匠の技術、世界へ 1
日本発の技術「スマートマイニング+」で世界の鉱山の“未来”を変える
~カザフスタンでデジタル技術と環境配慮を融合した新しい鉱山開発の在り方を実装~
セキソフカヤ金鉱山の坑内での調査(写真:北海道大学)
JICA、カザフスタン政府、北海道大学、ナザルバエフ大学間の覚書署名式(写真:北海道大学)
近年、コバルトやリチウムなどのレアメタルの需要が世界で拡大する中、私たちの日常生活を支える鉱物資源の安定供給は、各国にとって経済安全保障の観点から重要性を増しています。一方で、鉱山開発は環境汚染と常に隣り合わせであり、坑内で湧出した地下水は、鉱物やその他の有害物質を含んだ汚染水となり河川や土壌を汚染し、下流域の農業や人々の生活に悪影響をもたらします。安全に、また事業としての採算性を維持しながら、環境汚染を防ぐにはどうすればよいか。この課題に対し、デジタルの力で解決を図ろうという日本発の技術が、世界から注目を集めています。
その中核を担うのが、北海道大学の川村洋平教授が提唱する「スマートマイニング+(プラス)」です。従来の鉱山工学に情報通信技術(ICT)を組み合わせることで生産性と安全性を担保する「スマートマイニング」の概念をさらに発展させ、環境との調和を重視する「責任ある鉱業」の観点を加味したコンセプトです。
従来の鉱山では、坑内を掘り進めながら、図面上で作業内容や安全性が検討されていたのに対し、「スマートマイニング+」のアプローチの下では、地上から見えない地下空間に広がる鉱山全体をデジタル空間上に「見える化」し、坑内のセンサーから取得した各種データを反映することで、地上にいながらにして坑内の状況をリアルタイムで再現できます。坑内の温度や湿度等の把握は、安全性の観点から、鉱山従事者の労働環境のモニタリングにも応用できるほか、環境配慮についても、地下水の流出や崩落といったリスクをAIがデジタル空間上でシミュレーションすることで、環境汚染や事故の防止に大きく寄与することが期待されています。
この新たな取組は、科学技術振興機構(JST)とJICAが連携して実施する地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)注1に採択され、5年間の研究期間中に、世界有数の鉱物供給国である中央アジアのカザフスタンの金鉱山で実装を行う予定です。北海道大学と現地のナザルバエフ大学を中心として、両国の研究機関や民間企業などが連携しながら、約半年間かけてネットワークの敷設や地質調査が行われ、2025年4月からは鉱山の「見える化」作業が開始されました。同国では、環境に配慮した鉱山開発を促進すべく、同技術を導入した鉱山で採掘された資源に公的な認証を与える制度の創設に向けた検討も始まっています。
「スマートマイニング+」の根底にあるのは、汚染が起きてから対処するのでなく、汚染の原因を絶つという考え方です。川村氏は「東洋医学の『未病』の概念のように、発生後の対応ではなく根本から処置するアプローチは、私たち東洋人が得意とするところなのかもしれない。」と分析します。日本には明治期以来100年余にわたって鉱山由来の環境汚染と対峙し、中和処理を実施してきた歴史があります。川村氏は「日本の中和処理技術は、世界でもトップレベルの水準。同技術や知見を、現在も操業する世界の鉱山に提供し、汚染水が鉱山の外へ流出する前に中和することで、環境破壊や公害の発生を未然に防ぐことができる。」と、日本だからこそ果たせる役割に言及します。
日本は世界でも有数の鉱物資源需要国です。「資源をただ求めるだけではなく、相手国の環境への負荷を減らし、持続的な操業を可能にする技術を提供することで、日本は信頼されるパートナーとなる。『スマートマイニング+』に基づく技術の普及は、中長期的には日本の『資源外交』に大きく寄与できるのではないか。」と、川村氏は力強く語ります。また、今後の展望について、同氏は「SATREPSの研究期間終了後は、同技術をビジネス化し、世界各地に展開していきたい。」と意気込みを語ります。デジタル技術と環境配慮を融合した「スマートマイニング+」は、日本の知恵と経験が世界の資源開発の在り方を変えていく、大きな可能性を秘めています。
注1 用語解説を参照。
