1.評価調査の概要
1.1 背景・目的
政府開発援助(ODA)に関する中期政策(以下「ODA中期政策」)は、1999年に今後5年間の援助指針として策定されたが、2004年でその最終年に該当する5年目を迎えることから、外務省では「ODA中期政策評価検討会」を設置し、我が国のODA中期政策の意義・内容等を評価し、その見直し作業の参考として提言を聴取することとした。
1.2 評価者等
このような背景の下、ODA中期政策評価検討会は、外務省の委託を受けて、平成15年7月から平成16年3月まで、ODA中期政策の評価を行った。
<ODA中期政策評価検討会メンバー: 五十音順>
黒田 一雄 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 助教授
坂元 浩一 東洋大学国際地域学部国際地域学科 教授
三好 皓一 立命館アジア太平洋大学大学院アジア太平洋研究科 教授
牟田 博光 東京工業大学大学院社会理工学研究科 教授
弓削 昭子 国連開発計画(UNDP)東京事務所 駐日代表
1.3 評価方法
今回の評価では、ODA中期政策に記載されている内容全般(「基本的考え方」、「重点課題」、「地域別の援助のあり方」、「援助手法」、「実施・運用上の留意点」)を対象とし、対象を正確に把握するために「ODA中期政策の目標体系図」を作成した。
次にODA中期政策を評価するための基準の設定、必要な情報及び情報源の特定のため、評価の枠組みを作成した。「重点課題」及び「地域別援助のあり方」については「妥当性」と「有効性」を、「援助手法/実施運用上の留意点」については「適切性」を評価の基準として設定した。
1.4 評価の限界
本評価は、外務省の活動を中心に実施したものであり、他の関係府省、実施機関、国際機関については部分的な情報収集しか行っていないことから、評価に用いた情報量に限界がある。また、現行中期政策では定量的な目標が設定されていないため、既存の方法論に従った定量的分析は用いなかった。また、投入から最終目標までの因果関係の証明が困難であることから成果の帰属を分析することはできなかった。以上から、評価結果は数値で表記せず、文章表記によって行うこととした。
2.評価対象の外的要素
2.1 ODA中期目標からODA中期政策への転換
1999年8月10日、「政府開発援助に関する中期政策」(ODA中期政策)が閣議決定された。これは1977年から5次に亘って策定されてきたODA中期目標に続くものであり、当時の発表によると、「ODA中期政策は(旧)ODA大綱の基本理念、原則の下に向こう5年程度の我が国ODAの基本指針となるもの」である。また、中期政策の策定により、「ODAはODA大綱、中期政策、国別援助計画の三層構造に基づき実施される」こととなった。
2.2 ODA中期政策の内容と時代的背景
中期政策の内容は1992年に発表された旧ODA大綱に立脚し、かつ1993年に策定された第5次までの中期目標の内容、当時の潮流及び時代的要請を反映したものとなっている。具体的には経済・社会インフラ整備への協力とのバランスに配慮しつつ、従来以上に貧困対策や社会開発の側面及び人材育成や制度、政策等のソフト面での協力を重視し、「人間の安全保障」や「紛争・災害と開発」等の新しい概念や項目が盛り込まれている。また、1997年のアジア通貨危機なども含まれている。
2.3 ODA中期政策策定後の環境変化
現行の中期政策策定後にも、世界の援助潮流に影響を与える事象が発生している。「貧困削減戦略ペーパー(PRSP)」や「ミレニアム開発目標(MDGs)」はその代表例である。また、セクター・ワイド・アプローチや財政支援の導入が図られるとともに、「援助手続きの調和化」が検討されるようになった。この他、アジア経済通貨危機が収束に向かう一方、2001年9月11日の米国同時多発テロ事件等、安全保障問題がクローズ・アップされるようになり、ODAに関しても「平和構築」が一つの重点課題として議論されるようになった。また、国内的には経済財政事情を背景としてODAの「費用対効果」の向上を求める声が一層強まっている。
2.4 ODA大綱の見直しへ
このような情勢の中で、政府は2003年7月に新ODA大綱原案を公表し、同年8月これを閣議決定・公表した。新ODA大綱は「国民の利益の増進」「狭義の要請主義の原則の廃止」「人間の安全保障」という三つの新機軸を打ち出した。
3.評価結果
3.1 「重点課題」の妥当性及び有効性
(1)妥当性
「重点課題」の内容は、概ねODA大綱または開発ニーズと関連しており、全体として妥当性は高いものと評価できる。「薬物」は整合度が高いとは言えないものの、「経済・社会インフラ」「環境保全」「人口・エイズ」「アジア通貨・経済危機の克服等構造改革支援」「紛争と開発」「債務問題への取り組み」は整合度が高いと言える。
(2)有効性
全体的に見れば、中期政策の有効性は適度であったと言える。「重点課題」の内容は、分野別イニシアティブへ適度に反映されており、投入実績も適度である。項目別に見ると、「環境保全」「人口・エイズ」「エネルギー」「アジア通貨・経済危機の克服など構造改革支援」「債務問題への取り組み」において中期政策の有効性は高い。一方、「薬物」に関しては有効性は低かった。
3.2 「地域別援助のあり方」の妥当性及び有効性
(1)妥当性
「地域別援助のあり方」の内容は、ODA大綱または開発ニーズと整合があり、全体として妥当性は適度であると評価できる。特に、東アジア地域、南西アジア地域についてはODA大綱及び開発ニーズとの整合性が高い。アジア以外の地域については大綱に例示されているだけに過ぎず、地域的なアンバランスがあるが、大綱との関連度合いは多くのものが適度と評価されている。開発ニーズについては、中央アジア・コーカサス地域では関連度合いが比較的高い、また、アフリカ地域においては関連度合いが高いと評価できる。
(2)有効性
全体的に見れば、中期政策の有効性は適度であったと言える。「地域別援助のあり方」の内容は国別援助計画に適度に具体化されており、投入実績も適度である。地域的に見ると「東アジア地域」において有効性が高く、その他の地域は軒並み適度なレベルであった。
3.3 「援助手法/実施・運用上の留意点」の適切性
(1)「連携の有無」
全体的としての評価は適度である。「ODA以外のOOF及び民間部門との連携」「NGOとの支援及び連携」の取り組みは評価でき、「政府全体を通じた調整及び各種協力形態・機関間の連携」及び「他の援助国及び国際機関との協調」については様々な努力がなされているものの、不十分な点もあると判断される。
(2)「検証システムの有無」
評価はほぼ適度である。評価の仕組みの構築・整備と評価の実績という点では進展があった。事前評価は個々の事業・政策についても行われている。マクロ・レベル、政策レベルの評価の仕組みは十分ではないにせよ、そもそも政策レベルの評価を行っている国はあまり多くなく、我が国が非常に遅れているということはない。一方、中期政策を評価する体制が構築されていないこと、評価手法などの更なる整備が必要である点などが課題である。
(3)「国民参加促進のための取り組みの有無」「情報公開の取り組みの有無」
国民参加促進のための取り組みについては、高く評価できる。
4. 提言
上記の評価結果及び最近の援助動向を踏まえ、幅広い観点から、中期政策改善のための提言を行う。
4.1 ODA中期政策の位置付け
現行の政策体系において、中期政策はODA大綱と国別援助計画の中間に位置付けられ、ODA大綱以上の具体性とともに、国別計画を包含する抽象性が求められる。国別援助計画の存在しない国々では中期政策がガイドラインの役割を果たせるほどの具現性を備えていない場合もある。また、ODA大綱にて述べられている事項が中期政策に反映されていないことがある。従って、次期中期政策では、我が国の援助政策の体系における中期政策の位置付けを再定義し、その結果を中期政策の中で明記する必要があると考えられる。
4.2 政策の策定と管理 内容の構成
「成果重視マネジメントへの移行」という国際的な潮流に鑑み、各援助国・援助機関は従来のインプットもしくはアウトプットをベースとしたODAマネジメントから、アウトカム(成果)を重視したマネジメントに移行しており、我が国も中期政策の「基本的な考え方」において「成果重視」を強調するとともに、その成果の評価を通じて政策内容を改善するメカニズムについても論ずるべきである。
4.3 実施体制等
(1)権限委譲
より機動性のある効率的・効果的な援助を行うためには、現地への権限委譲が必要である。そのためには、各援助活動の実施目的・目標を整理した上で、その活動に対する責任の所在を明確化する必要がある。
(2)他組織、他機関との連携
NGOとの連携は一定の成果を上げており、引き続き「パートナーシップの強化」を指向すべきである。他の援助国・機関との協調については、フィールドレベルでは必ずしも適切な対応をとれていないケースも見られることから、援助協調に対する我が国の考え方、取組方針を中期政策の中で具体的に明示すべきである。また、国内機関間の連携については、有償・無償、無償・技協という援助形態ベースの援助システムから、国別、プログラムアプローチを取り入れ、目標に応じてこれらを組み合わせる方向へと移行することが望ましい。また、開発目標に合致した統一的な対応が可能となるよう組織面でも何らかの措置を検討すべきである。
4.4 中期政策の内容
(1)ミレニアム開発目標(MDGs)
MDGsは国際社会の中心的な考えとなっており、国際機関のみならず他の援助国においても援助枠組みの一つをなしている。したがって、MDGsを次期中期政策の基本的な考え方及び重点課題に対応させることが必要である。ただし、我が国の援助方針等に鑑みて選択的に対応することも考えられて良いと思われる。
(2)選択と集中
ODAは一定程度の「選択と集中」及び「優先順位付け」がなされなければ、投下資源が分散し、期待される成果を上げられない恐れがある。故に、まず「選択と集中」が可能になるような仕組みを盛り込むべきである。但し、「選択と集中」の度合いは、重点分野をいくつ設定するかだけでなく、重点分野の範囲をどのように定義するかによっても変化する点に留意する必要がある。また課題と地域との関連性についても議論する必要があろう。
(3)イニシアティブと中期政策の関係性
現行中期政策策定後に発出されたイニシアティブを次期中期政策に反映させる一方、今後、我が国が発出するイニシアティブは、基本的に次期中期政策の内容に沿ったものとすべきである。
(4)個別重点課題
「経済インフラ支援」について、我が国はかねてより経済インフラ分野への支援を展開してきた。現在、経済インフラ整備を支援することの重要性が再確認されつつあり、我が国が引き続き経済インフラ支援を推進するのであれば、次期中期政策において、その旨をより強く打ち出すことも一案である。
「平和構築」について、新ODA大綱では「平和構築(紛争予防及び紛争後の復旧・復興支援を含む)」が重点分野として新たに組み入れられており、次期中期政策においても平和構築を引き続き重点課題として位置づけるべきである。また、国際機関との連携強化の継続・促進についても明記することが重要である。
「ジェンダー」について、新ODA大綱では「社会的配慮」の一つとして「ジェンダーへの配慮」が盛り込まれた。この分野の開発ニーズは非常に強く、援助の妥当性は高い。ジェンダーを引き続き重点課題と位置付けるとともに、横断的テーマとして明示的に盛り込んでいくべきである。
「防災と災害予防」について、災害はそれまでの開発成果を滅失、減退させてしまうことがあり貧困削減の観点からも、途上国側のニーズが大きいことから、引き続き重点課題として位置付ける必要があると考えられる。
(5)地域別援助のあり方等
地域レベルの政治経済交流の活発化や地球規模問題の重要性向上に伴い、援助においても国境を超えた広域的なアプローチ、「リージョナル・アプローチ」の重要性が高まってくるものと想定される。次期中期政策においては、「地域別のあり方」をベースに、地域全体の分析を増やした上で、重点課題・国・セクターへと詳細化することを検討すべきである。また、我が国が当該地域において果たすべき役割、本アプローチの採択基準や実施方法・体制のあり方についても検討すべきである。
南南協力は適正な技術移転や費用対効果などの点からますます重要になっている。我が国はTICADにおいてアジア・アフリカ協力を推進するなど南南協力に積極的に取り組み、具体的な成果を上げてきたことから、南南協力を引き続き援助手法の重要な一つの柱として位置付けるとともに、前述の「リージョナル・アプローチ」を踏まえ、「地域別援助のあり方」において南南協力のコンセプトに関し言及することが望ましい。
4.5 情報公開等
(1)情報公開
情報公開に関する具体的な方法論(特に英文等によるホームページ作成)を記すべきである。
(2)開発人材の育成
援助体制整備の一環として、特に日本が援助国会合等においてリーダーシップを発揮し、我が国の存在感を示すことができるよう、政策提言や政策対話にたえうる開発人材を育成する必要がある。