国際協力の現場から 05
インドネシア初の「地下鉄」をオールジャパンで実現
~ジャカルタの都市交通を日本の技術で変える~

ジャカルタMRTの車両(写真:JICA)

建設の際の日本人技術者とインドネシア人技術者による打ち合わせの模様(写真:JICA)
2019年3月、インドネシアの首都ジャカルタで、東南アジアで初めての「オールジャパン」の地下鉄プロジェクト、ジャカルタ都市高速鉄道(MRT:Mass Rapid Transit)が開通しました。MRTは日本の円借款により約13年間かけて、基本設計、建設工事、車両や信号、改札などのシステム導入および運営維持管理ノウハウに至るまで、全面的に日本の技術と運営ノウハウを導入して完成したものです。
ジャカルタでは、この20年間で、バイクと自動車の登録台数がそれぞれ約14倍、3倍と大幅に増加しています。その結果、非常に深刻な交通渋滞、さらには大気汚染や交通事故を引き起こし、多大な人的・経済的損失を招いています。そのため、公共交通網の整備は、今後も人口増加が続くと予想されるジャカルタにおいて喫緊の課題でした。
その解決のために大きく期待されたのが、人を大量かつ正確に輸送できるMRTの計画です。今回開業したのは、ジャカルタの中心部と南部の住宅地をつなぐ「南北線」の一部である約15.7キロにわたる区間。地下区間が5.9キロ、高架区間が9.8キロで、13駅が約30分で結ばれています。この鉄道の開通により、これまで1時間半程度かかっていた南部の住宅地から中心部へのアクセスが30分に短縮されることになりました。
JICAの安達裕章(あだちひろあき)所員は、MRTによってもたらされた交通事情の変化を次のように語ります。
「ジャカルタMRTの一番の魅力は日本の鉄道と同程度の運行時間の正確さです。渋滞などに影響されず、定時に目的地に着ける点でしょう。さらに、日本を参考にして運行会社の努力により、駅や車内が綺麗で清潔に保たれている点も長所だと思います。」
MRTには、同国初の信号システムである無線式列車制御システム(CBTC)に加えて、自動運転システムが導入されています。車両の停車やドアを開けるのもシステムが自動で行い、運転士の仕事は本線区間においてはドアを閉めることと車両の発進のみです。現在、通勤時間帯は5分間隔、それ以外は10分間隔で運行され、4月以降の開業以降、99%を超える定時運転率を実現しています。まさに日本の最先端のシステムが備わった鉄道といえます。
一方でMRTの車内は、座席はメンテナンスを考慮してプラスチックで作られており、清潔な空間を維持するために飲食禁止となっています。しかし、イスラム教徒が人口の大半を占めるインドネシアのラマダン(断食月)の習慣を尊重し、ラマダン期間中は日没を車内放送で知らせ、「断食明けに食するデーツ(ナツメ)の実と水は良い、ただし、ゴミは持ち帰ること」となりました。これも、インドネシアの文化を第一に考えた結果です。
安達所員は、MRTの建設に際し、特に苦労した点を次のように語ります。
「特に大変だったのは、工程管理でした。駅や高架線を建設するための用地取得がなかなか進まず、当初の計画から大幅な変更を余儀なくされてしまいました。」
しかし、実施機関であるMRTジャカルタ社と土木建設を担当する日本の建設会社各社、設備の敷設(ふせつ)を担う企業、施工監理や従業員の訓練を担うコンサルタントなどが密接に連携し、それぞれ同時並行的に作業を進めることで、度重なる計画変更を乗り切り、2019年3月の開業にこぎつけることができました。
インドネシアで初となる地下鉄ですが、運行会社となるMRTジャカルタ社は経験ゼロからのスタートでした。運営維持管理の支援を行ってきた日本コンサルタンツ株式会社の宇都宮真理子(うつのみやまりこ)技術本部副部長は次のように語ります。
「今後、この鉄道を運用し、何かアクシデントがあったときに対応しなくてはならないのは、ジャカルタの鉄道員たちです。ここでは、日本のやり方がいつもあてはまるとは限りません。そのため、技術と運営ノウハウの伝承については、とにかく現地の職員の自主性を大切にしました。」
MRTができた結果、市民の生活様式にも変化が起こりました。何よりもMRTを利用することで、交通渋滞に巻き込まれず短時間で目的地にたどり着けるため、利用客から便利な交通手段と評価されるようになり、家と駅の間はバスやバイクタクシーを利用し、駅から目的地まではMRTを利用するという新しいスタイルが生まれました。MRTの開業以降、これまで公共交通機関の中心的存在であったバスも、MRTの駅に合わせた路線への変更が行われており、バイクタクシーの待機場所も駅前に整備されつつあります。こうした従来の交通機関とMRTが、今後いかに融合していくかが重要な課題となっています。安達所員は今後の展望について語ってくれました。
「ジャカルタは東京23区とほぼ同じ面積ですが、周辺都市も含めたジャカルタ首都圏人口は、近い将来3,500万人以上に達するといわれています。その意味で、MRTをさらに充実させていくことは非常に重要です。東京の地下鉄の総延長は約300キロ。ジャカルタでは、まだ15.7キロが開通したばかり。やっとスタートしたに過ぎません。」
今後も、日本の鉄道技術の粋(すい)がジャカルタの交通課題を解決し、市民に新しい生活スタイルを提供していけるよう、日本の技術と運営ノウハウへの期待はさらに高まっています。