第Ⅲ部 地域別の取組
世界では国や地域によって抱える課題や問題が異なります。したがって、それぞれの地域が抱える状況に応じた協力を行っていく必要があります。日本は、各地域における問題の経済的、社会的背景なども理解した上で、刻一刻と変化する情勢に柔軟に対応しながら、重点化を図りつつ、戦略的、効果的かつ機動的に開発協力などを行うことで開発途上国の問題解決に取り組んでいます。
1 東アジア地域
東アジア地域には、韓国やシンガポールのように高い経済成長を遂げ、既に開発途上国から援助供与国へ移行した国、カンボジアやラオスなどの後発開発途上国(LDCs)、インドネシアやフィリピンのように著しい経済成長を成し遂げつつも国内に格差を抱えている国、そしてベトナムのように市場経済化を進める国など様々な国が存在します。日本は、これらの国々と政治・経済・文化のあらゆる面において密接な関係にあり、この地域の安定と発展は、日本の安全と繁栄にも大きな影響を及ぼします。こうした考え方に立って、日本は、東アジア諸国の多様な経済社会の状況や、必要とされる開発協力内容の変化に対応しながら、開発協力活動を行っています。
■日本の取組
日本は、質の高いインフラ整備を通じた経済社会基盤整備、制度や人づくりへの支援、貿易の振興や民間投資の活性化など、ODAと貿易・投資を連携させた開発協力を進めることで、この地域の目覚ましい経済成長に貢献してきました。近年は、基本的な価値を共有しながら開かれた域内の協力・統合をより深めていくこと、相互理解を推進し地域の安定を確かなものとして維持していくことを目標としています。そのために、日本は、これまでのインフラ整備と並行して、防災、環境・気候変動、法の支配の強化、保健・医療、海上の安全等様々な分野での支援を積極的に実施するとともに、大規模な青少年交流、文化交流、日本語普及事業などを通じた相互理解の促進に努めています。
日本と東アジア地域諸国がより一層繁栄を遂げていくためには、アジアを「開かれた成長センター」とすることが重要です。そのため、日本は、この地域の成長力を強化し、それぞれの国内需要を拡大するための支援を行っています。
●東南アジアへの支援
東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国注1は、日本のシーレーンに位置するとともに、2017年10月時点で12,000に上る日系企業(事業所数)が進出するなど経済的な結びつきも強く、政治・経済の両面で日本にとって極めて重要な地域です。2015年に「政治・安全保障共同体」、「経済共同体」、「社会・文化共同体」からなる「ASEAN共同体」を宣言し、域内の連結性強化と格差是正に取り組んできました。日本は、こうしたASEANの取組を踏まえ、連結性強化と格差是正を柱として、インフラ整備、法の支配の強化、海上の安全、防災、保健・医療、平和構築等の様々な分野でODAによる支援を実施し、これまで、ASEANに対して累計で約17兆9,300億円を供与してきました。さらに日本は、2013年に開催された日・ASEAN特別首脳会議において、ASEANに対し、5年間で2兆円規模のODAによる支援を表明し、その額を上回る支援を実施しました。これが呼び水となり、日本企業による過去5年で8兆円を超える投資が行われました。2018年11月に開催された日ASEAN友好協力45周年記念首脳会議においてもASEAN側から表明されたとおり、このような取組はASEANから高く評価されてきています。
連結性の強化に関しては、日本は、物理的インフラの整備にとどまらず、制度の改善や現地の人々の技術移転等を通じてインフラを最大限活かす「生きた連結性」を実現しています。2016年のASEAN首脳会議において、ASEAN域内におけるインフラ、制度、人の交流の3つの分野での連結性強化を目指した「ASEAN連結性マスタープラン」の後継文書である「ASEAN連結性マスタープラン2025」*が採択されました。日本は、この新しい文書に基づいて、引き続きASEAN連結性支援を行っていきます。
インフラ整備に関しては、日本は、東南アジア諸国に対するこれまでの支援の経験も踏まえ、国際スタンダードに沿った「質の高いインフラ投資」の重要性を表明しています。2016年のG7伊勢志摩サミットに先立ち、安倍総理大臣は「質の高いインフラ輸出拡大イニシアティブ」を発表し、アジアを含む世界全体のインフラ案件向けに、今後5年間の目標として、オールジャパンで約2,000億ドルの資金等を供給すると同時に、さらなる制度改善を進めていくことを表明しました。
また、日本は各国のニーズに沿った個別の支援を進めるとともに、2016年からは、ASEAN全域を対象としたASEAN災害医療連携強化プロジェクトを行っており、ASEAN地域の災害医療分野における連携体制構築を目指し、同分野の調整能力強化を進めています。
さらに、日本は、アジアにおける持続的成長には、インフラ整備に加え、各国の基幹産業の確立や高度化を担う産業人材の育成が不可欠との考えの下、安倍総理大臣が、2015年の日・ASEAN首脳会議の場において、3年間で4万人の産業人材の育成を行う「産業人材育成協力イニシアティブ」発表し、2018年時点で、アジア地域において約8万人の産業人材育成を実施しました。また、2018年11月の日・ASEAN首脳会議において、次の5年を見据え、「産業人材育成協力イニシアティブ2.0」としてAI等のデジタル分野を含め、新たに8万人規模の人材を育成することが表明されました。また、技術協力を通じてASEANの一体性・中心性に貢献するため、日・ASEAN外相会議の機会に日・ASEAN技術協力協定の実質合意を確認しました。日本は今後も、アジアにおける産業人材育成を積極的に支援していきます。加えて、日本は、ASEANを含むアジア諸国との間で、日本の大学院等への留学、日本企業でのインターンシップ等を通じ、高度人材が環流することをODAで支援し、日本を含むアジア全体のイノベーションを促進するための「イノベーティブ・アジア」事業を行っており、2017年度から2021年度までの5年間でアジア全体から約1,000人の受け入れを目指しています。
ASEAN諸国の中でも特に潜在力に富むメコン地域注2に関しては、毎年開催している日本・メコン地域諸国首脳会議(日・メコン首脳会議)のうち日本で開催する回(おおむね3年に1度)において、地域に対する支援方針が策定されています。2018年10月、日・メコン首脳会議が東京で行われ、今後の日メコン協力の方向性を示した「東京戦略2018」が採択されました。同戦略は、①生きた連結性、②人を中心とした社会、③グリーン・メコンの実現を3本柱として協力を進めていくことを定めています。また、この3分野での協力を通じて、(1)「持続可能な開発目標(SDGs)」の実現、(2)自由で開かれたインド太平洋の実現、そして(3)メコン諸国自身の経済協力枠組みであるアクメクス(ACMECS)との連携という目標の実現を図るとしており、同戦略の行動計画として、これら3つの目標の実現に資する具体的なプロジェクトを特定しました。メコン各国からは、過去3年間で7,500億円以上のODA支援の実施完了コミットメントを含む、日本のこれまでの協力に対する評価が示されました。
メコン地域の中では、特に民主化の進展に取り組むミャンマーに対して、2012年、日本は経済協力の方針を見直し、急速に進むミャンマーの改革努力を後押しするため、①少数民族に対する支援を含む国民の生活向上、②法整備支援や人材育成、③インフラ整備を3本柱とし、幅広い支援を行っています。特に、最大都市ヤンゴン近郊のティラワ経済特別区(SEZ:Special Economic Zone)の整備のため、日本は官民を上げて協力しており、日本政府はODAにより周辺インフラの整備に貢献しています。2019年1月現在、世界から101社(そのうち52社が日本企業)が進出し、既に68社(うち日本企業は40社)が稼働しています。これは、日本の「質の高いインフラ投資」が世界からの信頼に結実した成功例といえます。
また、少数民族和平を促進すべく、停戦が実現したミャンマー南東部において、住宅や基本インフラ整備、農業技術指導を含む復興開発支援を進めているほか、2017年に70万人以上の避難民が流出した西部のラカイン州では、現地の状況改善及び避難民の安全、自発的且つ尊厳のある帰還の促進のため、人道・開発支援に重点的に取り組んできます。
- *ASEAN連結性マスタープラン2025
- 2015年を目標年としていた「ASEAN連結性マスタープラン」(2010年採択)の後継文書として、2016年のASEAN首脳会議にて採択された、ASEAN連結性強化のための行動計画。2015年採択の「ASEAN2025:共に前進する」の一部と位置付けられている。同文書は、「持続可能なインフラ」、「デジタル・イノベーション」、「シームレスなロジスティクス」、「制度改革」、「人の流動性」を5大戦略としており、それぞれの戦略の下に重点イニシアティブが提示されている。
●ベトナム
ノイバイ国際空港第二旅客ターミナルビル建設計画
有償資金協力(2010年3月~2014年12月)
ベトナムでは、外国投資や輸出の伸びを原動力に1990年代から急速な経済成長を遂げるに伴い、首都ハノイやホーチミン市を中心とした大都市で航空旅客輸送量が急増しました。特に、ハノイの玄関口であるノイバイ国際空港の航空旅客輸送量は急増しており、旅客ターミナルビルの利用者(2010年は約950万人)は当初の計画(年間600万人)を超過していました。
2010年から実施された「ノイバイ国際空港第二旅客ターミナルビル建設計画」では、年間1,000万人の旅客取扱いを可能とする第二旅客ターミナルビルの建設と関連施設一式の整備を行いました。本事業では、インフラ整備のみならず、給油、手荷物管理、商業施設開発など、空港運営に関しても日本式ノウハウの移転を行ったことにより、空港サービスを大幅に改善しました。その結果、ノイバイ国際空港は、英国航空サービスリサーチ会社が発表した「世界の空港ベスト100」2016年版において、「世界で最も改善された空港ナンバー1」に選出されました。
ベトナムでは、引き続き安定的な経済成長が続いていますが、運輸・交通セクターにおけるインフラ需要に対して、同国内のインフラ整備はまだまだ不足しています。日本は今後も、ハード・ソフト両面のインフラ整備を通じて、ベトナムの持続的成長を支援していきます。
●中国との関係
対中ODAは近年も日中関係強化に大きな役割を果たしてきましたが、2018年10月、安倍総理大臣の中国訪問の際、日本政府は、日中両国が対等なパートナーとして、共に肩を並べて地域や国際社会に貢献する時代になったとの認識の下、対中ODAを終了させるとともに、開発分野における対話や人材交流等の新たな次元の日中協力を推進することを発表しました。この発表を受けて、対中ODAは2018年度をもって新規採択を終了し、既に採択済みの複数年度の継続案件については、2021年度末をもって全て終了することになります。
近年の中国に対するODAは、日本国民の生活に直接影響する越境公害、感染症、食品の安全等の協力の必要性が真に認められるものに絞って極めて限定的にしており、技術協力(2017年度実績4.04億円)注3と、草の根・人間の安全保障無償資金協力(2017年度実績995万円)注4によるものです。
技術協力について、日本は、たとえば、日本への影響も懸念されているPM2.5を含む大気汚染を中心とした環境問題に対処する案件や、現地進出日本企業の円滑な活動にも資する中国の民法や特許法等の起草作業を支援する案件を実施しています。
また、中国の経済発展を踏まえた新しい協力の在り方として、最近は中国側が費用を負担する形での協力を進めています。たとえば、2018年に開始した石綿関連癌診断能力向上ための技術協力や、2013年に四川省で発生した芦山(ろざん)地震の被災地における防災教育推進および耐震免震技術指導者等の支援に係る費用は中国側が負担しています。
草の根・人間の安全保障無償資金協力については、少数民族地域が草の根レベルで裨益(ひえき)する支援として、2017年度に新疆(しんきょう)ウイグル地区の児童・中高年の眼科検診に必要な機材を供与する支援を実施しました。
- 注1 : ASEAN諸国:ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム。(ただし、シンガポール、ブルネイはODA対象国ではない。)
- 注2 : カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナム
- 注3 : 技術協力の近年の実績
32.96億円(2011年度)、25.27億円(2012年度)、20.18億円(2013年度)、14.36億円(2014年度)、8.06億円(2015年度)、5.00億円(2016年度)、4.04億円(2017年度) - 注4 : 草の根・人間の安全保障無償資金協力の近年の実績
8.43億円(2011年度)、2.88億円(2012年度)、2.84億円(2013年度)、0.85億円(2014年度)、1.07億円(2015年度)、0.29億円(2016年度)、995万円(2017年度)