文化外交(海外広報・文化交流)

文化外交最前線 [II]:ユネスコ編
―第7号―

2008年3月17日
ユネスコ大使 近藤誠一

はじめに

 「私は生け花と向かい合って生きていますが、生け花は、まだ科学をもたなかった原始の人々が、自然への畏敬の想いや、利他の心、健康や幸せを祈り、それを花に託して願ってきたのです」

(2007年10月18日 第34回ユネスコ総会での日本政府主席代表演説より)

今月のテーマ:ユネスコ総会:その表舞台-その1

<あわや投票>

 「意見の相違は大きいし、他にも多くの処理すべき議題があり、これ以上この件に費やす時間がありません。投票で決めましょう」。議長が厳しい表情で言ったとき、一瞬緊張感が会議場を走りました。直ちに私を含め何人かの大使が手を挙げました。みな口々に「まだ時間はある。コンセンサス(全会一致)でものを決めるユネスコの伝統を安易に壊してはいけない。会議を一旦中断して、関係者間で非公式の協議をし、解決の糸口を探すべきだ」と主張しました。

 これは昨年10月18日に開かれた第34回ユネスコ総会の一般事業委員会で、ある政治的に微妙な案件の決議案の採択を議論したときのことです。その案を共同で提案した国と、それに反対する国のグループが、ある文言、具体的には過去の国連決議をどう引用するかをめぐって真っ向から対立したのです。結局この案件は5日後、この委員会の臨時会合で無事全会一致で採択されました。

<2年に1度の総会>

 総会はユネスコの最高意思決定機関で、国内で言えば衆参両議院本会議に当たります。2年に1度、秋にパリのユネスコ本部で開かれます。今回は2007年10月16日から11月2日まで行われました。そこで最も重要なのは、翌年からの2年間の予算と、6年間の中期戦略を決定することです。しかしそれ以外にも多くのテーマにつき議論がなされ、重要な決定(決議)がなされます。

 その重要性から、会議には閣僚や、場合によっては王族や国家元首が出席します。今年はスウェーデンの国王と、モロッコの王女が出席されました。この総会の重要な決定のひとつは、シンガポールの復帰です。かつてユネスコが放漫財政を行い、政治的に偏向したという理由で、アメリカ、イギリス、シンガポールが脱退しました。やがてイギリスが復帰し、2003年にアメリカが、そして昨年シンガポールが復帰して、ユネスコは真にグローバルな国際機関になったのです。アメリカとシンガポールの復帰は、松浦事務局長の粘り強い説得と、何より彼の断固とした改革が評価されたのが主要な理由です。

<総会の花、一般政策演説>

 総会の最大の表舞台は閣僚等各国の代表が行うスピーチです。1350人を収容する大会議場で開かれる全体会議で、各国代表が交替でスピーチをします。冒頭の一文は、日本の代表を勤められた池坊保子文部科学副大臣のスピーチの一節です。180人を越える代表が行うスピーチは、各国が自国の政策を述べる総会の花ですが、同時に如何にして独自色を出すかが各代表が最も苦労するところです。

 そうした中で、池坊副大臣は日本の伝統である生け花のお家元であることを踏まえて、日本人が古来、自然に対して畏敬と慈しみの念をもつてきたこと、そしてその心の上に立って生け花を通じて平和を願ってきたことを述べられ、大きな感動を与えました。終わった後、出席していた何人かの大使や閣僚がお祝いを言いにきました。

<8分ルール>

 しかしこのスピーチすべてを実質6日間で行わねばなりません。またその間に国王や国家元首のスピーチ等がありますから、閣僚といえども発言時間を制限しなければなりません。皆忙しい日程なので、時間を守らない人がいると、その分時間付けがずれてしまい、大きな混乱につながりかねません。他方一国の大臣の話す時間を限るのは至難の業です。一旦話し出すと止まらない大臣は多いですし、議長もそれを止められません。国際会議やセミナーでは、交通信号のように目の前にあるランプの色が変わり、時間が来ると赤になるようなシステムを導入したところもありますが、ユネスコでは一計を案じて、ひとり8分と制限し、7分経つと短い音楽の合図があり、時間が来ると音楽がなり始め、次第に大きくなります。どんな話好きでも、音楽に遮られて話を続けることが難しくなくなります。

 これは既に執行委員会という総会に次ぐ重要な委員会で試してうまくいったということで、今回初めて総会にも適用しました。一国を代表する大臣の発言を音楽で遮って良いのか、音楽はどこの音楽が適当かなど慎重論もありましたが、踏み切りました。結果は成功でした。あるアジアの大臣は時間を20秒位過ぎても、最後までテキストを読み続けました。後でその大臣に冗談に「よく頑張りましたね」と言うと、「気にならなかったよ。カラオケが好きだからね」とウインクしました。

<14の委員会と選挙>

 しかし総会ではそれ以外に14もの委員会が開かれます。教育、文化、科学などの主要セクターのみでなく、予算や法律問題等、ユネスコの運営に関する委員会や、こうしたセクターにまたがる問題を話し合う委員会です。他の国際機関やNGOをオブザーバーとして認めるか否か、分担金を滞納している国に投票権を認めるかなども協議します。

 またこうした会議の他に、ユース・フォーラムや、シビル・ソサイアティー・フォーラムなど、若者や外部の組織との対話の場も設けます。扱う問題がグローバルであること、とくに明日を担う若者の意見を聞き、またユネスコの役割を彼らに理解してもらうことは重要だからです。

 更に総会では、ユネスコにある多くの常設の委員会の委員国の改選を行います。委員会のメンバーは通常2年ごとか4年ごとに改選されます。今回は全部で16もの選挙がありました。国際機関の選挙は複雑で、別の委員会に立候補している国が相互に支持を約束したり、他の国際機関の長や委員会の選挙と絡めて支持しあうことも珍しくありません。従って選挙の直前はどこの国とどういう連携をするかの組み合わせを、外務本省と連絡を取り合いながら行うので、大変な労力がかかります。

 加盟国にとって頭痛の種は、こうした会議や選挙が同時並行的に開かれることです。勿論主要なセクターの会議はあまりダブらないように設定されますが、それでも大小あわせて6つ位の会議が同時に行われます。それらのすべてに代表部や東京からの出張者を貼り付けることはできません。特に大臣等が来ておられる時は、そのスピーチや会談の準備に遺漏がないよう、空港へのお出迎えから最後のお見送りまで、多くの人手が必要になります。

<日本政府代表主催レセプション>

 それに加えて昼休みや夜には数多くのレセプションが開かれます。日本はいつも大使の主催で「日本の夕べ」というレセプションを行います。これは各国が行うレセプションの中でも最も人気があるものの一つです。その一因はお寿司人気です。しかしそれだけでなく、重要な人が集まるところには、更に人が集まるという好循環があるようです。忙しい一日が終わり、まだ政策の調整ができていない国の代表や大使と会って言葉を交わすには、こういう人気のあるレセプションに出るのが一番確実だからです。

 日本政府代表部では、こうした数々の会議、催し物を、限られた人数でどうカバーするかの戦略会議を開き、会議毎の議題を見て、ある担当官は、ある日の午前はA委員会、午後はB委員会、夕刻はC国のレセプションに出るといった表を作り、各人が持ち場に散ります。そしてできるだけ毎日夜に会ってお互いにその日の情報交換をし、報告の電報を書きます。

<決議案とコンセンサス>

 主要な会議については、終わった後に事務局が記録を作ります。それにも拘わらずこれほどまでして多くの委員会をフォローしなければならないのは、その場で重要な決議案が議論され、採択されるからです。自国に影響のない決議案もありますが、国益にとって重要なものも少なくありません。自国で提案しているものもあります。議論や採択の場に欠席しても、結果は正式の文書として残り、すべての加盟国を拘束しますから、重要な案件が議論されるときは必ずその場にいて、発言や修正の提案をしなければなりません。

 ユネスコには、憲章上は意見が一致しない場合は投票で決めて良いことになっていますが、伝統的にコンセンサスを追求するという慣習が確立しています。強引に数で押し切るよりも、すべての国の納得ずくで決めた方が結局は決議が守られ易いし、長続きするという確信からです。すぐ戦争になるかどうかというような切迫した案件ではなく、長期的に如何に文化・宗教の違いを乗り越え、文化遺産を守り、教育を貧しい国に普及させるかなどを決めるには、こうしたアプローチの方が有効だという先人の知恵が集積した結果なのです。

 幸いこの良き伝統はほぼ完全に守られてきました。しかし皮肉なことに、それが故に、ユネスコの存在は一般の方々にはぼんやりとしたイメージ以上の姿が見えてこないようです。メディアはどうしても国と国の間の対立や決裂を好むからです。

<特殊技能たるドラフティング>

 決議案は多くの場合は事務局が準備しますが、加盟国が事前に提案することも少なくありません。この総会では日本がESD(持続可能な開発のための教育)への取り組みをユネスコがもっと強化するように求めるという決議案をドイツと共に提出し、採択されました。しかし予め出された決議案は、そのまま採択されることもありますが、多くの場合その場でいろいろな意見や提案が出されて、どんどん修正されます。使用される公用語は国連と同じ英語、フランス語、スペイン語、アラビア語、ロシア語、中国語です。次々と出される新提案に対して議長から即座に賛否を求められる時、これらの言葉を母国語としない我々日本などは、大変なハンディキャップになります。

 このドラフティングと呼ばれる作業は、語学力、問題を瞬時に把握し、日本の国益に照らして是非を判断する能力、各国の提案の裏にある思惑を理解する能力、自分のコメントを遅滞なく提案する能力、そして国際機関独特の言い回しをマスターしておくことが必要です。また会議の進め方の手続き規則を良く理解しておくことも、不可欠です。

 こうした過程を経て、3週間近くにわたる総会は無事に終わりました。しかしその裏にはあまり知られていない苦労があります。次回はその一例をご紹介します。

今月の引用

 総会は、この機関の加盟国の代表者で構成する。各加盟国の政府は、国内委員会が設立されているときはこれと、国内委員会が設立されていないときは教育、科学及び文化にかんする諸団体と、それぞれ協議して選定する5人以内の代表を任命しなければならない。

(ユネスコ憲章第4条A)

今月の数字

 第34回総会に代表を送った国の数:185カ国
 出席者 王室:2人(スウェーデン国王、モロッコ王女)、
 国家元首:9人、
 閣僚:240人

今月のクイズ

 問:第34回総会で採択された「決議」はいくつでしょうか。

 イ 25  ロ 45  ハ  74  ニ 94  ホ 114

 前号の答: 前号の問(今年のニュージーランドの会合で「危機遺産リスト」に移されることになった遺産は何か)の正解は、4.のガラパゴス諸島です。なお5.のバーミヤン遺跡はすでに2003年に危機遺産リストに記載されています。

<大使の一日>(2007年10月18日。総会3日目。出席と書いてない委員会には席に座って出席した訳ではありませんが、会場の間を行き来し、時として中に入って様子を見ました。レセプションも一部を除きすべてに顔を出しました。固有名詞は省略します)

<大使の一日>
時間 内容
09時30分 会議場外で某北米大使と打ち合わせ
10時00分 全体会合一般討論出席
10時00分 行政委員会
10時00分 一般事業委員会
10時00分 指名委員会
10時00分 法規委員会
10時15分 分野横断委員会
11時30分 一般演説での池坊副大臣スピーチに同席
13時15分 アジアの大使主催ランチ(ユネスコ内レストラン)
15時00分 全体会合一般討論
15時00分 行政委員会
15時00分 一般事業委員会
15時00分 法規委員会
15時00分 分野横断委員会
18時00分 邦人画家の展示会内覧会
18時30分 フランス企業主催レセプション
18時30分 北欧諸国主催レセプション
18時30分 欧州の国主催レセプション
19時00分 南米の国主催レセプション
19時00分 中東の国主催レセプション
20時00分 公邸で夕食会主催

後記

ご意見やコメントは以下のいずれかにお寄せ下さい。

イ.郵送:Permanent Delegation of Japan to UNESCO, 1, rue Miollis 75732 Paris, Cedex 15 FRANCE
または、外務省広報文化交流部 国際文化協力室(〒100-8919 千代田区霞ヶ関2-2-1)

ロ.E-mail:seiichi.kondo@mofa.go.jp

前回の「文化外交最前線」は、今回のシリーズと共に、外務省ホーム・ページ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/staff/index.html
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/culture/index.html
でご覧になれます。

またユネスコ日本政府代表部のホーム・ページ, http://www.unesco.emb-japan.go.jp/他のサイトヘでは、英語版とフランス語版がご覧になれます。

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