日
専門家派遣19名
金額:9億5,103億円(2001年12月現在実施額)
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(2) |
灌漑施設改修計画(無償資金協力)
協力期間:1998年度
金額:7億6,400万円
参考視察プロジェクト1:オチェレコ井戸及び共同診療所建設(草の根無償資金協力)
協力期間:1998年度
金額:785万7,502円
参考視察プロジェクト2:幹線道路セクター投資計画(有償資金協力)
協力期間: 95年度/97年度
金額:25億4,400万円(95年度)
102億8,700万円(97年度)
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4.評価者
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小浜裕久 静岡県立大学国際関係学部教授
高橋基樹 神戸大学大学院国際協力研究科助教授
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5.評価実施期間:2000年9月11日~9月15日
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6.プロジェクトの分野:農業(灌漑および営農・農民組織)
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7.プロジェクトの目的と現状
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ガーナ食糧農業省(Ministry of Food and Agriculture)傘下の灌漑開発公社(GIDA: Ghana Irrigation Development Authority)管轄下の灌漑農業地域において、無償資金協力による灌漑施設建設とプロジェクト方式技術協力(プロ技)によるモデル営農システムを確立する.首都アクラから東へ約30kmのアシャマン灌漑事業区(56ha)とアクラから西へ約70kmにあるオチェレコ灌漑事業区(81ha)の2つのモデルサイト、およびアクラの灌漑研修センターで協力を実施中。相対的にはアシャマン灌漑事業区の方が進んでおり、オチェレコ灌漑事業区では、我々が訪れた2000年9月13日にやっと灌漑用ポンプが動き始めた段階である。
II.援助プロジェクトの評価
1.対象プロジェクトの評価
(1) |
農民自身の手による協同組合を再活性化し、彼らにそのマネイジメント(資金管理、投入財の調達、水路建設など)を任せるといった方式は大変評価できる。農民のイニシアティブを重視した協力思想は高く評価されていい.制度的基盤が弱いと有効な援助は実現出来ない。
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(2) |
アシャマン灌漑事業区では、小規模クレジット(種子、肥料などの経常投入)がうまく回っている.運営は農民組合が担当している(専任の組合員でなく農民が交代で仕事をしている)。この小規模クレジットの導入によって、これまで流通に独占的な力を持つ買い付け業者(マーケット・マミー)から借りていた結果、作期がバラバラだったが、望ましい作期に植え付けが可能となり、生産性が向上したといわれている。このようなアシャマン灌漑事業区で実施されているソフト中心の援助は望ましい援助形態である。ただし、小規模クレジットの原資は、プロ技の現地業務費などから捻出されているのが現状である。見返り資金の活用とか、小規模クレジットの原資を別途予算化するなどの対応が望ましい。
このようなアシャマンでの一定程度の成功は、この地区の持つ初期条件によるところが大きいようである。アシャマンは都市圏に近く、都市の消費に対応した市場向け生産が相当程度を占めている。多くの農民は事業区の外に住む通勤農民である。そのために農業を業として、むら的な人間関係から切り離して営むことにになじみやすいと考えられる。また、上で触れたように小規模クレジットの成功は、農民組合の書記のひとりによれば、マーケット・マミーの貸し付けに対するオルターナティブとしての意味合いが強い。言い方を換えれば、マーケット・マミーの市場支配への対抗意識が一因となったために農民組織の強化が進んだと考えられる。
この点でもうひとつの事業区であるオチェレコは都市圏からかなり離れており、市場向け生産も少なく、農民組織は在来のむら的共同体と不可分にかさなっている。技術協力のプロジェクト・チームの方では十分な認識をしていたようであるが、オチェレコでの営農組織の育成強化にはアシャマンとは別のアプローチが必要と考えられる。この2つの事業区でのプロセスの違いを比較検討することを通じて、今後同様の灌漑農業振興案件を行う際のさまざまな教訓が得るようにすべきだろうし、ガーナ側とそれを共有する努力が必要だろう(下記(5)参照)。
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(3) |
GIDA (ガーナ灌漑開発公社)のマネイジメント能力:灌漑ポンプを動かすのに必要な経常費用(例えば燃料のディーゼル油)の予算措置が出来ていなかったらしい。それでオチェレコ灌漑事業区のポンプの始動が遅れ、日本側が強くプッシュして、必要とされるといわれる2,400万セディ(1ドル=約6300セディ)のうち1,000万セディをやっと調達して、前述のように9/13にポンプが始動した。
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(4) |
経常経費の調達:前項のように竣工から2000年9月13日まで巨大なポンプが稼動していなかったという問題は、内貨と援助資金の区分が計画段階できちんと決められていないのではないか、あるいは内貨部分をガーナ側がきちんと負担できるのかについての詰めが甘かったのではないか、という疑問を抱かせるものである。確かにこのポンプは天水と従来の灌漑では水の需要に応えられなかった事態のためのものとのことであり、そのような不足の事態が評価チームが訪れるまで発生しなかったという説明も成り立つかも知れない。しかし、そのような緊急のポンプとしては余りにも巨大で運転費用がかかりすぎるのではないか、という疑問も湧く(これについては下記(6)参照).事前調査が不十分だった可能性がある。
アフリカの援助案件では、交換公文、毎年のアフリカ側の予算文書策定、実際の経費支出の少なくとも3段階にわたって、相手方の経費負担を強く促し、チェックしてゆく必要がある.そのような努力をもってしても、必ずしも日本側が想定しているようなローカル・コストの負担が行われないのがしばしばあるケースである。今後無償のインフラ案件を進める際には、その運営維持のコストの負担力が先方にあるか否かを慎重に精査する必要があろう。貴重な税金を用いて行う援助を無駄にしないためには、そのような負担力が不足していると判断された場合には、案件の規模を小さくする勇気が必要だろう。
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(5) |
モデル営農事業であって、ガーナ政府はもっと多くの事業区(22事業区)を持っており、他の地区における追加援助要請が来る可能性がある。それに備えるべく、現在の2つのモデル地区での教訓をきちんとまとめる必要がある。また、そのような作業なしには追加的要請に応ずるべきでない。
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(6) |
上記(4)また下記(8)の自立発展性の問題と関連するが、コストとベネフィットの比較考量、コストの厳しい見積もり、コスト負担の可能性の厳密な検討が必要である。この点でオチェレコのように市場向けの農業生産の少ない貧困な村に、しかも外部の灌漑公社(GIDA)に全く運転費用を任せたかたちで、かなり規模の大きいくみ上げポンプシステムを作ることが果して賢明であったかどうかについて再検討が必要ではないだろうか。農民たちの自助努力による貧困削減が持続的に実現されてゆくためには、インフラ等についても、その運転維持、修繕、将来老朽化した際の再建費用の積み立て(償却費)などが、農民自身の負担力を考慮しつつ、計画される必要があろう。ガーナ政府の財政基盤の弱さ、財政管理能力の乏しさを考えると、一層農民自身の負担力を考慮したアプローチが必要と思われる。
もしガーナ政府もオチェレコの農民も運転維持費用をまかない続けてゆくことができなければ、巨費を投じたポンプが無駄になってしまう。象徴的なたとえ話になるが、評価時のガーナの名目金利は年40%に上っていた。日本の援助資金をインフラ施設に体化させて何も生み出さないまま遊休させるよりも、むしろ農民に現金のかたちで供与してガーナ国内の銀行に預けさせた方が農民にとって得だ、という言い方もできるかも知れない(むろん、そのような援助モダリティは存在しないが)。
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(7) |
生活用水:オチェレコ灌漑事業区では近代的なポンプ灌漑が動いているにもかかわらず生活用水は依然昔のまま川から人力で運んでいる。生活用水についても、小規模井戸など、何らかの協力があっていいのではないか。
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(8) |
自立発展性について:プロジェクト終了後、ガーナ政府と対象地域の農民が自主的に案件の成果を発展させてゆけるかどうか、について評価するのは、少なくともプロジェクト技術協力の部分については時期尚早であるかも知れない。しかしながら、現在の時点で以下の諸点を指摘できる。
1) |
アシャマンで農民組合に小規模クレジットの運営を任せていることは、財務的な自立発展性に向けた一歩と評価できる。が、将来的にはオチェレコも併せて、プロ技の終了後も農民組合を中心とするガーナ側が自主的に資金調達できるよう誘導してゆく必要があるだろう。また農民の貯蓄振興の可能性も考えられてよい。さらに、アシャマンの例が取りあえず一定の評価ができるとすれば、他の小規模農業振興プロジェクトなどにそのクレジット運営の経験を移転できないか、可能性を探ることも一案である。その際には上で触れたように、各地域の特殊性、初期条件に十分配慮すべきだろう。
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2) |
自立発展性の面からは、商品作物の市場、出荷方法、生産のための資金調達手法などを開発し、農民が自立的に担ってゆくようにしなければならない。この点とりわけオチェレコについては懸念が残る。
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3) |
ディーゼルでの揚水式を取っているオチェレコについては、運転費用と農業収入の釣り合いのみを見ても黒字となるのか、疑問である。もし、GIDAが全面的に揚水費用を負担するのであれば、農民としては収益向上となる可能性もないではないが、GIDAがようやく燃料代の1000万セディを捻出した経緯を見ても、費用負担については甚だ心もとない。さらに灌漑施設の保守管理費用、償却費などを勘定に入れた場合には、経済性があるのかどうか、大きな疑問が残る。これについては上記(4)や(6)で述べたとおりである。今後、規模の大きい揚水式に依存する灌漑への協力には慎重であるべきである。
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(9) |
事前調査の徹底:農産物のマーケティング(何を作りどこにどのような流通経路を通じて出すのか)を事前にきちんと調査すべきである。灌漑水量と作付け可能面積の関係を事前にきちんと詰めて援助を始めるべきだろう。
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2.援助評価の目的・考え方
ODAは税金・財政投融資資金など、国民のポケットから出たお金で援助するのだから、有効(effective)に使われなくてはならない。将来これまで以上によい援助にするにはどうしたらいいか、その教訓を得るために事後評価は実施されている(はずである)
(注1)。しかし日本社会の「通念」として、問題を指摘することは「減点の対象」につながり、担当者は嫌う。
援助評価のもう一つの問題は、プロジェクトサイクルの中できちんと位置づけて評価されてこなかった点である。事前審査、中間評価、事後評価が有機的に一体にならなくては、きちんとした評価は出来ない。
援助評価の第3の問題は、これまで、プロジェクト援助の事後評価は、その個別プロジェクトだけを考えて評価してきた。援助資金がファンジブルであることを考えれば、個別プロジェクトだけを見て評価することは一面的に過ぎるということになる。この点については、World Bank (1998) が詳しく論じている。
さらに、援助プロジェクトの評価は、事前評価であれ、中間評価であれ、事後評価であれ、マクロ、セクター、プロジェクトを一体にして評価なくてはならない。
3.援助の有効性について─Assessing Aidの主な論点
「有効な援助」をどう考えるべきかという問題について、World Bank (1998) は重要な視点を我々に提供してくれている。ここではごく簡単にそのメッセージをまとめて見たい。
国際社会にとって現在最も緊急のテーマは、地球的規模の貧困を減らすには、どのような開発援助が最も効果的か、ということである。貧困を減らすために援助をより効果的なものにするには、5つの改革が必要とされる。第1は、資金援助は健全な経済運営をしている低所得国に、より効果的に的を絞るべきだ。良い政策環境の下では、資金援助は、より速い成長、社会指標の迅速な改善、そしてより高い民間投資の触媒となる.しかしながら、劣悪な政策環境の下では、援助はあまり効果がない。
第2に、政策改革支援のための援助は、確かな改革者の政策改革努力を促進するために供与されるべきである。
第3に、援助活動の組み合わせは、援助を受ける国と援助対象分野の状況に合わせて、デザインされなくてはならない。はっきり分かっていることは、援助資金はしばしば流用可能(fungible)で、個別のプロジェクト・分野に向けられる援助資金は、必ずしもそのプロジェクトに向けられるのでなく、結果的に単に政府の予算を拡大するだけになる場合がある。
第4に、プロジェクトは、知識と能力を創造し伝えることに、焦点を合わせる必要がある。
第5に、援助機関は、政策的にひどく歪められ国々を支援するには、これまでと違ったアプローチを採らなくてはいけない。最も困難な環境においてすらも、改革の手がかりはある.ドナーは、忍耐強くかつフレキシブルに、これらの改革努力を育てる機会となる突破口を探す必要がある。概してアイディアは、大きな融資よりも役に立つ。
4.日本の対ガーナ援助政策とガーナ経済
前節に述べたような考え方に立てば、ガーナの経済発展、構造改革を評価し、ODA大綱などの日本の援助の基本方針に基づいて、対ガーナ援助政策は立案されなくてはならない。さらに、ガーナの開発政策・構造改革を常に批判的にレビューし、日本の援助政策は修正されていくべきである。
日本の場合、アメリカのように政治的な要素によって援助が決まることは少ないので、ガーナの経済社会開発に資する援助、という視点から援助政策を考えればいい。
4.1 ガーナの経済(注2)
アジアと異なり、アフリカ諸国の規模は小さい。サブサハラ・アフリカでは、ナイジェリアの1億2700万人を例外として、ほとんどの国の人口は2000万人に満たない
(注3)。ガーナの人口は1900万人である。
ガーナは、サブサハラ・アフリカで最も早く1957年に独立した.1983年には、積極的な安定化・自由化政策を始め、「構造調整の優等生」と言われた。表1は、1983年以降の構造調整の流れを簡単に見たものである。変動相場制の導入に始まり、貿易・投資自由化、民営化、財政・金融改革、地方分権化と、構造改革の「定番」メニューが進められていることが分かる。確かに、ガーナは、IMF・世界銀行の優等生だろう。
図1は、1960年代初めから1990年代末までのガーナの経済成長率のトレンドを5年移動平均値で見たものである
(注4)。確かに1980年代半ばから1980年代末にかけて急速に成長率が加速化していることが分かる。しかし成長率は、1980年代末から、4%程度で安定的に推移している。一方、インフレ率(GDPデフレーター)は1983年には100%を超えていたが、最近では10%台にまで低下してきている。
1980年代半ばには3.5%前後だったガーナの人口増加率は、現在では2.2%程度にまで低下しているので、4%の経済成長率ということは、一人当りで見ても年率2%程度所得水準が向上していることになる
(注5)。一人当り所得は350ドル程度でかなり低いが、年率2%の伸びは、それほど悪いパフォーマンスではない。
しかし「構造調整の優等生」と言っても、それはあくまで、「サブサハラ・アフリカでは構造調整の優等生」ということで、必ずしも十分な構造調整が進んだというわけではなかった。好調だったときの東アジア諸国のような民間部門のダイナミズム主導の経済に移行したというわけではない。
確かに投資率は上昇した。構造調整が始まった1980年代半ばには10%に満たなかったガーナの投資率(粗資本形成の対GDP比率)は、1993年以降20%を超えている。最近では30%を超えたという統計もある
(注6)。図1で述べたように、最近の経済成長率はほぼ4%である。投資率を30%と仮定すると、限界資本係数(ICOR=incremental capital output ratio)は7.5となり、とても投資効率がいいとは言えない
(注7)。
しかしサブサハラ・アフリカと東アジアを直接的に比較するのは酷かもしれない。サブサハラ・アフリカとアジア諸国の独立時期や人口密度、自然条件における違い、市場経済の未発達などの歴史的背景などを考慮すれば、「サブサハラでは」という留意は必要だろう。
産業構造は依然農業中心である。一番高いとき(1983年)には59%だった農業部門付加価値の対GDPシェアは、最近では35%程度まで低下したが、ガーナの産業構造は依然農業中心である。よく知られているように、カカオ、木材、パイナップル、金がガーナの主要輸出品であるが、最近のカカオ価格の低迷は、ガーナ経済にかなりの影響を与えている。
政治的には、ガーナは1992年の選挙で民主化への大きな一歩を踏み出した(Leite et al. 2001)。2001年1月には、選挙によって、19年間政権の座にあったJerry John Rawlings大統領からJohn A. Kufour大統領に政権が移管した。「ODA大綱」の「原則」に、「民主化の促進に留意する」とある
(注8)。したがって、民主的選挙、選挙による平和的政権交代は、日本の援助を考える場合、重要なファクターであると言える。
5.2 日本の対ガーナ援助政策
ここでは「ガーナ国別援助方針」、「ガーナ国別援助計画」などに拠って、日本の対ガーナ援助政策を考える
(注9)。
「ガーナが、西アフリカ地域における中心的国家であり、アフリカ諸国がかかえる2つの大きな課題である民主化、経済構造改革の双方において着実な進展を続けており、開発のために積極的な自主努力を行っていること、さらに、同国の国連平和維持活動(PKO)に対する貢献及び地域の平和・安定のために果たしてきた役割を高く評価し、ガーナに対し、今後も引き続き支援を行っていくことが、伝統的な友好関係を強化し、アフリカ開発への我が国の協力効果を高め、我が国の国際貢献に通じるものであることから、我が国はガーナを対アフリカ援助の重要な拠点として、同地域における最重点国の1つとして援助を実施していく」という「ガーナ国別援助計画」にある「対ガーナ援助の意義」に異論はない。
しかし「今後5年間の援助の方向性」では、(a)農業開発、(b)基礎的生活基盤の改善(基礎教育の拡充、保健・医療体制の拡充、安全な水の供給拡大)、(c)経済構造改革、(D)産業育成、(E)経済インフラの整備を我が国援助の重点分野としていく、と述べられている。要は、開発に必要なものはどれも大切だと言っているように見える。
このあとに、「特に、貧困削減がガーナにおける最大の課題であることを踏まえ、貧困層に直接裨益する基礎的生活基盤の改善に関する援助を優先的に実施していく。なお、ガーナは重債務貧困国であることから、同国の債務負担能力を勘案しつつ、無償資金協力、技術協力に重点を置いた支援を検討していく。また、ガーナ政府が自助努力による債務返済への意思を国際的に明確に表明していることから、有償資金協力についてはガーナの経済・債務状況などを十分に見極めながら、無償資金協力・技術協力との連携を考慮しつつ検討していく」と述べられている。ここでも、ガーナの貧困削減に 「基礎的生活基盤の改善」と「経済インフラの整備」のどちらが有効であるかという肝心の点についての基本認識、根拠は示されていない。さらに、債務が増えるから円借款は出さないと言っているかどうかも不明である。
援助プロジェクトの評価には、日本の「対ガーナ援助基本政策」といった、優先順位の付けられた、大きな指針が確立されていなくてはならない。日本の援助方針は、ガーナに限らず「総花的」で「優先順位」がついていない。部門間あるいは地域の優先順位がついていないものは援助の基本「政策」とは呼べないのではなかろうか。これも各省の「顔を立てる」ことによって、最大公約数の政策しか出てこないという「霞ヶ関の悪弊」であろうか。
こうした最大公約数的な、ガーナ政府をはじめ関係各方面の要望に沿った重点分野の考え方は、今後見直しが必要だろう.ガーナに限らずアフリカ諸国の経済停滞は深刻であり、あらゆる分野に開発の課題がある。しかし、援助の資源はどのような場合であろうと有限であり、援助で全ての開発課題に対応しようという発想自体を再考した方がよい。むしろ日本として、ガーナ側が有する資源は何か、他のドナーと比較対照した際の日本の優位性は何かなどを考慮しながら、ガーナに対して日本がすべきことは何なのか、焦点を絞って考えてゆく必要がある。
そうした中で評価者としては、農業セクターの援助に注目する必要を感じている。恐らく基礎的生活基盤の改善については貧困対策および人的資源開発の観点から政府および援助が果たす役割として広く強固なコンセンサスがあり、北西欧ドナーなどの関心の最も強い分野である。一方、持続的に貧困を削減してゆくためには小農大衆自身の生産力を強化し、所得を向上させる必要があるにもかかわらず、他のドナーは必ずしも積極的ではない。それには過去の政策の惨憺たる失敗、政府と民間のあるべき役割分担の曖昧さ、巨額の資金の必要性などさまざまな問題がある。けれども貧困削減を生産と所得の向上を通じて追求することは日本の自助努力支援の理念や過去のアジアでの援助の経験にも合致するものである。農業開発およびそれに関連したインフラ開発は政府や他のドナーの協力を得つつ、日本がイニシアティブを発揮してよい分野と考えられる。
このような考慮から、本件の評価対象案件を選んだのである。灌漑は、天水に依存したアフリカ農業の脆弱性、規模の小ささを克服する重要なオルターナティブである。
注
- もちろんこれ以外の目的による評価もあり得る。この点については、例えば、山谷(1997、第5章)参照。
- この節の記述は、一部、世界・IMF資料などに拠っている。
- 2000年のデータ.コンゴ民主共和国が5100万人、南アフリカが4300万人で、これ以外の国はすべて2000万人に満たない(WDR-2002, pp. 232-233)。
- 1960年から2000年の年次データから5年移動平均系列を作ると、1963年から1998年の系列が出来る。
- WDI-2001/CD-ROMによる。以下とくに断らない限り、データはこの資料によっている。
- 世界銀行Ghana Data Profileによる。
- ICORは、(資本ストックの増分=投資)/(GDPの増分)と定義される。定義から明らかなように、ICORが大きいほど投資効率は悪い。
- 「ODA大綱」は、外務省ホームページ参照。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/index/seisaku/taikou.html
- http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/enjyo.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/seisaku/enjyo/ghana._chu.html
- ポンプ灌漑による農民の収入増と、その資金をキャッシュで農民組合に供与した場合の農民の収入増のコスト・ベネフィット比較が甘いのではないか。
参考文献
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IMF and IDA (International Development Association). HIPC Enhanced Heavily Indebted Poor Countries (HIPC) Initiative - Preliminary Document. June 12, 2001.
http://www.imf.org/external/country/GHA/index.htm
Leite, Sergio Pereira, Anthony Pellechio, Luisa Zanforlin, Girma Begashaw, Stefania Fabrizio, and Joachim Harnack. Ghana: Economic Development in a Democratic Environment. IMF Occasional Paper No. 199, January 4, 2001.
World Bank. Assessing Aid - What Works, What Doesn't, Why. Washington, D. C.: World Bank, 1998.(小浜裕久・冨田陽子訳『有効な援助─ファンジビリティと援助政策』東洋経済新報社、2000年)S
World Bank. World Development Indicators 2001 on CD-ROM.→WDI-2001/CD-ROM と引用.
World Bank. World Development Report 2002. Washington, D. C.: World Bank, 2001. →WDR-2002と引用.
山谷清志『政策評価の理論とその展開』晃洋書房、1997年.
外務省からのコメント
- 本件無償資金協力の実施にあたっては、開発調査や基本設計調査を行い、長期にわたって協力の背景及び内容の妥当性を確認しています。まず、ガーナ側予算措置については、ガーナ灌漑開発公社(GIDA)側に対し、調査、計画、施行の各段階でGIDAが負担すべき金額を提示して説明し、予算措置を講ずるよう要請し、各段階でガーナ側に説明の上、合意を得て実施しています。今回指摘されているように、ガーナ側の予算措置が遅れた背景には、2001年にガーナが拡大HIPCイニシアティブ申請を決定したことに表れているように、ガーナ経済が悪化したこと、1999年には3州を中心として大規模な洪水が発生し、その復旧のために国家予算の多くが支出されたこと等があると思われます。また、維持管理費については、この灌漑地区に揚水や作付けが始まれば、換金作物による農家の現金収入が増えることから、維持管理費の拠出についても特に問題がないと考えられます。さらに、ポンプの規模についても、本計画の対象となっている農地(81ha程度)を灌漑するために必要な揚水量を算出した上で、必要最低限のポンプ(農業用としては小型に類する)を使用しています。
- 国別援助計画につき、「重点分野が総花的で優先順位がついていない」、「(ガーナに於いて)農業セクターの援助に注目する必要」等のご指摘がありますのでお答えいたします。十分な医療を受けられない貧しい人々を救うためには、まず医療サービスの改善が必要です。しかし、それだけでは不十分で、そうした人々に教育の機会を与え、更には雇用機会を創出していくことで、はじめて持続性のある開発が可能となり、真の貧困削減が実現できると考えます。このように、援助は包括的アプローチがとられることで、一層の効果を発揮します。他方、援助リソースに限りがあることは事実であり、できるだけ援助対象分野を絞り、メリハリのある援助を実施することも重要です。要は、両者のバランスを如何に巧くとっていくかにあります。こうしたことも念頭に置き、当該国政府、学界、経済界、NGO等関係者から幅広く意見を聴取し、策定されるものがわが国の国別援助計画です。米・英・加・蘭等主要ドナーが策定する援助計画でも、わが国の援助計画と同様、だいたい4つくらいの重点分野に絞られています。なお、援助対象分野重点分野として絞り込む一方で、実際に個別具体的な案件が複数の重点分野から提供された場合には、比較衡量の上、案件を選定することになりますが、このような柔軟な対応をするため、固定的な優先順位は付していません。
次に、農業セクターの件ですが、ガーナ国別援助計画(外務省ホームページに掲載)をお読みいただければ明らかですが、同計画では、農業開発を重点分野の第一項目に掲げ、その重要性を強調するとともに、行うべき援助内容についても具体的に解説しております。
- このように外務省としては、今後とも十分な調査を行った上で、必要な支援を柔軟に行っていく方針です。
以上