
はじめに
エジプトは6.7千万人の人口を抱えながら、人口増加に伴うプレッシャーに食料自給ができず失業の増加という構造的な社会問題をも抱えているため、国家運営を一歩誤ると社会は一挙に不安定化する危険性をはらんでいる。
エジプトの安定のための要は、食料増産と安全な飲料水を確保するための水供給にある。
アスワンハイダムでの調整を受けたナイル川の河川水555億m3と地下水40億m3が淡水の最大利用可能量であるが、86%を農業に、10%を工業に、4%を都市水道にすでに使い尽くしており、新規灌漑農業開発に回せる水量は、水利用の合理化、節水、排水処理と再利用等、内部から生み出すしかない。アスワンハイダムの完成によって無限の水資源に恵まれるとの思い込みで放漫的水利用に慣れ親しんできた一般国民に有限な水の重要性は理解されてはいない。新規の従来型水資源開発が限界に達し、かつ水質汚染に代表される環境汚染が進む構図のなかで、水分野の政策(Policy)のパラダイム(Paradigm)を開発(Development)から管理(Management)に転換していく時代変わりつつあることを実感させるミッションであった。
9/11米国テロ事件を契機に、アラブの盟主を自認するエジプト政府の開発政策は貧困撲滅にむけて大きく転換し、大規模インフラ整備依存型の経済開発優先政策から地方の開発に目を向けて構造的な貧困問題を解決するための新しい援助政策プログラムを提示してきている。健康、教育、水供給がエジプト政府の新しい援助政策プログラムの最優先分野であるが、水供給プログラムは健康・保健・衛生プログラムとも密接にリンクしている課題でもあるため、水源⇒浄水⇒給水網⇒排水網⇒下水処理⇒再利用(資源循環)と人間の生活と接点をもつ生命体型水循環システムを総合的にとらえるアプローチを踏まえた包括的な水分野の援助プログラム形成に向けて第一歩を踏み出すことを意図して以下の報告書をとりまとめた。
他国ドナーとの関係をみると、1980年代に入ってから、欧米諸国は水道給水事業の無償資金援助から次々に撤退して、下水道・環境整備の協力に移行した。この最大の理由はエジプト政府がカイロの水道事業に対して著しい補助金政策を取りつづけていることにある。2000年代に入ってからは、米国(USAID)が、エジプトのインフラ整備分野からの完全撤退を目指して貧困対策とリンクしたキャパシティー・ビルディングに援助の方向性を転換させているために、新規の社会基盤開発案件のコミットは皆無になっていることが判明した。逆に、1990年代入ってからは日本が水道整備事業における無償援資金協力分野の唯一のドナー国になっている。
今回の評価対象は、1991年以降に実施された無償資金協力の上水道整備事計画3件と、本年6月にプロジェクトが完工したプロジェクト技術協力方式の水道技術訓練向上経計画一件で、終了時評価(JICA)、後現況評価(JICA)、在外公館評価 (外務省)が実施されている。他国ドナーの援助政策が大きく転換しつつあるなかで、過去10年間以上に亘って首都圏カイロを対象に継続されてきた無償資金協力を主軸にした数々の水道インフラ整備プロジェクトが一段落しかけているために、援助の横断的な事後評価を行う格好のタイミングにある。