第6章 教訓・提言
(1) 目的に関する教訓と提言
1) ガーナ開発体系や援助モダリティの変化に対する検討
日本のガーナ教育セクターに対する協力の基本方針は、1999年まではガーナ国別援助方針、2000年以降は2000年に策定されたガーナ国別援助計画に基づいている。しかし、2001年以降、ガーナにおいては政権交代、拡大HIPCイニシアティブ申請、GPRSの策定といった大きな政策的変化が生じている。さらに、2004年1月からはGPRSとMTEFそしてESPがすべてリンクした総合的な行財政システムが始動し、一般財政支援の新しい援助モダリティであるMDBSとも連動することとなる。このようにガーナ開発体系や援助モダリティは急激に変化している。以上のような情勢を考えると、今後の効果的な教育セクター協力を考えるためには、その前提であるガーナ国別援助計画の見直しを含めた日本の対ガーナ協力方針の根本的な見直しが必要である。
なお、MDBSに対する対応については、今後さらに他ドナーの情勢をみながら検討していくことが適当である。MDBSへのシフトを推進しているDFIDにおいても、2003年3月の「教育セクター支援プログラム(ESSP)」評価報告書において、教育セクターへの支援を完全にMDBSを通じて行うにはガーナ側のキャパシティ醸成の進捗を見極める必要があり、さらに3~4年を要するとみている。日本としても、このようなリーディングドナーの動きとガーナ側のキャパシティの醸成を見極めつつ、今後の方針を決定することが望ましい。その際、デンマークがMDBSに少額(150万ドル)を投入し、各種セクターでもプログラム援助(コモンバスケット方式)から技術協力プロジェクトまで、多様な援助モダリティをバランスよく投入しており、1つのモデルとなるであろう
160。また、PRSPとMTFEの連動が先行して実施されているタンザニアにおいて、日本が農業SWAPに主導的な役割を果たしている経験も参考となるであろう((3)1)に詳述)。
(2) プロセスに関する教訓と提言
1) 今後の案件策定について
2003年5月から教育SWAPであるESPが本格的に始動しており、今後の日本の教育セクターにおける案件策定についてはESPの枠組みの中で行われることが大前提である。案件策定過程においては、今まで以上にガーナ政府や他の開発パートナー(ドナー、NGO、市民社会)と調整し、合意を得て案件を策定していくことが求められる。
その際、日本としてはこれまでの協力の成果やアプローチの優位性をより説得力のある形で分析・整理し、今後の案件形成の軸としていくことが重要である。このような観点から、今後案件を考える際のコンセプトとして、後述する「(3)結果に関する教訓と提言」の2)(基礎教育の質的向上への今後の支援に向けて)及び、3)(「教育行政のブロック」への支援)で言及している2つを提案する。
2) 案件策定における人員配置の見直し
ガーナ教育セクターは、1996年のfCUBE開始以来、援助協調が推進されてきた。日本はこれまでこの舞台において、政策アドバイザー型専門家や企画調査員が積極的に対応し、日本の協力をスムーズに展開し、一定の質を担保してきた。
しかし、上記(1)で述べたように、2004年よりガーナの開発体系や援助モダリティが新しい局面に入っており、援助方針の見直し作業や案件策定に関してはこれまで経験したことのない予測困難なプロセスを経ることが予想される。そのため、人員の拡充を含めた総合的な人員配置の見直しが必要である。その際、教育という1つのセクターだけでなく、MDBS支援も視野に入れたマルチセクターにおける日本の協力を総合的に把握し、案件策定および調整ができるような包括的な人員配置を考える必要がある。
また、今後の教育セクター支援はESPの枠組みの中で形成されることが基本であることから、ガーナの教育界に精通しかつ他ドナーの動向にも精通している人材(ガーナ人専門家含む)の登用が不可欠となるであろう。
3) 案件策定過程における大学関係者・JOCVの活用
教育分野の案件策定過程においては、ガーナ・日本双方の大学関係者の参加が案件の質を高めていることがわかった。従って、これからも教育セクター協力においては、ガーナ側と日本側双方の大学関係者のより積極的な参加が求められる。また、BEGINでは国内支援体制の強化が目指されているが、ガーナ教育セクター協力における大学コンソーシアムの構築と積極的参加の経験が今後の案件形成の参考となる。
また、ガーナ教育セクターにおいては、25年以上にわたり教育現場で活動してきたJOCVが、技プロ、開発調査、草の根無償などの案件形成に重要な役割を果たしてきた。現場の課題やニーズを掌握しているJOCVならでの知見・情報を、ODAの質と効率性の向上のために組織的に注入していくべきである。例えば、先述した「草の根のブロック」において、ニーズ調査、案件の発掘・形成、さらには実施促進(モニタリング)、評価など、一連の「PLAN-DO-SEE」のサイクルへの参加が考えられる。JOCVはボランティア事業であるために強制することはできないが、「PLAN-DO-SEE」のサイクルにおける活動メニューを提示し、隊員の意志によって自分の活動の中に取り入れていくということは可能であろう。
(3) 結果に関する教訓と提言
1) 教育セクターの援助規模について
日本は、ガーナ国別援助計画において、ガーナをサハラ以南アフリカの援助重点国として、また教育セクターを重点セクターと位置づけている。また、ガーナをSWAP実施の重点国として、特に保健と教育セクターにおいて主導的な役割を果たすよう促している。
しかし、評価対象期間における日本の援助総額は概算で17.4億円で、ドナー内で6番目であり、援助額全体(fCUBE以降)のおよそ5%に過ぎず、援助規模はあまりに少ない。現在、ガーナ教育セクターでは世界銀行とDFIDが協力額総額の約6割を占めており、日本が主導的な役割を果たしていくことは困難な状況である。また、現在の案件策定・実施体制から考えると、今後2~3年の短期的なスパンでみた場合、日本が案件を増加させ、援助規模を拡大し、ガーナの教育セクターにおいて主導的な立場につくことは容易ではないと予想される。タンザニアの農業セクターの例では、日本の長年の援助実績とその間築いてきた両国の信頼関係の上に、現地大使館とJICA事務所の強い意志の下、さまざまなスキームを連動させ、オールジャパンの総力を結集して、農業SWAPにおける主導的立場の確保に取り組んでいる。現在のガーナ教育セクターにおいては、このタンザニアの農業セクターほどの協力実績もなく、世界銀行やDFIDに対抗できるほどの日本側の実施体制もなく、国内の人的リソースのストックも乏しい。このような現状の中で、ガーナにおける援助モダリティ等の急激な変化に対応した対ガーナ援助戦略なくして援助規模を拡大することは避けるべきである。従って、当面は、MDBSへの他ドナーの動向を注視しつつ、日本としてもこのような新しい援助モダリティ等にどう対応していくのか、またMDBSへ参加した場合の現地援助実施体制のあり方、モニタリング・評価手法などさまざまな検討課題に対する対応策を検討しておく必要がある。
2) 基礎教育の質的向上への今後の支援に向けて
ガーナ教育セクターの喫緊の課題は、基礎教育の質の改善、特に教員制度の構造的な問題への対応である。日本としてもこれまで基礎教育の質の改善という課題に対して、技プロ(現職教員研修)を中心とする協力によってプログラム的に支援してきた。しかしその裨益エリアは小さく、研修受講教員の離職による裨益効果の低下も見られる。そのため、技プロとしては効率的な支援と協力終了後の自立発展に向けて、これまでの成果を国レベルへ広げるための現職教員研修の国レベルでの制度化および校内研修の拡充に取り組んでいる。しかし、これらの取り組みが成功したとしても、技プロが終了する2005年以降、プロジェクトの出した芽をさらに大きく育てるための何らかのフォローアップが必要と考えられ、そのための方策を今から練っておくべきであろう。
他方、ガーナにおいては1996年のfCUBE開始以降、多くの開発パートナーが基礎教育の質的向上を目指して、相当規模の支援を実施してきている。しかし、これまで各開発パートナーが一堂に会してそれぞれの支援の具体的な成果、そのアプローチの有効性、あるいは反省点・改善方法など共有する場はなかった。また、日本としても自らの技術移転の比較優位性について、他の開発パートナーを説得できるだけの十分な分析がなされてこなかった。従って、ESPのモニタリングと連動して支援手法について共同で議論できる場を、日本がイニシアティブをとって設定することは、他の開発パートナーのみならず日本にとっても有意義であると考える。また、ESP実施における日本の存在をアピールし、教育セクターにおけるプレゼンスを高めることにも貢献できるであろう。
3) 「教育行政のブロック」への支援
現在、ガーナにおいては郡教育事務所のキャパシティの不足が課題とされている。また本評価調査において、教育省―GES―州政府―郡教育事務所―学校―コミュニティの縦のラインの連携が不十分であることが問題として浮かび上がった。
日本としては、これまで教育省―GES―州政府―郡教育事務所―学校―コミュニティを一括して捉える「教育行政のブロック」への支援を行ってきた。この縦のラインを一括してみていること、それぞれのレベルとパートナーシップを築きながら、直接支援していることが、日本の協力アプローチのユニークなところであり、キャパシティビルディングにつながっている。しかしこれまでは、日本としてもその有効性についてあまり意識してこなかった。今後、教育セクターの総合的なキャパシティビルディングのために、この日本の「教育行政のブロック」へのアプローチをより戦略的に活用し、体系的に支援していくことが考えられる。
4) アフリカ域内の教育開発に向けて
アフリカ諸国の理数科教育の関係者のネットワークであるSMASSE-WECSAの会合は回を重ねるごとに規模が拡大し、日本のアフリカにおける理数科教育協力のプレゼンスを高めることに貢献している。2003年にガーナにおいて第3回目の会合が開催され、ガーナ教育セクター関係者の自信を深めるきっかけとなった。今後、ガーナ教育セクターは、ますますSMASSE-WECSA体制に積極的に関わり、アフリカ域内での教育開発の向上に資するための重要な役割を演じることが期待される。
また、ガーナは政治的、経済的に西アフリカ地域において指導的立場を確立しようと努力している。近隣国の公用語がフランス語であるという言語的な障害を乗り越えようと、中学校以上においてフランス語教育を必修としたことなどはその強い意志の表れである。このようなガーナ国内の気運の高まりを踏まえ、教育セクターにおいてもJICAスキームによる南南協力の展開が考えられる。さらに、日本としてはガーナにおける協力経験を生かして、西アフリカ地域における理数科教育強化への新たな協力を展開していくことも考えられるであろう。
加えて、日本はアフリカ域内の開発パートナーからADEAへの加盟が期待されており、BEGINの「わが国のあらたな取り組み」でもADEAへの参加を明示している。わが国としては一刻も早くADEAへ加盟し、理数科教育強化支援を通じた教育の質の向上に努め、アフリカ域内における教育開発分野において一定の立場を確立することが期待される。
<参考文献>
臼井麻乃(2002)『ガーナにおける小中学校理数科教育改善計画と理数科教師隊員活動の組み合わせによる協力効果の向上について』(第5回国際協力大学生論文コンテスト、JICAWEBページより)
奥川由紀子(2002)「ガーナ教育省個別派遣:教育政策/援助アドバイス最終報告書(2000年6月18日~2002年6月17日)」(2002年7月)
外務省『政府開発援助白書1994年版』、『政府開発援助白書1995年版』、『政府開発援助白書1996年版』、『政府開発援助白書1997年版』、『政府開発援助白書1998年版』、『政府開発援助白書2000年版』、『政府開発援助白書2001年版』、『政府開発援助白書2002年版』
我喜屋まり子(1999a)『業務報告書(対象期間1998年1月16日~1999年9月16日)』
-------(1999b)『総合報告書(ガーナ共和国教育改革プログラム)(派遣期間1997年10月16日~1999年9月3日)』
萱島信子(1999)「展望-国際協力:国際協力事業団(JICA)の教育協力の現状と課題」『国際教育協力論集』第2巻第1号、23-33頁、広島大学教育開発国際協力研究センター
黒田一雄(2004a)「教育分野の国際協力政策・戦略の世界的潮流と日本の教育協力」(ニジェール共和国教育省次官・局長本邦研修資料)(2004年1月)
-------(2004b)「国際開発コミュニティにおける教育援助の動向と課題-世界銀行の教育開発戦略の理解と考察を中心として」(ニジェール共和国教育省次官・局長本邦研修資料)(2004年1月22日)
黒田則博(2003)「ガーナ共和国小中学校理数科教育改善計画」の事例から」『アフリカの開発と教育』明石書店
国際協力機構、国際協力総合研修所(2003)『日本の教育経験()』国際協力機構
国際協力事業団(1998)『ガーナ共和国基礎教育(理数科教育支援)プロジェクト事前調査団報告書』国際協力事業団・社会開発協力部
国際協力事業団(2003)『ガーナ国小中学校理数科教育改善計画プロジェクト中間評価報告書(インパクト調査概要版)』
国際協力事業団、国際協力総合研修所(2002)『ガーナ国別援助検討会報告書』国際協力事業団
国際協力事業団ガーナ事務所(2003a)「Background Study for policy dialogue on Japanese Official Development Assistance to Ghana: Overview Report」国際協力事業団ガーナ事務所(2003年7月)
-------(2003b)「Background Study for policy dialogue on Japanese Official Development Assistance to Ghana: Supplementary Report」(2003年7月)
笹岡雄一、横関祐見子(2003)「TICAD IIIを契機に-包括的アプローチの提案」国際協力事業団
澤村信英(2000)「ガーナ共和国におけるポリテクニック教育の現状と展望」『国際教育協力論集』第3巻第1号、53-63頁、広島大学教育開発国際協力研究センター
隅田学、赤川泉、長尾眞史(2000)「発展途上国の理数科教育開発に関する基礎的研究―アジア諸国の理数科達成と学校のクオリティに関する問題点を中心に―」『国際教育協力論集』第3巻第1号、41-52頁、広島大学教育開発国際協力研究センター
豊吉直美(2002)「保健SWAPsを支援するに当たっての条件及びリスク:ザンビアとガーナのSWAPsを事例として」国際協力事業団・国際協力総合研修所
長尾眞文(1999)「教育援助評価に関する研究課題」『国際教育協力論集』第2巻第2号、143-154頁、広島大学教育開発国際協力研究センター
-------(2001)「援助における評価の目的と活用方法:南アフリカ理数科教育支援事業による例示」『国際教育協力論集』第4巻第1号、89-100頁、広島大学教育開発国際協力研究センター
-------(2003)「教育援助評価の現状と課題」『国際教育協力論集』第6巻第1号、1-18頁、広島大学教育開発国際協力研究センター
パシフィックコンサルタントインターナショナル(2001)『ガーナ国技術教育計画開発調査ファイナルレポート』(2001年11月)
橋本宣幸(2002)『四半期業務報告書(2002年9月26日~12月25日分)』
橋本宣幸(2003)『業務報告書(2003年3月27日~8月8日分)』
松田徳子(2002a)『平成14年度業務報告書No.1』
-------(2002b)『平成14年度業務報告書 No.2』
-------(2002c)『平成14年度業務報告書 No.3』
-------(2003a)『平成14年度業務報告書No.4』
-------(2003b)『平成15年度業務報告書No.5』
-------(2003c)『業務報告書 No.6』
-------(2003d)『業務報告書 No.7』
文部科学省ホームページ
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/kokusai/002/shiryou/011202_c_1.htm
横関祐見子、澁谷和朗、松田徳子(2003)「アフリカ地域の援助潮流の中でのプロジェクト運営-ガーナ小中学校理数科教育改善計画の事例から」『国際教育協力論集』第6巻第1号、2003年、137-150頁、広島大学教育開発国際協力研究センター
Budu- Smith, John..(2003). Capacity Development in Ghana: the Proejct Approach for Aid Effectiveness in Basic Education, Paper delivered at a World Bank / JICA/CIDA/UNDP International Symposium on Capacity Development and Aid Effectiveness in Manila on January 14-16, 2003.
Government of Ghana. (2003). Ghana Poverty Reduction Strategy 2003-2005-An Agenda for Growth and Prosperity, February 2003.
Ministry of Education.(2002a). Education Indicators at a Glance- EMIS Project. October 2002.
-------.(2002b). Education Sector Review (ESR)-Consultant. November 2002
-------.(2002c). Education Sector Review (ESR)- Final Team Synthesis Report. October 2002.
-------.(2002d). .Meeting the Challenges of Education in the Twenty First Century-Report of the President's Committee on Review of Education Reforms in Ghana. October 2000.
-------.(2002e). Textbook Development and Distribution Policy for Basic Education, February 2002.
Ministry of Education.(2003).Education Strategic Plan 2003 to 2015-Volume 1, 2. May 2002.
UNESCOホームページ
http://www.unesco.org/education/efa/wef_2000/index.shtml、
UNICEF. (2003). 2003 MID-TERM REVIEW Education Programme Third Draft.
UK Department for International Development.(2003). Evaluation of the Education Sector Support Programme (ESSP) 1998-2003. March 2003.
USAID.(2001).Overview of USAID Basic Education Programs in Sub-Saharan Africa III. USAID Webサイトより(PDF)
http://pdf.usaid.gov/pdf_docs/PNACK735.pdf(2001年2月発表)
World Bank. (2003). Implementation Completion Report on A Credit in the Amount of US $ 50 Millions to the Republic of Ghana for A Basic Education Sector Improvement Proje.t.June 2003.
160
橋本(2002)による。