寄稿
ODA評価年次報告書の30年
ODA評価にも時代の変化がある。ODAに関わる実践と評価の理論研究、二つの変化がある。国際援助に関わる専門的なディシプリン、評価の実践をふまえた国際的な専門研究、そして外交と国際協力に関わる体制の整備と輿論の成熟がODA評価の分野を良い意味で変えてきた。また、アカウンタビリティ制度を整備した日本政府の取り組みもODA評価に影響したことは間違いない。情報公開法(1999年)、独立行政法人制度とその評価制度の創設(1999年)、中央省庁改革(2001年)、政策評価制度の設置(2001年)、国際協力事業団(JICA)の独立行政法人化と新しい評価制度の開始(2003年)、公文書管理法(2009年)、行政事業レビュー(2011年)などである。
そしてこうした変化の原因を考える方法として、「形」から入るアプローチをここに提案したい。その時代の状況が「形」に反映されることが多いからで、また時の必要に迫られた結果が「形」になるからである。ここで指摘したい「形」の変化は3段階ある。厚い本格的な資料の段階、カラー刷りで写真や図表を多用するようになった段階、インターネットを主体にした段階である。
第1段階は今から30年ほど前の『経済協力評価報告書』時代で、B5版白黒印刷の重い冊子を公表していた段階である。外務省が評価報告書を刊行して10年目の1992年度版が429頁、多いのは1993年度版574頁と1998年度版386頁である。この段階の記述はODAと評価それぞれに関する入門的内容と専門的内容の複合で、とくに1992年版は序論「評価とは何か」からはじまり、日本のODA評価の現状、組織体制、JICAとの関係、評価規準と評価ガイドラインについて懇切に説明する。第2部総論では評価の種類として国別評価、セクター評価、合同評価、有識者による評価、国際専門家による評価、JICAによる評価、海外経済協力基金(OECF)評価の各実践について解説する。第3部は各論で380頁ほどを使って上記第2部の評価の実践例を紹介し、現場の状況を詳しく語っている。とくに構造調整計画の実績と問題点を指摘している部分は時代を感じさせる。この第1段階の特徴はODA評価の基礎を専門的に解説するところにあり、ODA評価に縁が無かった研究者には極めて貴重な資料で、大学院講義の教材に最適だった。
ただ、欠点もあった。ODAに無縁の研究者や一般市民、地方在住者や外国人研究者は、この報告書をどのように入手できるか分からない。そもそも経済協力評価報告書があることすら知らない人には、報告書が存在しないのと同じだった。「霞ヶ関」と「永田町」にアクセスできる方法が必要な段階だった。
第2段階はそれから10年ほどたった21世紀初頭である。経済協力評価報告書のページ数は大幅に減り(2003年3月刊行の2002年版は106頁)、薄くなった分だけ入門的な記述は簡素化された。写真や図表で美しくなったこともこの段階の特徴である。他方、当時のODA改革動向、評価実施体制の詳細な記述、評価専門家の氏名と肩書きなど、ODA評価の研究者にとって役立つ情報が増えている。専門的な研究を志す人にとって不可欠な知識が随所に見られる。それだけでなくさらに興味深いのは、この第2段階がさらに3つの時期に分かれることで、経済協力局が報告書を刊行した時期、国際協力局に組織改編された後の報告書の時期、そしてODA評価の独立性を担保するため大臣官房に評価部門が移った時期(2011年以降)である。局長や官房長の「はじめに」は、こうした3つの時代状況を知るために重要で、国際援助行政の研究テーマになる。
第3は2018年度以降、紙の冊子媒体での一般配布をやめた段階である。インターネット公表を中心にした現在、ODA評価研究にとって注目すべき点がある。まずメリットである。誰でも、いつでもアクセスできるので、ODAとその評価について学習したい人は誰でも簡単に入手できる。執筆側にも、美的感覚から文章内容の見せ方まで、ネット公表を意識した努力が見られる。とくに国連ミレニアム開発目標(MDGs)や持続可能な開発のための2030アジェンダなど、重要な関連文献についてはURLをクリックすると一瞬でアクセスできるので、初学者にはとても親切な文献案内になっている。これはとても大きなメリットである。
ただ、デメリットもある。目当ての文献に簡単にたどり着くために、苦労して手に入れた昔のような「ありがたみ」が薄い。クリックを続ければいろいろな文献にアクセスできるので、何のためにその文献が重要なのか考えなくなる。さらに、紙媒体の頃は報告書現物を時系列で並べて総覧しながら、小さな記述の違いや変化に気づき大きな発見につながったことがあったが、今はそれがむずかしい。とくに、報告書の保存が難問で、ODA評価のアーカイブを作成する方法に良いアイデアがないので不安が残る。
ODA評価年次報告書を見て30年、広報としての報告書の在り方、報告書を使った研究と学習について、考えさせられることが多い。
同志社大学政策学部教授/
日本評価学会顧問
山谷 清志