匠の技術、世界へ 2
スマートフォンを使った母子健診で妊産婦と新生児の命を救う
~コンゴ民主共和国における産前健診デジタル化~
コンゴ民主共和国のルサヨ国内避難民キャンプにてポータブル超音波機器で妊産婦健診を行う様子(写真:UNFPA DRC)
現地の医療従事者に対し研修を行う古田氏(写真:株式会社SOIK)
中部アフリカに位置するコンゴ民主共和国は、豊富な鉱物資源に恵まれている一方、1990年代後半から続く武力衝突などの影響により医療インフラの整備が遅れ、多くの国民が十分な医療を受けられない状況にあります。政府が規定する医療水準を満たす国内の医療機関はわずか約6%足らずであり、母子保健分野でも、妊産婦の死亡率は日本の約100倍、新生児の死亡率も約50倍に上り、特に医療施設までアクセスの悪い農村部における状況が深刻です。
このような状況を背景に、沖縄に拠点を置く株式会社SOIK(ソワック)は、「アフリカ全ての母子に質の高い医療を届ける」というビジョンの下、ビジネスを通じてアフリカで医療課題の解決に挑んでいます。同社の代表取締役CEO・古田国之(ふるたくにゆき)氏は、かつてJICA職員としてコンゴ民主共和国に駐在した経験があり、同国で国際協力事業に携わる中で、現地の医療事情を改善しなければならないという意識を強く抱くようになりました。古田氏は、「新たな技術でイノベーションを起こすには、トライ&エラーを重ねながら失敗を恐れずに試行錯誤を繰り返すことができるスタートアップの手法が適していると考えた。」と語ります。その後、ポータブル超音波検査機器を開発するスタートアップでの勤務を経て、2019年にSOIKを起業しました。現在は、同社を中心に開発した「SPAQ(エスパック)」を通じた妊産婦健診により、母子保健の向上に取り組んでいます。
SPAQは、ポータブル超音波検査機や血圧計などの医療機器(ハードウェア)と、電子カルテ機能を持つスマートフォンアプリ(ソフトウェア)から構成され、設備や機材が整っていないへき地の診療所でも、「リュックサック一つ分」の機器とスマートフォンがあれば健診が可能です。また、高度な医療知識を持たずに操作できるため、医療従事者に加えて、地域で支援にあたっているボランティアスタッフも操作を行うことができます。
SPAQを活用した研修を実施する上で、同社が特に重視したのは分かりやすさでした。多様な民族や言語が混在し、教育水準にも差があるアフリカ地域において、多くのユーザーが確実に使いこなせることを目指し、SPAQ使用に当たってのトレーニングでは「参加者の理解度を逐一確認しながら、一歩一歩丁寧に指導を進め、『理解の階段』の段差を小さくすることを意識した。」と古田氏は振り返ります。コンゴ民主共和国で始まった同事業は、現在ではアフリカの計4か国に広がりました。各国の保健当局へSPAQを導入し、既に25,000件を超えるデジタル妊産婦健診が行われ、100件以上の命が救われました。
それまでの同国における実績も土台となり、2023年には、日本政府から支援を受けた国連人口基金(UNFPA)と連携し、東部の主要都市であるゴマの国内避難民(IDP)キャンプにおいてSPAQの導入・実証事業が行われました。12名の医療従事者を対象に研修を実施し、4か所のIDPキャンプへ派遣した結果、現地で高いニーズが示され、IDPキャンプにおける受診数は当初計画の約3倍を達成しました。同社は現在もUNFPAと協力しながら、IDPキャンプにおける質の高い医療の実現に取り組んでいます。
SPAQをより広く普及していくに当たり、古田氏は、今後は、SPAQを現地の医療保険制度に組み込むなど、行政とより緊密に連携する必要性を説きます。また、「提供する検査や機器はあくまでも一つの手段に過ぎず、私たちの目指すゴールはアフリカ大陸における母子死亡率の減少です。」と強調し、「そのためにも、死亡率減少など客観的に評価できる成果指標を設けることで、ビジネスとして自走できる仕組みを創り上げたい」と語ります。同氏はさらに、アフリカ以外の、世界の紛争地域における十分な医療サービスを受けられない人々への支援にも意欲を示します。現在、SOIKは、日本政府の補助金を活用して、医療施設に通えない妊産婦に向け、電波のない環境であっても妊娠週数、子宮外妊娠や前置胎盤のリスクを自動判定できる「スマホ型AIエコー」の開発に取り組んでいます。
今後も、日本の民間企業の技術や知見を活用しながら、官民で連携することで、技術移転・人材育成・制度構築が一体となった持続可能な取組に発展させていくことが期待されます。コンゴ民主共和国の医療体制がこのような「匠の技術」によって改善され、ひいては地域の安定と成長にも資する─そうした未来が描かれつつあります。
